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2話

 クロードやマティアスと出会って2週間。マティアスは護衛業務がなければ街に来ないらしく、2人に偶然会えたのは奇跡だった。

 生活品を買い終えて帰宅途中、果物を吟味しているクロードとマティアスがいた。あまりにも真剣な表情だから果物屋の店主の男性も話しかけられないようだ。


「お二人ともこんにちは」


 クロードは人当たり良さそうな風貌だけど、マティアスが真剣な顔を見せていると殺されるのでは?と勘違いしてしまう。

 不安そうな店主が可哀想で、助け舟とまではいかないかもしれないけどと話しかけた。


「リイナ。丁度良いところに」


 パアッと顔を輝かせたクロードに両肩を持たれ果物屋の前に立たされた。

 クロードは親しみ易い性格のようで、気軽にファーストネームで呼んでくれるし、逆にファーストネームで呼ばれる方が嬉しいらしく、リイナだけではなく街の人達も気軽に名前で呼んでいる。

 自由奔放な部分も多いそうで、マティアスが護衛でついてくるのも大変そうではある。


「ラクアが風邪を引いてね。視察帰りに果物でもプレゼントしようかと思ったんだ」

「ラクアが風邪を……」


 軽い喉の風邪を引いたようで、移したくないし、治るまで会いたくないと言われてしまったらしい。

 クロードを思っての発言を聞いて頬が緩む。

 この間はああ言っていたけど、お互いを想える2人はお似合いだ。


「うーん。カンナビア産でも良いですけど、今年のノイス国のりんごは格別ですよ」


 赤く丸々としたりんごはとても甘そうで、1つ取って確認するクロードに頷く。

 リイナ達の住むカンナビア国は武に秀でていて、近隣のノイス国やサウラン国に護衛や兵士の育成者として雇われる代わりに、知に秀でているサウラン国からは教師やメンターが派遣される。

 農作業が盛んなノイス国からは目の前にあるような品々を流通してもらっている。

 バランスを取って3カ国が発展しているお陰で近隣諸国と争いもないし、長年──150年近く、国同士支え合っている。


「今年の献上品にもありましたね」


 耳どころか脳に直接響くような、少し低く心地の良い声色は、背後にいるマティアスから発せられた声だった。

 良い声というのは各々の好みはあるだろうけど、マティアスの声は一級品だと思う。

 もう少し聞いていたいなんて欲を出そうものなら更に警戒されてしまう。平常心平常心と心の中で念じ、マティアスへ視線を移した。 


「幼なじみも美味しかったって言ってましたね」

「幼なじみ?」

「はい。王宮で働いているリックお兄ちゃんは隣の家に住んでたんです」


 リイナの幼少期にサウラン国に引っ越していったお兄さん的な存在で、本人の許可を得てお兄ちゃん呼びをさせてもらっている。そんなリックは今は王宮の教師として派遣されているらしい。

 リイナ自身もリックに勉強を見てもらっていたから、教師として頑張っているのを嬉しく思う。


「あれと幼なじみ……ですか」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せたマティアスは、何故かリイナに対し同情的な表情を浮かべた。常に爽やかなイメージを纏っているクロードも同様の表情だ。


「幼なじみか。ねえ、リックって厳しくなかった?」

「いえいえ!厳しくなかったですよ」


 嫌な顔をせずに勉強を教えてくれていたし、兄妹がいなかった分お兄さんとして甘やかしてくれていた。

 信じられないと言わんばかりに目を見開いたクロードの様子からも、王宮では厳しい先生として存在しているのだろうと見て取れた。

 子供の頃はそんな厳しくなかった気がするが、王宮の教師は生徒に対し厳しくする必要があるのかもしれない。とはいえ、マティアスが嫌がる理由が分からない。


「教師としては申し分ないと思いますが、何かと世話を焼こうとしてくるところが……」

「主に女性関係でね。マティアスが恋愛に興味がないから持たせてみたいらしい」

「あれは楽しんでいますよ」


 硬派な騎士は、厳しくも飄々とした性格のリックに振り回されているようだ。

 あまり会えていないが、会えた時に浮かべる楽しそうな笑顔と、再会する度にするハグを思い出し、頬が緩む。


「リックお兄ちゃんお菓子作りが得意だったので、りんごの活用方法も色々と知っていると思いますよ」

「へえ、まさかの新情報だ」

「お菓子作りまで出来るのか……」


 リックは要領が良いのか、なんでもそつなくこなすタイプだった。お菓子作りもその1つで、簡単な物ならよく作ってくれていた。

 今はお菓子作りの話題すら出ないのか、知らなかった情報に2人共感嘆の声をあげている。


「逆に何ができないのか分からないな」


 クロードの呟きを聞いて過去を思い出してみたものの、昔からなんでもできたし、弱点らしい弱点はなかった。

 だからこそ憧れて恋もしたんだけど。と、自身の思考に恥ずかしくなりパタパタと頬を手で煽った。


「どうしたの?」

「いえ!あ、そろそろ帰らなきゃ!」


 わざとらしく声を上げると、訝しんだ表情を見せながらもずっと店前で話していたのに気がついたのか、クロードが頷いた。


「長々と引き止めてごめんね」

「いいえ!ラクアが早く良くなるようにりんご食べさせてあげて下さい」


 頬を緩めながら笑い、ずっと立ち話をしてごめんねの意味をこめて母が好きなバナナを買っていく。


「おじさんずっと立ち話しててごめんね」

「いいよ。りんご宣伝してくれてありがとな」

「ありがとう。私はこのりんごにしよう」

「ありがてぇ。クロード様が買ってくれたら俺の店更に泊がついちまうな!」


 ガハハと気前よく笑う店主の言葉にクロードが笑い声を上げている。

 ふとマティアスを見ると、店主との話に加わるつもりはないのか周囲を見回して護衛として努めを果たしていた。

 今回はラクアやリックという共通点があったから会話できていたが、クロード含め、本来なら話も中々できない人たちだ。


 マティアスに至っては、リイナが王宮の人間と仲良くなるのを良しとしていなさそうで、少しばかり寂しく思ってしまう。

 でも、この間の一件でもそうだったけれど、事前に危険を遠ざけようとするのは当たり前で、マティアスの行動に批判なんて全くない。むしろこれが騎士としてのあるべき姿だ。


「2人共さようなら」

「ああ。気をつけて」


 軽く目礼をしたマティアスに同じように返しながら、買ったバナナはいつ食べようかと考えながら歩き出した。

 もうすぐ夕方。オレンジ色の夕焼けが近づいてくる。帰り始めるにはいい時間だなんて思っていたら、マティアスに呼び止められ目を瞬かせた。


「ご家族でどうぞ」


 差し出されたのは、丸々として形の良いりんごが2個。


「リックの情報のお礼です」


 受け取って良いのかまごまごしていたのに気がついたのか、情報のお礼と言われ思わず笑ってしまった。あまり役に立たなそうな情報なのに良いのだろうかと思うけれど、ここで受け取らないのは失礼だ。


「エルター様。ありがとうございます」


 手渡されたりんごを受け取る時に、優しく指先が触れた。手のひらの表面を優しく撫でるような感触に、赤々としたりんごのようにリイナの頬が朱色へと変化していく。

 近所に住む人達とは違う、スマートながら鍛えられた体。耳に心地よく入る声。騎士として警戒を怠らない姿。そのどれもがリイナにとって新鮮で、初恋だったリックとはまた違った印象を抱いた。


「最近街外れで強盗事件が発生しているようなので、貴女もお気をつけて」

「はい。エルター様も」


 それなら尚更、マティアスのアドバイス通り、戸締まりを周知して良かった。

 頷きながらもすぐにクロードの傍に戻ったマティアスを眺めながら、微かに抱き始めた気持ちを持ち続けてしまえば、これから先苦労するだろうなと苦笑いをしながらリイナも帰路へとついた。




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