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第五章 真実(5)


 ロッソ公、カルリージ女伯爵、サルヴァトーリ子爵は再び一堂に会していた。

 国外諜報に目を向けていたサルヴァトーリが思わぬ情報を持ち帰り、エミリア宮殿が蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

 そして、その原因を作ってしまった三人が顔を寄せ合っているわけだ。


「想定の中でも最悪の結果になってしまいました」


「まだ最悪とは言えませぬぞ、子爵」


 ロッソはそのように言ってから、小さく鼻を鳴らした。


「唯一、犠牲者の出る分岐をたどってしまったという意味では最悪でございましょう」


「む、それは否めませぬな。まさかロックウェルに取り込まれるとは、少々殿下を買いかぶっていたようで。なんとも情けない、エミリア王女ともあろうものが」


「ふふ、あの青年が良い仕事をしすぎたのでしょうね」


 ロミルダが薄笑いを浮かべる。


「若いというのはうらやましいものですわ。情熱の導火線が短く儚い……義に篤い殿下と情に厚い青年、思いもよらぬ反応があったということ。あの青年の安全と引き換えに策に乗ったといったところでしょう」


 そのように笑うロミルダを、ロッソは少し不快そうに一瞥した。

 ロッソはもちろんセレーナの政敵だ。

 けれども、それ以前にエミリア王家に仕える臣であり、エミリア王家の誇りは何より優先されるべきものだ。

 ロミルダ・カルリージ女伯爵の言はまさにそのエミリア王家の象徴たるセレーナ殿下を侮蔑し嘲笑するものであった。

 ロッソには決して受け入れられない価値観だ。

 しかし一方で、ロミルダの言にも反論しがたい迫力がある。ロッソとて血の滾る若き頃はあったのだ。

 セレーナ殿下の動機を左右するような危険物を宇宙に放り出すことなど到底許容できない。

 どのように事態が推移しようとも、あの青年は必ず確保せねばならぬ、という確信を深める。

 だが、今そんなものを表明して、この密談をややこしくすべきではない。


「殿下の動機を推し量るは不遜なればひとまずその話はカルリージ伯の胸のうちにとどめ置いていただきましょう。まずは、いかにこの難局を乗り切るか。ロックウェルが艦隊まで動かすとなれば、もちろん例の件ということでしょうな」


「はい。おそらく殿下も確信は持っていらっしゃらないでしょうから、恐れ多くも武力をもって閣下を罷免し尋問をもって明かそうとするでしょう。だからこそ地球で陛下の会談に割り込もうとしたわけですし」


「となればわたくしも洗いざらい話すよりほかありませぬ。いかに殿下と意見が合わぬとはいえ、わたくしはなによりエミリアの忠臣なれば」


「かようなことを成されては困ります」


「そう言うそなたとて、同じでありましょう、サルヴァトーリ卿」


 ロッソの指摘に、サルヴァトーリも、ぐっ、と黙り込む。

 いかに陰謀をめぐらせようとも、エミリア王家という威光、威信に逆らうことは、彼らの遺伝子が許さないのだ。

 そのように考えれば、ロミルダは突然変異種と言ってもよい――が、彼女の出自を考えれば無理からぬところもある。


「事ここに至ればわたくしの摂政の座など誰にでもくれてやってよろしい。幸いにも例の件はもう地ならしは終わっております。ただ、ベルナデッダの航路を押さえられるのだけは何とか避けねばなりませぬな。ブラージ公と話し合う手筈は整えられますか」


「ブラージ公とてベルナデッダの防空艦隊を動かすのに手一杯でございましょう、しかし、なにはなくとも伝手はたぐりおきます」


「む、頼みましたぞ。しかしこうなると手が足りぬ。ロックウェル艦隊が穏便に退いてくれればそれが一番良いが、やはり一戦交えるよりほかなし、か」


 自分に向けてロッソはそう言い、続けて


「殿下とてエミリアの地をロックウェルに踏ませようとは思いますまい。殿下がうまくやってくれるのが一番良いのですが」


「ロックウェル艦隊が疲弊するまで何とか粘っていただくしかない。ブラージ公には戦後それなりの補償なり褒賞なりを陛下にお願いせねばなりませぬが、何か月かは粘っていただきながら、補給路を断って干し上げるという形でしか、穏便な決着とはなりませぬでしょうな。さもなくば――」


「いずれ業を煮やした誰かが、殿下に向けた砲口に火を投げ入れかねませぬ」


 そのサルヴァトーリの言葉に、ロッソは軽く顔をしかめた。

 そうなってくれればよい、という気持ちがわずかながらあることに気づき、しかしそれは彼の遺伝子が強烈に嫌悪をもたらす考えだからだ。


「その仕儀は今は論じぬ」


 ロッソはそう断じ、


「ともかく援軍の準備を急がせよ。ヴェロネーゼ公は……ともすれば自ら軍を出すやもしれませぬが……それは何とかけん制してグリゼルダに押しとどめてもらいたい。ともかく我々こそが殿下をお救いせねばならぬ。我々の手でお救いすることにこそ意味があると心して頂きたい」


 それが結論となった。


***


 セレーナがどんな手を使ったのかは分からなかったが、セレーナとの作戦会議通り、ベルナデッダ星系に到達する最後のジャンプの直後に、僕は司令室に呼ばれることになった。

 艦隊の提督、サイラス・マクノートンが僕を迎えた。彼は厳しい顔つきをまったく崩さず、司令室の片隅にあるブリーフィングデスクそばの椅子に座るように指示した。

 彼がいくつかの仕事をこなしてから僕のもとに来たのは、十五分ほどたってからだった。セレーナも一緒だ。


「オオサキ・ジュンイチだね。話は聞いている。姫様に振り回されて大変な役回りだったようだ。もうしばらくは我慢してもらいたいが、不便はあるかね」


 サイラスが先に口を開いた。

 この言いっぷりだと、彼の中では僕は完全にセレーナの操り人形としてひどい目にあった被害者だと確定しているようだ。


「なにも。食事も睡眠も十分です」


「何より。乗員でさえ遠征の時には眠れないものが多いのだから、たいしたものだ」


 普通なら笑顔を見せるような言葉を吐きながらも、彼のいかつい顔は一片のゆがみも見せない。軍人だからか、生まれつきか。


「僕の理解が正しければ、この軍隊は、エミリア王国に向かっていて、必要であれば交戦しようとしていますね」


 僕は彼に訊いてみた。彼がどのように理解していてどのように答えるのかを確かめたかった。


「その通り。エミリア王国の諸侯は、恐れ多くもセレーナ王女殿下を追放とした。我々は、殿下を無事にエミリア王国にお送り差し上げ、殿下追放計画の頭目の身柄を確保することを作戦目標としている。そして、大変申し訳ないが、戦後には、君の証言も必要になる、王女殿下の行動の正当性を全宇宙に示すためにね。後で説明するつもりだったが、説明が遅くなってすまなかったね」


 なるほど、セレーナの言ったとおりに進行している。

 そして、たぶん、サイラスは言葉通りに、事態を信じ込んでいる。彼自身も、コンラッドらロックウェル上層部の陰謀の被害者の一人ということだ。


「開戦は、いつごろですか」


 僕が訊くと、


「今距離を保って艦隊の集結を待っている、あと六時間というところだろう。安心したまえ、万一戦闘となってもこの旗艦はもっとも損率の低い位置に陣取るから。君の心配はもっともだがね」


 セレーナが、僕をここに呼ぶのにどんな説明をしたのかは分からなかったが、おそらく、戦争に巻き込まれた一般人の被害者としての正当な権利だとかなんとか、そんなところなのだろう、と、その言葉から推測された。


「僕は、ここで、事態の推移を見守る必要があります。僕自身に危険が及ばないためにも。第三者、地球新連合国の市民として要求します」


 だから、僕はこうやって、ことさらに僕の権利を強調した。


「決してそこから動かないのならよろしい。他に質問は? ――よろしい、では面会は以上だ」


 彼は席のベルトを外して提督席に戻っていった。セレーナも少し遅れてそれに続いたが、立ち去る直前に、僕の方に視線を向け、軽くうなずくようなしぐさを見せたのに気がついた。僕の立ち回りは、どうやら合格点のようだった。

 彼らが去ってから、僕は改めて司令室内を見回した。みんな同じ方向の壁=床にすえられた椅子に座っている。宇宙でもどちらか一方向を床にしたいという欲求は、個人の小型船も宇宙戦艦も同じようだ。


 前面には、縦横が数メートルになる巨大な表示パネル。おそらく提督席からも詳細が読めるように、だろう。オペレーターはざっと三十人に近く、それぞれが小さなコンソールを前にしている。

 時々、いろいろな報告が上がる。第二戦隊四番艦到着しました、とか、予定位置まで三十万キロメートルです、とか。

 ビデオドラマとかで見る宇宙戦争よりも、ずいぶんと淡々としている。

 僕の夢の中で出てくる宇宙戦艦では、しんとした艦内に艦長の声が響き渡り、緊迫した戦闘が行われたものだけれど、実際の艦内は、ずっとざわざわとした人の声を主成分とする騒音で満たされている。のんびりしたイメージは、そんな雑談にしか聞こえないノイズのせいなのかもしれない。

 その雑談にしか聞こえないクルー同士の会話の内容に耳を傾けてみる。

 究極兵器による地球侵略なんてものを日々妄想していたわけだから、ある程度は会話の内容が分かる。たとえば『プローブ』と呼ばれる小さな子機。相手との通信や索敵のときに、電波の出所を探られないように離れた場所に打ち出しておくものだ。戦闘準備には必須のこのプローブが次々と打ち出されて所定の位置についていく様が報告から聞き取れる。最終的に二十個のプローブそれぞれに対して、レーザーリンクが確立しました、という報告が終わってその準備は終わったようだ。

 エミリア艦隊との邂逅予定時間が近づくにつれて、徐々に緊張は高まっていく。

 艦載ジーニーの声も増えてくる。状況分析から、敵艦位置を時々刻々と推測したり、陣形の修正の提案があったり。提督はそれを受けて矢継ぎ早に命令を下す。

 ここでもジーニーなのだった。

 見えない相手に対する直感的な状況分析という分野では、ジーニーの推測力は人間の勘をはるかに上回る。

 この旅で、僕は、ずっとジーニーに囲まれていた。ジーニー・ルカは頼れる相棒だが、この艦のジーニーは敵だ。エミリア王国軍の艦にもジーニーが載っている、それは敵だろうか味方だろうか。

 僕の感覚は麻痺しつつあるけれど、地球でこれほどたくさんのジーニーに囲まれたことなど一度も無かった。僕でなくとも、そんな経験のある地球人は皆無だろう。

 ジーニーに関してだけは、地球は宇宙に比べてひどく遅れている。

 ……。


 そんなことを考えていると、司令室のあちこちについていたグリーンのランプが、突然赤色に変わった。提督が戦闘態勢を命じたのだ。

 その赤色ランプの効果は絶大で、司令室内に感じたことも無いほどの緊張がみなぎった。


「戦闘行動フェーズ六へ移行。索敵開始。通信回線の接続試行開始。一番プローブのみ使用」


 サイラスが低い声で命じると、何人ものオペレーターがあわただしく何かを操作し始めた。

 目の前のパネルの表示が、まさにレーダーモニターのそれに変化し、刻々と変わっていく。大きな円形のフィールドの中で、小さな点が見えたり消えたり。あちこちでそれが起こるが、この艦隊の正面を意味する、真上の位置に見える点のほうがやや多い気がする。しかしその姿はぐらぐらと揺れて落ち着かない。

 宇宙戦艦による戦闘は、先に相手の位置を見つけたほうが勝ちだ。もし最初から寸分たがわぬ場所が分かれば、その瞬間に『アタック・カノン』で相手を撃沈できる。

 それは、星間航行技術を応用した、宇宙戦艦を宇宙戦艦たらしめている必殺兵器。超光速で放たれた弾丸を避けるすべは無い。

 だから、位置がばれないようにすることが戦闘行為そのもので、戦艦のつるりとした外観が強力なステルス機能を持っていることも当然のことだった。

 モニターでは、なおも、敵艦位置を表すマークがゆらゆらとゆれている。なかなか確定しない敵艦位置は、相手戦艦のステルスが十分に効いていることを表しているのだ。


「敵からの索敵ビームを検知。発射位置表示します」


 オペレータの一人がそう言って、パネル上に一つの点をはっきりと表示させた。ゆらゆらと動いている敵艦隊予測位置から、ほんのわずかにずれた場所だ。つまりこれが、エミリア王国軍のプローブのうちのひとつの位置なのだろう。


「発射位置に通信ビーム固定、通信回線開きます」


 オペレータがそう言うと、正面パネルの一部に黒い四角が現れる。

 それはおそらくこれから行われる通信のための映像表示領域なのであった。


***


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