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第六章 魔人(2)


 救命信号を出しながらエミリア艦隊に近づいた僕らの船は、無事に救出された。

 たどり着いてみると、幸運にも、エミリア艦隊にも被害は無かったようだった。まだ緒戦のうちにすべてが終わったからだろう。

 戦勝パーティをするから降りて来いという言葉をセレーナは快諾した。最初僕はちょっと躊躇した。そういう場は、苦手だから、と。

 だが、セレーナは僕を、こう叱りつけたのだ。


「商売だろうが研究だろうが出世だろうが、社会のすべてはコネなのよ。こんなところでコネクションを得る貴重なチャンスをふいにするつもり? 相手が誰だろうが、チャンスがあるなら懐に飛び込むのよ。そんなこともできない意気地なしなのかしら?」


 ここまで言われちゃ、一緒に行くしかなかった。

 船を下りて戦艦の司令室に入ったセレーナを、満場の拍手が迎えた。


「王女殿下、ご無事で何よりです」


 先ほど通信パネルの向こうに見たラファエーレが、セレーナに近づき、右手を取って深々と最敬礼をした。


「不思議なことに彼らは突然武装解除をいたしました。侵略のたくらみは潰えたのです」


 にこにこと笑いながら彼が言うと、


「ええ、存じていますわ。それをやったのは、この、オオサキ・ジュンイチ様です」


 セレーナが言った瞬間に、すべての視線が一斉に僕に集まった。


「いや、その、究極兵器を見つけたのは確かにぼ」


 言いかけたときに、左足のふくらはぎに強烈な痛み。セレーナのブーツの先がめり込んでいた。


「……えーとですね、僕もその、お手伝いはさせていただきましたが、セレーナ王女殿下の硬軟織り交ぜた根強い説得の賜物でございまして」


 ラファエーレは笑いながら何度かうなずき、


「今のは聞かなかったことにしましょう。エミリアに野心を持ったロックウェル連合国の大艦隊を引き込んで無力化し、虜にした、この戦功を見れば、究極兵器などという戯言が出るのもごもっとも」


 そして、いつの間にか、司令室には酒の入ったボトルが用意されている。


「戦勝を祝って、乾杯をするところなのです、お二方も」


 そして司令官の手ずから僕に赤茶色の液体の入ったボトルを僕に渡す。


「いや、その、未成年なので……」


 もちろん新連合では月次摂取量を守れば未成年でも飲めるんだけれど、やっぱり体に悪いと聞くし。

 そう思って、僕はかぶりを振った。


「はっは、そうか、君は真面目だな。ソフトドリンクを!」


 そうして僕の手には、おそらくアップルジュースと思われる色の液体が運ばれてきた。

 セレーナは、当たり前のように最初に手渡されたボトルを手に掲げている。あれも社交界のルールってやつなのかな。


「セレーナ王女殿下とオオサキ・ジュンイチ様、そして我らの勝利に!」


 司令官の掛け声でボトルを掲げ、それぞれに戦勝祝いのときの声を上げる兵士たち。


 乾杯が終わると同時に、セレーナは一番高い提督席に祭り上げられて、それを囲む輪ができている。

 僕の周りにもその輪からあぶれたたくさんの兵士たちが集まってきて、僕が何をしたのかを口々に質問してくる。

 そんな質問をあいまいな返事であしらいながら聞いたところでは、結局、彼らは一発もアタック・カノンを撃たないことにしていたらしい。セレーナの乗る艦に命中させてしまうことを恐れて。

 ひたすら、ロックウェル艦隊によるプローブの索敵を受けては緊急回避し、隙あらばレーザーでプローブを焼く、そんな戦いを続けて疲弊を待とうと、そんな作戦だったのらしい。わずかなミスの一回もあれば、何艦かはアタック・カノンの必殺の一撃を受けることになっていただろう。

 そんな戦いを強いられそれでも絶望せずに立ち続けた彼らを素直に讃えたいと思った。


 そんな話が途切れた時、もう一度セレーナを見た。


 セレーナは無事にエミリアに帰ってきた。しかも、きっと、国の危機を救った英雄として迎えられると思う。少なくとも、彼女がただの一言でロックウェル艦隊を武装解除させたのだ。それが何の力なのか――王女の持つ理解不能な魔法のような力を畏れ、彼女を糾弾しようとする連中を黙らせるだろう。

 僕が、セレーナとともに旅をする理由は、これで無くなった。

 別れが近いな、と思うと、急に寂しくなる。彼女と過ごした日々は短いけれど、僕の人生でもっとも濃い何日間かだったな、と思う。

 セレーナを囲む輪がようやく途切れ、セレーナが僕の方にふわりと近寄ってきた。

 僕は微笑みかけて、彼女のボトルに僕のボトルをぶつける。


「これで全部、終わりかな」


 僕が言うと、


「いいえ、まだよ。私はこれから帰って、摂政閣下と対決しなきゃならないのよ」


 言われて、僕はそれをうっかり忘れていたことを思い出した。


「そっか、そうだよな。それを解決しないと、君はエミリアに帰ることはできないんだった」


 セレーナは、うなずいた。


「もちろん、僕も行くよ、いいだろう?」


「……結構よ、と言っても来るんでしょう。勝手になさい」


 セレーナはとげとげしい言葉とは裏腹に優しく微笑んだ。

 司令室の端、オペレータ席が並んでいるところに、二人で腰掛ける。

 肩を叩きあいふざけてじゃれあう大人たちを、二人で眺める。

 ちょっと自嘲的に、僕らは子供だ、なんて思っていたけど、大人たちだって、みんな子供なんだな。ただ、少したくさんの責任を押し付けられているだけで。気持ちはいつだって子供に戻りたいんだ。


「子供のころ、ね」


 僕の心を読んだのか、セレーナは突然そんなことを言い出した。


「仲のいい友達がいたの。いつも一緒に王宮の中を駆け回って。いろんな冒険を一緒にした」


 そうか。それはもしかすると、許嫁とされそうになっている従弟殿下のことだろうか。


「ある日ね。離宮の古めかしい屋敷を探検していて。でも古風な建物だから、エレベータとかエスカレータとかじゃなくて、すごく大きな階段が広間にあってね、広間をバルコニーから見下ろせるようになってるの。たぶん、ダンスホールだったわ、今思えば。そして階段の上は上位貴族の賓席」


 僕は黙って続きを聞いていた。


「安全性より品格を重視した作りだったからね。二人で階段で遊んでて……友達が、足を滑らせたの。すぐに気づいた私は必死でそれを受け止めようとして、でも一緒に落ちて、二人とも怪我をしてしまって」


 ふと見ると、セレーナは瞳をうるませている。


「それまでそんなこと考えたことなかったの。だけど、その時に思い知らされて。私の友達、下級貴族の子供で、私の侍女だった。私は友達だと思ってたのに、そうじゃなかった」


 僕の思っていた風景ががらりと入れ替わる。

 臣下として甲斐甲斐しく使える侍女を、友達と決めてあちこちにつれまわす最高権力者。


「次の日。まだ包帯も取れないその子をその子の両親が私の前に引きずってきて、頭をつかんで床に顔をこすりつけて。『責任をもって処分いたします』っていうその子の父親の言葉に、私は何もできなくて」


 声が震えている。


「せめて、それ以上の責めが無いように、『私の不注意でした。ご滋養下さい』とだけ。でもあの子は、結局二度と――」


 彼女は、小さく首を振る。


「だから私は、弱虫になった。私の行動はみんなを不幸にするから。もう私は自分の気持ちを持っちゃダメなんだと思ってた」


「だけど君は立ち上がった。僕は覚えてる。四面楚歌の立場で何もかもあきらめなくちゃならない、そんな中でも、立ち上がった君に、何もかもあきらめて人生を過ごそうとしてた僕は、ひどい劣等感を感じた」


 僕はとっさに否定した。セレーナは弱虫なんかじゃない。


「そうね、そう。私にとって、エミリアにとって、きっと大切な岐路になる、そう思った時、もう一度だけ勇気を出してみようと思った。そこで出会ったのが――ジュンイチ、あなたでよかった。私を妄想に取りつかれた家出少女と馬鹿にしてくれた。私があきらめそうになった時、私の立場を虚仮にして、子供みたいな一念で導いてくれた」


「僕は君に負けたくなかっただけ」


 言うと、セレーナはようやく顔を明るくして微笑んでくれた。


「実はね」


 そう前置いてから彼女は続ける。


「私は私のすべてを嘘で塗り固めてるの。私を本気で助けようと思う人なんて出てこないように。最後にはきっと嫌われるように。それが、私がみんなを守るたった一つの方法。――なのに、あなたはひどい人。そんな嘘をやすやすと見破ってくる。あなたといるのは本当につらい」


 ……そう言われてみれば、僕は常に奈辺にあるかも分からない()()()()()()()とやらをずっと探ってたように思う。ちょっとデリカシーが無かった。反省。


「これからもきっと私は嘘をつく。今だってあなたに話してないこともたくさんある。……見破ってね」


 そう首をかしげるセレーナに、不覚にもドキリとした。

 こんなにかわいい笑い方をする子だったっけ。


「それは僕を……友達と考えてくれてるってことかな」


 |彼<・>|女<・>|の<・>|真<・>|意<・>|を<・>|僕<・>|は<・>|見<・>|破<・>|っ<・>|た<・>。


「ええ、そう。あなたになら好かれてもいいかもしれない」


 そう言って、再びセレーナはくすくすと笑った。


「厄介ごとが全部片付いたら、あの子のことを探すわ」


「うんそれがいい。必要なら手伝うよ」


「……そうね。きっと頼むわ」


 セレーナがそう言ってくれて、僕は少しうれしくなった。

 それから、僕は一つ、確認しておきたいことを思い出した。


「そういえば、君に訊いておこうと思ってたことがあるんだ」


 これだけの決意を固めた彼女が、それでも、あの作戦会議の時、どうしてもと譲らなかったこと。


「君は、ロックウェル艦隊の司令室で最後の対決をするとき、本当は僕がいなくても、ジーニーに指示を出せた。違う?」


「さあね。私じゃ声が震えちゃってあんなこと無理だったかも」


「なにを。僕でさえひれ伏すほどの支配の魔法を放った君が、そんなことで臆するものか」


 僕が断言すると、彼女は目を伏せて、なんだか軽く笑ったような気がした。


「さてそこで気になってるんだ。だったらどうして、あの時君は、あらゆる手を尽くして僕を司令室に呼び込んだんだ」


 僕が言うと、うつむいていた彼女の耳が見る見る真っ赤になった。なんだなんだ、また何か、彼女の逆鱗のあたりをなでてしまったのか。


「わ、私一人だと心細かったからよ! そんなこと分かりなさいよ! 馬鹿!」


 と僕を怒鳴りつけ、席を飛び出してあっという間に僕の視界から消えていった。


***


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