第四章 バルコニーの密談(2)
いつの間にか、ホールとバルコニーを仕切るガラス戸が人一人が通れるくらい、開いていた。
その脇に立っていたのは、声の主、ラウリ。
「僕のことを警戒しているのは分かっていたし、ちょっと派手な行動をとってしまったことも認めよう。だけど、まさかこんなに早く、自由圏っていう答えを導き出すとは思わなくてね。もう少し、正体不明のままでかき回したかったんだけど」
彼は歩いてきて、僕と同じように手すりにもたれた。
「僕のことは、新連合もエミリアも、当然怪しんでる。それは、彼らの出方を見たかったからなんだ」
「ラウリ……やっぱり君は」
「陳腐な言葉で言えば、スパイさ。分かるだろう、僕らが、どれだけ慌てふためいているか」
「君たちが慌てふためいている? 意味が分からないな」
僕の言葉にはどうしてもとげが含まれてしまう。このスパイ野郎がセレーナに親しげに近づいていたなんて。
「……私には、分かる気がするわ」
しかし、セレーナは違うようだった。
「突然エミリアの王女が、地球の市民に紛れ込んでお勉強、でしょう? しかもそれが、超重要人物、オオサキ・ジュンイチの通う学校なんだから……エミリアと新連合の間にどんな密約があったのか、そういうことでしょう」
「さすがはセレーナさん、その通りだよ。何らかの交換条件があって王女を人質として送り込んだのかもしれない。あるいは、ジュンイチ君を人身御供に差し出して王女をエミリア諸侯派の管理下に置こうというたくらみかもしれない。この事件を知って、自由圏連盟は蜂の巣をつついたような大騒ぎだよ。きっとそれは、ロックウェルも同じだろう」
ラウリは言い終わると、バルコニーの外側に体を向け、両腕を組んでもたれかかった。僕らの、いや、僕の理解を、待っているのだろう。
僕にも、今回の事件の胡散臭さが飲み込めてきた。
そういうことか。
地球新連合がエミリアと何らかの形で結びつくことは、それに対抗する自由圏としてはとても都合が悪い。
同じように、エミリアが地球の後ろ盾を得ることは、それに対抗するロックウェルにとっても非常に都合が悪い。
地球にセレーナが来たということは、あらゆる憶測を呼ぶことなのだ。
「……セレーナは、ベルナデッダの英雄だ。いろんな貴族がなびきそうになってる。そんな王女殿下をエミリアの政治の中心から遠ざけたい、それだけの理由だと、僕は聞いたけど」
「それはとても納得しやすい理由だね。そう、セレーナさんの立場を考えなければ」
「セ、セレーナの立場?」
「ああ。セレーナさんは、諸侯と対立している。それはいいね?」
「分かってる。エミリアの諸侯は今の権力を維持するために、セレーナを都合のいい相手と結婚させようとしている」
「権力ってなんだい?」
「権力は……権力だ」
「……話のすれ違いの根っこはそこか」
ラウリはそう言いながら、深いため息をついた。
「セレーナさん、ひどいんじゃないかい? 彼に何も説明してないじゃないか」
言われたセレーナは、うつむいて黙っている。
「君が言えないのなら僕が説明しようか」
「いいえ、待って。私が説明します」
セレーナはラウリの次の言葉をさえぎった。
「私……実は一度公然とロッソを非難したことがあって。私に同調する貴族もちょっと出てきちゃって。きっと、彼は私を次代の王とすることに不安を抱えてる。それが結婚問題って形で表に出たんだけど、ジュンイチにはその説明しかしてなかった。そのことは謝る」
僕は首肯で応える。王女と諸侯の力関係を明らかにするための婚姻政策だろうとは思っていたけれど、確かに、結局は結婚相手から逃げたいだけだ、という説明しかなかったような気はする。
「私の国がマジック鉱に依って立つ国ってのは、ご存じの通り。だから、何としてもその権益を守らなきゃならない。……まさか、マジック研究の第一人者を誘拐まがいの手段で囲ってるなんてことまでは想像してなかったけれど。でも、そんなことを平然とやれるのが、今の諸侯の価値観。マジック鉱の輸出に関しては常にロックウェルともめ事を起こしてて、そんなのも全部、このため。だけど、単なるもめ事じゃない、決定的な対立が起きてて――」
セレーナはまたうつむく。
「――カロルという惑星があるの。その星は……もしかすると、エミリアと同じように、マジック鉱を産出するかもしれないという惑星。聞いたことがないかしら、エミリアのマジック鉱は、惑星形成時の近隣の超新星爆発の影響かもしれない、って」
確かに、それは僕の知識の引き出しにきちんと入っている。
「マジック鉱形成のその仮説が知れてから、その原因となったであろう超新星爆発のときに、エミリアと、同じ距離、同じ形成段階、同じ質量、同じ成分を持っていた星が、血眼になって探されたわ。そして、たった一つ見つかったのが、カロルという惑星。まだ人は住んでいないし、探査用の軌道基地以上のものは存在しない星なんだけど」
「見つかってから二十年以上もその状態なのさ」
ラウリが横から口を出す。
セレーナが不満げにため息をつく。
「ラウリ、ちゃんと私から説明します。……なぜそんな状態なのか。それは、その星の開発をめぐって、ロックウェルとエミリアが対立しているから。実はその星は、辺境の独立国、ファレン共和国に属しているんだけれど、その国にエミリアがちょっかいを出しているのよ。有り余る財力を背景にね。エミリアは、マジック鉱の独占が崩れることだけは絶対に受け入れられない。だから、ファレン共和国に圧力をかけて、カロルへの道を閉ざし続けてきた。開発を進めたいロックウェルと、道を閉ざしたいエミリアの対立。それが事実よ」
セレーナは、うつむいたまま首を横に振った。
「ばかげてるとは思うの。だけど、エミリアの国を支えているのはマジック鉱だから。私の贅沢な生活を支えているものも全部、マジック鉱だから。その生活を享受しておいて、そんな対立はやめて仲良くしろなんて、どの口が言えると思う?」
今にも泣き出しそうにうなだれるセレーナ。
エミリアがそんな事情を抱えているなんて、初めて聞くことだった。
この話だけを聞けば、どう考えても、悪者はエミリアだ。
人類共通の貴重な資源の開発を力づくで妨げる独裁国家エミリア。
僕の知るセレーナのイメージと、まるで逆だった。
「だからロッソたちがきっと正しいのよ。それに対して、幼稚な正義感で苦言を呈した私が馬鹿なの。そこが、私と諸侯たちの決定的な対立の始まり」
「いいやそうは思わない。諸侯派の考えはいずれエミリアを滅ぼす。自国の利益だけを考えた国々が過去どんな運命をたどったか、いくらでも例を挙げられるだろう。僕ら自由圏は、だから常に対等であろうとする価値観で集まった。セレーナさんの正義感は、国を救う正義感だ」
ラウリが言うと、セレーナは一瞬彼の顔を見て、小さくうなずく。
……そういえば、セレーナは最初、ロッソの手に落ちることは国を危うくすることだと言った。
そうか、そんな理由で対立していたのだとすると、彼女が国を想うあまり無茶な行動を繰り返していたことが、腑に落ちる。
「だからこそ、僕らは分からない。セレーナさんが今ここにこうしていて、諸侯たちを好きにさせている、その一日一日がファレンの国民に一日分の不幸をもたらしている」
「取り消せ。いくら何でもあんまりな言い方だろ、それは」
僕は思わず体ごとラウリに正対して言い返してしまった。
セレーナはそれと戦っている。ずっと戦ってきた。
なのに、戦わないことを非難するのか。
「……すまない、言い過ぎた。だけど、セレーナさんはそんなことは痛いほどわかっていて、なのに今ここにいるのが……納得ができない」
……そこで僕はふと思い出してしまった。
最初のあの日に聞いたこと。
そうだ。
貴族に目をつけられてろくでもない目に遭わされそうになっている地球の平民のボディガードだと言っていたじゃないか。
彼女は、地球の友人との友情のためにそうしたのじゃないのか。
……とても僕の口からそんなこと言えそうもない。
セレーナにとっての優先順位。国民の幸福より、僕なのか。
もしそうだったら、とてもじゃないけどそんな責任に耐えられそうもない。
きっと、そんなんじゃない。
「……セレーナ、ごめん、僕には政治のことはよく分からない。だけど、やっぱり君がここに来たことは不自然すぎる。君に裏の目的があるのなら、僕に話してほしい。……僕らの友情にかけて」
しかし、その僕の問いかけに対するセレーナの返事は、首を横に振ることだった。
「そんなの、ない。私は、強くなりすぎた私の力が国を割ってしまうことが怖くなって、逃げ出した。それだけ」
僕のボディガードの話は出なかった。
ひとまず胸をなでおろす。
「しかし、そこに新連合が絡み合ってしまった」
ラウリはとても残念そうに付け加える。
「僕が君の行動から裏の目的、新連合との密約の有無を探ろうとしてもそれは出てこなかった。もしかすると君自身それを知らされていないのではないかという疑いも出てきた。だから、実を言うと、いずれ正体を明かして協力をしてもらおうとも思っていたのさ」
「予定通りの展開ってわけか」
「そう、そして、これは、君たち二人のためでもある」
「僕らの?」
スパイだと自称する彼の言葉がどのくらい信用できるだろうか。
彼は、暗闇に向けて、言葉を継ぐ。
「君たちは何も知らない。まず、この仮定を真として話をしよう。であれば、君たちの知らない陰謀が、エミリアと新連合の間で進んでいるかもしれないということだ。もしだよ、セレーナさんが本人も知らない役割を演じ新連合がエミリアの後ろ盾になってロックウェルと対立する、そんな話だったら。ロックウェルはもちろん、軍事的な圧力を強めるだろう。宇宙貿易の航路の大半を押さえているロックウェルが、その航路を軍事的に締め付け始めたら、地球もエミリアもただじゃあすまない。もちろん、この件にかかわった、セレーナさん、それからジュンイチ君、二人とも、ね。知らぬうちに陰謀の炎に焼き殺されてしまうだろう。ロックウェルにとって君たち二人はとても厄介な存在になるはずだ」
「それはまだ分からないだろう」
「分からないさ、だから僕がこうして君たちに近づいた。自由圏はまだ中立だ。エミリアとロックウェルの対立に関しては、ね。しかし、もし新連合がエミリアにつくというのなら、話は別だ。自由圏は確実にロックウェルにつく。宇宙の軍事バランスの変化に、ほかの中立国も、どちらかに組するようになるかもしれない。宇宙を二分する軍事対立だ。このどこから戦火が燃え始めてもおかしくない」
言いながら、ラウリは遠くに目を向けた。
「理解してほしい。君たち二人が友情を深めることが、宇宙の対立を深めることにつながるかもしれないということを。自由圏はそれを恐れて、僕をここに送り込んだ。それが、真なる自由を体現した自由圏国家連盟の使命だからだ」
「……馬鹿なことを言わないで。エミリアはたとえロックウェルとの対立が避けられないとしても新連合に頼ろうなどとは思いません」
セレーナは強気な言葉を弱々しくつぶやいた。
「だが、エミリアの貴族たちが王女一人の戯言をねじ伏せるだけの力を持っていることも、僕は知っている」
ラウリが目線を暗い地平線に向けたまま冷たく返す。
それは僕も知っている。
エミリアの怪物たち、とりわけ、あのロッソ摂政の持つ権力に対して、セレーナはあまりに無力だということを。
「セレーナさん、君が送り込まれた理由を知らなければならない。そして、エミリアと新連合の関係を、あるいは関係が無いことを知らなければならない。それが証明できない限り、いつかはバランスが崩れる」
彼の言うことは、なんだか分かってきた。
本人の意思がどうあろうと、勝手に思惑を読み取る連中が宇宙にはごまんといるってことだ。
僕らの友情が宇宙を危うくする。思ってもみなかったことが、現実として僕に襲い掛かってくる。
ラウリは顔を僕のほうに向けた。
僕の顔を少し見つめ、それから、バルコニーの真ん中に立つセレーナに視線を送る。
やがて、重い沈黙を、ラウリが破った。
「僕は、自由圏は、エミリアとロックウェルの対立に興味は無いんだ。ただ、エミリアに新連合が組することでバランスが崩れることだけを恐れている。君の本音を知りたくて手厳しい言い方をしてしまったことは謝ろう」
「……ええ」
セレーナは顔を上げた。頬に何かが伝った跡が見えた。
「悪かった。エミリアの貴族たちは、受けずとも良いそしりを受けながらも、必死で国の利益を守っている。セレーナさんも違う形で国を守ろうと必死で戦ってる。僕は君たちを尊敬している」
セレーナは、小さくうなずいた。
それに比べて、まだショックから立ち直れないのは、僕だった。
もちろん、セレーナが意図的に隠していたわけではないということは信じる。
だけど、ロックウェルとの対立には、ある意味で、エミリア側にこそ根本原因があるということなのだ。
母さんは、きっと知っている。だから、エミリアにかかわるな、と、何度も僕に釘を刺したんだ。
こんなことも知ろうとしないで、セレーナとの友情ごっこに興じていた。
この感情を表現する言葉が見つからない。恥ずかしい、悔しい、そんな気持ちが心の中にあふれかえっている。
「ありがとう、ラウリ」
セレーナの言葉を、僕はぼうっと聞いているだけだった。
無力だと言うのなら、この場にいるこの僕こそ、一番無力じゃないか。
セレーナがそんな苦悩を抱えていたなんてまるで知らずに。
慰める言葉さえ思いつかず。
***




