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22話

 王宮内に流れていた噂話がここのところ別の話題で賑わっている。

 何せ騎士団内を騒がせていた噂話が全てガセネタだったというのだから当然だ。


「先輩なんか、未だに信じられないとか言ってるっすよ〜。あっ、俺と同僚がそのたびに否定してるっすからね!」


 図書館から喫茶店まで行く道中の護衛を務めてくれているマークの話を聞きながら、笑顔で頷く。あの時は不安気な顔でいるのを見せてしまっていた。

 今はマティアスの言葉や、周囲の人の言葉もあり、不安になることはない。

 喫茶店前でマークと別れ、店に入ると、ラクアとクロードが手を振っている。

 挨拶を交わし、席に座り一息ついたところで、自分の知らないところで何があったのか説明をしてくれた。


「ミリアについてだけど、全て認めたよ」


 あの後、一度気を失ってから再度目を覚ました時には2日が経っていた。

 その間にもクロード達が動いてくれていたようで、随分と迷惑をかけてしまったと眉を下げる。


「音も葉もない噂で騎士団や王宮内の秩序を乱した責任は重いんだ。しかもターゲットは騎士団の団長だったから余計にね」

「マティアスにはファンが多いのよね」


 団員内でも貴族間でも人気があるマティアスを狙ったとなれば、騒ぎが大きくなるのも当たり前だった。


「彼女はノイス国に強制送還と、そちらでもそれ相応の罰を下してくれるそうだよ」


 自分としては穏便にと言いたいところだけど、国家間のやり取りには口を出せない。


「ルイスにも罰を下す声も多かったけど、彼の功績もあり、更にカンナビアの発展に尽力することと、罰金刑に留まったよ」


 ノイス国での仕事を嫌がっていたルイスがそのまま残るのは喜ばしいことだ。

 ルイスはリックやマティアスと話しが合うようで、この間はマークも交えて一緒に食事をしたそうだ。

 まだルイスに対しては心ない声もあるけれど、ルイス自身はそこまで気にしていないらしい。

 監視からの騒動が全て解決したとなれば、残るは自分の仕事についてだった。

 図書館か、本屋に戻るか。どちらの仕事も楽しいし、マリーとアルベルトも推薦してくれると言っていた。でも、このまま居座るのもおかしい。


「一度帰ろうかな」


 それで、もし図書館で仕事をし続けたいなら採用試験を受けてみる。

 それが1番良さそうだ1人で頷いていると、クロードとラクアのポカンとした顔が見え、首を傾げた。


「もしかして帰る気?」

「マティアスと一緒になるんじゃないの?」

「はい?一緒……違う違う!!」 


 あくまで恋人同士のすれ違いなだけで、そこまで話しは進んでいない。

 自分としてはありがたいけど、マティアスの気持ちだってある。

 まごまごしていると、背後に人の気配を感じ、後ろを見た。


「時期については追々考えますが、一緒になるつもりですよ」


 頬を緩めながら言うのは、マティアスだ。愛しそうに髪の毛を撫でながら、ゆるりと手を引いてきた。

 カタンと音を立てて椅子から立ち上がる。


「エルター様?」

「マティアスですよ。リイナ」

「……」


 甘く、とろりとした声が耳に響く。

 恥ずかしそうに耳を押さえると、ラクアの嬉しそうな顔が見えた。


「マティアス。私のリイナをよろしくね」

「ラクア様のリイナではなく、俺のリイナです」

「はいはい。今から出かけるのよね?」

「ええ。リイナ。行きましょう」


 クイッと手を引かれ、挨拶もそこそこに歩き出す。

 マティアスが目指しているのは、この間の装飾品店だ。


「行く前に、布地屋も寄ってもいいですか?」

「はい」


 布地屋はこの間は賑わい過ぎてて行かなかったお店だ。

 少し前に店を構えたようで気になっていたから嬉しい。

 ふふっと頬を緩めると、マティアスの表情も和らいでいく。


「実は、クロード様がラクア様との婚儀に向けて色々と考えているようでして……」

「えっ!?」

「リイナにも協力してほしいそうです」

「勿論です!」


 クロードとラクアの結婚式に協力できるなんて、この上ない幸せだ。

 各国の布地が取り揃えられているようで、ラクアはどんなドレスが似合うのかなと考えていると、店主との話しが終わったのか、マティアスが傍にやってきた。


「どれも綺麗ですね」

「いまいち分からないですが……」

「あっ、そうでしたね」


 服装の違いは分からないと言っていたのを思い出し、なんだか懐かしい気分になっていく。

 マティアスも思い出したのか、目元を和らげた。


「服装の良し悪しは分からないけど、リイナなら何を着ても可愛いと思います」

「えっ?」

「貴女のドレス姿を他の男に見せたくないな……」


 熱っぽい瞳に囚われる。あれから、仕事量も落ち着いたからか、隙をみてはこうして出かけたり、王宮内で一緒に食事を取ったりと、不安にならないように行動してくれている。

 そのお陰で今は、騎士団団長のマティアスは、平民の女性に入れ込んでいるなんて噂話で持ちきりらしい。

 しかも事実だからと否定するどころか肯定しているそうで、マティアスのファンからどう思われているのか気になるところではあった。


 装飾品店の店主のところに行くと、自分のせいであんなことに!と号泣しながら謝られてしまった。

 とはいえ、指輪に惹かれたお陰でマティアスと気持ちを話し合えたのだから、店主のお陰でもある。


「どの商品も割引しますよ!」

「あはは、ありがとうございます」


 気になる商品があったら買おう。そう思いながら品々を見ていると、とある商品に目がいった。

 隣にいたマティアスも何か気になる商品があったようで、同時に気になった商品を指さす。


「同じ、ですね」


 2人が指差したのは、本がモチーフになっているネックレスだった。


「これを見たら、貴女が読んでいたバイブル100選を思い出したんです」

「あはは、同じくです」

「俺に意識させようとしていたと知って、可愛らしくて、いじらしかった」


 ネックレスを手に取ったマティアスから、また耳にとろりと響くような甘い声が聞こえてくる。


「再会した時からリイナに惹かれ始めていたって言ったら、信じてくれますか?」

「えぇ……!?」


 マティアスの言葉を疑わないが、だとしたら、初めてクロードが家に来た時からだ。


「私も、その頃からマティアス様を意識し始めていますよ……?」

「は?……あー、クソ、そうだった、リイナはそういう……」


 ブツブツと呟いたマティアスは、ニコニコと嬉しそうにしている店主と素早く会計を済ませている。

 グッと手を引かれて再び歩き出した先は、騎士団がたまに訓練に使っている広場だった。

 平民が団欒の場として使っているようだが、人の姿はまばらだ。

 そのまま人気のないところまでやってくると、マティアスがくるりと振り向いた。


「貴女は俺を喜ばす天才です」

「え?そう、ですか?」


 むしろマティアスの方が天才では。なんて思っていたけど、お互いそう思っているようで、なんだか笑えてきた。

 クスクスと笑っていると、周囲を見渡したマティアスの顔が近づいてくる。


「っ、マティアスさま……」


 2度、啄むように口づけをされ、恥ずかしさと嬉しさで瞳が潤んでいく。


「……リイナ。愛している」


 頬を撫でる手が温かい。瞳から深い愛情が見える。もうマティアスの気持ちを疑いはしない。そう思える瞳だ。


「クロード様の婚儀が終わったら……」

「終わったら?」

「リイナを次の主役にしてもいい?」

「……」

「そのくらい、貴女を愛しているんだ」


 指先が取られ、薬指に口づけを落とされる。

 迷うことなんてない。ポロポロと泣きながら頷くと、マティアスの表情も泣き出しそうに歪んだ。


「もう俺の傍から離れないでほしい」

「はい」


 力強い腕で抱き寄せられ、マティアスの胸にソっと顔を寄せた。

 今度何かあったら話し合おうと誓い合い、互いに微笑んだ。



 ***



 夕暮れ時が過ぎた頃。王宮内でクロードとラクアの結婚式が執り行われた。

 国中がお祭り騒ぎになり、街もお祝いムード一色だった。

 流石に王族が取り仕切る婚儀には行けなかったものの、王宮内で行われる祝賀会にはどうしても参加してほしいと言われ、マティアスが用意してくれたドレスを身にまとって参加することとなった。


 バックリボンがついたブラウンのワンピースドレスに、ネックレス。靴までドレスに合うように選んでくれたようで、大人しめの印象で纏っている。

 残念ながらマティアスは王宮内の警備や、全体指示に忙しいようで、まだ姿を見ていない。

 フワリとした白いドレスをまとったラクアが綺麗で、可愛らしくて、今までの思い出が懐かしくなり、思わず号泣してしまう。


「リイナ、泣かないでよ……もう……」

「だっでぇ、可愛いぐでぇ……」


 化粧も崩れるくらい2人で泣いていると、リックが笑いながら近づいてきた。


「ほらリイナ。泣きやめ。主役泣かせているとクロード様が怒るぞ」

「あは、リックが泣かせていたら怒るけど、リイナには怒らないよ」

「俺は怒られるんです?」

「うん。大事な妻を泣かせている男には容赦しないよ」


 クロードの瞳が泣いているラクアを見て柔らかく揺れる。

 クロードとの関係に悩んでいたラクアが懐かしい。ラクアもそう感じたのか、2人で笑い合う。


「そういえばマティアスはどこ行ったんですか?」

「モルトと話しているはずだよ」


 クロードの示す先には、騎士の中でも格式高い白の礼服を着たマティアスがいた。遠目で見てもため息が出てしまうほど格好良い。


「凄い人だかりだなぁ……」


 団長のマティアスと師団長のモルト親子の周囲には、綺麗なドレスを纏った美人が今か今かと話しが終わるのを待っている。

 この様子だと暫く会えそうにない。ちょっとだけ寂しい。なんて思っていると、見慣れた服装をしたマークがやってきた。


「これから門の警備に戻ります。あ、ベッティさん良く似合ってるっすね!流石マティアス様っす」

「あはは、ありがとうございます」

「ここだけの話し、リックさんやルイスさんにどんなドレスが良いか何度も聞いてたっすよ」

「そうそう。リイナの兄である俺が選ぶっていったら絶対ダメだとか言われたもん」

「ルイスさんも言われてたっすよ」


 マークの言葉に、少し離れた場所にいたルイスも頷きながら近づいてきた。


「そうですね。絶対に選ばせないって力強く断られました。だからアドバイスしたんですけど……ブラウンのドレスなんて、愛されていますね」


 自分の瞳の色のドレスを贈る理由は、平民でも知っている。

 へにゃりと頬を緩ませながら頷くと、ルイスが1つ咳払いをした。


「人のものになったとしても、愛でる対象ってありますよね」

「ルイスさん。警備兵として捕まえるっすよ」

「そうだぞー。愛でるのは兄である俺だけだ」

「はいはい。3人ともそろそろ仕事に戻れ」


 クロードの一声に渋々頷いた3人はそれぞれの仕事に戻っていく。とは言ってもリックとルイスは客人の相手だから、同じフロアだ。

 マティアスの方を見ると、いつの間にか話は終わっているようで、今度は貴族達から詰め寄られている。


 あまり遠くで聞こえないけれど、ダンスのお相手をとか、ダメなら食事でもと誘われている。

 丁寧に断っている姿を見ると、マティアスらしいなと思うものの、仕事中だとしても、少しはこっちに意識を向けて欲しいなとも思ってしまう。


「リイナ。そろそろ挨拶に行ってくるから、ルイスかリック辺りと一緒にいてくれるかしら?」

「分かった」


 クロードとラクアも挨拶回りをするようで、言われた通りにルイスとリックの方へ向かう。

 1人でいても良いけれど、何があるか分からない。


「ベッティさん。ドリンクをどうぞ」

「ありがとうございますルイスさん」


 爽やかなアップルジュースで喉を潤すと、どこかを眺めていたルイスが嬉々とした表情を浮かべた。


「ライバルって思われてるなら嬉しいな」

「ライバルですか?誰に?」

「心身ともに強い人で──ほら、来た」


 足早にこちらに向かってくるのは、礼服を着たマティアスだ。


「今度はブルーなんてどうですか?」

「その色は今後も購入予定はない」

「はは、なら贈らせてもらおうかな」


 2人しか分からない会話をしたかと思うと、ルイスが同僚から呼ばれて行ってしまった。


「挨拶は終わったんですか?」

「だいたいは」

「お前、足早にどこにいくかと思えば……」


 呆れたような声は、モルトだ。少し前に家族同士で挨拶をしてからは、何かの拍子に話しかけてくれる気さくな人で、今もにこやかな顔を向けてくれている。


「全く、誰々がリイナさんを狙ってるだのなんだの……」

「父上!」


 恥ずかしそうに声を荒げるマティアスに、モルトが含み笑いをしている。

 その様子に驚いたのは、リイナよりも周囲の人々だ。

 口々に、あれが噂の人だったり、マティアスの表情やら、あのドレスってもしかしてと、話されている。

 あまり目立ちたく無かったけど、赤いドレスを着た妙齢の女性が、微笑みを携えて優雅に挨拶をしてきたため、礼を返す。


「貴女がリイナさん?」

「はい。リイナ•ベッティです」

「へえ……マティアスを射止めた平民で、ラクア様の友人……ねえ、マティアスをどうやって射止めたのか教えていただける?」


 何か文句を言われるのかと思ったものの、キラキラとした瞳を輝かせて興味津々そうだ。


「有効なのは色仕掛けかしら?それともラクア様の口添えかしら?それとも趣味が同じとか?」


 色仕掛けも口添えもしていないし、共通しているのは爆弾マンが好きというのしか、今のところ共通していない気がする。

 それでも波長が合ったのか、一緒にいると心がホワホワとして、いつの間にか好きになった。


「どちらから告白したの?」


 どう答えようかと思っていると、マティアスが女性との間に入り、ポソリと呟いた。


「私です。大事な人なので、あまり困らせないようにしてください。義姉さん」

「あら、長男の嫁としては気になるところは一杯あるのよ……というか、貴方が好きになったの!?」

「そうですよ」

「あれだけけしかけて縁談勧めてもうんともすんとも言わなかった貴方が……感動を通り越して驚愕よ」

「……」


 どうやら彼女は、エルター家長男の妻らしい。とてもパワフルな人だ。


「へえ、リイナちゃんって本屋で勤めていたのね。図書館はそのまま続けるの?」

「はい。推薦してもらったので、そのまま続けられるんです」

「そうなの!良かったわねぇ。あ、リックくんと知り合いって本当?」

「そうです。幼馴染で、小さい頃はリックお兄ちゃんの手作りお菓子が苦手で……」

「あらー、食べてみたいわぁ」

「お願いしたら作ってくれると思いますよ」

「それはリイナちゃんだけじゃないかしら……」


 その後も暫く和気あいあいと話していると、クロードとラクアが王と王妃の前に跪いた。

 王からの祝福をもらい、2人の結婚は確実なものとなる。

 2人の姿は優雅で、でも可愛らしくて、また自然と涙が溢れる。

 その涙をマティアスが優しく拭ってくれた。


「ラクア幸せそう」


 優雅に儀式を終えたラクアは、嬉しそうにリイナの元にやってきた。


「リイナ。今度はお茶会ね!その時はまた小説の話しをしましょう!」

「あはは、うん!」


 結婚したからといって、2人の関係は変わらない。次はどんな小説のプレゼンをされるんだろう。とても楽しみだ。


「いつかマティアス様とのことを報告できるかな?」


 誰にも聞こえないように小さな声で呟いたものの、マティアスに聞かれてしまったらしい。

 一瞬目を瞬かせ、次第に瞳を細めていく。

 愛おしそうに耳をかき上げられ、とろりとした甘い声が聞こえてきた。


「すぐにでも。……父上少し離れます」

「ん?ああ、すぐ戻ってこいよ」

「はい」


 有無も言わせぬほど足早に、人気のないところまで連れ出された。

 王宮内の庭園。近くには噴水があり、水面には、姫と騎士が逢瀬をしていた時のような月の光が輝いている。

 マティアスの懐から箱が取り出され、目の前で開かれた。

 中には虹色の宝石がついた指輪があり、えっ?と声をあげる。


「どうしてもこの宝石を贈りたかったので、ずっと探していたんです」

「マティアス様……」

「リイナ。どうか俺と結婚してください」

「……はい」


 月の光の元で願うのは、互いの幸せ。自分たちにとって、それは共にいなくては叶わない願いだ。だから、言葉を紡いで、いつまでも共にありたい。

 こうして、時折困ったこともあるけれど、楽しくて幸せな日々は今日もまた続いていく。





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