エピローグ
クロードとラクアの結婚式を終えてから1ヶ月。まだまだ各国からお祝いの言葉が届いている。
落ち着くのはもう少し先のようだ。マティアスも、お祝いに来てくれた人との立ち会いで出ずっぱりで、中々会う時間が取れない。
あれから図書館勤務を続けていて、たまにすれ違うと、不安そうにこちらに視線を移してくる。
指輪の一件で随分と迷惑をかけてしまった。そう思っていたけれど、どうやら違うようだった。
「私の噂?」
「そうよ。騎士と平民のラブロマンスなんて、貴族が好むお話だもの」
ラクアの私室でお茶を飲んでいる時に聞いた話に目を丸くさせる。
「あの堅物マティアスが普段は気にしない噂を消すのに奮闘していたでしょう?しかも時間があれば、30分でも会おうとしているし」
なんだか恥ずかしいなと思いながら頷くと、ラクアがにんまりと微笑んだ。
「リイナを良いなって思う人がまた出てくるって不安がっているらしいわよ」
「ええっ?そんな人いないよ」
「うーん。リイナはもう少し自覚を持って欲しいのだけど……」
「なんの?」
「騎士団の団長に愛されてる自覚よ。自信を持つのもそうだけど、今後は騎士の妻としての心構えや勉強だって必要になってくるから」
妻と言われ頬が染まっていくが、ラクアの言う通り勉強しなければならないことが山程ある。幸いエルター家が全面協力してくれるらしいし、クロードやラクアや、リックやルイスやマークまで手伝ってくれると申し出てくれている。
皆の協力を無碍にしたくないと思っていると、本棚にあった恋愛バイブル3冊に目がいった。
「あの頃はこんな風にお茶を飲んでいるなんて考えられなかったな」
マティアスを諦めていたら、今もラクアと家でお茶をしながら小説の話をして、街で知り合った人と結婚して、平凡に暮らしているだろう。
「恋愛バイブル様々だね」
「リイナが努力したからよ」
「うん。頑張れば結果はついてくるから……エルターさ……マティアス様の隣にいれるよう頑張る」
「ええ。……ウフフ……そういえば小説にも中々名前が言えないお話があったのよ……」
楽しそうに笑うラクアは、数冊の本を持ってテーブルに置いた。
「異世界から転移してきた女の子が、王宮の魔術師と出会ってから始まるお話で、中々名前を言えない姿が可愛らしいのよ!こっちは教師が生徒と偽装婚約するお話で、両片思いを続けながら過ごすお話なの」
今日も小説談義に花を咲かせる姿は、出会った当初と変わらない。
変わったのはと思っていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
許可を得て入ってきたのは、クロードとマティアスだ。
「ラクア。迎えに来たよ」
「あら、もうそんな時間……リイナと話しているとあっという間ね」
優雅に立ち上がったラクアは、クロードの後方に控えているマティアスに視線を向けた。
マティアスの服装は、騎士の制服ではない。
「もしかしてリイナのお迎え?」
「ええ。時間が取れたので」
「フフ、なんだか不思議ね。リイナ」
「あはは、そうだね」
それぞれ恋愛に悩んでいたのが嘘のような時間だ。それは恋愛バイブル片手に頑張った成果だろうか。
2人の様子を不思議そうに見ながらも差し出してきたマティアスの手を取ると、大きな手で握りしめられた。
「リイナ、少し散歩に行きませんか?」
「はい」
「良かった」
あれから、噂話に辟易としたのと同時に、噂すら出ないようにと言動で示してくれている。
マティアスから感じられる熱に当てられてはにかむと、マティアスの瞳が和らいでいく。
2人に別れを告げて外に出ても、マティアスは繋いだ手を離さない。
「マティアス様、手を……」
「ダメ。リイナが俺の恋人だって知らしめないとならないから」
「知っている人が殆どだと思いますけど……」
「正確には、他に入れる余地がないほどに溺愛している恋人だと知らしめたいんです」
恥ずかしそうに呟いたマティアスは、王宮内にある喫茶店を見ながら視線を鋭くさせた。
「最近ラクア様の私室でお茶をする機会が増えましたよね?」
「そうですね」
ラクアにお呼ばれされるから、喫茶店にはあまり行っていない。
ふとマティアスと同じく視線を向けると、馴染みの店員さんがこちらを見つめていた。たまに行っているお店の人に手を繋いでいる姿を見られるのは、なんだか恥ずかしい。
「マティアス様?」
「……余計な虫が多いな。会わない時間で諦めると思ったが……」
難しそうな顔で言ったマティアスが繋いだ手を持ち上げて唇を寄せてきた。
喫茶店の店員も、こちらの様子をチラチラと眺めている貴族も、勿論リイナ自身も全員が驚愕の声をあげる。
「ひゃっ、マティアス様!?」
「離しませんよ。貴女は俺と結婚するんです。他の男に目を向けられないようにして」
「わ、私が見ているのはマティアス様だけですよ?」
「知っていますが……失敗した。ここだとリイナの可愛い顔があの男に見られるじゃないか……」
グッと手を引き寄せてきたマティアスは、自分だけに聞かせるように、とろりとした甘い声を出した。
「俺の部屋に来てくれませんか?貴女を一人占めしたい」
背筋がゾワゾワとするのに、全身が熱を持つ。拒否権が言えないほど熱情のある声に、自然と頷く。嬉しそうに微笑んだマティアスに連れられて思うのは、初めて会った時の無表情さとの違いだ。
「マティアス様の初めの印象と違いすぎます」
「俺もそう思う」
至極真面目に頷くマティアスに笑っていると、頬をゆるりと撫でられた。
「リイナは変わらない。再会した時から……いや、初めて会った時から表情が豊かで、アドバイスに真摯に対応する姿も、楽しそうな姿も……貴女の全部に惚れている」
甘い声と甘い言葉に脳が痺れて言葉が出てこない。
何も言えなくなった姿に微笑んだマティアスは至極幸せそうに手を引いて歩いていく。
マティアスはリイナを悪い噂が出ないくらい溺愛しているようだ。
周囲に対して牽制する姿やベタ惚れしている姿に、貴族間ではマティアスとリイナを応援する声が増えているらしい。
リックとルイスとマーク曰く、リイナがいなくなったら、マティアスはとある悲恋の騎士のようになるのではないかと危惧しているらしい。だから全力で応援するのだと言っているそうだ。
王族もエルター家も応援しているのだから、誰にも入る余地はないだろう。
それでも、マティアスの牽制と幸せな溺愛は止まらないそうで、数カ月後に迫った結婚式では、その溺愛っぷりがいかんなくお披露目されることだろう。




