第三章 スプリングフェスティバル(3)
もう一度浦野と一緒に売り子に入って、また休憩に教室に戻ると、パスタ班の首脳部がそこにいた。
ま、どんだけ苦戦してるかくらいは聞いてやろう。何しろあのクレープ班が相手じゃ。
彼らの隣に腰を下ろすと、早速毛利が話しかけてきた。
「あーあ、くそ、お前は浦野とデートで、ラウリはセレーナさんとデートだってよ。で、俺のお相手はこのお金持ちのお坊ちゃんだ」
そして彼の提示した主題は僕の想定したものとはまったく別物で。
「なんだよ、見てたのかよ」
デートというわけではないけど、見られていたと思うとちょっと恥ずかしい。
「二人で出て行くのなんてみんな見てるよ。もちろんセレーナさんの方も、な。あー、クレープ班にしておくんだった」
毛利は椅子の上でぐったりと体を伸ばす。
「まあまあ、そんなに言うなら誰か女子を誘っていきましょうか」
「そうするとなんでかお前の方がもてるんだよな」
マービンの慰めも逆効果のようだ。
毛利も悪いやつではないんだが、まあ、なんと言うか、一目で良さの分かるタイプじゃないからなあ。そうすると、第一印象で言えば、外見美形のマービンやラウリなんてのにはとてもかなわないわけで。
そんなことをえらそうに言えるような容姿を持っている僕でもないわけで。
なんてことを考えていると、
「で? どうだったよ、お二人さんのデートは」
と、突っかかってくる。
うん、これは突っかかってきてる。
因縁だ。因縁レベルだ。デートとかじゃないって言ってんのに。嫌がらせだよ、ここまで来ると。
「いや、シュートゲームで浦野にコテンパンにされて、メインステージで浦野のお説教を聞いて終わった」
だから僕は、とりわけぶっきらぼうに事実を教えてやった。
「なんかあたしがひどい人みたいじゃないのう」
横にいる浦野は抗議の構えだが、
「ほかに何か付け加える?」
何もないと思いますが。
「えーと、クラスのプリンを三つも買って売り上げに貢献しました!」
「僕のフェスタチケットでね」
結局、プリンを売ると言いながら自分が一番たくさん買って当たり前にぺろりと食べちゃうのだから、企画の私物化もいいところだ。
「なんだよーそれなりに青春してんじゃねーかよー俺にもよこせよー」
ついに毛利は両足をじたばたとさせ始めた。
「あたしでよければ付き合うよう? このあとまた暇だし」
「そういうお情けじゃねーんだよー!」
うるせー。
わめいているところに、偶然か、セレーナとラウリも戻ってきた。
「あら、おそろいで」
「セレーナさんだぁ、おかえりー」
「せっかくだからって言うんで、ラウリとフェスティバルを回ってきたわ。良いわね、こういう、子供が子供なりに精一杯やってんだけどどこか抜けてる、そんなお祭り。私がお祭りやりたいなんて言ったら国家祭典になっちゃうから」
なんだそりゃ。馬鹿にしてるんですか。いやまあ、馬鹿にされる程度の高校生のお祭りなんだけどさ。
「このフェスティバルのことが本国にばれてなくてよかったね」
とラウリも相槌を打つ。
「その様子だと、ま、そこそこに楽しんできたみたいだね」
僕が声をかけると、
「まあね。でも、あのシュートゲームはちょっと悔しいわ。運動神経には自信があったのに、四本しか入らないなんて。ゴールが高すぎるのよ」
なんだ、セレーナたちもあんな辺鄙なところに行ったのか。
「僕は九本決めましたが」
「あなたはそんだけ背が高いんだから当然でしょ。打つ人に合わせてゴールの高さを変えるべきよ」
自慢げなラウリに、セレーナはふくれっつらで抗議する。
「バスケットボールくらいエミリアにもあるだろうに、ルールで決まってるんだからさ」
ご立腹のセレーナに僕から正論を説くも、
「バスケットボールのルールでシュートゲームをしなきゃならないなんて決まりは無いわ。シュートゲームはシュートゲームで公平性と楽しさを追及するべきよ」
「ただの運動部生にそこまで求めなくても」
「その言い方だとあなたもあそこに行ったわね、それでこんな問題点に気づかないなんてずいぶん抜けてるわね」
「僕は抜けてなんて無いさ」
「じゃああなたはシュートゲーム何本決めたのかしら? 私よりずいぶん有利な条件だと思いますけど?」
「……四本」
「ほら見なさい。私より背が高くて有利なのに同点ですって」
「君の成績が偶然じゃないとも証明されて無いぞ」
「じゃあ私の成績が偶然かどうかジーニー・ルカに――」
「まあまあまあまあ」
浦野が割り込んできた。が、なんだかにこにこしている。
「お二人とも譲らないようだから、今から二人で勝負つけて来なさいよう。二人でデートがてら?」
「誰がこんなのとデートを!」
セレーナはぷいっと向こうを向いてほっぺたを膨らませている。
「クレープ班は僕が見ていますよ? 久しぶりにジュンイチ君とゆっくり話でもしてくればいい」
ラウリもセレーナを促す。何の意図かは知らないけれど。
ふと浦野を見ると、彼女は僕をにらんで、何かを口パクで伝えようとしている。たぶん、誘え、って言ってるんだろうと思うけど。
なんだかこの空気で誘いにくいし。
相変わらず毛利はじたばたしてるし。
「セレーナ、その、あー、勝負は考えといて。いや、考えとく。ちょっと、こいつら連れてナンパしてくるよ」
空気に耐えかねて、僕は、毛利の襟首をつかんで引きずり起こし、教室を後にした。
***
結局三人で出撃したナンパの釣果はゼロで、その代わり、ニューイヤーフェスティバルで毛利が誘った女子二人と偶然ばったり出会ってそこから行動を一緒にすることになり、その後、僕はプリンの売り子の時間があるから抜けて、当番時間を暇に過ごして、その次の当番の浦野とバトンタッチして当番を終え、教室に戻った。
一息に言ってしまうとこんなものだが、まあ、それなりに楽しんだつもり。
そして教室を見回すと、同じように休憩に戻ったクラスメイトたちの中に、セレーナの姿もあった。
だいぶ地を出すようになったとは言え、あの六人組以外とはやっぱりあまり打ち解けてなくて、周りは周りで遠慮があってか離れて座り、彼女は一人でぽつんと、不機嫌そうにたたずんでいる。
ま、うるさいのが周りにいなさそうだし、と思って、セレーナの隣に座る。
彼女は一瞬顔を上げて僕を見るが、すぐに不機嫌そうな顔に戻って目の前の空気を見つめている。
特に何もしゃべることが無く、沈黙だけが流れる。
壁にかかった時計を見ると、十六時に近い。
窓から差し込む西日はもうオレンジ色だ。
フェスティバルも残り一時間。
僕に誘ってもらえなくて寂しい、なんて思ってくれてたら、なんだかちょっとうれしいけど、それは無い。
セレーナが僕に求めていることはそんなことじゃない。
私をどこかに連れてって! なんてことを言う人じゃない。
――我が騎士を名乗るなら行動で示してみよ。
彼女の僕に対する期待は、こういうものなんだ。
だから僕は心の中でかしずいて、恭しく彼女に問うのだ。
「……白黒つけようか、シュートゲームの件」
「……望むところよ」
ついに彼女は挑戦的に微笑んで、僕の誘いに乗った。
***
「はい、復唱」
セレーナはベンチでえらそうに足を組んで、隣に座る僕に命じた。
「……シュートゲームの再挑戦の結果、僕は三対八でセレーナ殿下に負けました」
「よろしい。誰に訊かれてもそのように答えなさい」
八本を決めた人に贈られる小さな棒つきキャンディをくるくると回して眺めながらセレーナは僕への命令を追加した。
「いや、本当に負けたよ。びっくりした」
僕が素直に認めると、
「こんなことを言うとあなたが図に乗るから言いたくないんだけど、あなたといると、頭が冴えるのよ。投げる直前、わずかなバランスのどっちだろう、って悩んだ瞬間に、突然、こっちだ、って確信するの」
「なんだいそりゃ、まるでジーニーの直感じゃないか」
と言いながら僕は笑って。
さて、もしや、ジーニー・ルカが、そんなことをしているのではないか、なんて馬鹿なことを思いつく。
でも実際にはそんなことはありえない。セレーナの筋肉のわずかな揺らぎから何からのあらゆる不確定要素を盛り込んでこれから飛んでいくボールの軌道をあらかじめ未来予測するなんて。
だから、この馬鹿な考えは口に出さずにすんだ。
「ま、こういうのを、相性が良い、って言うんでしょうね」
「身に余る光栄にございます、殿下」
僕のおどけにセレーナも素直に笑った。
「なんかね、ラウリが、あんなことを言うから、てっきりあなたが意識しちゃってるんじゃないかと思って」
「あんなこと?」
「しばらく二人だけで話してないでしょう、なんて」
「ああ」
確かに意識しなかったわけじゃないけど。
僕はそれ以前に、彼女の騎士としての使命を思い出しただけで。
「あなたをないがしろにしてたわけじゃないから、安心して」
「君がいろんな友達と知り合って見識を拡げることをサポートすることも、殿下の忠実な騎士の役目だ」
「ふん、言うじゃない」
それから彼女は、手に持っていたキャンディを僕に押し付けた。
別にいらないけど、くれるというのならもらっておこう、と、受け取る。
「なんだか、あの成績は私の実力じゃない気がするから、栄誉の半分はあなたに譲るわ」
「もう半分が、永遠に僕に負けを認めさせることか。ずいぶん釣り合ったはんぶんこだね」
僕の軽口にセレーナは微笑んだ。
セレーナの真似をしてキャンディをくるくると回すと、表と裏に刻まれたピンクと黄色の渦巻き模様がめまぐるしく入れ替わる。まるで金色に輝いているようで、それは、ぴかぴかの勲章のようだ。
こんな叙勲も悪くない。
なんたって、その相手は宇宙一の王女様だ。
「そろそろ戻ろうか。もうひとつの対決の結果も、出ているころだ」
「良い勝負になっていればいいわね。圧勝じゃ面白くないわ」
二人はベンチを立ち、薄暗くなり始めたアーケード歩道を校庭の屋台街に向かって歩き出した。
***
お祭りの終了を告げる五発の花火が鳴り響き、あちらこちらの屋台や企画もののテントから、歓声や口笛が上がった。
僕らのクラスの屋台では、同時に三品を扱うという離れ業にもかかわらずすべてが順調で、何も問題を起こさず閉店を迎えていた。
そして、それと同時に、信じられないようなことが起こっていた。
まず、プリン。
なんと、用意した百個が、売り切れていた。
最初の客足から言えば信じられないことだが、特に、終盤に二種十個ずつ注文した客が一人いたことがその売り上げに大きく貢献していた。
もちろんその帳簿に誰が買って行ったかなんてことは書かれていないけれど、浦野が両手に大きなビニール袋を提げていることは事実だ。
結局プリン屋は浦野の私物として始まり浦野の私物として終わったということなのだろうけれど、そこはあまり深く詮索しないでおく。
クレープはかなり早い時間に材料が切れそうになり、追加の買出しをしても終了時刻までを補うことは出来なかった。売り上げ個数は三百何十個というとんでもない記録をたたき出していた。
そんなわけで、トップはクレープで決まりだろうと思っていたから、もうひとつの事実に僕らはびっくり仰天する。
毛利たちのハンドパスタは、個数で四百を超えていた。
と言うのが、どうも彼らは一計を案じたらしく、まずハンドパスタを六分の一くらいに小さく作り、品名を『ミニハンドパスタ』に。看板にはそれが六個乗った皿の絵を。大きく『六個でフェスタチケット五枚』、小さく『一個一チケット』と書き添えた。
そう、一食分売れると六個の売り上げになるようにしていたのだ。
汚いぞ、という抗議にも、最初からこの看板を掲げて出していたのだから最初に文句を言わないのなら認めたってことだ、と譲らない毛利。その他の非難にもひるむことなく応じるところを見ると、おそらく看板の件も含めて入れ知恵しているのはマービンなのだろう。彼の知恵がバックについているとなると、これは論破するのはなかなか骨が折れそうだ。
ひとまず、勝利を認めるのと引き換えに毛利を祝福の袋叩きにするということで収まった。




