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5話

 恋愛バイブル100選(初)という低年齢向けの本をラクアから借りたリイナは、自分がいかに恋愛をしてこなかったのかと実感してしまう。

 この後は中級者向けと上級者向けがあるらしいけれど、そこまで辿り着けるかどうかも怪しい。

 むしろ上級者向けの内容はどれくらいハードなのかと些か気になる。


 まずはこれだと示されたのは、明るく挨拶。

 人と接する時の基本だと思うものの、緊張していると顔が強張るから、意識するのは間違いではないだろう。

 1週間後の喫茶店内で、また偶然に会えたマティアスとクロードに向かって挨拶をする。


「エルター様、こ、こ、こ……こんち、こんにちは!」

「ええ、こんにちは……」


 初めの挨拶で噛むなんて恥ずかしい。アワアワしながら改めて言い直すと、訝しんだ表情をしながらも挨拶を返してくれた。

 後ろではクロードとラクアが今にも吹き出しそうな顔をしていて、いっそ笑ってくれたらと思ってしまう。


「今日は、お勧めの食べ物を紹介します!」


 バァン!と勢いよく紙を出すと、クロードがブフッと吹き出した。


「リイナ、紙しか持ってこなかったの?」

「偉い人が住む場所に許可を得ていない食べ物を持ってくるのはちょっと……それに万が一爆発でもしたら危ないかなって」

「あはっ!ば、ばくはつって……何持ってくるつもりなんだ?」

「街の名物、爆弾マンです!」

「ああ、あれか。お忍びで出た時に食べたな。……もしかして爆弾ってつくから心配したの?」


 プルプルと肩を震わせているクロードに、何が不敬になるかなんて分からないからという瞳を向けると、ついにラクアまで笑い始めてしまった。


「ラクアまで……だって門番さんの所で爆弾マン持ってきましたって言ったら……」

「ククク……知らなかったら、爆弾!?ってなるな。ラクアは食べたことある?」

「街に出る時に寄るのは本屋とリイナの家くらいだから……。マティアスはあるのかしら?」

「知ってはいますが、私も未経験ですね」


 王宮では爆弾マンが出る機会はないようで、お忍びの時は毒見役が他にいたから、マティアスも食べた経験がないらしい。あれだけ美味しいのに勿体ない。


「大きくてふわふわの生地の中に、これでもかってくらい、チーズやお肉がたっぷり入ってて、噛むたびに肉汁がジュワーって溢れてくるんです」


 お店ではお肉以外にも、デザートとしてクリームを入れたり、お肉やチーズ増々なんていうのもできたりする。

 想像するだけで幸せな気分になる食べ物だ。

 今日の帰りに買っていこうなんて思っていると、マティアスが興味深そうに紙を読んでいる。


「今日ここにないのが惜しいですね」

「あら、興味があるみたいね。リイナのプレゼン大成功よ」

「これから買いに行きたいのは山々だが……」

「騎士団への視察があるので、別の機会にしてください」

「リイナ。来週また来れる?その時に買ってきてくれないかしら」

「いいの?あ、勿論毒見するからね!」


 あんなに美味しい物を皆に提供できるなんて嬉しい。


「エルター様も、楽しみにしていてください」

「……」


 色んな味を買ってこようなんて考えながら笑うと、マティアスが何やら考え込んでいる。


「来週と同じ時間……」

「マティアスは予定あるの?」

「そうですね……いえ、調整してみます」

「あの、無理には……あっ、買ってきて預けておきますよ!温めれば美味しく食べられますから」


 会えるのは嬉しいけど、先に何か予定していたならそっちを優先した方がいいのでは。

 会えるのはとっても嬉しいけど。と思いながらマティアスを見ると、何度か目を瞬かせたあとに首を振った。


「たいした予定ではないので」

「そう、ですか……なら会えるのを楽しみにしていますね!」


 ラクアのお陰でまた次の約束が取り付けられたと笑みを浮かべると、ラクアがニマニマと楽しそうにリイナを見ている。


「ウフフ……小説みたい……ウフフ……」


 滅茶苦茶楽しそうだ。なんて思いながらも、楽しいひと時はあっという間に過ぎていった。



 ***



 バイブル100選が役立っているのか、いや、そもそもほぼ実践すらできていないだろうと思いつつ、翌週爆弾マン入りの紙袋を抱えて王宮入り口へとやってきた。


(この間の笑顔で挨拶は失敗したからなあ……今日こそは頑張ろう……)


 ラクア曰く、初心者向けをいつまでもやっていてはいつまで経っても進まないとのことで、中級者向けも貸してもらったけれど、初心者向けから地道に少しずつ進むしかないと思っている。


(今日は話に共感するんだっけ……)


 ラクアに取り次いでもらう間、門番が袋をチラチラと見てくる。


「それ、爆弾マンっすか?」

「へ?あ、はい!怪しい物じゃありません!」

「いえいえ、爆弾マンは俺も好きですから。ラクア様と食べるんすか?」

「そうなんです。張り切って買いすぎちゃって……あ、1ついりますか?」

「休憩中なら貰ったんですけどねえ。先輩やマティアス様がどういうか……」


 門番は騎士団が交代で務めるようで、今回の人はまだ新米騎士らしい。名前はマーク•ドエルガ。リイナと同じ18歳で、マティアスに憧れて入団し、元々の気質なのか明るい性格で方方に気に入られ、たまにクロードやラクアの護衛も務めているそうだ。


「マティアス様に会ったことあります?」

「はい」


 なんなら今日も会います。と言っていいのか分からず、頷くに留まる。


「あの人、滅茶苦茶強くて、すげーんすよ」

「分かります!以前助けていただいたことがあるんですけど、武器も使わず一瞬で敵を制圧してて、格好良かったです!」

「それ見たかったな……。あ、危ない目に遭ってたのに失礼っすね。すみません」

「いえいえ!」

「マティアス様のアドバイスとかも的確で、俺、早くあの人みたいになりてぇなって思ってるんです」


 騎士団でもあまり喋らないらしいが、ここぞという時のアドバイスは的確で、マティアス様のために働くぞという人も多いらしい。ウンウンと頷いていると、マークが首を傾げた。


「もしかしてアドバイスされた経験あります?」

「私に至らない点があった時に少し……」

「怖くなかったっすか?」

「威圧感はありましたね。でも、エルター様が言ってくれたお陰で今があるというか……」


 助言のお陰でラクアを守れたといっても過言ではない。


「エルター様に憧れる気持ち、分かります」

「ですよね!まじ半端ねぇっすよね!」


 マークと頷き合っていると、ラクアがひょっこりと顔を出した。


「リイナいらっしゃい」

「ラクア!持ってきたよ〜」

「ええ。いい匂いがしてくる……あら?……なるほど……」


 ウフフと微笑むその姿は、小説の内容を思い出している姿だ。

 なんで今?と思いつつも、ラクアに導かれていつもの喫茶店へとやってきた。

 そこには既にワクワクと爆弾マンを待っているクロードと、どことなく気難しそうな顔をしているマティアスがいた。


「お二人ともこんにちは。お約束の品です」


 喫茶店の店主に許可を得てテーブルに広げると、店内に爆弾マンの香りが漂ってくる。

 毒見役として立候補していたものの、流石に王族が食べるものは王宮の人間が良いということで、マティアスが食べてくれた。


「……旨い」


 一口食べた感想は、毒見の心配とかよりも先に、味の感想だった。

 1番最初にポロリと出た言葉は何よりも信用できる。

 にへらとだらしない笑みをマティアスに向けると、困ったような顔で見られてしまった。

 あまりにも締まりのない顔だっただろうかと、今度はキリッとしてみると、また困ったように眉を下げている。


「安全なようですので、皆様もどうぞ」

「うん。いただこう。……あは、このチーズたっぷりの爆弾マン美味しいな」

「美味しい……クロード。クリーム入りも美味しいわよ」

「ん、交換する?」

「えぇ!?」


 ラクアが何気なく言った言葉のお返しは、クリーム入りの爆弾マンより甘そうで、2人の仲睦まじい様子に頬が緩む。


「エルター様も、まだまだありますからね」

「ありがとうございます」


 お肉入りを気に入ってくれたのか、今度はクリーム入りの爆弾マンを食べ始めている。


「これも旨いな。普段甘い物は食べないのですが、たまには良いですね」

「はい!期間限定なんですけど、旬の果物を入れてある爆弾マンスペシャルもお勧めですよ」

「ふふ、スペシャルですか。それも気になりますね」


 あまりにも自然に笑うものだから、3人とも一瞬呆気に取られてしまったものの、3人で顔を見合わせ笑い合う。


「マティアスが笑うなんて、爆弾マン様々だな」

「爆弾マンもそうだけど、リイナのお陰よ」

「王太子と王太子妃候補で爆弾マン爆弾マン言ってるのが1番面白いと思うよ」

「くっ、ベッティさんの言う通りですね」


 マティアスの笑いのツボはもしかして低いのでは?


(あ、バイブル100選……)


 初心者用も中級者用も、どちらも実践できていないからまた失敗だ。

 失敗ばかりで凹みそうだけど、皆がリラックスして食事を楽しめているこの状況が楽しくて、のんびりと過ごさせてもらった。





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