8話(クロード視点)
応接間には、王と王妃やクロード。臣下やマティアスの父である騎士団師団長や、王宮魔術師など、錚々たる面子が勢揃いしている。
「ノイス国からの救援要請ですか?」
「ああ、スルダム国が戦争を仕掛けようとしてきたらしい」
「なぜ急に……」
「武器の密輸入頻度の高さから常に警戒していたようだが、ノイス国の姫が結婚適齢期になったのを気に、動きが活発化したようだな」
ノイス国で結婚していない姫といえば、クロードやラクアより3歳下の第三王女。エララ•ニルヴァだ。妖精のような可愛らしい女の子と評判のようで、ノイス国の隣国であるスルダム国が報酬として手に入れようとしているらしい。
女性を戦争の道具として使用するのは今に始まったことではないが、年若いエララの心境を慮ると、どうしても憤りを感じてしまう。
(もしラクアを望まれたら……)
戦争の時に交渉材料として、ラクアがどこかに嫁ぐとしたら。
そんな決定をされて、果たして冷静に対処できるのだろうか。
救いなのは、自分の父親が平和主義者なところだ。
非情にならざるを得ない時もあるが、貴族同士のいざこざなど、双方の言い分を皆で聞いて納得した上で判断をしているから、変に拗れることもない。
「わが国は、サウラン国と協力し、戦争を未然に防ぐのが目的だ。だが、会合が決裂し、武力行使もやむを得ない場合もある。……その時はモルト、騎士団の指揮を頼むぞ」
「はっ!」
マティアスの父──モルトは1つ敬礼をすると、早速部隊編成を考えているのか、クロードを見つめた。
「クロード様。マティアスを借ります」
「……ああ」
長年仕えてくれているマティアスが、交渉とはいえ戦争になる危険がある場所に行ってしまう。
分かってはいても、受け入れるには経験が足りない。
いつかは自分が命令する側になる。
それは、今まで味わった経験のない重圧だ。長年耐え続けている父や、支える母を尊敬している。
父は戦争にも話し合いの場にも何度も参加している。
初めての会合参加は自分と同じくらいの歳だったはずだ。
なら、父の強さの一端を今回で感じることができるのではないか。
いや、戦争が起こりそうな中で、自分の経験値を上げるのを優先していいのか。
それよりももっと自国や周辺国のために国内で動いた方が。
グルグルと思考が周る中、父と目が合った。
優しさの中にある、何事も背負おうとする真摯な瞳。
「……私も、会合に参加することは可能ですか?」
「構わないが、戦争を仕掛けようとする国との会合は危険が伴うぞ」
「はい。ですが、自分の糧になることは吸収したいです。それが自国のためになると、信じていますので」
戦争に巻き込まれないように国はどう動くのか。戦争になった際はどう対処すればいいのか。
人々の暮らしを守るには。
勉強はしていても、未だ知らないことが多すぎる。
父のような瞳に、いつかなれるだろうか。
「ただ……まずはラクアに相談しても構わないでしょうか?」
ラクアが反対する中で強行しても、許してはくれるだろうけど、きっと傷つけ、どこか溝が出来てしまう。
ノイス国には話し合いにしに行くのに、自国では大切な婚約者と話し合いすらしないなんて、そんな人間にはなりたくなかった。
「分かった。心配する女性を蔑ろにするなよ。後が怖いぞ」
なあ?と母に向かって話しかけているところから見ても、過去に戦争に向かった時の父の苦労が垣間見えて、苦笑いをした。
***
いつもの喫茶店にラクアを呼び、父との話の内容について教えると、ラクアの眉がピクリと上がった。
「ラクアの意見を聞きたいな」
「……行く、のが正解だと思う。クロードはどう思う?」
「僕も同意見だよ。いつか僕が国を治める時、今回の経験は役立つ」
「でも、ノイス国との話し合いしだいでは、カンナビアも巻き込まれかねない戦争が起こるかもしれないのよね?」
不安そうな顔を見せたラクアの手を握ると、泣きはしないけど、瞳がゆらゆらと揺れている。
この顔で行かないでなんて言われたら、決心が揺らぎそうだ。
でも、ラクアは決して言わない。
自分の考えを理解し、ひたむきに支えてくれようとする。
「ノイス国での会合が上手くいけば問題ないけど、戦争になった時は、カンナビアも、サウラン国も少なくない被害を受ける」
「ええ、そうね」
「その先、カンナビアも狙われる可能性があるなら、今のうちにノイス国とサウラン国との仲を強化しておきたいし、スルダム国への牽制も必要だ」
ノイス国の説得も戦争も失敗すれば、諸外国からは助力したカンナビアも軽んじられる。
そうなった時、人々の暮らしは一変するだろう。
ラクアとのひとときや、マティアスやリイナを含めて会う日も、自分にとって最大の癒しとなっているのに、世情のせいで時間が取れなくなる可能性が高い。
人々の平和がなくなるのは、想像の範疇でしかないけど、きっと想像以上に辛い。
ラクアのリイナとの日々も、無くなりはしないが、今のように簡単には会えなくなるかもしれない。
慎重だと思われるだろうけど、最悪を想定して動いた方が最善への道が拓けるはずだ。
「ラクア。僕は、皆や君の大切な日常を守りたい」
戦争を仕掛けようとしてくる国との会合だ。全部が全部、ノイス国に有利なように守れるとは思わない。
けど、ノイス国を守れれば、その先にあるスルダム国が侵略してくることはない。
皆やラクアの日常をも同時に守れるし、スルダム国を初めとした諸外国に、武力だけではない力を示せる。
「今回、王太子である僕が冷静に対応することで、父がいなくなった後でも、どの国も攻め入れられない国だと思わせたい」
今はまだ父のサポートしかできないけど、自分が王になる時のための力を付けたい。
それが今後、国を支える役目としてできることだ。
「もし私が行くなって言ったら?」
「……どうすれば良いか、時間いっぱいラクアと一緒に考えるよ」
「ふふ、私に甘いわね」
「あはは、大切な婚約者だから、甘くなっちゃうのかな」
「……相談してくれて、ありがとう」
「うん。僕1人じゃ、国は支えられないから、この先も何度もラクアに相談すると思う」
父や母、モルトやマティアスなど臣下達にも相談はするけど、今も1番支えてくれているラクアとは、今後も考えをすり合わせるために話し合いをしたい。
指先をキュッと握りしめると、ラクアが嬉しそうに微笑んだ。
「暫く忙しくなるよ」
スルダム国との会合の前に、ノイス国やサウラン国との協議がある。
遠征の準備や、騎士団の編成を組まなきゃならないし、ここで暮らす人々の不安にならないよう、安心させることだって大事だ。
どれも1人でやるわけではないが、王太子として積極的に関わっていきたい。
「クロード。私も一緒に頑張らせて?」
「うん」
隣にラクアがいてくれるから。マティアスやリイナとの日常を守りたいから。
自分の大好きな物を守るための力を、つけていく。
「ラクア?」
「……」
段々と瞳が潤んできたラクアの身体をそっと引き寄せた。大丈夫。そう言い聞かせるように、互いのぬくもりを確かめ合っていく。
クロード達が話し合いをした次の日、カンナビア国全体にスルダム国との会合が周知されていった。




