第五章 果ての星の蜃気楼(2)
ファレン共和国主星、惑星ファレンには二日半の道のりだった。
考えてみればすでに学校では週明けの授業が始まっている。ま、こんな遠くまで来てしまっては気にしたって仕方があるまい。
いよいよ目的地となると、再び毛利たち高校生三人組ははしゃぎ始めたが、あまりはしゃいでいると突然重力が戻ってきたときに危ないぞ、という僕の忠告でおとなしく席に着いた。
ファレンの首都は『第一市』という味気ない名前だった。比較的遅くから植民された惑星ではよくあることのようだ。いつかは伝統ある名前を付けようという意図であえて序数名をつけ、結局そのまま定着してしまうパターンだ。
僕らは、各国の大使館などが密集する官庁街にほど近い駐機場を堂々と利用することにした。もちろん、船籍は前と同じように偽装し、今はマービン家のプライベート船ということになっている。ついでに言えばセレーナもマービンの従妹、つまり、ラウリの妹ということになっている。マービンの架空の叔父は、世界各地から孤児を引き取って育てる慈善家なのだ。
来るまでに、ジーニー・ルカから、ファレン共和国についてあらましを聞いた。
この国は、商社と開発業者などからなるコンソーシアムにより開発された惑星ファレンに自然発生した共和国で、最近ようやく近隣星系資源開発を始めた国のようだ。
当初は豊富な資源が期待されたこの惑星は、採掘がはじまってからすぐに貧しい星だということが知れた。それでも低コストで掘れる資源を格安で輸出して、それを原資に周辺いくつかの惑星への探査を開始した。
いくつかの惑星の中から資源の豊富な惑星を一つ見つけ、それ以外の探査中の五惑星は資源探査の常識に則って領有だけを宣言して放置した。その放置された中に、惑星カロルがあった。
最初にカロルの可能性に気づいたのは、例によってロックウェル連合国だった。
ロックウェルは金銭での譲渡を持ちかけたが、その頃にはファレンもカロルの重要性に気づき、譲渡を拒否した。しかし、領有したまま共同開発することには比較的乗り気だった。二惑星を同時に開発するだけの余力が無い以上、ロックウェルの豊富な資金力は魅力的だった。
そこに現れたのがエミリアだった。
突如、エミリアは、ファレンに莫大な投資を始めた。ありとあらゆる企業や労働者がエミリアの投資により潤い、ほんの二回の国政選挙を経たところで、政権与党は親エミリア系政党にすげ変わっていた。
ロックウェルとの共同開発の話は立ち消え、さらに、惑星カロルをまるで無いもののように扱うようになった。それが、今の状況なのだった。
エミリアという国にあまり親しみを持たぬうちにこのような話を聞けば、汚い国だ、という感想を持ってしまうだろう。
そんなことを思い出しているうちに、もう地表から数千メートルというところにまで降下し、翼を広げて滑空飛行をしていた。ドルフィン号の翼を初めて見た高校生三人はまた窓際に駆け寄ってはしゃぐのだった。
***
パネルに映し出した官庁街の地図を見ながら、六人は顔を突き合わせている。
「さて、これからどうするか、だが」
口火を切ったのはラウリだ。
「僕には、盗聴のためのちょっとした手段がある。だが、僕一人が盗聴できるのは一か所だけだ。これは僕のジーニー・ヴェロニカを使った手段だから、君たちに分けてあげることもできない。残念ながら、この星でスパイをするための武器は唯一これだけだ」
彼は簡潔に彼の持つ手段について説明した。
「だったら、セレーナさんのジーニーでも同じことができるのではないですか?」
マービンが言うと、
「それは無理だろう。これはジーニー・ヴェロニカの力というより、その背後にある千の単位の諜報のための特殊なシステムの力だ。もちろんストックホルムにはまだ同じようなジーニーがいくつかあるが、君たちに使ってもらうわけにはいかない」
「つまり、狙いを定めなきゃならないってわけね」
セレーナが横から。続けて、
「だったら、新連合の事務所を重点的に調べるのが良いと思うわ。結局、ラウリの気になっているのは新連合なんでしょう。新連合がかかわってさえいなければ疑いは晴れる。エミリアやロックウェルがどんな陰謀を持っていたって関係のない話のはずよ」
「私はまた違うことを考えていますね」
セレーナの言葉に、マービンが返す。
「今回の陰謀、もしそれがあれば、ですが、それは、エミリアと地球の間のことです。逆に言えば、その動向に一番注意を払っているのはロックウェルではないでしょうか。つまり、ロックウェルはこの情報を積極的に集めるモチベーションがあり、加えて、ロックウェルの事務所でなら、集めた情報を不用意に口に出す人間が期待できます」
なるほど、マービンの言うことももっともだ。成績はさほど良くないくせに、妙に頭のまわるやつ。
「……かと言って、エミリアも放っておけない」
僕が言うと、セレーナが鋭く僕をにらんだような気がしたが、気にしないことにした。
「惑星カロルの件でこの国に積極的に干渉している、という意味で、エミリアはすでに黒なんだ。新連合が無実なら何もしゃべらないだけかもしれない。ロックウェルが嗅ぎつけているという保証も無い。何かを見つけることができる可能性で言ったら、エミリアが一番高いと……思う」
さすがにセレーナの顔が曇ったような気がして、最後はトーンが落ちてしまう。
「要するに三者三様に見張るべき理由を持つわけだ。こんなことならもう一人か二人、応援を連れてくるんだった。セレーナさんのジーニー・ルカにあんな力があるなんて知っていたらね」
ラウリは首を横に振りながら言った。
「さてジュンイチ君、ここに来ようと言い出したのは君だ。君が決めるべきだ」
彼が言うと、全員の視線が僕に集中する。
たぶん、そうなんだと思う。
最初はもちろん何も考えていなかった。
たぶん、ここに来れば、何か思いつくかもしれない、という甘い考えがあったと思う。
だが、結局何も思いつかなかった。
正直に言うと、ラウリとのあの会話からこちら、頭にもやがかかったように、冴えなかった。
明確な敵が見えればよかった。
だけど僕は、その仮想敵を誰にすべきか決められずにいた。
新連合か、エミリアか、ロックウェルか。……ラウリか。
正直に言うと、この場でラウリを縛り上げて、こいつは大ぼら吹きのスパイでこいつの言ったことは全部嘘だと宣言してこの活動をおしまいにしたかった。
けれど。
セレーナも認めたエミリアの陰謀。
不自然なセレーナの転入。
考えれば考えるほど、怪しいとしか思えない。
だから何も決められずに、僕はただ時間を無駄にしていることしかできないのだ。
「あのう、だったら、手分けすればいいんじゃないのう?」
考えに没頭しているところに突然浦野の声が飛び込んできた。
「手分け? でも盗聴できるのは一か所だって――」
「盗聴しなきゃだめなの? たとえば、大使館だか事務所だかの前で見張ってて、出入りする人を尾行したりとか、ドラマじゃよく見るじゃないのう」
「……はは、トモミさん、確かにそうだ。すっかりテクノロジーに頼ることばかり考えていた。これは本職の僕が思いつくべきことだったよ。君は筋がいい。幸い僕らは六人いる。二人一組でそれぞれの国の事務所を見張る。出入りする人があったら一人が尾行して一人が連絡役で残る。もしその行先が、たとえばお互いの国だったり、あるいはファレン共和国の外交部門だったりした場合は、貴重な話が聞ける可能性が高い。その瞬間を狙って盗聴を仕掛ける。実に簡単なことだ」
ラウリがほめるように賛同すると、いやあそれほどでもあるけどう、と浦野は照れ笑いした。
「ただ、あらかじめ言っておくが、盗聴ができるのは数分が限界だ。他国のインターフェースをこじ開けていられるのはこの程度なんだ。たったそれだけでたぶん数百のシステムが反撃で焼き消される。チャンスは多くて二度、一度で終わりということも考えて、貴重なチャンスを逃さないように、各自注意してほしい」
残る五人は神妙な顔でうなずいた。
「さて、じゃあチーム分けね。私は、最初に言っちゃったから、新連合を張るわ」
「では私はロックウェルと言うことですね」
セレーナのチーム分けの提案に、マービンは早々と立場を明らかにした。
「そうすると、僕はエミリアということか」
僕は渋々とその案に乗る。
「だったらあたしもエミリアにするよ。もうさ、めんどうだから、スプリングフェスティバルの班分けにしちゃいましょうよう」
浦野が言うと、
「あー、それなら悩まなくていいか。正直、お前らの話よく分かんなくてさ」
ようやく毛利が口を開いた。
そういうわけで、クレープ班は新連合事務所、パスタ班はロックウェル事務所、プリン班はエミリア大使館、という担当にその瞬間に決定した。
「だったら、暗号と言うか、符丁は、それぞれ、クレープ、パスタ、プリンということにしておこうか。僕らが盗聴された時のことを僕は気にしていたが、ま、こんな単純な符丁なら逆に当面は心配いらないだろうし。これなら、君たちみんなが持っている情報端末で普通に連絡を取り合っても構うまい」
ラウリが通信方法についてまとめ、いよいよ、僕らの諜報活動の形は整ってきた。
その後、さらに細かいことを決めていった。
僕らはそれぞれの担当の建物の前でそこを見張ることができる場所を各々探し、ただ出入りを見張る。
時間は、事務員の出勤時間が終わる午前十時ごろから、退勤が始まる午後四時くらいまで。それ以降に尾行して事務員の自宅を突き止めても何の益もない。
午後五時には一旦船に集合し、その日の行動についておさらいをする。
お互いの大使や事務員の情報を交換して、情報の精度を上げていくのだ。
何日間になるか分からないが、ともかく、マービンがごまかし続けられる二週間をめどに、ということにした。
事務所や大使館でおかしな会話が行われなければ終わりがないのは確かなんだけど、結局、そこが僕ら高校生の限界だろう、と、僕もそれには反対しなかった。その次は、ジーニー・ルカの力を使って、もう少し応援を連れてくる、そんなことも選択肢に入れておくことにする。あまり自由圏の力には頼りたくないんだけれど、自由圏にしてみれば自由に宇宙に飛び出せるジーニー・ルカの力は喉から手が出るほど欲しいはずだから、おあいこくらいにまでは持ち込めると思う。
とりあえず初日は、旅行気分を味わうのを先にしておこう、と、ファレンのおいしい地元料理を味わうために六人で街に出て、ちょっと有名なレストランで小さなパーティを開いた。
***




