第三章 ベルナデッダの飛べない巨鳥(6)
夕食の準備に向かったルイスは台所で何か小さな音を立てている。
セレーナは、まだ暗い顔だ。
「セレーナ、まださっきの話を気にしているのかい」
僕が尋ねると、
「うん、そりゃ、ね。私の国が、彼のような才能をこんなところに閉じ込めていたなんて。私はなんて無知なんだろう。一方じゃ、あなたの才能を埋もれさせるのは惜しいなんてことを言いながら、もう一方ではこんなひどいことを」
「違う、それは君の責任じゃない。君がやったことは、僕を一押ししようとした、それだけだ。才能を殺そうとしているのは全く別の人たちだ」
「それでも、そのすべての責任は、王にあるのよ。たとえ欲に目がくらんだ貴族や石頭の官僚がそれをやったとしても」
「まだ王でない君が?」
「次の王である私だからよ」
それが、セレーナなりの責任の感じ方なんだろうとは思う。
「変える」
セレーナがそう言って、僕を見つめた。
「……こんなことを?」
「ええ。変えたい。こんなことをやってる連中が誰なのか……考えなくてもわかるくらい心当たりがあるけれど、知ったからには、私は変える。私が戦う理由が一つ増えた」
「その時は僕も」
僕は嘘がつけないからこんなことをうっかり言ってしまう。
僕にそんな席はきっとないって分かってるけど、これもきっと幼稚な英雄願望。
気持ちだけは、そばにおいてほしい。
続く言葉は口にしなかったが、多少は彼女にもそれは伝わったと思う。ほのかだけど、彼女の頬に笑みが戻ってきた。
「ありがとう。こうやって、身分を隠して庶民の間を歩き回ることも大切ね。これから、もっといろんなものを見なくちゃ」
彼女も、これからまだ成長する。もっといろんなものを知る。僕よりもずっと。
きっと、この惑星の研究所だって、いつか自由に好きな研究ができる、本当の反重力研究の聖地になる。
「で? 結局どういうこと?」
「何が?」
「理論のことよ。何言ってるのかさっぱり。なんとなく、何かが出来そうなんだろうとは思うんだけど」
僕は思わずがくっと肩を落とした。
「ちょっと、そんな反応ないんじゃないの? こっちは素人よ? マジック技術のプロ中のプロの話なんて理解できるわけないじゃない」
セレーナが黙り込んでいたのは、この兵器の恐ろしさに驚愕していたからではなく、なーんにも理解できていなかったからなのだということがようやく分かった。
「うーん、簡単に言うと……、マジック鉱をたくさん使えば、誰も防げない強力な攻撃が出来るってこと」
「あの地球の穴を開けるくらい?」
「そりゃもう。十分なマジック鉱とマジック機関さえ用意できれば、惑星ごと消し飛ばせる」
「……は?」
やっぱりその反応か。
「……馬鹿?」
「いや、真面目に」
「ありえないわよ、そんなの」
「もちろん理屈上の話さ。反重力の爆発だからね、重力で結びついた惑星ならそれを解いて粉々に消し飛ばすのは簡単さ。正確には分からないけどね、何万トンのマジック鉱と、前に乗った豪華客船の百万倍の規模のマジック機関があれば、多分、惑星を消すくらいは出来ると思う」
僕が言うと、セレーナは大きくため息をついて、それから、僕の頭を思い切りはたいた。
「びっくりしちゃうじゃない。そんなの無理に決まってるのに。なんで学者連中ってのは何でも大げさに言うのかしらね」
「僕は学者じゃないんですけど」
「あなたなんてルーサー博士とまともに会話している時点で学者連中のくくりの中よ」
ずいぶん大雑把なくくりだな、と思ったけれど、とりあえず抗議するのはやめておいた。彼女がマジック兵器の可能性を薄ぼんやりとでも理解できたところでよしとしよう。
彼女が理解することが、この後、摂政をうまくだますために重要になるのだ。
やがて、ルイスは、冷凍のディナープレートを暖めて持ってきた。
僕らはお礼を言ってご馳走になることにした。
彼はきっとずっと一人でこんな生活をしているんだと思う。よく見ればキッチンの外に回収前の冷凍食品プレートがたくさん積んである。
「こういう食事はあまり口に合わないかもしれないが」
「とんでもない、ここしばらく宇宙船の味気ない食事が続いていましたから」
前の晩は大酒飲んでへべれけだったけれど。そう言えば、あの宴席では、せっかくのもてなし料理を食べた記憶が無い。
「だが、地球からこんなところまで、研究のために旅をするとなれば、相当な資産家だ、こんな粗末なものは食べないだろうに」
「自宅でも似たようなものですよ、いや、この方がよほどましです、父の趣味の創作料理に毎晩つき合わされるよりは」
僕が言うと、ルイスは初めて声を上げて笑った。
「そうか、じゃ、遠慮なく召し上がってくれたまえ。お嬢さんも、こんなもので大丈夫かね?」
彼が、セレーナの正体に気づいていると知って彼の言葉を考えると、また違った意味に聞こえてしまうけど。
「ええ、それどころか、突然ご馳走になってしまって、申しわけありません」
「いいとも」
彼は言いながらスプーンを持ち上げ、プレートのスープをすくって口に運んだ。
「ところで、私からの質問だ。君たちは、どうしてこんなものを調べているんだね」
いきなり、核心。
そりゃ、僕が彼の立場だったとしても、気になる。
どう答えたものだろう。
僕はまたセレーナの表情を伺った。
そのときに見えた表情は、さっきも見せた、『あなたに任せる』を示していた。
僕はそれにうなずいて答えた。
「地球に、大きなクレーターがあることをご存知ですか」
ちょっともったいぶった言い方に過ぎたかもしれないけれど。
「どんな惑星にも大小さまざまな古いクレーターはあるものだ」
彼はうつむいてスプーンを口に運びながら返す。
「地球のクレーターは、この千年のうちのどこかで出来たものなんです。公式には九百九十年前、核融合発電所の爆発事故。でも、実際にこの年代は何度かの改暦のときに狂っているかもしれないし、起こった事件も別のものだと僕は見ています」
「ふむ、つまり、さっきのマジック兵器のことだね」
「はい……僕は、このクレーターは、宇宙人が地球を攻撃した跡だと信じています。事実、地球は、その軌道上までを宇宙人に支配されているんです。宇宙人の強烈な一撃が地球を降伏させたんだと考えています。その候補として、マジック兵器に思い至ったというわけです」
「なるほど。そのクレーターはどのくらいの大きさなのかね」
「三キロメートルか、場所によってはそれ以上」
「三キロ……それはさすがに穏やかじゃないな。意図的な攻撃ではないかと考えたくなるのも分かるよ」
ふむ、と鼻を鳴らし、彼はスプーンを止めた。
「しかし……現実にそんな兵器は存在しない。惑星表面を吹き飛ばすことは戦争解決の手段にはならんからな」
言われてみれば、彼の言葉は確かにごもっともだ。戦争に勝つには宇宙空間の宇宙戦艦を吹き飛ばさなきゃならない。
「つまり君たちの目的は、歴史的新説の裏づけということかね」
「あ、は、はい、その通りです」
僕は少しぎこちなく答えた。
歴史家と言いながら来た人間が、マジックの理論討議を持ちかけたと思えば、実はやっぱり歴史家でしたというのは、ちょっとさすがに納まりが悪い気がしたからだ。
「よろしい。君のような才能が歴史研究に奪われてしまったことは大変悔しいがね、それも立派な学問だ」
この人までセレーナと同じようなことを言う。
それに対して、そうなんですよ、と応じてセレーナがまた僕をほめてるんだかけなしてるんだか分からない一席をルイス相手にぶちまけ始め、僕はそれを無視して食事に戻った。
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