第一章 偽りを求めて(1)
魔法と魔人と王女様 第二編 魔法と魔人と重力爆弾
■第一章 偽りを求めて
僕は、金髪美少女に大声で呼ばれた男として放課後残っていた生徒たちに大変な注目を浴びながら、それでも、彼女の下に走り寄っていた。
彼女の前にたどり着いて、まずは弾んだ息を整えようと膝に手をついて大きく息を吐きだし、状況を思い出す。
この場所は、僕の通う高校の校庭のど真ん中。
目の前には、オフショルダーのブラウスにデニム生地のハーフパンツといういでたちの金髪美少女。
さらにその向こうに、真っ白の船体にオレンジで『ドルフィン号』としたためられた全長三十メートルにもなる、白いイルカのような宇宙船。
背後には、校舎と、その窓から僕らと白いイルカを眺めるたくさんの目。
恥ずかしさのあまり、僕は、目の前にいる美少女、エミリア王国国王第一息女セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下に対する再会の挨拶も忘れて、彼女の手を取り、白イルカから伸びたタラップを駆け上っていた。
「ジーニー・ルカ! タラップを閉めて、二万メートル上昇!」
僕はセレーナの手をしっかりと握りしめたまま命じた。
「かしこまりました」
直後、懐かしい落下感とともに、僕の名づけた宇宙船ドルフィン号はあっという間に成層圏の下層にまで飛び上がっていた。
その最中、体が浮いて飛んでしまいそうなのを、左手でシートの背もたれハンドルを、右手でセレーナを、それぞれしっかりと握ってつなぎとめる。セレーナも両手で僕の右手を両手で捕まえ、握りしめる。
やがて、重力が戻ってくる。
僕が、ふう、と一息ついたときに、もう一つの、より重要な問題に気が付いた。
つまり、短気な王女殿下、セレーナ姫が、鬼のような形相で僕を睨んでいるということだ。
「あ、久しぶり……」
「久しぶりじゃないわよ! この私に挨拶もせずこんな無礼な真似をして、ただで済むと思ってるの!」
あああああ、大変だ、王女様モードだ。
「た、大変な無礼を差し上げまして――」
「敬語禁止!」
どっちだ!?
そして握っていた僕の右手を振り払ってぷいっと後ろを向いてしまった。
「ジーニー・ルカ! あなたもこんな平民の命令を聞くんじゃないの!」
空中に向かって、正確には、この船に搭載されている幾何ニューロン式知能機械=ジーニー・ルカに向かって、大声で怒鳴りつけた。
「お言葉ですがセレーナ王女、ジュンイチ様のご相談、ご命令があればいつでも従うようにとの事前のご命令がございましたので」
「屁理屈を言わない!」
セレーナはこりゃ随分ご機嫌斜めだぞ、まいったな、と思いながら、その理由を考える。
そう、さっき降りてきたとき、セレーナはちょっと困ったことがあると言って――やばい。
ジーニー・インターフェースを机の奥にしまったままだった。
きっと呼び出しがあっただろうに、完全に無視して、わざわざ地球まで来させてしまった。
これ、怒るどころの話じゃないぞ。
「そ、その、ほんとにごめん。なんというか――」
……ええい、正直に言ってしまえ。
「僕はその、セレーナとの冒険は、もう夢のようで、夢から覚めたらきっとちゃんと自分の生活に戻らなきゃってそればかり考えて、だから、その、それを思い出すようなものは目の前に置いておけなくて」
僕が言うと、セレーナはほんの少し、表情を緩めてくれた。
「私、言ったわよね。あなたを友達だと思ってる、って」
「そんなのも含めて、全部! 君のような人が僕の友達になんてなってくれるわけがないとか、ああいや、違う、違わないけど違う、ああもう、ほんとごめん!」
もはや、平身低頭謝るしかなくなってしまった。
そんな僕を見下ろしていたセレーナは、やがて小さなため息。
「……いいわ。私も無理を言ってるのは分かってる。配慮が足りませんでした」
そんな風に言われてしまうと、僕も何も言葉を継げなくなってしまう。
時間だけが過ぎていき、でも、そうだ、セレーナがここに来た理由だ。
「それで、どんな厄介ごとに?」
とりあえず僕はなつかしのナビゲータ席に体を下ろしながらセレーナに訊いた。
本当は会えてうれしいよとか頼ってくれてありがとうとかなんとか、感動の再会を演出する言葉が必要だったのかもしれないけれど、どうにもこそばゆくてそんな言葉を口に出す気になれなくて。
セレーナも同じように隣の操縦席に座り、
「分かってると思うけど、ロッソ摂政」
「……あのあと?」
「そうよ」
セレーナは鼻息を荒くして腕を組む。
「一応ね、私たちがロックウェルの艦隊を『究極兵器』で撃退したのは分かってるから、ほどほどに信じる気にはなってるのよ、私の言い分も。それでも、そのカギを握るあなたをあのカノン基地で放り出してきたのが気に食わないらしくて」
「僕がカギを握ってるってことでもないんだけどなあ……ともかくロッソ閣下は、そう信じてるわけだ」
「そ。あなたを連れ歩いた結果アレを実現した以上は、彼はそう結論を出したみたいで。ともかく会わせろの一点張り。究極兵器のことはいいでしょ、って言うんだけど、それ以外にもいろいろ確かめたいから、って」
「今度は何を?」
僕が言うと、セレーナはため息をつく。
「前に言ったでしょう? 私とあなたが男女の仲なんじゃないかって疑われてるってこと。どうやら、そっちが本題かもしれないのよ」
「ええっ」
僕は思わずのけぞる。
いや、どう考えても、この王女様と、このさえない平民、間違いなんて起こりようもなさそうなもんだけど。
――とはいえ、一度はその罪で死刑になりそうだったわけだから、うん、そこははっきりさせたいよね。
「ああ、はっきりしとくわ。あの件で、一言でいえば、私は英雄扱い。あなたはその英雄の従者、ありていに言えば王女の筆頭騎士。少なくともベルナデッダではそうなってるし、ベルナデッダを治めるブラージ公もそう認識してる。もともと私の味方、グリゼルダを治める私の母方の実家ヴェロネーゼ公もそれを支持してるから、言ってみればロッソ公はもう孤立無援なのよ、この件に関しては。だから、今さらあなたを罪に問うなんてことは政治力学的にありえない状態。だから、あなたを拉致して罰しようなんてことはさすがに考えてないし、彼もきちんとそれは宣誓してくれたわ」
「ん……そうか、色々やってくれたんだね。うん、僕はそんなのほっぽり出して帰ってきて安穏な生活してた……怒られて当然だった。ごめん」
僕が言うと、セレーナはまた少し複雑な表情で目線を落としたけれど、すぐに王女の顔に戻った。
「ともかく、そういうんじゃなくて、ともかくもあなたという人間を評しておきたい、そんな感じがするのよ。お父様も、それならそれでいいんだがね、なんてこと言うし」
まてまて、それは違うでしょ。
「いいってことはないだろ、いくらなんでも。いやエミリアの貴族がどんな論理で動いてるかわからないけど、王族の一人娘なんて、それこそ貴族の政治力学の中心で」
「お父様の軽口をどこまで信じるかは別にして、まあ、とりあえずあなたが誠実な人間で私をどうにかする意思も度胸もないってところだけは、自分の目で見ておきたいってことじゃない?」
度胸――うわあ、ないなあ。
うん、それだけは自信を持って言える。
でもセレーナにそう言われるのはちょっとむかつくから意趣返しはしとく。
「なんだ、じゃあ僕は、君に連れられて結婚のご挨拶をしに行けばいいのかい?」
言うが早いか、セレーナの平手が僕の頭頂部を狙撃した。
「馬鹿なこと言わないの。そりゃロッソのあてがう相手なんてごめんだけど、あなたなんてもっとごめんよ」
そりゃ残念。僕は頭をさすりながら、軽く肩をすくめて見せる。
「ともかく、あなたが私の情夫なんてものじゃなくて本物だってことを、きちんと証明しなきゃならないのよ。つまり――」
「究極兵器を僕が見つけたことを伝える。それをどう扱うべきかをおしえる。そういうこと」
「いいえ、そうじゃないわ。もっと話は単純。究極兵器とは何なのか、それをあなただけが知っていることを証明してあげる必要があるの」
セレーナの言葉は意外だった。当然、この情報はセレーナが持ち帰り、エミリア王国の最重要課題として国を挙げて検討に入っているだろうと思っていたからだ。
「どうして君はそれをまだ彼らに教えていないんだい? スパイを恐れて? それでもロッソに耳打ちするくらいなら」
「そんなんじゃないわ。あの時ジュンイチは、ジーニー・ルカにさえ耳をふさがせて私に告白したわ、究極兵器の正体を。私はそれがどんな意味だか分かってる。ジーニー・ルカにさえ教えたくないって言うあなたの意思。つまり、あれは、あなたと私だけの秘密。もちろん、どうしてあなたがその唯一の秘密の共有相手に私を選んだのかってことはまだ……分からなくて……不安にもなるけれど、私はその秘密を絶対に守ろうと決めたから……」
それが何物なのか、について触れられない理由があった。その究極兵器自身が会話を聞いているから。
彼が究極兵器が彼自身であると気づいたとき、おそらく、その効用は一気に消えうせる。究極兵器、すなわちジーニーは、ジーニー独自のネットワークであらゆる知識を共有する。ジーニー自身が究極兵器として使われることを認識してしまえば、それは相手のジーニーにとっても共有知識であり、数と性能が互角であれば完全な手詰まり状態となる。それはもはや究極兵器でもなんでもない。人間だけがそれを知り、その異常な情報攻撃力をジーニー自身に悟られないよう発揮させなければならない。
このことを、彼女は盛大に誤解してしまったようだった。彼女の中では、この真実は僕が発見し、なおかつその事実を秘する特権を持ち、それを知ることを唯一許したのがセレーナだと、そう結論しているのだった。
誤解を解くことも考えたが、そのためには、改めて、ジーニーがそれを知ることの危険性を説かなければならない。ジーニー・ルカの耳をふさいで。
正直に言うと、彼女の誤解は、なんだかとてもうれしくなる誤解だった。
彼女が、僕との秘密をこんなにかたくなに守ってくれているなんて。いじらしいじゃないか。エミリア王女殿下の、そんな少女らしい一面を僕だけが知っている。
たとえようの無い優越感。思わずくすりと笑っていた。
「な、なによ、何かおかしなこと言ったかしら?」
「いや、君がたかが外国の平民のためにそんなに思いつめていたなんて思わなくて、つい」
僕が言うと、彼女はまた顔を真っ赤にして、
「たかが外国の平民とだって、王族は、一度交わした約束を絶対に破らないの! それが王族の誇りなのよ!」
「ごめんごめん、君の言うとおりだ」
僕が言うと、彼女は、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「しかし、だったらどうしようもないよ。事実をおおっぴらに話せない僕なりの理由もあるし……そうだな、ま、拷問でもされたらあっさり吐いちゃうだろうけど」
「拷問だなんてさせません」
落ち着きを取り戻したセレーナが毅然と言う。
「君はそう言っても、聞く限りエミリア貴族だって一枚岩じゃない。ロッソ公の歓心を買おうと無茶をする貴族だって出てくる」
「そ、それはそうだけど……」
そう言って彼女はまたうつむいてしまった。
「……素直にしゃべってしまってもいいんだけれど」
「でもあなたの考えも分かるの。あのことはとても危険な知識。なにせ、言葉一つで艦隊一つを滅ぼしたんだもの。星間外交のバランスさえ崩すわ。まさにジーニー・ルカが直感で指摘した通りに。知る人が少ないほどいい。なんであなたが私にしゃべったのかさえ不思議なくらい」
そんな深いところまで考えていたわけじゃないんだけど。
「――なんとか、ごまかす方法を考えられればいいのだけれど」
ごまかす方法か……。
実際にそんなことが可能だろうか。
その正体がジーニーではないと伝えず、それでも、究極兵器の秘密を知っている、と確実に伝える方法。
究極兵器がジーニーでさえ無ければ、なあ。
――ジーニーでなければ?
「ちょっと思いついたことがある」
僕が言うと、セレーナは眉を上げた。
「究極兵器の本当の姿は、もちろん秘密だ。だけど、そう、アレではない究極兵器を見つけたらどうだろう?」
「……そんなに究極兵器がホイホイと出てくるわけがないでしょ」
「言い方が悪かった。見つけるというより、偽の究極兵器をでっちあげちゃう、ってのはどう?」
「偽の?」
「そう。どうせ、歴史は何も語らない。証拠も何も無い。あの真実は、ただ僕の頭から出たことなんだ。だったら、別のアイデアをひねり出して彼らに信じさせることが出来れば良い」
「信じさせるってのが最大の難関なのよ」
「いいや、信じさせることについては、僕らの得意分野だろう?」
僕がそういうと、セレーナははっとように目を見開いた。
「そうか……この前と同じように、ジュンイチが究極兵器を知っていると信じさせることなら、できるものね」
「そういうこと。そして、その究極兵器は、あの地球を攻撃した究極兵器でなくてもいい。なんならまだ存在しないものでもいい。理論上可能な恐るべき兵器。そういうものをでっちあげて、僕自身がそれが可能だって確信を持てれば、きっとジーニー・ルカは事実性確認ですごく高いスコアをくれる。『オオサキ・ジュンイチは兵器の可能性を確信しております。事実性確認結果、九十九.九パーセント』。証明完了」
僕の言葉に、セレーナは少し考えるそぶり。
また長い面倒な旅が待っているのかと不安なのかもしれない。だから、
「そんなに時間をかけるつもりも無い。学校だってあるし。前のような大冒険は、さすがにもうごめんだ。いくつか、証拠を集めて、『それっぽい』回答を用意してあげればいい。それが、簡単には実現不可能、あの状況でだけ使える手段であること、って条件もつけられればもっといい。そうしたら、なぜ君が僕を保護していたかの理由もつく。それ以上の問題は起こらない。すべてはそこで終わり」
と、僕は付け足した。
「そんなに上手くいくかしら」
「やってみなくちゃ分からない」
「……ま、ともかく、考えて見ましょう。エミリアに向かうことは確定事項だし、動きながら考えて、最悪何も思いつかなければ正直に話せばいいし。じゃ、早速出発よ、まずどこに向かう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、さすがに荷物くらい取りに行かせて。前回は一枚のスラックスをずっと履く羽目になっちゃったからさ」
「仕方ないわね、じゃ、ジーニー・ルカ、ジュンイチの家へ。ホバリングして適当に屋根の上にでもタラップ下ろしてあげて」
屋根って、ええー。
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