第三章 ベルナデッダの飛べない巨鳥(7)
僕とセレーナにはそれぞれ別の部屋を貸してもらえることになった。長い間使っていない部屋と言うが、きれいにほこりは払われていて快適そうだった。そういえば、会話の合間に飛行型家事ロボットが飛んでいる音を聞いた気がする。
夜も更けて、セレーナが先にシャワーを浴びて休んだ。
僕は、ルイスと会話できる機会が惜しい気がして、もう少しがんばって起きていようと、居間に残った。
昔の研究のことを話すルイスは楽しそうだった。
彼の研究への熱意を奪ったエミリアのやり方は、確かに僕も許せない。
もちろんそれなりの事情はあるんだろう。
それを調べて正すことは、きっと僕じゃなく、セレーナの仕事なんだと思う。彼女もきっと決意している。
ルイスに、どうだね、と言われて勧められたお酒を、僕はちょっとだけ頂いた。
昨晩の失敗があるから、ちょっとだけ。でも、お酒が僕をどんな風に変えてくれるかも知っているから、ちょっとだけ。
少し酔うと、普段は言えないようなことが、口から出やすくなる気がする。
自分でも分かってる。
僕は、人付き合いが下手だ。
ちょっと前まで、僕はうまく人を操れるんだと思っていた。クールに事態をコントロールできる、だなんて、ちょっとうぬぼれていたところもあるかもしれない。
だけどそれはセレーナにはまったく通用しなかった。
人付き合いは、相手を操ることとは違うんだと分かってきた。
僕は、気持ちをうまく表したり理解したり出来ないことに気がついた。
それは、クラスでのショートスピーチが苦手なのと、根っこのところでは同じ。
相手の心に触れるには、自分を上手く表現することができないといけないんだと思う。
ただ客観的な事実だけをしゃべっていればいい学問の場と違って、誰かをどう思っているか、誰かにどう思われたいか、そんなことは僕の口からなかなか出てこない。
お酒の力は、それを可能にしてくれるかもしれない、と、昨日気がついた。
でも、やっぱり未成年だから、ちょっとだけ。なめるだけで。
「それで、どうしてこんなことをしているんだね」
向かい合わせに座っていたルイスが、お酒のグラスをもてあそびながら僕に向かって言った。
「それは、歴史研究の……」
「話したくなければそれでも良い。だが、殿下のいらっしゃらない今だけでも、こっそり聞きたいと思うのは、平民の私にはわがままが過ぎるかね」
ああ、身元ばれ確定。
「……やっぱりお気づきですか。そうですね、彼女は、この国の王女殿下です。ただ、僕は、本当に地球の一市民です」
正直に話すと、ルイスは鼻で笑った。
「あのエスプレッソを口にしたときの顔を見れば、おそらくそうだろうとは思ったが。しかしエミリア王女殿下と地球人か、不思議な取り合わせだ」
「話すと長くなるんですが――」
それから、僕は、顛末を簡単に語った。
彼女が地球の僕のところに押しかけてきたこと。逃亡の身になってしまったこと。『究極兵器』の秘密を見つけて摂政の鼻を明かしてやろうと考えたこと。ロックウェルに目をつけられてしまったこと。ベルナデッダの戦争を僕らが起こしてしまったこと。究極兵器を見つけないと彼女の立場がまた面倒なことになること。
「ふっふっふ、動機は子供らしいのに宇宙をひっくり返すようなことをしておる。よろしい。実によろしい」
僕の話を聞き終えたルイスは笑いながら言った。
「科学はそうやって発展してきた。歴史はそうやって動いてきた。若いものが。青くさい信念だの友情だので。あと三十年若ければ私も同行したかったな」
「このことはどうか――」
「もちろん、他言はしないよ。だが、気になるね、君はおそらく、本当の究極兵器を見つけた。それがなんだったのか。この私の思いついたマジック爆弾よりも強力なそれの正体がね」
しかし、僕は彼の興味に答えるわけにはいかないのだった。
「すみません、これだけは誰にも知られたくないんです」
「いいとも、秘密にしておきたまえ。それはきっと、君と殿下の友情の絆なのだ。だから殿下も、その秘密を実の父である陛下や摂政閣下にも話さないでいらっしゃるのだよ」
彼の理解は間違っている。究極兵器としてのジーニーは、それを誰もが知ることになったとたんに、究極兵器としての意味を失うのだから。だから僕は誰にも話せない。
けれど、セレーナが、僕のためにその秘密を守ってくれているのかもしれない、と考えると、やっぱり胸が温かくなる。彼はそれを、友情と言った。そう考えるともっと胸が温かくなる。
「そういうわけで、ルイスさんには大変失礼なことをしました」
「何がだね?」
「この僕の訪問と理論に関する議論は、偽装工作のための嘘で……」
「……そうだな。だがね、私は、君が殿下の関係者だと分かっていても君にすべてを託そうと思っていたし、今もその考えは変えておらんよ。――いや、今の君の話を聞いて、むしろ確信を深めたくらいだ。……いいかね、老人の知恵は、いつかは若者が受け継がねばならんのだ。君と殿下に、それを期待させてもらってもよかろう?」
「それは……セレーナはともかく、僕に関しては買いかぶりです」
「それでもかまわんよ」
彼は言いながらグラスの中の琥珀色のものを一気に喉に流し込んだ。
「それが、老人の楽しみだ」
僕はそれ以上何も言うことが無かった。
僕もいつか歳をとって、子供に何かを託したくなるときが来るんだろうか。
僕は彼のように歳をとれるだろうか。
「面白い話をありがとう。明日には発つのだろう?」
ルイスはグラスにもう半分だけ酒を注ぎながら言った。
「ええ、はい。何か恩返しが出来ればいいのですが……」
「君たちは、また必ずここに来るよ。私の脳髄がさび付いていなければね。また会おう。それだけで十分だ」
「はい」
彼の言葉のどこまでが社交辞令かは分からない。けれど、いろいろと落ち着いたら、また来たいと思う。
もし僕とセレーナの友情がずっと続いて。
自由に宇宙を旅する機会があれば。
ルイスは、最後の半杯の酒を右手に握ったまま、目を閉じていた。
穏やかな寝息が聞こえた。
なんだか起こすのも悪い気がして、僕は静かに立ち、用意してもらった部屋へ続く暗い廊下を歩いた。




