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第三章 歴史探索行(4)

挿絵(By みてみん)


 アンビリアの軌道上に浮かぶ、宇宙でも有数の規模を誇る星間カノン基地。

 視界に入る範囲だけで、全長200kmから500kmの長大な砲身が四つと、それぞれが一辺2kmはあるかという荷捌き場と待機場を兼ねた格納庫が百を超える無数の群れとなっている。小さなものは100メートル、大きいものは300メートルにも及ぶ全長を持つ貨物船が列をなしている。こうした基地が、アンビリア上空にはあと六つある。

 地球と全宇宙を結ぶすべての航路が集結したその巨大な威容に圧倒されながら、僕とセレーナは次の目的地について話し合っていた。


「オーツ共和国の艦隊がここを通って地球に行き、究極兵器の一撃を食らわせた。という仮説のもとに、次に行く場所はどこだろう」


「……あなた流に言えば?」


 問答をするのは面倒らしい。


「それはもちろん、オーツ共和国だと思う。究極兵器は、オーツ共和国で製造されたんだから」


「宇宙のほかの場所で製造されてオーツに送られ、戦艦に取り付けて行ったんじゃなくて?」


 彼女のもっともな質問にも、僕なりの考えがある。


「その疑問には、もう一つ、究極兵器がどんなものだったのかという想定を加えないと答えられない。そして僕の想定は、少なくとも戦艦の主砲クラスの大仰な兵器だったというものだ」


「主砲? よく分かんないけど、なんとかかんとかいう大砲よね。そこに、たとえばものすごい弾丸を詰めた、みたいな?」


「『アタック・カノン』ね。それはたぶん、違うと思う。アタック・カノンは超光速航行技術を応用した強力な主砲だけれど、あんなクレーターを掘れるような弾丸は撃てない。だから、主砲を丸ごと取り換えて、何か根本的に違う兵器に載せ換えた、そんなものだと思うんだ」


「……で、それがどうして製造場所と?」


「大きな船の作り方の問題。大昔、海に浮かべる船は、まず船体を作って、母港に近い艤装ドックに回航するんだ。で、母港近くで、いろんな装備だとかを取り付ける『二回目の造船』をやる。船体を作れる造船所は少ないし、船の装備は実際の母港の近くで保守しなきゃならないから、そうしたやり方が普通だったんだ。これは宇宙でも基本的に同じ。だから、戦艦自体はどこかほかのところで作られたとしても、搭載される兵器を組み付けるっていう作業は母港近くでやるはずなんだ。戦艦がオーツ共和国の持ち物だったのなら、そこに搭載する究極兵器もオーツ共和国内でメンテナンスできるよう、オーツ内で組み立てをしてたと思う」


「なるほどね。じゃあ、オーツ国内で組み立てられたとして、そこに行って何をするの?」


「痕跡を探る。もちろん、いろんな理由で注意深く隠されているのだろうから簡単には見つからないと思う。でも、実物、つまりオーツの整備ドックだとかには、普通とは少し違う設備があったりするんじゃないかと思う、もし究極兵器のメンテもしてたんだとすると。そういうものが、退役した後でも、撤去コストがかかるからとかなんとか、そんな理由で案外残っているものだよ」


 僕は言いながら、大昔の歴史的な記録を思い出す。全地球的な内戦があった頃。

 世界のあちこちに海岸防衛のための沿岸砲台が築かれた。

 時代が巡り、やがて砲弾による防衛は役立たずとなったにも関わらず、沿岸砲台はそのままに残された。用済みになったものは、きれいに撤去されるよりは、そのまま放置されることの方が多いのだ。

 結果としてそれが歴史遺構としてのちの研究に大いに役に立ったわけだけれど。


「ふうん。……ひろいオーツ共和国内を当てもなく痕跡付きドック探し、ねえ」


 なんだか、引っかかる言い方をするなあ。

 ……という僕の顔色を読んだのか、


「ロックウェルのもっと情報が集まってるところで情報収集するほうが早いんじゃない?」


 とセレーナは言う。


「時期は確か560年前よね? ロックウェル連合が発足してから――」


「大体50年」


 僕がさっと暗算で捕捉する。ロックウェル発足はさすがに学校でも習う、標準歴382年、今から608年前。


「――でしょう? さすがに軍事的互助がきっかけだった連合国だもの、兵装や指揮系統は統一されてたんじゃないかしら。それに、現地より文書、そうでしょう?」


 文書を掘れ、とは確かに僕が言ったことだけど。


「だとしたら、例えばロックウェルの首都エディンバラ。そこで文書を掘った方がきっと早いわ」


「文書を漁るのはもちろん王道だけどさ、その……」


「なによ、もう宗旨替え?」


「違うよ、その、要するに、ジーニー・ルカがやらかしたとんでもない特権の話だよ」


「あ……」


 これでセレーナもようやく問題点に気づいてくれたようだ。

 結局、文書を掘るにしても、普通の学者が掘れる資料ならとっくに掘り起こされてる。一方、普通に掘れない資料を探すならジーニーを使ったうっかりお漏らしを期待するしかない。管理の甘いアンビリアではそれがたまたまうまくいった。じゃあ次もそれに期待して『最高権限』を指定して不正アクセス、……する?


「ただでさえ管理が厳重なロックウェルの中枢であんな真似は、さすがに」


「ま……そんなことくらいは分かってたけど……」


 セレーナはそう言って考え込む。

 結局、ジーニー・ルカのやらかしは強力な武器ではあるものの、抜けば自らを滅ぼすかもしれないもろ刃の剣なのだ。まさかロックウェルのど真ん中でその武器を抜くわけにもいくまい。


「いいわ、あなたの言うとおりにしましょう。どうせ、本物が見つかるなんて思ってないし」


 考えていたセレーナはこんな結論を出した。

 見つかるわけがないなんてひどいことを言うものだが、ともかく次の目的地はオーツ共和国と決まったわけだ。


***


 地球を飛び立ったときに後ろに見た地球はとても青かったが、惑星オウミはさらに青かった。青く見せているのは、地球よりも多い海と明るい主星で、まぶしくて長時間眺めていることが難しいくらいだった。

 ゆっくりと降下する。

 遺構の手がかりを探すために、とりあえず大きな街に降りてみようということで、首都に向かっている。

 その大きな街並と、灰色に舗装された広い真四角のエリアが見えてくる。

 最後に白いラインで囲まれた場所に、宇宙船は着地した。


「到着しました。気圧重力ともに高いので体調にお気をつけください」


 最後にジーニー・ルカが到着を宣言し、僕らは席を立って外出の準備を整えた。


 整った格好を見ると、セレーナはもちろん例の白無垢正装ではなく白い襟なし長袖シャツの上に薄緑のチュニック、下はデニムパンツというカジュアルな姿だ。僕は相変わらず出てきたときのままの黒シャツジーパン。

 さて、そんな格好で二人が上陸タラップを降りたところで、どう見ても警察か警備員かとしか思えない全身紺色の制服で身を包んだ男が二人、僕らを出迎えた。一人は帽子の脇から白髪交じりのグレーの髪がのぞいている、良く日焼けして堀の深い、人の好さそうな初老のおじさん。もう一人は、黒髪でのっぺりした顔だち――ちょうど僕と同じモンゴリアン風で、同じように日焼けはしているが、まだ皺もきざまれていない顔はまさに『新人警官』と呼んでちょうどいい風合いだ。

 何ごとだろうと首をかしげる僕らに若いほうが帽子を一度とって頭を下げ、それから、口を開いた。


「これ、君らの?」


 これ、と言った時の仕草は、明らかに宇宙船を指している。


「あ、はい、何か?」


 一応飛行IDは僕のものを使っていたので、僕が返事をする。思わぬ足止めにセレーナはすでに眉根を寄せて不機嫌そうだ。


「大変言いにくいんですけどね、ここ、駐車禁止なんですよ」


 若い方が、そう言うと、少し歳の方も苦笑いでうなずいている。


「……これ、宇宙船なんですけど」


 僕は、当たり前の反論をする。宇宙船に駐車違反だなんて。笑い話にしてもひどい。

 僕の反論に、彼らも少し困った様子で、白い宇宙船をぐるりと眺める。


「だからちょっと困ってるんだけどね、その、私らも地上交通課のものだからよくわからんのだが、ここに乗り物を停めていいってことにはなっとらんのですよ」


 歳をとった方が言うと、


「昨日は臨時駐機場だったんですよ、他の星からも見物客がたくさん来るお祭りが少し先であってね、特例だか何だかでやってたみたいなんですよ。普段は公園の広場なんです」


 若いほうが付け加える。

 言われて周りを見回すと、確かに、木々、草花、芝生に池。

 広さこそ地平線が見えるかと思うほどにずば抜けているが、典型的な都市公園。

 その一角の広い舗装広場で、臨時の駐車場だか駐機場だかと言われれば、確かにその用途には向くかもしれない。


「ジーニー・ルカ、どうなの?」


 まだ開いたままのタラップドアから内に向けてセレーナが呼びかけた。


「申し訳ありません、彼らの言うことが正しいようです。ただいま確認したところ、本日零時をもって、この場所は駐機場ではなくなっていました。情報同期のエラーと考えられます」


 ジーニー・ルカが何の感情もこもらない音声で無情に回答した。

 どうやら間違った場所に降り立ってしまったということのようだ。


「……なるほど、着陸はジーニーに任せていたのかね。であればデータ更新の問題が判明し次第、違反ではなく事故として処理することになるだろうが、とはいえ、一応我々の規則では、この場でこの車……ではなくて船、か、これをいったん接収する必要があってね」


「そ、それは困ります」


「いや何も取り上げると言ってるわけじゃないが、手続きが済むまでは動かさないでもらいたいというだけだよ。すまないが規則で、形式上は。事故処理が終わったらすぐにこのまま返すから、少しだけ我慢してもらえんかね」


 そう言って、彼は手元の端末を操作し、宇宙船から識別番号を読み取って国際的な規則に基づく『行政接収』の符号を付け加えた。

 行政センターで手続きしてくれ、と、僕の手元に『違反者へのご案内』と書かれた小さなカードを残して彼らは立ち去っていく。

 展開の早さに、しばらくあっけに取られていた。

 目の前にあるぴかぴかの宇宙船は、なぜだか、オーツ共和国に差し押さえられている。

 それも、『駐車違反』だ。


「……どうしよう」


 僕がぼそりと言うと。

 少しうつむいていたセレーナはとたんにきっと僕を睨む。


「どうしよう……? あなたがそれ言う? あなたがどうにかするしかないんじゃないの? 私は身分の無い幽霊、操縦者はあなた」


「だからって、僕は宇宙船の駐車違反の手続きなんて……」


「私だって知るわけないでしょう!」


 なんでセレーナが怒るんだろう?

 思わずむっとして、


「ちょっと、それは責任転嫁ってもんだろ」


「責任うんぬんじゃないわ、違反記録はあなたのIDに付いてるのよ」


「だとしたってこれは君の船で君のジーニーの指示で飛んでたじゃないか」


「それでもあなたはIDの主でナビゲータ席に座ってたのよ、それを言うんならこの場所が着陸場かくらいあなたが確認すべきだったんじゃない!?」


「君だって自分で確認なんてしてないじゃないか」


「私のせいだって言うの?」


「そうは言ってないけど――」


 とは言え、彼女の言い分はあんまりだ。

 だけど言い合っても仕方がない。


「分かったよ、僕も確認はしなかった。だけど君だってしなかったんだから、お互い様、それでいいじゃないか」


「いいわけないわよ、私は大切な宇宙船とジーニーを取り上げられてんのよ!」


 なんだよ、この傲慢ずくな王女様はいったい話をどこに持っていきたいんだ? なにがなんでもどっちかのせいにしたいのか?


「だったらなおさら君が気を付けるべきだったんじゃないか、僕の責任にされたって困るんだよ!」


 つい声が大きくなってしまう。


「自分だって不注意だったくせに偉そうに! もういいわ、こんな馬鹿げたことはおしまい! 私がちょっと頭を下げればいつだって王族としてエミリアに戻れるんだから。そうよ、最初からそうしてればよかったわ。あなたみたいな考えなしにホイホイとついて行って、馬鹿みたい」


 そう言い捨てて、セレーナはタラップを足音を立てて登って行った。


 そうさ、それで済むなら勝手にすればいい。結婚したくもない相手と結婚して一生摂政の人形になって老いさらばえればいい。考えてみれば僕の人生とは何のかかわりもない宇宙の彼方の王女様のちっぽけな不幸のために、なんだって僕が。貴族には貴族の処世術ってもんがあるんだろう。みんなひとりで背負いこめばいい。


 僕は、ふんっ、と鼻を鳴らして、辺りを見回す。

 底抜けに明るい空の下。

 遠目にも木々や芝生の緑がまぶしい。

 木陰を親子連れやカップルが歩いている。

 みんな家族や大好きな人と一緒に、幸せそうな顔だ。

 だというのに、僕はこんな故郷から何光年も離れた星で独りぼっち。

 誰のせいだ。

 まったく僕のものでも僕が乗る権利があるものでもなくなった、背後の白く輝く宇宙船を振り返った。

 僕が一体何を言ったというんだ。大人気もなく腹を立てて僕からこの宇宙船を取り上げて。

 だから僕はもうこの宇宙船には乗れなくて。

 とても短い間だったけどとても楽しかった宇宙旅行はもうおしまいで。


 ……もちろん、僕の宇宙船なんかじゃない。これはセレーナのものだ。だから、彼女がへそを曲げたなら、僕は放り出されるしかない。どこかの太陽の中に放り込まれなかっただけマシなんだろうけど。

 と言って、この宇宙船が僕を放り出して飛び去る様子もなく。

 ――そりゃそうだ。だって、この宇宙船は駐車違反で接収中だ。持ち主のセレーナにもどうにもならない。


 ……。


 そうだよな。

 今、僕が心の底から悔しく思っている『これ』を、セレーナが感じてないわけがない。

 だって、これはセレーナの船なんだから。

 船を取り上げられて一番ショックを受けてるのはセレーナのはずなんだから。

 他の誰でもない、僕のせいで、僕のうっかりのせいで、船を取り上げられた。

 それを取り戻すための至上の身分も莫大な資産も失ったまま。

 名前もお金も持ってない、放り出されたら本気で野垂れ死にしかねない状況。

 考えたら割ととんでもない状況だ。

 そんな時に、唯一頼れるかもしれない相手に、困惑顔で『どうしよう』なんて言われたら。

 ……ああ、これは、怒る。というか、悔しいと思う。

 ちょっと言いすぎた。そんな気はする。

 僕はどうしてこんな旅をしてるんだっけ。

 たとえ王女に対しては不遜に過ぎることだとしても、僕は僕のために、その人生をすりつぶしてしまおうとしている一人の女の子を助ける、って。相手が王女だとかなんだとか関係ない、って。

 そんなことを偉そうにセレーナに演説した記憶がある。

 そして、王女としての唯一の武器だった莫大な個人資産も王女としての唯一の翼だった宇宙船も奪われた彼女は、――そう、本当に、どこにでもいる女の子だ。僕が助けなきゃと思った、たった一人の普通の女の子だ。相手が王女様でなくなったからって途端に見捨てるなんて、僕はなんて馬鹿なことを考えたんだろう。


 そう思うと、いてもたってもいられずにタラップを駆け上がった。

 そこには、操縦席を前に、何かパネルを操作しようとしているセレーナがいた。

 僕は反射的にその手首をひったくり、彼女を正対させた。


「なによ、この上何を邪魔しようっていうの? 恐れ多くもエミリア王国国王第一息女の手をこんな乱暴に扱ってただで済むと思って?」


 彼女は僕に掴まれた右手を振りほどこうとする。

 でも僕ははなさない。


「今の君は王女なんかじゃないだろ!」


 そうじゃない、と思いながらも、憎まれ口を叩いてしまう。


「おあいにく様、たった今から王女に戻ります」


「その空っぽのIDでどうやって回線をつなぐつもりだ?」


 僕がとっさに指摘すると、とたんに彼女は黙りこんだ。


「君がもうたくさんだと、帰りたいだと言うんなら、引き留めはしない。この場で連絡したいなら僕のIDも貸す。でも、もしそうじゃないなら、僕は行政センターに行って、この船を取り戻すための手続きをする。それはIDが生きている僕がやるしかない。そんなことは最初から分かってた。にっこり笑って『ちょっと行って来るよ』で済む話だったんだ。その点は謝る。……君に異論がないなら、僕はもう行くよ」


 君を守ると決めた僕の決心がどうたらこうたらだなんて気の利いた事でも言えればよかったんだけど、僕の意地っ張りがどうしても顔をのぞかせてしまう。

 しばらく黙っていたセレーナは、やおら僕の手を振り払うと、


「IDを貸しなさい」


 と一言だけ言った。

 そのIDを使って何をするのかを想像し落胆に近い感情を覚えながら、僕はIDを手渡した。

 彼女はそれを操縦パネルの横のIDスロットに差し込むと、少し目を閉じ、うつむいた。


「完了いたしました。全惑星のシステムの同期まで一時間ほどお待ちください」


 突然、ジーニー・ルカの声が響いてきた。

 そして、セレーナはスロットから取り出した僕のIDを僕に投げよこし、


「この船の所有者はあなたになってるわ。行政センターに行っても面倒は起こらない。書き換えに使った秘密の迂回システムの利用がばれなければね。さっさと行って船を取り戻してきなさい」


 僕を睨み付けながらそう言った。


「……ありがとう」


 僕は彼女の意外な行動に、思わずそう言った。

 僕自身どうして返す言葉がありがとうだったのか分からないけれど、その言葉があまりに屈辱だったのだろうか、彼女は顔を赤くしてまた何か僕に怒鳴りつけそうなしぐさを見せたが、操舵室の自分の席にどさりと体を落として、以降僕の方に振り向こうとはしなかった。


***


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