最強のエースパイロット
『…こちらは大和連邦航宙軍、第七即応機動艦隊だ。ヒビヤ艦隊の諸君、待たせたな』
(遅せーんだよバカやろう…!)
『来たか!』 『待ちかねたぞ…!』
待ちに待った味方艦隊の到着に、ヒビヤ艦隊の間で歓喜の通信が飛び交う。
その間にも味方艦が次々とワープアウトし、いつの間にか相対するロイヤル艦隊と同規模の艦隊が形成されていた。
さらに、最初の通信とは違う男の声が通信機から聞こえてくる。
『初めて会うな、ヒビヤ艦隊。私は本艦隊司令官〔カケル・イサリビ〕だ。貴官らの奮戦に敬意を表すると共に、改めて謝罪する。遅れてしまい、本当にすまなかった…後は任せろ』
そんな言葉と共に、一際大きな艦影がワープアウトしてきた。
ながと型総合戦略戦艦 6番艦えちご
全長2000mを超える巨体は、存在するだけで圧倒的な威圧感を放つ。
「ながと型まで…心強いな」
無意識にそう呟いてしまうほど、俺はえちごの勇姿に目を奪われていた。
同時に、目の前で《《睨み合う2機のHF》》に対して恐怖心を抱かずにはいられなかった…………
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「………なるほど、彼らが冷静に戦えていたのは、味方が到着すると分かっていたからか…」
レーダー画面に映る大量の敵艦隊、戦力はこちらとほとんど同等だろう。
そして何より……
(まさか、白虎まで繰り出してくるとは思わなかったぞ、大和連邦)
敵隊長機を落とす寸前、私の死角から接近していた白いHF…白虎の駆る〈Denkou〉に私は吹き飛ばされてしまった。本当はあの一撃で決めるつもりだったのだろう。だが寸前で私が気づいたことを察し、まずは味方を救うことを優先した。
そしてその時の機体の動き…あれは白虎で間違いない。吹き飛ばされる瞬間に私が極至近距離で放った《《特殊兵装》》をマニュピレーターのみで防げるのは白虎以外ではあり得ない。
私が今まで交戦してきたNamedも、反応こそできていたが機体の損傷は免れていなかった。この事実だけで白虎が他のNamedと一線を画す存在であることが分かる。
ビームソードを抜き放ちこちらを睨みつける白虎、警戒を切らさずに私は艦隊司令部へその存在を知らせる。
「司令部、敵救援艦隊に、白虎が居る。通常部隊を発進させるなら留意しておくことだ」
『了解した。我々はこれより敵艦隊との交戦準備に入る。なんとしてもTenraiは奪取せねばならない。白虎を抑えるのは任せたぞ』
「分かっている……Nemesis1よりNemesis2、3へ。白虎は私が抑える。お前達はヒビヤ艦隊への攻撃を中止、敵精鋭Siden部隊の相手をしろ」
『『了解』』
さて、これで舞台は整った。あのSiden部隊ともっと戦いたいところだったが、彼らを上回る脅威が出現した以上、優先度は低くなる。
一息吐いて、私は改めて目の前に佇む白いHFを観察、分析を行う。
(Denkou…かつて白亜の弾丸と呼ばれた大和連邦のNamed、〈銀翼〉の愛機。性能は超高機動だが装甲性能は低い、分かりやすい機体特性だ。警戒するべきは、《《光学迷彩》》だな)
もっとも、銀翼が猛威を振るっていたのは星海暦90年代…その頃のワンオフ機体など恐るに足らず。
搭乗者が白虎でなかったのならば。
銀翼が引退したのは突然だった。現在、人間の老化は個人の意思によりある程度ペースを遅らせることができる。そのため、銀翼を始めとした軍人は生涯現役でいることも容易だった。
しかし星海暦125年、突如彼は引退を表明する。そしてその後継者として、白虎が大和連邦より公表された。当初は新たな機体を与えられるかに思えた白虎だったが、彼の初交戦記録で、白虎はDenkouに搭乗していたことがわかっている。その後もしばらくの間は使用していたようだ。
その間に白虎は、《《3機のNamedを撃墜》》している。
これから言えることはただ一つ、旧式の機体だろうが、白虎は決して侮って良い存在などではないと言うことだ。
故に私は、彼の機体を観察する。
(各部スラスターは情報より増えている、外装も量子装甲化しているな…なるほど、フレーム以外の全てを更新したようだ)
Tenraiがある上でわざわざDenkouを近代化改修する意味などほとんど無いだろうに、今はその判断は正しかったと言わざるを得ない。
そうして十数秒でおおまかな分析が終わったところで、突如として、白虎が通信を繋げてきた。
『……初めまして、Nemesis隊。知ってるとは思うけど、僕は大和連邦のNamed、白虎だ。正直、余計な戦闘はしたくない。ここは引いてくれないかな?』
「我々がその要求を呑むとでも?もし呑むと思っているなら、貴官は大分おめでたい頭をしているらしいな」
戦力差は互角、もし偶然彼らと遭遇したのだとしたら白虎の要求に一考の余地はあっただろう。しかし我々には明確な目的があり、要求を呑むメリットは無いに等しい。
すると当然の如く、やや苛立ったような声音で白虎は応答してくる。
『へぇ…随分な物言いだね、こっちは穏便に済ませようとしてるのに、そんな言葉で返すんだ』
「戦争である以上穏便も何もあったものでは無い。これは歴とした軍事作戦だ。その目的のものを放棄するわけにはいかん」
『じゃあ、交渉は決裂?』
「(もはや交渉と呼べるものですら無いだろうに…)あぁ、そうなるな」
『なら………死んで』
失望したような声が聞こえた瞬間、シラサギの姿が掻き消えた。光学迷彩によるセンサーと目視の認識撹乱で一気に勝負を決めるつもりのようだ
だが生憎、この機体のセンサーはHFクラスのスラスター排気炎でも目標を認知することができる。
あちらは近代化改修を受けているとは言え、細部まで分析され尽くした旧式機、対してこちらは、一才の情報が秘匿されている最新鋭試作機。
機体性能だけ見ればどちらが優勢か素人でも分かるだろう。
(まぁそれも、《《機体トラブル》》が発生しなかったらの話だが)
それにパイロットはあの白虎だ。現に光学迷彩を発動しているはずなのに、闇雲に突っ込んで来るようなことはなく冷静に、こちらが対応できない瞬間を狙っている。
このままあちらから踏み込ませるのも良いのだが…
(それでは、面白く無い)
この時の私は口角が吊り上がり、老獪な笑みを浮かべていたことだろう。
白虎はこちらが自身を認識できていないと思っている。最強と言われるエースパイロットに一泡吹かせるのも一興ではないか?
ならばやることは一つ。
そんな短い思考の後、私はワープエンジンではなく、通常のスラスターを使用して白虎に急接近した。
『…な』
流石に虚を突かれたのか、シラサギの動きが一瞬固まる、だがさすが白虎と言ったところだろう、寸前に迫る私のビームソードを、Denkouはすんでの所で防いでいた────
さて、2人のNamedがそのまま鍔迫り合いに移行する頃、ロイヤルと大和連邦の艦隊の間で、巨大な艦隊戦が始まろうとしていた




