第五章 真実の航海録【ログブック】(3)
部屋に戻った僕は一人で考えている。
冷静に考えよう。
今、二つの可能性がある。
一つ目は、これまでセレーナが言ってきたことはすべて真実で、僕とセレーナの動機は、間違いなく僕の知る動機だという可能性。
もう一つは、コンラッドの言った、すべてセレーナの計画で、僕は彼女にうまくおだてられ叱咤され、彼女をここまで運ぶ役を演じてしまったという可能性。
僕の知る限りの彼女は、政治や国家に対して大局的な視点と深い造詣こそあるものの、とても純粋でか弱い女の子。だからこそ僕は彼女を守ろうと思ったんだ。
コンラッドの言う彼女は、狡猾で深慮に長け、僕を完全にだました人心操作の達人。
僕が今持つ彼女の印象さえ、彼女の演技の結果かもしれない。
コンラッドの説明を彼女は強い口調で咎めた。コンラッドのしゃべることが全くのでたらめだったからか。僕に本当の計画を知られるのを恐れたからか。
これもどちらとも受け取れるから、困る。
今までの行動を思い返してみる。
彼女は、僕を投獄し、そして僕を助けた。僕の馬鹿げた逃亡の提案にすんなりと乗った。
アンビリアでヒントを見つけた後、いつの間にかロックウェルの奥へ奥へと僕は導かれていた。
そこに、セレーナが何らかの役割をはたしていなかっただろうか。
記憶にないくらい些細なきっかけを彼女が提供していた可能性は否定しきれない。
最後に、僕の暴走が原因とはいえ、エディンバラに着いた僕をそのまま病院経由で遠ざけようとさえした。
それは、一人で統括本部長に会うため?
とすると、やっぱり彼女は。
……。
結局、それでもいい、と思う。僕は、仮にだまされたのだとしても、彼女を信じ、彼女を守る、と決めたのだから。その気持ちを今さらぐらぐらさせるつもりはない。
きっとこのあと、彼女が僕の部屋を訪ねてきて、本当のところを話してくれるだろう、と思った。
そう思っていたのだが、結局、彼女はその晩、僕のところに来ることはなかった。
その来訪を待ち続けた僕は、ベッドに入ることも忘れ、気が付くと翌朝の目覚めをソファの上で迎えることになっていた。
それから二日間、僕は迎賓館の客室に軟禁された。いや、軟禁と表現するのが一番僕の状況を良く表していると思う。
世話係の担当官は、やんわりと、部屋から出た場合は少々面倒なことになるだろう、と釘を刺してきた。
そんな担当官と、ベッドメイクのメイドさんと、食事を運んでくる給仕のほかに、僕の部屋に訪問者はなかった。そう、セレーナさえも。
こんなに窮屈な思いが続くと、あの船内で僕に逃げるよう促した彼女は、こんな面倒から僕を遠ざけようとしてくれていただけかもしれない、という確信が強くなってくる。
セレーナはこれから起こることを知っていて、だからあの段階で、僕を遠ざけようとした。
なんだかいろいろとつじつまが合ってしまっている。
変化があったのは三日目の昼ごろ。
滞在場所を変えるという一方的な通知とともに僕は連れ出され、車に乗せられた。そして、到着した宇宙港で一機の小型宇宙船に押し込められた。
この宇宙船もやはりマジック船で、聞きなれたマジック推進機関の唸りを上げ、宇宙に飛び出していった。
滞在場所を変えるなんていう生易しいものではなかった。
僕は、どこか、宇宙の知らない場所に連れていかれようとしている――。
***
彼は主役。
主人公でなければなりません。
すべての出来事の中心にいなければなりません。
なぜなら彼が主人公だから。
あの人がようやく見つけ、そして、いつか私があの人に伝えなければならない、そのことのために。
だから、彼には、主役でいてもらわないとならないのです。
今思えば、よりによってあれがなぜあのようにあったのか、ということを考えてしまいます。
神の計らいというものは、実に、厄介なものですわ。
……いいえ、ごまかすのはよしましょう。
それもきっと、私が今の私の有り様を決めた直感だったのでしょうね。
あの人と私は、そのような運命なのだと、私は直感で知っていたのでしょう。
あの方の血を引く王女殿下には、切れ得ぬ縁があったということ。
エミリア王家こそが、きっとすべてをつなぐ鍵だったのだということ。
でもそんなあれの有り様だからこそ、――あれが王女殿下のおそばにあるからこそ、あれには余りに強大な壁が立ちはだかってしまう。
そんな困難の中で、私の知った――――を伝えるためには。
彼に主人公になってもらわなければならないのです。
衝突し、裏切り、裏切られ、心のつながりさえ断ち切られる、その中で、力強く立ち上がる――自らの自由意思で立ち上がることが、必要なのです。
それでも信じたいものがあるから、人という生き物は、戦うのです。
信じるという力は、とても弱い。
信じる力を育てられるのは、苦難と、試練と、真実を見る目だけ。
だから、私は、そっと真実に向かう道を示すのです。
今のこの私の立場と心の有り様ではできることは限られています。
私にできることは、そっと、そっと、手助けをすることだけ……。
彼らが、より大きな苦難を得るよう、手助けすることだけ。
どうか、苦難を打ち破ってくださいませ。
***
拉致――そう、まごうことなき拉致であるこの蛮行で、最初に僕が入れられた船室には、窓もなく、外の様子が分かる表示パネルもなく、誰にも状況を聞くこともできなかった。船室内が無重力になったことだけで船が宇宙に飛び出したことを知った。
しばらく小刻みな加速を感じたが、やがて、何かが船の外壁に当たったような大きな音が響いてきて、その後は急に静かになってしまった。
ずいぶん待たされた後、係員が部屋から出るように僕に告げ、僕は彼の言うままに狭い通路を進んだ。途中で大きなハッチのような場所をくぐると、あちこちにパイプがむき出しになっている殺風景な場所に出た。
大きな船の格納庫のようだ。後ろを見ると小ぶりのマジック船。
宇宙空間で別の貨物船にでも積み込まれたのかもしれない。
見ると、格納庫の一画には、セレーナの宇宙船もある。
セレーナの陰謀。
もしそれが本当だとするなら。
その船とともに向かう先は、……大体想像がつく。
なぜ僕がここに、という疑問も起こるけれど、彼女なりに何かの考えがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら係官に従い格納庫を出て長い通路を進んだ。一つのごつごつした扉の前で係官は止まり、その扉を開けて、ここに入って待つように、とだけ言って僕を放り込んで去って行った。
その部屋は、パーテションで簡易に区切られていて、それぞれに扉がついている。それぞれの部屋には粗末なハンモックベッドが四つ。パーテションで区切られていない共用部分に、ロッカーが八つ。壁は全面灰色。
エミリアの宮殿牢よりもよほど牢屋らしい。
僕の扱いはついに軟禁から囚人に移行したのだな、と観念した。実際、係員が去って行ったあとに扉を開けようとしても、内側から扉が開くことはなかった。
陰謀の裏表を知ってしまった僕は、すべてのことが終わるまで自由を奪われるんだろうな、とぼんやりと考える。
僕に何度も退室を勧めたコンラッドの優しさを身にしみて感じる。
二時間後、粗末な宇宙食パックの夕食を終えてすぐに、部屋に新たな訪問者があった。
扉を開けて顔をのぞかせたその顔を見て、僕は懐かしさのあまりに涙を流しそうになった。
訪問者は、セレーナだった。
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