味方救援艦隊到着
「ふむ、動きがより鋭敏になったな…」
そう呟きつつ私は切り掛かってくる敵機を躱し、頭部ビームバルカンで牽制しつつ距離を取る。しかし、距離を取った先に敵Tenzanの砲撃が撃ち込まれ、再び別方向に移動を余儀なくされてしまう。
(私が少々苦戦させられるようになるとは…戦いの最中に成長できるパイロットは、そう多くないはずなのだがな)
だが現実に、彼らの動きが先程までより速く、鋭く、複雑になっている。
「私のビームライフルを破壊して士気が上がったか…」
決してそれだけではないだろうが、自分達の攻撃がNamedに届いたという、この事実がどれだけ良い方向に…それ以上に悪い方向に働くか、私はよく知っている。
(彼らも、かつての私と同じ心境なのだろうか…)
それは私がNamadになる十数年前、別部隊に所属している時に華蓮民国のNamadと相対した時のこと。多くの犠牲の上で、私の部隊は敵Namedに損傷を与えることに成功し、部隊の士気は鰻登りだった。そして思ってしまったのだ。
これなら勝てるかもしれない、自分達があのNamadを撃墜できるかもしれないと。
冷静に考えれば、数多の犠牲の上で損傷程度なのに、さらに数が減った状況で勝てるわけがないということくらい分かったはずだ。
そこからは悲惨だった。味方がいつ到達するのかも分からないのにNamadを追いかけまわし、敵地の奥深くまで侵入して次々と屠られていった…
私が気づいた時には、周囲に味方機はほとんど居らず、状況はすでに手遅れだった。
爆散する味方機、次々と到達する敵部隊、そして目の前に迫る敵Namad…
(っと…いかんな、敵に当てられたか)
私としたことが、戦闘中に少々思考に耽ってしまった。
そんな私の心境を知ってか知らずか、艦隊司令から通信が入る。
『バートランド大佐、何をグズグズしている?敵部隊が精鋭なのはこちらも分かっているが、貴官の腕ならここまで時間がかかるものでも無いと思っている。Nemesisの名を背負う者である以上、《《通常部隊相手》》に無駄な時間をかけるのはやめろ』
「分かっている。ただ、少し思い出しただけだ。昔の事をな…」
私はそれだけ呟くと、相対する敵機に同情の目を向けた。
最初に接敵した時より動きは良くなっている、同時に、前のめりになってしまっているのがよく分かる…かつての私のように。
(攻撃を当てたからと言って、Namadの前で冷静さを欠くのは命取りになるという事を、教えてやる)
短い思考の後、私は追ってくる敵機から距離を取るのをやめ、フレキシブルスラスターを前方に全力噴射し機体を宙返り──────────カウンターマニューバを行う。
前のめりになっている敵機は私の急激な反転に対応できず、ビームソードに切り裂かれて爆発四散する…はずだった。
「何?」
だが現実は、敵機はまるで私の動きが分かっていたかのようなバックステップでビームソードを回避、そこへ速度が落ちた私へのタンチョウの一斉放火。
「中々、面白いじゃないか…!」
まるで事前に仕込まれていたかのような動きに、私は感心を隠せない。そして何より、敵機があえて前のめりになっている様見せていた事が驚きだった。
(彼らは…どこまでも冷静なのだな)
感情の昂りは動きの節々から感じる。だがその昂りを無秩序に解き放つのでは無く、制御し抑え込んで、自身が最高のパフォーマンスを発揮できる様にしているのだ。
かつての私ができなかった事を、彼らはやってのけている。
「すまないな、私が間違っていた」
正直、このまま勝てると思っていた。だが今はそのようなことは微塵も思っていない。
彼らはNamadにはなり得ないかもしれない、技量も経験も足りていないから。
しかし決してただの通常部隊等ではなく、Namadに届き得るものは確実に持っている。
そんな彼らの成長を見守っていたい。だが軍人である以上、個人の意思よりも全体を考えなければならない。彼らをここで落とさなければ、今後味方に無視できない被害を与える事だろう。心苦しいが、やるしか無い。
そう考えた私は背部スラスターを全力噴射し、敵機群から距離を離すとこの機体、〈Spiteful〉のメインシステムに向かって告げた。
「《《制限解除、出力上限を35%から80%まで解放》》ならびに、《《ワープエンジン起動》》」
《了解、制限を解除します。パイロットは急激な機動に備えてください》
「……さて、遊びはもう終わりだ」
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《敵機の反応炉活性化を確認、警戒してください》
「だろうな…お前が手加減してることくらい分かってたよ…」
敵機が仕掛けてきたカウンターマニューバを躱した俺は、突如距離を取りこちらを振り向いた敵機に向かって悪態を吐く。
たった今センサーが読み取った情報から敵機内部の反応炉が活性化、出力が大幅に強化されていることが分かった。だが敵機の変化はそれだけじゃない。
各部の排熱パネル及び格納型スラスターが展開、関節部分の補強と接続位置の変更。外装も一部が関節の動きを阻害しない様な位置に移動し、さらに敵機の額に高速度域用と思しき《《第三のカメラアイ》》が顕になる。
シルエットに大きな変化はないが、どこか刺々しく、危険を感じる姿に変貌した。
『機体の形が変わった…?』
『ハハッ、嫌な予感しかしないね…』
『同感だ』
俺が感じた不安をツルギ2達も感じている…ひとまず俺1人がおかしいわけじゃ無さそうだ。
わずかな安堵と共に、俺は静かに佇む敵機のツインアイ、いや、トリプレットアイの紅い輝きが増しているのに気づく。
『ハクバ隊、一斉射…撃てっ!』
そしてハクバ1の言葉とほぼ同じタイミングで、敵機は《《緩やかに》》動き出した。
最初は俺たちを惑わすための動きだと思った、だがNamadが今更そんな手を使うだろうか?
…………答えは否。
『…なっ!?』
『おい、あいつ今…』
「…とんでもないな」
敵機の常識外れな機動に、俺達は目を見張るしかなかった。
後方のハクバ隊から放たれた幾重のもの長距離砲が敵機に殺到し、当たる と心の何処かで確信してしまう程の距離に近づいた時─────敵機が《《瞬間移動》》した。
これは決して比喩ではなく、文字通りの意味だ。
機体に搭載されている追尾センサーは、ロックオンを振り切られることはあれど、認識出来なくなることは殆ど無い。だが、今の敵機の動きは一切感知することが出来ていなかった。
原理は不明だがビームが当たると思ったら瞬間、敵機は突如射線上から消え、先程までいた位置から数百mほど離れた場所に出現した。
再出現した敵機は、またまたしても緩やかな動きで接近してくる。さらにその視線は《《ツルギ14に向けられている》》よう見えた。
(?敵機の姿がブレ…!!!)
この時、殆ど反射で俺はツルギ14に向かった。間に合うわけがないのに。
「ツルギ14!!後方警戒!!」
『………ッ!?ガッ…』
(く…!)
敵機の姿が掻き消えツルギ14の後方に出現、ほとんど声を上げることなく、ツルギ14は胴体を両断され、宇宙の塵と化した…
だが、無駄死ににさせるつもりは毛頭ない…!
(間に合わなくてすまない、だがお前のおかげで《《対策は思い浮かんだ》》!)
怒りと動揺を押しこらえつつ、俺は通信機に向かって叫ぶ。
「各機!互いに至近距離で死角を潰しあえ!奴が瞬間移動してきた後に機体に攻撃するまで一瞬の間がある!そこで防ぐしかない!」
『っ!分かりました!ツルギ7!後ろ頼むぞ!』
『了解…!』
『ツルギ9、16共に了解しました!これより相互防御に入ります!』
あいつらはひとまず大丈夫だろう…問題はハクバ隊…!
スラスターを全開にしてハクバ隊の方向へ向かい通信を繋ぐ。目視した彼らは鈍重な機体ながら狙いを絞られないように、回避機動をとっている真っ最中だった。
「ハクバ1!大丈夫か!?」
『大丈夫と言いたいところだけど、これは不味いね!』
「それが分かってるなら早くここから離れろ!」
近接能力のない天山にとって、あの敵機は天敵に等しい。一刻も早く退避させないと…!
『ハクバ1!左下方!』
『!?』
「っ!!────っぶねぇな!!!」
敵機が瞬間移動した先──ハクバ1の左下に出現した敵機がビームソードで切りかかるのを、俺のビームソードが辛うじて受け止めた。
機体の性能差によりジリジリ押し込まれるが、少しでも長く耐えるため相手の力が伝わりづらいよう自らの位置を調整する。
さらに互いのビーム刃が接触する場所が眩い閃光を発し、わずかに敵の認識を阻害、その隙を突いて俺がハクバ1を下がらせると、敵機は鍔競り合いをやめ、再び俺の前から消えた─────
「っ!はぁ、はぁ、はぁ、危なかった…」
『ありがとう、助かっt!?!?後ろだ!!』
「はっ?」
─────かに見えた。
けたたましく鳴り響く後部警戒アラート…振り替えるまでもなく敵機が後ろにいることに気づく。
「……クソが…」
死ぬ───俺の頭の中はそれだけで満たされた。なんの感情も伴わずただその事実だけを、俺は認識することが出来た。
だがその時、視界の端に白い機影が映った…
次の瞬間、敵機は吹き飛ばされ、代わりに佇んでいたのは─────《《純白のHF》》。
そして1つの通信が、俺の機体に繋がる。
『…こちらは大和連邦航宙軍、第七即応機動艦隊だ。ヒビヤ艦隊の諸君、待たせたな』
(…………ようやく来やがったか)
そう心で毒を吐きながらも、俺の口元には笑みが浮かんでいた────────




