第一章 切符と代償(3)
お人よし。
お人よしの馬鹿。
私が、オオサキ・ジュンイチという人間に対して最初に持った印象。
御しやすい馬鹿な子供。
……でもそれはきっと私も同じ。
ただ生まれ落ちた場所が王宮だっただけ。
なのに……そんな至高の力を持って生まれた私なのに、私は易々と諸侯たちに御されていた。
どうしてこんなことになる前に動けなかったのか。
……理由なんて分かってる。
ただただ、私が弱虫だっただけ。
あの子は、元気かな。
元気……なわけないわよね。
だって、エミリア王国第一王位継承権者に傷をつけたんですもの。
私がそんなに恐ろしい存在だなんて知らずに、気軽に振るってしまった力で、あの子はきっと――。
両親に頭をつかまれ無理やり床に顔をこすりつけられていたあの子の姿が、まだ脳裏から消えない。
私は、対等な友達だと思ってたのに。
そんなことはなかった。
私に対等な友達なんてできるわけがなかった。
私は、あの子にごめんなんて言ってほしかったんじゃない。
ただあの子のために……。
いや、もう思い出すのはよそう。
忘れて前に進むんだ、って決めた。
決して弱虫の私を見せないこと。
必要があれば嘘の涙でも流して見せること。
全部嘘で固めよう。
私の仕事は嘘をつくこと。
私は決して自由になんてなれない。
割れたコップが戻らないのと一緒。
心がチクリと痛む。
結局、このお人よしを、あの子と同じようにしてしまうんじゃないかって思ってしまって。
彼がコップの破片で怪我をしてしまわないように――どうか、最後は私を憎んでくれますように――
「ところで、結局行くってどこへ? どうやって?」
彼はそんなことを能天気に聞いてくる。自分がどこに連れ去られるのかも知らないで。
「ともかくお父様の足取りを追う……ではダメね。次にどこに向かったのかを予測して、それよりも早い手段で先回りしなきゃ」
「次にどこへ? そんなこと分かるの?」
分かったら苦労しない。仮にも相手は一国の国王。その動静に関するセキュリティレベルは宇宙で一番厳しいと言っていい。
でもそのための準備はちょっと前から進めてる。
別にジュンイチに頼る必要もない。
ただ、ほんのちょっと、私の足取りをごまかせるだけで。
私は再びジュンイチのIDを受け取りながら、
「少し待ってて。今、応援を呼んでるから」
私が言うと、彼は目を丸くした。そりゃそうよね、ただ一人で家出したとのたまう小娘が応援を呼んだだなんて。
ちょっと優越感を感じてしまう。
「でもここで待ってても――」
彼が言いかけたところで、空からすさまじい風切り音が響いてくる。遅いわよ、ジーニー・ルカ。
***
僕は、突然頭上に巨大な気配を感じて首をすくめる羽目になってしまった。
風きり音を立てながら空から降りてきたそれは、全長三十メートル近くはあろうかという、真っ白な、翼の生えたイルカのような巨大な代物。
突然の巨鳥の飛来に、街は悲鳴や歓声で満ちた。
巨大な白イルカは翼を折りたたみ路上数メートルに浮かぶと、側面から搭乗タラップ(に間違いないもの)を僕らの前に伸ばす。
「さ、急いで乗って。あまり目立ちたくないから」
促すセレーナに、僕は何も言うこともできず、ただ背を押されるままにタラップを駆け上るしかなかった。
そこに座れ、そのベルトを締めろ、という立て続けの指示にただ従い、気がつくと彼女も隣の席にベルトで固定されている。
そして次の瞬間、突然の落下感に襲われた。
落ちる――という本能の悲鳴にも関わらず、窓から見える景色は下に向かってすさまじい勢いで流れていく。
暗いオレンジだった空の色は、ぐんぐんと暗さを増していき、紫を過ぎてやがて真っ黒に変わった。
僕の体の感覚は相変わらず落下し続けていると警告を発している。
でも、知識では知ってる。これは――無重力だ。
「急がせちゃったわね、ジーニー・ルカ。無事に会えてうれしいわ」
誰にともなくセレーナが呼びかける。
「こちらこそ、ご無事で何よりです、セレーナ王女」
部屋のどこかから、中性的でまったくなまりの無い模範的標準語を話す声が響いてきた。
「ご苦労様。こちらはジュンイチ、怪しいものじゃないわ」
「存じております。念のため身元検索しておきます」
会話が途切れたところを見計らって、僕は口を開いた。
「誰か乗ってるのかい? この……飛行機……に」
僕の疑問に、彼女はなぜか勝ち誇ったかのように鼻で笑った。
「そっか、普通の人はあまり見たこともないものかもしれないわね。この船に積み込みの私専用のジーニーよ。それから、これは飛行機じゃなくって、私専用のマジック推進型の宇宙船」
僕はその言葉に声を失って驚くしかなかった。
ジーニーにマジック!
地球人で、実物を目にしたことがある人がどれほどいるだろうか、この二つの超技術を。
ジーニー、幾何ニューロン式知能機械(GEometrically Neuronized Intelligence Equipment)、いわゆる人工知能のひとつ。政府や大企業が政策判断とかに使っているなんてうわさに聞く知能機械。論理知能と直感知能を併せ持つ、人類究極の知能マシン。ジーニー同士がジーニー同士しか知らない相互作用を通して論理推測を行い、時には【直感】により推論を補足する。その直感の仕組みは、実のところよく分かってないとさえ言われている。こんなものが、個人用の宇宙船に載っているなんて。これだけで何十億クレジットというお値段のはず。そりゃ四億のクレジットなんてお小遣いだ。
そして、マジック。巨視的反重力慣性帆走(Macro?Anti?Gravity Inertial Career)。簡単に言えば反重力推進システム。その存在こそ誰でも知っていても、それで飛ぶ船を見たことがある地球人など数えるほどだろう。非常に高価で希少なマジック鉱という特殊な鉱石がないと作れないこの貴重な反重力エンジンは、地球みたいな田舎じゃちょっとお目にかかれない。何しろ、このマジック鉱ってやつは、一説によれば惑星形成時の近隣の超新星爆発の影響で偶発的に作られたとも言われる奇跡の鉱石で、宇宙でもたった一つの惑星、珍しい王政をとる国でしか……。
「あぁっ!」
僕は思わず大声を上げてしまった。
マジック鉱を唯一産出する惑星の名前。
どうしてこんなことを今まで思い出せなかったんだろう。
その惑星の名前は、エミリア。
「君は……ひょっとして、あの、惑星エミリア……エミリア王国の……」
僕が声を震わせながらセレーナに尋ねると、彼女はぽかんとしたような顔を一瞬見せ、
「……呆れた、気づいてなかったのね。マジック推進もろくに普及してない田舎惑星じゃしょうがないかと思ってたんだけど」
「いや、その、ずっと地球のどこかの田舎王国の人かと思ってたんだよ」
言ってから、これまでの自分の言動を思い出し、顔がほてるのを感じた。
――と同時に、セレーナにこれまでかけてきた無礼な言葉の数々。
「なるほど、話がかみ合わないはずだわ」
そう言って、セレーナはくすっとかわいらしく笑った。
「そ、その、ごめ、もうしわけ、えっと?」
「もう、今更やめて。何? あなたって、相手の国の国力で態度変えるタイプ?」
そんな風に笑われると、僕はまた恥ずかしくて顔がほてってくる。
「こっ、国際政治の場では、当然だと思う、おも、存じま」
「なるほど、おっしゃる通り。じゃあご希望に応えまして、今までの不敬を累積すると――うーん、石棺刑かしら? 酒葬刑かも? それとも、火炙刑?」
「どどど、どれが上なの!?」
「どれが上だと思う?」
「い、痛くないやつでお願いします!」
「今度死んだ人に聞いてみるわね」
「やっぱり死んじゃうんだ!?」
僕が慌てていると、セレーナはこらえきれずに笑い出した。
「もういいわ。それになんだか、あなたに敬語でしゃべられると気持ち悪い。これまで通り」
「う、うん、なんかごめん、僕も今さら無理だ。君がその、頭をちょっとアレしちゃった家出少女だと思ってた時から」
僕が何とか言葉を絞り出すと、セレーナはぷすーっと吹き出した。
「よかった。だいぶ出世したみたいね、私」
にこにこと笑うセレーナはとてもご機嫌そうに見える。それはきっと、これまでさんざん失礼な態度をとって来た僕への意趣返し。うん、しょうがない。やっちゃった自覚はある。甘んじて受けよう。
「じゃあ、この船で陛下の先回りを」
「ええ。この船より速い移動手段は宇宙にはないはずよ。そして、ジーニー・ルカより賢い知性も、ね。ジーニー・ルカ、オーダーよ。エミリア国王陛下の居場所を探して」
「セレーナ王女、お言葉ながら、そのオーダーはエミリア王国一般セキュリティ規則の第五十四条――」
「――を破らないように、お願い、ね」
「――かしこまりました」
……これはひどい。なんだこのやり取りは。ジーニーってもっと超越的知性ではなかっただろうか?
「大丈夫なのか? その、セキュリティ規則云々は」
「大丈夫よ。別に私が王女だからとかじゃなくて、ジーニー・ルカが勝手に妄想を口にするだけだから。別にどこかのシステムに侵入して情報を盗み取ろうってわけじゃないから」
「セレーナ王女、陛下はペキンです」
「ありがと。ね、こんな感じ。その次は?」
「その先はニューデリー、フランクフルト、ロンドン、ワシントン」
「ではまずペキンへ。オーダーよ」
彼女が言うなり、再び重力の方向がぐにゃりと変わったような感触があり、窓から見える景色がグルンと回った。
舳先はおそらく、ペキン、大陸の漢民族文化自治区の首都。
「あ、謝っとくわ、ごめん、ジュンイチ」
突然の謝罪の表明に、僕は面食らって
「え、な、なにが?」
としか答えられない。
「たぶんだけど、空域IDスキャンにあなたのID残るわ。地球にも空域フェンスあるんでしょ?」
「……あ」
国境の出入りほどの管理がされてるわけじゃないけど、空中に仮想のフェンスを張ってあって、そこを通過するIDをスキャンしてるはず。セレーナのIDはしっかりとアンチスキャンに包まれているけれど、僕のIDは隠れ蓑として大いに存在を主張してる。もし僕が行方不明にでもなれば、捜索隊はペキンに向かうだろう。
「……聞いてない」
「だから、ごめんってば」
ごめんで済みそうな犯罪じゃない気がする。厳密には犯罪じゃないはずだけど。
「早まった」
僕が憮然とつぶやくと、セレーナはまた笑って見せた。
「私の勝ち、ね」
はいはい、そうでしょうとも。
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