4話
ラクアにこの間のお礼と称され、自分史上1番お洒落をしてやってきたのは、王宮近くにある貴族や王宮で働く人が使用できる喫茶店だった。
街にあるような喫茶店とは違い、まず扉も豪華で大きい。
中に入ると室内もきらびやかで、ここで結婚式でもするの?と思うくらい広い。
ラクアは普段は接しやすいが、やっぱり流石は王族に婚約者がいる貴族だ。
リイナを通してくれた門番へのお礼の仕方や、喫茶店までの歩き方、高級そうな服を着こなす姿など、どれを見ても完璧なマナーを身に着けている。
どことなく気後れしてしまう。なんて思っていたのは初めだけだった。
普段味わえないようなケーキと紅茶に舌鼓を打ち終えたところで、ラクアの瞳がキラリと光った。
「マティアスのことどう思う?」
「ななな、な、なん、何ですかぁ!?あっ、知り合いの中で1番強そうな人で、制服が格好……今日暑いねぇ!」
「あは、隠すの下手すぎよ。でもそっかぁ。まるであのお話……ウフフ……ウフフフフ……」
ああ、やっぱりラクアはラクアだ。何を想像しているのか手に取るように分かる。
「以前読んだ本にあったのよ。ほら、これ!」
「えーっと……町娘は助けてくれた騎士様になんか惚れません!……はい?」
惚れませんって言ってるけど。そんな視線を感じ取ったのか、勢いよく首を振った。
「そう!事件に巻き込まれた町娘と騎士の話で、騎士の威圧感に町娘は怖さを感じてて、逆に騎士は事件に関わるなんて何かあるんじゃないかって、お互いを警戒しているところから始まるのよ」
「へえ、そうなんだ」
マティアスは初めから威圧感はあったけれど、間違いは言ってこなかったし、マティアスは今もそうだろうけど、確かに自分のことを警戒しているなと頷く。ちょっとだけ設定が似ているだけの別物だ。
「でも、町娘が別の事件に遭遇した時に騎士がまた助けてくれてね」
「おお」
「その騎士の実直さと的確なアドバイスに町娘は心を開いていくの」
おっと、ちょっと風向きが変わってきたぞと、ソワソワしてしまう。
「でも、騎士は事件の時に感じた町娘への気持ちに気がつかないふりをするのよ」
「ええ、どうして?」
「いつ死ぬか分からない自分には大切な人は作れないって」
「なるほど……」
「……マティアスも以前そう言っていたの」
それは勧められる縁談を体よく断るためのありふれた言葉かもしれない。でも、マティアスなら本気だろうと、少ない回数ながら接してきた中でもそう思えるくらい、真面目で実直だ。
「リイナとマティアスと似てない?同じように悩む人がもしかしたらいるのかもしれないわね」
ニッコリと微笑むラクアには何でもお見通しようで、悩みながらもコクリと頷いた。
「その本の町娘は……」
「町娘は騎士の心情を理解できなくて、遠ざかる姿に涙してるんだけど……実は、まだその続きは出ていないのよ」
「えぇ!?」
「次回は騎士の同僚が出るみたいなんだけど……もしかしてタイトルはその騎士とのお話なのかしらとか、色々と気になるわよね」
相変わらず小説はあまり読まないけれど、ラクアのプレゼンのお陰で気になる小説が増えていく。
自分と同じような境遇の町娘の行く末が気になる。
いや、町娘と騎士はあくまで小説のお話だけど。同僚の騎士とか知らないし。
なんて考えている時点でマティアスが好きなんだと、更に自覚してしまい、頬が赤くなっていく。
「やだ、リイナ可愛い……あ、今日の目的はその小説じゃなくて、これよ」
持っていた小説の下にあった少し分厚い本をズイッと差し出してきた。
「恋愛バイブル100選(初)……」
「ええ、リイナにぴったりよ。だって貴女今まで恋したのってリックくらいでしょ?」
近所のお兄さんに淡い初恋を抱いたくらい。この年になってと思うかもしれないが、他に好きな人ができなかったのだからしょうがない。
まごつきながらも頷くと、だからこれよ!と言わんばかりにまた差し出された。
「マティアスが特定の相手を見つけてくれたら……その相手が私の親友だったら、とても嬉しいのよ。押し付けがましくてごめんなさい」
いつにも増してラクアの押しが強いのは、マティアスやリイナの幸せを願っているから。
押し付けがましいなんて思わない。むしろ応援してくれて嬉しいし、心強い。
でもこのバイブルはいただけないかもしれない。
「なんで花占いから始まってるの」
「え?そういうものじゃないの?私も小さい頃にクロードと……ウフフ……」
幼少期だったら可愛いだろう。でも18歳にもなって、恋占いで花をむしるのはどうだろうか。
次のページをめくると、紙に名前を書いて願うとか、紅茶の茶葉に願いを込めるとか、あくまで子ども向きの内容ばかり書いてある。
実践向きじゃないのかなとパラパラと流し見ると、途中から手の繋ぎ方や首の傾げ方など、どうやら年齢別に実践方法が書かれているらしいと気がついた。
今読んでいるのはまだ幼少期編らしい。だとしたら自分の知識は幼少期より以前の話なのか。
「ラクア、私恋愛経験値5歳児より下かも」
「だ、大丈夫よ。これから徐々に学んで行きましょう」
思ったよりも道は険しいかもしれない。なんて思いながらも、2人で真剣に読み込んでいると、喫茶店の扉がコンコンとノックされた。
「あら、クロードにマティアス。どうしたの?」
「ラクアがここで恩人におもてなしをしているって聞いてね。僕もお礼が言いたかったから来ちゃった」
ラクアに向ける笑みは愛情深い。対外的には一人称が私なのに、ラクアと話す時は素が出しやすいのか、僕になる。そんな2人のやり取りを間近で見ると胸がキュンキュンしてしまう。
それを一身に浴びているラクアは、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかんでいる。
可愛い!と叫びたくなるくらいお似合いの2人だ。
「是非一緒に……」
ニコリと微笑んだラクアがクイッと袖を引っ張って、小さな声で話しかけてきた。
「ね、リイナ。早速実践してみましょう」
「今!?」
「次はいつ会えるか分からないのよ。印象に残る方法をしてみましょう。あ、これとかどう?」
100選の中でもまだ触りの部分。好きな物を知ろうだそうだ。
これならいけるかも?と、コソコソと話していると、パチリもマティアスと視線が合った。
訝しんだ表情に耐えきれず、にへらと奇妙な笑いを見せつつ、変な表情を見せてしまって申し訳ないと視線を反らす。
こんな調子で実践できるのかなんて思いながらも、クロードとラクアと座るのは遠慮したいと戸惑うマティアスも含め、4人で着席した。
「改めて、ラクアを守ってくれてありがとう」
「いえ!最後はエルター様に助けてもらいましたが……」
「うん。でもリイナの機転で時間を稼げたから、ラクアが守られたんだ。ありがとう」
一国の王太子がそう言ってくれるなんて身に余る光栄だ。
嬉しそうに笑いながらラクアを見ると、ラクアも嬉しそうに微笑んでくれた。やっぱり可愛い。
「ねえ、リイナはいつも可愛いけど、今日服装も含めてとびきり可愛いわよね」
「うん。普段とは違う装いも良いよね」
「ええ、クロードもそう思うでしょう。ね、マティアス」
「……申し訳ないですが、私には分かりかねます」
「ああ、マティアスはパーティーに出ている時でさえ誰の服装も褒めないからね」
「そうですね。ベッティさんに関して言えば、この間と違う装いだな、とは思いますが……」
どんな反応が返ってくるかと若干期待したものの、あまりいい反応は返ってこなかった。
残念と思いながら2人を見ると、クロードは目を瞬かせたあと、微かに微笑んだ。
こっちの心持ちなんて知らないだろうに、まるで慰めてくれているようだ。
「エルター様は……えっと……」
「はい?」
「好きな食べ物はあるんですか?」
「好きな……食べられればなんでも、ですね」
どうやら服装も食べ物も、必要最低限あればいいと考えているようで、どれもあまり頓着しないようだ。成果は得られなかったけど、今回選んだ100選は達成できた。
「ああ、でもこの間食べたリンゴは美味しく感じました」
「ノイス国のですか?」
「ええ。献上品のリンゴを騎士団内で貰ったんですが、美味しかったです」
「わぁ、嬉しい」
「嬉しい?」
「お勧めしたリンゴを美味しく感じてくれて、嬉しいです」
今回のリンゴは甘みが多くて美味しい。それをマティアスも感じてくれたのなら良かった。
そう思いながら笑うと、マティアスの目尻が和らいでいく。
「またお勧めがあれば教えてください」
「はい!」
「クロード様。そろそろお時間です」
「ああ。名残惜しいけどそろそろ行くよ。リイナ、また遊びに来てくれ」
「ありがとうございます」
またの機会は早々ないだろうけど。今日は実践できなかったけど、マティアスとお話できて良かったと2人に手を振りながらそう思った。
「リイナ……貴女凄いわ」
「何が?」
「何でもない。……ねえ、小説のお話もしたいから、また来週ここに来てくれないかしら」
「えっ?そう何度も来て大丈夫なの?」
「事前に申請すれば貸し切りにできるから、気兼ねなく来てくれたら嬉しいけど……ね、必ず来て」
「う、うん……」
バイブルの実践がしたいのだろうけど、なんとなく押しが強い。
マティアスに会えるかどうかは分からないけれど、来週までに読んでおかないとなと思いながら帰路についた。