第二章 もう一人の転入生(2)
あたしの名前は浦野智美。宇宙一の王女様のご友人なのである!
……なんてことを考えて、ちょっとだらしない笑いがもれちゃう。
何しろ王女様なの。
なんというか、初めて見たときは、うっわーきれいな人だなーって思っただけだったけど、そのあとしっかり見てみたら、それどころじゃないくらいきれいな人で、もうあたしの頭の中は常にお祭り騒ぎ。
そんな人とお友達……お友達かな? お友達だと思うけど、そんな関係なのだから、もう顔はにやけっぱなし。
もちろん一番のお友達はきっと大崎君なんだけど、まあそれについては野暮なことは言わないよ。
なんか、二人の間には友情とか愛情とか、そういうのを超えた絆みたいなものがあって。
ちょっと妬ける。
うむ、妬けるのだ。
なにしろかわいい。
お部屋に飾りたい。
だから、一応、奥村先生に大崎君の二番手として認識されてるのはとても名誉なことで。
大崎君にちょっと所用があるときは、帰りのエスコートにあたしが呼んでもらえるのだ。
さすがに先生も気を使って、誰かいつもそばにいるようにしてるんだよね。
そんなわけで、今日はあたしのエスコート。
セレーナさんが荷物をまとめるのを待って、連れだって学校を出た。
「ねえセレーナさん」
ちょっと気になったことがあって、聞いてみる。
「大崎君のこと、さっきさ、ありえません、なんて言ってたけど、ほんとのところはどう?」
あたしが言うと、セレーナさんはちょっと味のある困り顔をあたしに見せた。
「トモミ、あなたねえ、あのジュンイチが、あんな厳しい試験を通過できると思うの?」
「通過してほしいのう?」
セレーナさんは困り顔に戸惑い顔の表情を付け加えた。
「いいえ、全然。トモミは私をどうしたいわけ?」
「うーん、大崎君があんなに好き好きオーラだしてるから、なんだかかわいそうだなあって」
気付くと、彼女は立ち止まって、あたしの斜め後ろにいる。
「……トモミは、そう思う?」
あたしも立ち止まって、セレーナさんに向かい合った。
「……違うのう?」
「わかんないわよ」
小さくため息をついてセレーナさんが歩き出したから、あたしも横に並ぶ。
セレーナさんはとても目立つから、時々、すれ違う人が振り向いているのが、ちょっと気持ちいい。
「私、人の好意にすごく鈍くて」
セレーナさんがつぶやくように言った。
「お父様は私を愛してくれてる。なんかそれは、分かる気がする。じゃあアントニオは? ……わからない。昔仲良しだった侍女の子も、今となったらどうだったのかちっとも分からない。え? 私って、好かれる候補これだけだっけ? なんて思っちゃうわ。そしたら、ジュンイチがどうかって考えると、その、ものすごく貴重な候補の一人かもしれない、って思うだけで」
今日は赤い夕焼けがきれいで、空の赤がセレーナさんの顔を少し染めている。
「人が人に好意を示すってどんな風なのか、分からないのよね。せいぜい、ロマンスドラマの一シーンを知ってる程度で」
あたしは黙って聞いているしかない。なんだかちょっと思ってたより重い告白に。
帰り道は下り坂に差し掛かってる。
「たとえばトモミ、ちょっと想像してみて。ジュンイチがね、誰かに『僕はトモミのことが好きなんだ』って言ってて、それをうっかり聞いちゃったら、どう思う?」
あわわ、こっちに火の粉が飛んできた。
「いや、その、うーん、面と向かって言われたわけでもなし、きっと、あたしは大崎君のいい友達なんだろな、って思うけど」
あたしが慌てて答えると、セレーナさんは微笑んで頷いた。
「私の感覚もそれに近いかも。ジュンイチはあちこちで私を守るだとかなんとか堂々と言うものだから、勘違いしちゃいそうだけど」
「勘違いしたいって気持ちは、あるのう?」
「無いわよ」
今度は彼女は即答した。
「もしそんな気持ちを向けられても、困る。私にとってここは緊急避難所。いずれ戻って、私は戦わなきゃならない。そんなところで、友情だとか、それよりもっと重いものだとかを向けられても、困るの」
「……巻き込んじゃうから」
「ええ」
坂を下り始めると、途端に夕闇が視界を覆い始める。明るい街灯だけがあたしたちの道しるべ。
歩きながらふと思い出す。
誘拐されてたあの何日かに、大崎君に聞いた、セレーナさんの戦い。
たった一人の王女として、化け物のような貴族たちと戦ってる。
自分が操り人形として一生を終えてしまわないように。
自分が将来継ぐことになる国をもっとよくしたいがために。
ルイス・ルーサーさんの話もちょっと聞いた。
そんな人たちも笑顔で暮らせる国にしたいって。
ちょっとかっこいいな、って思ってたりもする。
「ジュンイチは頼りにしてるわ。何度も助けられた。これからも頼ることはきっとあると思う。じゃあ私がジュンイチに与えられるものって何? 私にできるのは、ほんの二十クレジットの贈り物をするくらいのもの」
「でも大崎君は喜ぶと思うよう?」
「でしょうね。きっとトモミが同じ贈り物をするよりも喜んでくれるって自信はあるわ」
うへぇ、さすがは王女様。
「……それは私の義務だから」
「……義務? 贈り物をするのが?」
「いいえ。私のなすことはすべて最上のものであるって思い込むこと」
――あたし、勘違いしてた。
セレーナさん、かわいいうえにものすごい自信家だなあなんて思って、さすが王女様だと思って。
そうじゃなきゃならないだけなんだ。
小さな頃から、そうでなければならない人生を生きていた。
誰もがひれ伏す存在だからこそ、そう思わないといけないんだ。
いつも自分が上って思い続けるの、ちょっと……あたしには無理。つらい。かも。
「ジュンイチは私に心酔した忠義の騎士。私のことを嫌いなわけがない。私とジュンイチはとても強い友情で結ばれてる」
毅然と言い放ち、
「――っていうこの気持ちも、私の思い込みなんだろうな、って思ってる」
なんだこれ。なんだこれ。
ちょっとつらすぎなんですけど。
どうしてこの人、こんな孤独に耐えて戦ってんの?
馬鹿なの? 死ぬの?
ほんとに、死んじゃうよ?
なんでまだ生きてんの?
あたしだったら即死級だよ。
「あ、あたしさ」
何を言っていいかわからないけど、セレーナさんの告白を止めたかった。
「セレーナさんのそのきもち、ちっともわからないよ!」
何言ってんだあたし。
馬鹿なの? 死ぬの?
ていうか、死にたい。
目をまんまるにしていたセレーナさんが、ぷすっ、と噴いた。
「言うわね」
「だだだだって、じゃああたしがいくらセレーナさん好きだよって言っても聞いてくれないんでしょ!? あんまりだよう」
「そ……そんなつもりは無い……わよ」
「じゃあ、いいじゃないのう! 好きって言われたら喜んで、嫌いって言われたら悲しんで。好きと嫌いがいっぱいのなかで、好きな人同士が近づいて。そしたらもう独りじゃないよ。あっ、あたしもそこにいるから! だから、もう、自分は独りだなんて言わないでよう」
何言ってんだあたし。
仮にも宇宙一の王女様に説教しちゃってる。
そしたら、セレーナさん、なんだか少し考えこんじゃった。
あたしもそれ以上何も言えずに、歩きながら、流れていく地面をぼうっと見てるしかなくて。
……。
セレーナさんが滞在してるホテルのフロントが見えてきた。
今日のエスコートはこれで終わり。しょんぼり。
「ありがとうトモミ」
あたしが、じゃあって言おうとしたその刹那、突然セレーナさんが言う。
「私、あなたの気持ちだけは信じる。なにせ、あなた、私になにもくれないものね」
し、失礼な、と思ったけど、ああ、これが、セレーナさん流の照れ隠しなんだなって、気づいた。
「うん、なにもあげない、なにももらわない、貸し借り無しのお友達だねえ」
あたしが言うと、セレーナさんはやっと宇宙一の笑顔を見せてくれた。
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