優先すべきもの
『敵部隊との距離、さらに近づく!接敵までおよそ160秒!』
「さぁ来やがれ…」
俺は操縦桿を握る手に力を込め、敵NamedであるNemesis隊の情報を確認していた。
(Nemesis隊…ロイヤル航宙軍が開示している情報だと、正式名はロイヤル航宙軍第7試験戦闘飛行隊、星海暦99年にプロトタイプ兵器の試験を行う部隊として発足、その後各地の戦争に参加、星海暦110年、アルファベスタの戦いでルーシ連邦のNamedを撃墜したことで新たなNamed部隊として発表か…)
その後も各地で多大な戦果を上げ、今の名声を獲得するに至ったようだ。
(って、今欲しいのはそんな情報じゃねぇ!ええっと、確か連邦の機密データベースにあったはず…これか、国防省Named分析課データファイル!)
俺の見つけたデータファイルには膨大な情報が記録されていたが、今は呑気にそれらを眺めている暇はない。即座にNemesis隊のデータを探して俺の権限で閲覧出来る戦闘記録等から彼らの戦闘スタイルなどの情報を抽出、部隊に共有する。
「全員データを確認したな!ハクバ隊は俺たちの後方に展開、支援を頼む!ツルギ隊各員は《《パターン通り》》動け!そして最後に…絶対生き残るぞ!」
俺の言葉に、部下達だけでなくハクバ隊のパイロット達も、これから始まる戦闘に対して恐れを微塵も感じさせないような声で応えた。
(士気は十分だな…後は《《味方の到着》》まで耐え切れるかどうか…いや、敵との距離は50kmを切っている、ごちゃごちゃ考えている暇など、もうない)
『接敵予想まで後30秒!既に敵の射程圏内だ、各員警戒せよ!』
「よし、構えろ!来るぞ!」
俺の言葉に防御を担当する部下達はシールドを構え、その後ろでは他の機とハクバ隊が射撃体勢に入る。なぜ今撃たないのかは言わなくてももう分かるだろう。
やがて敵機体がズーム無しでハッキリ見えるようになり、俺たちの緊張が最高潮に達した時……………敵部隊が分離した。
「…なに!?」
『な!?』『っ!?』
俺達に動揺による硬直はほとんど無かった、敵が分離するのもパターンの一つにあったからこそだ。
だが、ほんの数秒に満たない時間でもNamedの前で隙を見せるとはどういうことか、俺達は知ることになる。
…突出した角付きの敵機が目の前から消えたかと思うと、防御担当であるツルギ4の胴体が両断され、コンマ数秒後、後方の天山が1機爆散する。
だが呆然としている暇などない、そんなことをすれば次にやられるのは自分だ。
それが分かっているからこそ、俺達は爆散した紫電改と天山には目もくれず敵の機影を追う。分離した2機が俺達へ攻撃することなく艦隊へ向かったことを知らされるが、気にしている余裕は俺たちには無い。
損傷したツルギ4をある場所へ退避させる最中、数秒で2機を葬った角付きのHF…Nemesis隊の隊長と思われる敵機が再び反転してこちらに向かってくる。その動きを確認した俺は反射的に指示を出した。
「!!各機射撃開始!敵の機動を限定しろ!」
いかにNamedといえど、粒子砲を無視して向かってくることは不可能だ。これを利用しない手は無い。
そして俺の指示により各機から一斉に粒子砲が放たれる。
『こっちにきてくれてありがとうな!』
もちろん放たれた粒子は悉く躱される…が、敵機が躱した先にはツルギ2がビームソードを抜刀し待ち構えていた。
しかし、敵機は一切慌てた素振りを見せずにツルギ2のビームソードを自身のビームソードで受け止める。
『ちっ!後退するぞ!ぶちかましてくれ!』
攻撃を受け止められたツルギ2は機体の力比べになる前に全速で後退、敵機のみがその場に残されることになる。俺達はそこへミサイルや粒子砲を全力で撃ち込んで巨大な爆発を発生させた。
これでやったか…などと思うことは無い。Namedをこの程度で仕留めることは《《絶対》》に出来ないと分かっているからだ。
俺達は一切警戒を緩める事なく黒煙を睨み続け、敵機に備える。
そしてやはりと言うべきか、黒煙の中から一条の光が飛び出し、俺のシールドを焼いた。さらにビームの影響で黒煙は急速に拡散を始め、次第に敵機の姿が顕になる。
「だろうな…」
黒煙が晴れた先、赤いツインアイがこちらを睨んでいた。
血を思わせるその色は、怒り、憎しみなど様々な感情を孕んでいるように見える。
だが、今更気にすることなどしない。今はただ敵を堕とす事にだけ集中する、集中しなければならない。
(足を止めた…今が好機…!)
先程まで動き回っていた敵機が足を止めた…このチャンスを逃すわけにはいかないと思った俺は指示を出す、そして……目の前の敵機に遮られた。
「各機一斉『初めましてというべきかな、ツルギ隊、そしてハクバ隊の諸君』っ!?!?オープンチャンネルだと…!?」
通信機から響く低い男の声、こいつはまさか…
『私はNemesis隊隊長、バートランドだ。君たちの戦いに敬意を表する。まだまだ戦い足りないが、通常部隊がNamedの私相手に物怖じせず戦ったのは感嘆に値する』
突然話しかけてきた事に訝しみながらも俺達は男の声に耳を傾ける。もちろん銃口は向けたままだ。
そしてバートランドと名乗った男は俺たちにある要求を突きつけてきた。
『さて、君たちに私から要求する事はただ一つ、《《降伏しろ》》。命だけは…助けてやる』
「何?」
降伏だと?こいつらは俺たちの殲滅が目的じゃ無いのか?
『1分ほど待つ。賢明な回答を期待する』
(っ…切りやがった。なんだってんだ一体?)
『隊長、どうします?』
「どうするも何も、降伏するんだったら最初からやってるっての…くそ、おいソウルキーパー!聞こえてただろ!ヒビヤ艦隊はどう決断する、俺たちはお前らに従うぞ」
俺は苛立ちを感じながらソウルキーパーに尋ねる。艦隊に向かった2機も、今は攻撃を停止しているようだ。
『…………降伏は、しない。死んでも天雷を守るのが俺たちの役割だ。分かってるだろ』
静かな調子でソウルキーパーは答える。まぁ当然の回答だ。それに降伏の打診はこれが最初じゃ無かったはずだ。とすると、この要求はバートランドの独断である可能性が高い。
もちろんNamedのパイロットにかなりの権限が与えられている事はよく知っている。俺達を生かしておくことも容易だろう、だが、俺達は自分の命より優先すべきものがある
その優先すべきものを、天雷を、王国の上層部が放っておくはずがない。俺達が天雷の不可侵を要求したところで、いや、仮にバートランドが王国の上層部に訴えたとしても、希望は薄い。
ならば、降伏するメリットなどない。
『時間だ。回答を聞こう。』
「………悪いが、俺達には命よりも大事なものがあるんでな。降伏は断らせてもらう」
『………………残念だ。では、貴君らを殲滅させてもらう』
そう落胆したような声でバートランドが告げると、目の前の敵機が再び動き出した




