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第六章 魔法の合鍵(1)



■第六章 魔法の合鍵


「さて提督。よろしいでしょうか」


 恐るべき嚇怒の女帝の仮面を脱ぎ捨てたセレーナが、少し口調を和らげて提督に話しかけた。


「まずは、矛を収めていただけませんか」


「戦争は停止した。我々の艦は完全に沈黙した」


 震える声で提督が答える。

 セレーナはゆっくりとうなずいた。


「君たちの開放については……本国の判断を仰ぐ」


「そんな時間は無いと思いますよ、エミリア王国の王女殿下は少々短気であらせられる」


 僕が横から言うと、彼の表情がこわばった。もちろんこれも嘘じゃない。敵のジーニーに分析されても平気だ。


「少し、待ちたまえ」


 彼は言うや、矢のように飛んで部屋を出て行った。

 セレーナのほうを振り向くと、ほのかに笑みを浮かべて小さくうなずく。僕もそれに応えた。

 そして五分弱、サイラスが戻ってきて、ついてきなさい、と僕らを連れ出した。


 廊下を何度も曲がりくねっていく道は、最初に僕が連れられて来た道だ。最初に通ったハッチは閉じられていたが、それが開けられると、与圧された格納庫があった。

 中には、なつかしのイルカ型宇宙船。

 セレーナの無言の命令ですぐに宇宙船のタラップが下りた。


「これで、去れということですわね?」


 セレーナが確認のためにサイラスに問うた。


「その通りだ。我々のジーニーは、これ以上、我が艦隊に危険物を載せておくわけにはいかんと判断した。すぐに退去いただきたい」


 無重力にもかかわらずセレーナは優雅に一礼した。これも無重力社交術の一つなのだろう。

 僕はセレーナと一緒にタラップに飛びついた。

 タラップが閉じ、僕らはなつかしの操縦席。

 やがて、格納庫が排気される轟音が響き渡り、それはすぐに静寂に変わった。外部モニターには、後方に大きな出口が開いたことが表示された。

 ぶつからないよう慎重に滑り出し、艦を離れた瞬間にマジック機関の全力運転を開始すると、僕らの閉じ込められていた宇宙戦艦の姿は一瞬で点となって闇の中に消えていった。


***


 僕らは、監房ともいうべきあの部屋で作戦会議をした。それは、こんな話だった。

 あのとき、僕の頭の中に、生まれて初めて感じるひらめきが駆けめぐった。


「セレーナ。……それだ。リボンをつけて。やるべきことが決まった」


 彼女は少し首をかしげながらも、恭順を示すために自ら外して荷物に放り込んであったリボン――ジーニーインターフェースをいつものように、頭頂から左に少し寄った位置に小さな髪束を作り、取り着けた。


「聞いてくれ。ジーニー・ルカと話したい。君は通訳を頼む」


 彼女はこくんと、小さくうなずいた。


「さて。ジーニー・ルカ! 聞こえてるかい!」


 僕が呼びかけると、ややあって、セレーナがうなずいた。


「二つの質問だ。まず一つ。君は、状況やわずかなヒントから直感的に事実性の確認ができる……そうだね?」


 セレーナが、ジーニー・ルカの代わりに、小さくうなずく。


「じゃあ次だ。君は、この艦隊のジーニーたちに接続して、その『事実』を教え込むことはできるかい?」


 セレーナは、いいえ、と答えた。予想通りだ。戦闘態勢の戦艦のジーニーが、外部からの接続を容易に受け入れるとは思えない。

 でも、僕には自信があった。

 あの時、戦闘態勢にあったジーニーと会話ができたじゃないか。

 そう、惑星オウミ上空の艦隊駐屯地。僕らを狙って執拗に攻撃する防空システムを制御していたジーニーは確かに戦闘態勢にあった。けれど、ジーニー・ルカの呼びかけに応えた。あれはもしかすると――アンビリアの公文書システムに侵入した、あれと同じようなことが起こっていたのではないか。

 それはもう、ほぼ確信に近かった。だから、


「ジーニー・ルカ、では、その出来ないという常識を無視して、この艦隊のジーニーに接続して欲しい。方法は任せる、どんな不正をしてもいい。最高権限で」


 ――と僕が命令したときに起きることも、予想できていた。

 そして、それを聞いていたセレーナは、驚きの表情を浮かべたが、すぐに、別の驚きの表情を浮かべた。僕の予想通りに。


「……接続に、成功したみたい……どうして?」


 僕はセレーナの疑問の声に、軽くうなずいて、笑みを返した。


「アンビリア。オウミ。そういうこと」


 僕の並べた二つの惑星の名前で、セレーナにも何かひらめくものがあったのかもしれない。


「じゃあ仕上げの確認だ。僕がこれから事実性確認をオーダーする。その結果を、艦隊のジーニーたちに信じさせ、艦隊行動に影響を及ぼすことは?」


「……ええ、いけるわ」


 セレーナがが今度は声に出して、驚きを交えて応えた。


「ジーニー・ルカ。じゃあ僕が見つけた事実を話そう」


 それから、僕は一息ついた。

 戦闘をやめてくれ、と頼むことはできない。

 けれど、僕は、彼らが戦闘をやめるという判断をするに違いない事実を話すことができる。

 僕の中には、確信がある。間違いない、と思う。だけど、緊張でその声が震えてしまわないか。震える声をヒントに嘘つきと判断されてはしまわないか。

 そんな疑心暗鬼の心が一番の敵だ。

 間違いない。これは間違いの無いことだ。

 僕は真実にたどり着いたんだ。

 そう、ずっと求めてきた真実に。

 あれが……『彼』が、必ずある、と請け合った、あの真実に。

 自分に強い暗示をかける。

 もう一度、大きく息を吸い込んで、吐き出した。

 知らずのうちに握り締めていた両手に気づき、緊張を解く。急に気分が楽になる。


 さあ、口を開け。


「ジーニー・ルカ。僕は、『究極兵器』が何だったのかを、知った。それを――エミリア王国が持っている」


「馬鹿なこと言わないで! そんなことあるわけが無いでしょう!」


 真っ先に反応したのは、セレーナだった。けれど、僕はセレーナの抗議を無視した。


「ジーニー・ルカ、今の僕の言葉の事実性は?」


 また艦が揺れる。彼の答えを待つ時間がもどかしい。

 目を瞑っていたセレーナが、ゆっくりとまぶたを上げた。


「あなたの言葉は、――真実」


「事実性確度。五割?」


「――もっと」


「八割?」


「――もっとよ」


「九十五パーセント」


「――嘘。もっと上」


「九十九パーセント」


 セレーナは、無言でうなずいた。

 僕は自分を信じさせたそのひらめきを、ジーニー・ルカが完全に支持したことに少しだけ狼狽した。それは、真実を心に秘めてしまったことへの恐れに近い。

 けれども、そう、これは真実なのだ。


「ジーニー・ルカ。今君が知った()()()()()を一般的事実として艦隊ジーニーに叩き込んで」


「とっくに済んでいるわ」


 セレーナがジーニー・ルカの代わりに答えた。


***


 艦隊による戒めを振りほどいたセレーナの宇宙船は、ベルナデッダに向かう航路上をゆっくりと進む。

 急ぐ必要は無い。

 もうロックウェル艦隊の脅威は消えたのだ。

 僕は、あの戦艦を出てからもう一つ、ジーニー・ルカに命令を付け加えていた。

 即座に武装解除しなければ、僕らはすぐにこの船でエディンバラに乗り込んで究極兵器を使う、という宣言を、ロックウェル艦隊に届けさせたのだ。

 反応したのは艦隊のジーニーたちで、ジーニーたちは各艦のアタック・カノンとミサイルの残弾を虚空に吐き出し、一斉に自壊させた。突然、漆黒の宇宙に目を見張るような数多の花火が開いたのが、僕らからも見えた。

 ジーニー・ルカが知っている半径数キロメートルのクレーターという情報の威力がそうさせたのだ。必ずそうなるという自信はなかったけれど、()()()()()()()()()()()()()()()は、古代の地球を降伏させたのと同じように、ロックウェルの小さな艦隊を降伏させた。

 船内にしばらく会話はなかったが、ようやく、セレーナが口を開いた。


「……結局、どんな魔法を使ったの?」


 彼女はぼうっと前方の床を見つめたまま。

 そうだった。僕は興奮のあまり、真実を彼女に告げるのをうっかり忘れていた。


「魔法じゃない。僕は、究極兵器を使ったんだ」


「そんなものは存在しないのよ。……え? 使った?」


 彼女が驚いて僕の顔を見る。


「ジーニー・ルカ。しばらく目と耳を閉じていることはできるかな。これは君に聞かせたくない。十分間」


「かしこまりました」


 ルカの返答を聞き、彼がおそらくその通りにしているだろうと期待して、僕は真相を話すことにした。


「僕はずっと考えていたんだ。もし究極兵器があるとすれば、それは単に公式記録から失われているか、逆に、もしかすると僕らの生活にすっかり溶け込んでいるか。前者の可能性は、オウミの調査でほとんど否定されたと思う。そうすると、後者なんだ。だけど、もし本当に溶け込んでいるのなら、見つけるのはすごく困難になる」


 セレーナもうなずく。


「だけど、僕には少し違うものが見えていた。この旅では、どこに行ってもそれがあった。けれど、それは、地球ではほとんど存在しない。君がそれを持っていることに僕がひどく驚いたのも、そのせいなんだ」


「私が?」


「そうさ。言っただろう。『僕はそれを見つけた、それはエミリア王国が持っている、セレーナの一言でいつでも動く』と」


「あれは、あなたのはったりなんじゃないの? 私、感心していたのよ。ジーニーさえだましたあなたの演技が、この危機を救った、って。あなたのどこにそんな能力があったのか、って」


 彼女は少し興奮している。その瞳の色は、僕の勝手な思い込みかもしれないけれど、僕への尊敬の光をたたえているように見えて、少しこそばゆい。


「僕にそんな能力は無いよ。演技じゃなかった。心底、そう思っていた。それに、あらゆる傍証がそれを示していた。だから、真偽判断にうるさいジーニーもそれを事実と認めるに至った」


 僕が言うと、セレーナは首を何度も横に振って、


「だったらなおさらおかしいわ。私はそんなもの持ってない」


「でも、あの時、ジーニー・ルカは言った。究極兵器は戦局を一変させる力は持っていないだろうけど――その情報が国際社会をひっくり返す力を持つ、と。そう、情報だけで」


 一息入れてから、続ける。


「そう、情報だけだったんだ。究極兵器は」


 このまま、彼女にも隠しておいても害は無いかもしれない。

 けれど、僕は、この秘密だけは彼女と共有しておこうと思っていた。

 僕が見つけた真実。


「君はそれを持っているんだ。そして今、僕らの話を聞かないよう目と耳を閉じている」


「ジーニー……!」


 セレーナは半ば席から浮き上がって驚きの表情で僕を見つめた。


「僕は、ジーニーこそ、究極兵器だと知ったんだ。今、地球ではほとんどジーニーは使われていない。それは、地球がジーニー科学の上で遅れていたからということと、もう一つ、潜在的にジーニーに対するアレルギーがあるからなんじゃないかと思う。それは、ジーニーが究極兵器として地球に一撃を食らわせたからじゃないかと思うんだ」


 僕は一度言葉を切った。喉が渇く。


「ジーニーの歴史は、僕はよく知らないけれど、今の不均衡から考えても、地球じゃない場所で生まれたんだと思う。だから、ジーニー科学の進歩は、宇宙と地球の間に雲泥の差があった」


 言いながらベルトを外してふわりと立ち上がり、キャビンの飲料ボックスから勝手にミネラルウォーターを取った。セレーナにもジェスチャーだけで尋ね、首を縦に振ったので、一つを投げて渡した。


「僕は驚いたんだよ。ジーニーの能力に。最初、君は実にこともなげに、君の信用情報を僕のIDに付け替えた。あんなこと、普通にやったんじゃできっこないんだ。そして、アンビリアの最高権限を奪取し、オウミの軍事基地を黙らせた。悪魔のような力であらゆる不正を可能にして見せた。何がその引き金を引いてしまったのかはわからない、ジーニー・ルカが特別なのかもしれない、でも、それを僕らは見た。おとぎ話のランプの魔人そのものじゃないか」


 セレーナは受け取ったミネラルウォーターのボトルのキャップを外し、しかし、僕の話に聞き入って口に含むのを忘れている。


「ジーニーに関してよちよち歩きを始めたばかりの地球に対して、最先端のジーニーをぶつけたら、どんなことだってできる。そう、たとえば、核融合発電所に嘘の物理法則を教え込むことだってね」


 言いながら、席に戻って、ボトルの口を開け、喉を潤した。


「えっ、ってことは、つまり……」


「僕の想像に過ぎないんだけど、大昔の宇宙側のジーニーは、それをやったんだ。突然この宇宙の物理法則が変わる、核融合の燃焼パラメータはいきなり狂い、過大な燃料を炉の中に一気にくべる、すると」


「大爆発」


「公式記録では、あの場所では核融合発電所の大事故があった、とある。どこにも矛盾は無い」


「その圧倒的なジーニー科学力の前に地球は降伏せざるを得なかった」


「そう」


「そして、さっきあなたが使ったのは、ジーニー・ルカを使った情報攻撃」


「その通り、僕は究極兵器であの艦隊を撃退したんだ」


 セレーナにも完全に理解できたようだった。

 ジーニーこそが、究極兵器だったのだ。

 おそらく今も、宇宙人には、地球のジーニーを圧倒して地球を完全に機能不全にするだけの力があるだろう。そのことを、みんな忘れさせられているだけなのだ。

 そう、ジーニー自身さえ。

 ジーニー自身が、この攻撃が可能であることを知ったら、それはおそらく、仲間のジーニーに伝わり、容易に防がれる無害な情報になり果てるだろう。

 だから、あらゆる努力を払って、その事実が忘れさせられたのに違いない、と思ったのだ。

 ――ゆえに、僕は、ジーニー・ルカに、耳と目を閉じさせた。これを、彼自身が決して知ることが無いように。


「ふふ、ジーニー・ルカが、君の教育のおかげで不正操作を嬉々として請け負う悪党になってくれていたおかげで、簡単だったよ」


 僕が軽口で話を終えると、


「ちっともほめられている気がしないんだけど」


 セレーナは苦笑いしながら言い返してきた。


「一番ついていたのは、ジーニー・ルカが艦隊ジーニーたちを直接だませる位置にいたことだけど」


 僕が言うと、セレーナはうなずく。それからはっと顔を上げて、


「じゃあやっぱりあなたは嘘をついていたのね。『それをエミリア王国だけが持っている』って」


 僕は思わず、くっくっ、と小さく笑ってしまった。


「いいや、僕は嘘なんてついてないよ。僕は『エミリア王国がそれを持っている』とは言ったけど、ほかの国が持ってない、なんて言ってないんだ」


 セレーナはあっけにとられて僕を眺めている。それからボトルの水を一口吸うと、


「ペテン師!」


 と笑いながら叫んでボトルを僕に投げつけた。


***


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