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第三章 歴史探索行(8)


 なんとか危機は脱したけれど、このまま穴から出たら再びミサイルに取り囲まれることになるだろうし、更なる攻撃で穴をすり抜けてしまってくるミサイルも出てくるかもしれない。まだ安心はできない。


「ともかく防空システムを止めよう」


 僕は次にすべきことを口にする。


「どうやってよ、できっこないわ」


「どうして。余力情報を移し変えたり公文書システムに不正アクセスしたり船籍情報を改ざんしたりできるじゃないか、ジーニー・ルカは」


「相手は軍事システムよ、話が違うわ」


 本当にそうだろうか。

 政府用のシステムより軍事用システムの方が上等だと決め付ける理由は無い気がする。


「ともかく試してみようよ。ジーニー・ルカ、この基地の防衛システムのことは分からないかな」


 セレーナの懸念を無視して、僕はジーニー・ルカに尋ねてみる。


「……恒星光エネルギーシステムによる恒久管理システムの存在を確認しました。システムプロファイルから、ジーニーであると思われます」


「それは接続可能な?」


「はい、オーダーを下されば、無線システムにより接続が可能です」


 ほら、案ずるより産むが易し、だ。

 相手が何だったって、結局は情報システムの一種なんだから、何らかの形で会話はできるはずなんだ。


「じゃあ、接続して、攻撃をやめてもらえるように交渉してくれないかな」


 きっとジーニー同士ならそんな会話もできたりするんじゃないかな。


「かしこまりました。しばらくのお時間を下さい」


 だめで元々、と思いながら交渉まで任せてみると、案外すんなりと頼まれてくれる。頼りがいのあるやつだ。


「すごいんだね、ジーニーって」


「……そんなこと、頼んでみようとも思わなかったわ。むしろ私がびっくりしてるわよ」


 セレーナは、僕の感想を驚きの表情で受け入れた。


「あなたって、やっぱり情報科学の才能があるのかもね。私より使いこなしてる」


「そ、そうかな」


 真っ向からほめられると悪い気がしない。

 そう言えば、アンビリアで文書検索クエリを作っているときも似たようなことを言われた気がする。

 そんなことを考えているほんの一分かそこらのうちに、ジーニー・ルカが、完了した、と告げてきた。


「当該防衛システムはこれ以降本船を敵性でないと判断する情報を適用しました。これより安全に付近を航行可能です」


 あれこれの不正をしなくても、きちんと手続きをすればそもそも大丈夫、っていう話だったんだろうな。


「これで安全になったとして……さて、じゃあ、ここで究極兵器を探すわけだけど」


 僕は改めて前照灯でさえ照らしきれない真っ暗な闇を船窓から覗き込む。


「どうしようか」


「あら、簡単じゃない」


 セレーナが眉を上げて僕のほうに目配せをした。


「ジーニー・ルカは、この基地のジーニーにつながってるんでしょう? 究極兵器があったかどうか問い合わせるだけよ。現物より資料、あなたが言ったのよ?」


「あ……そうか、確かにそうだ。ジーニー・ルカ、そういうわけで、地球のクレーターを掘るのに十分な兵器があったかどうか、ここのジーニーに訊いてもらえるかな」


「かしこまりました。……回答です。この基地にはそのような兵器はございませんでした」


 彼は、僕のオーダーに瞬時に反応し、瞬時にがっかりな答えを返してくれた。


「基地のジーニーの推測は?」


「同様です。該当する兵器の存在を支持しておりません」


「……だそうよ。さてジュンイチ、どうしましょうか」


 と僕の方に向いたセレーナの表情は、お手上げの色を強く主張している。


「待って、ジーニー・ルカ、たとえば、この基地に駐屯していた艦隊が地球を訪問した可能性は?」


 僕は質問を変えた。もしその兵器が注意深く隠されていたとしても、艦隊の行動の記録まで消しきれるものではないと思ったからだ。


「……基地のジーニーとロジックメモリを同期して調査しました。過去に駐屯した艦隊が地球方面に向かった記録があります」


 僕は目を見開いて息をのみ、次いで、セレーナを見つめる。

 これこそ、何らかの行動があった証拠に違いない、と思って。

 セレーナは軽く肩をすくめる。


「艦隊が地球に向かったことと、そこで究極兵器を使ったこと、単純に結びつけていいものじゃないと思うんだけれど、どうなのかしら、先生?」


 確かに、その兵器の決定的証拠が出てこない限り、僕らの目的には何の役にも立たないのだから。


「……その通りだと思う」


 僕が言うと、セレーナはため息をついた。

 僕も、少し本筋からずれていることを自覚している。

 なんとなくアンビリアで見つけた手がかりに執着して、それを補強しようとしているだけで、実体としては本当に手を伸ばしたいものには全く近づいていない。――のかもしれない。

 確かにここオウミではいくつもの新しい発見や発想があった。

 だけど、それは究極兵器――あるいは、セレーナが諸侯に持ち帰らなければならない『地球の秘密』に近づいているのかどうかさえ、不安になる。

 こんな学術的な発掘作業で、宇宙を二分する軍事国家の独裁者たちが納得するだろうか?


「続けるの?」


「えっ?」


 セレーナの突然の質問にどきりとする。


「なんだか全部中途半端。こんなこと続けてるより、もっと楽しい旅でほとぼりが冷めるのを待ってもいいんじゃないかしら」


 セレーナが僕と全く同じことを考えていた。

 そう、中途半端なんだ。

 こんなおとぎ話を持ち帰ってセレーナが一発逆転なんて、幼稚にもほどがある。


「だけどそれじゃ……」


 僕がいる意味が無い。

 きっと彼女は僕を地球に放り出して宇宙に逃げ出して。

 きっと人生の一部分を贄にして摂政と仲直りするんだろうけれど。


 ……なんだか、つまらないな。

 つまらない。


 単純にそう思った。

 そんな時、僕は、もう一つ、大切なことを思い出した。そう、僕らの旅を承認した英知の結晶。


「ジーニー・ルカ、直感で答えて。僕が究極兵器と呼んでる――地球を支配するに至った兵器は、存在する?」


 僕は、基地ジーニーの情報を得たジーニー・ルカの推測をもう一度、尋ねた。


「ジュンイチ様、前にも申し上げたとおり、ジュンイチ様のお考えの兵器は存在します」


 そしてジーニー・ルカの答えは、まったく僕の期待したものだった。それに一つ付け加える。


「それはもし今の宇宙戦争に持ち込んだら――戦局を一変させるようなものだろうか。言い換えよう、もしその情報をエミリア王国の首脳に渡すとしたら、引き換えにセレーナと僕の罪を帳消しにするほどの譲歩は引き出せると思う?」


「その兵器に戦局を変化させる力はない可能性が高いです。しかし、情報そのものが国際交渉上の価値を持つ可能性があり、おおよそご想像通りの譲歩は十分に期待できます」


「ルカ、それは何?」


 思わず、といった風に、セレーナが口をはさむ。


「それを明らかにする情報が不足しております。仮説を明示してくださればお答えできますが。申し訳ありません」


 ものすごく薄い周辺情報だとか状況証拠に従って、多分ジーニー・ルカはその存在を直感で信じているのだろうし、その情報の薄さこそが情報の価値の高さだと判断している。そう、これは多分、兵器そのものではなく、その兵器の正体という情報こそが、本当の価値だと、彼は言うのだ。


「……というわけなんだ、セレーナ。どうやらルカはまだ究極兵器の存在を信じている。艦隊が行動した記録もある。僕はまだあきらめようとは思わない」


 あきらめる必要なんて無い。


「それは、あなた自身の歴史的新説を証明するため? それとも――」


「究極兵器の情報を得て君が有利な条件でエミリアに戻るため。そのどちらもさ」


 僕が言うと、セレーナは少しうつむいて考えているようだった。


「前にも言ったけれど、私が少し我慢して彼らに譲歩すれば問題はすべて片付くのよ。それでもこの無謀な旅を続ける?」


 もう一度顔を上げながら彼女が僕に尋ねる。


「無謀とは思わない。それに僕だって底抜けのお人よしのつもりは無いよ。いずれは僕はこの船で地球に逃げ帰って、自分の身の安全だけは確保しようと思ってる。君の身柄は地球の新連合にでも引き渡そうと思ってる」


 僕が言うと、セレーナは口元に少しだけ笑みを浮かべた。


「……ふん、あなたちょっと馬鹿正直すぎよ。もう少し駆け引きってものを覚えたほうがいいわ。私は、あなたを無理やり王国に連れ帰って身柄を引き渡せば、少しだけど有利な交渉ができるのよ。その可能性は考えないわけ?」


「えっ」


 考えもしていなかった。

 そうか、確かに、彼女は重犯罪人の逃亡を幇助したという意味でひとつの罪があるかもしれないが、何かの目的で身柄を拘束していただけだ、ということになればまた解釈は違ってくる。


「でしょうね。さて私は、結局は私の身柄を地球政府に売り渡して保身を図ろうとしている男を船に乗せていることを知ってしまった。私自身はその男を見捨てればさほど悪くない取引ができるかもしれないことを知っている。加えて、この船にいる限り、私はジーニー・ルカに命じていつでもあなたの自由を奪えるわ。さて、じゃ、もう一度訊きます。『そんな無謀な旅』をまだ続ける?」


 彼女の言葉に僕は考え込んだが、しかし、その彼女の言葉こそ大きな矛盾を持っていることに気がついた。

 僕は答えを出す。


「もちろん。僕を馬鹿正直と言ったけど、君はどうなんだい。君がオーダーひとつで僕を拘束できる、僕はそんなこと想像もしなかった。駆け引きを覚えろと言う割には、君はずいぶん僕を信用してくれているようじゃないか。だったら、僕もそれに信用で返そうと思う」


 僕が言うと、とたんにセレーナの顔は真っ赤になった。


「なっ、何を言ってるの! わ、わた、私にだってまだ奥の手くらいあるわよ! 馬鹿にしないで!」


 彼女はそもそもおっちょこちょいなのかしっかりしているのか、この時点で僕はさっぱり分からなくなっていた。

 だけど、きっとどちらの面もあるんだと思う。大国エミリアの王女と、十六年しか生きていない女の子、その両方が彼女の中にあるのだから。


「もういいわよ、行くと言うなら行きましょう! あなたの言うことなんて分かってるのよ、どうせ次の目的地は、もう一つの放棄基地のあるところでしょ、惑星ラーヴァ!」


 お怒りか照れ隠しか、彼女は真っ赤な顔のまま僕らの行き先を強引に決定し、そうして僕らは惑星オウミの空を離れることにした。


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