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21話(マティアス視点)

 気持ちを抑え、軽くノックをして扉を開けると、ベッドの上には、静かに眠り続けるリイナの姿があった。

 まだ生きている。そう認知するだけで少しだけホッとできた。


「行きましょう」


 後ろから追いかけてきてくれたクロードやラクア達が頷くのを見てから、足を一歩室内に踏み出そうとしたものの、見えない壁に阻まれ、室内に入れない。

 クロードやリックも同じように進入を試みているが、同じように阻まれてしまった。


「どういうことだ?」

「クロード様。念の為下がってください」

「あ、ああ……」


 リックがクロードを下がらせ、ルイスが眉間に皺を寄せながら、見えない壁に向かって手をかざした。


「魔力による障壁……でも、随分古い術式だ……」


 現在よりも魔力の消費量が多い術式と言われても、さっぱり分からないが、ルイスの言う通りだとすると、進入を拒んでいるのはリイナ──指輪の元の持ち主の姫だ。


「サウラン国の姫様。私達を部屋に入れてもらえませんか?」


 ルイスの問いにリイナの指輪が光る。

 話を聞こうとしてくれいるのかと思ったが、不穏な空気にルイスの袖を引っ張り、透明な壁の前から下がらせた。

 眼前に見えたのは、指輪の宝石部分から黒いモヤが室内に漂っていく光景だった。

 室内全体にモヤがかかり、飾っていた花が枯れていく。


 棚にある本は黒くなり、原型だけ留めている。

 こんな光景は見たことがない。

 それよりも、リイナはどうなっているんだと目を凝らすと、ベッド周辺だけは光輝くように無事でいた。

 安心はしたが、この先どうなるか予想がつかない。


「リイナ!起きて!」

「ラクア下がるんだ!」


 涙を流して叫ぶラクアをクロードが下がらせ、その前をマークが守る。

 リイナ1人のために王族や妃候補を危険な目に合わすことはできない。

 教職のリックや魔術師のルイスだってそうだ。


 もちろん、騎士の自分も、本来なら平民1人にここまでかける必要はない。

 だが、ここにいるメンバーは皆、リイナを大切に思っている。

 ここで手をこまねいて、リイナが死ぬのを待つだけなのか。そんなのは嫌だ。


「君がいない人生なんて、俺は嫌だ……」


 ポツリと呟いた声は、隣にいたリックとルイスに聞こえたのか、肩をポンと叩いてきた。


「リイナを連れ戻せ」

「お姫様の願いを叶えられるのは、恐らくですが貴方の言葉です」


 リイナが同調している今なら、リイナを通して姫の願いを叶えられる。

 ルイスの推測でしかないが、何も行動しなくては、リイナを救う可能性すら潰してしまう。

 透明な壁にソっと触れると、手にビリッと電気が走った感覚があった。

 姫に拒否をされているのだろう。だが、リイナに拒否をされているように感じ、胸が痛む。


「サウラン国の姫様。私の名は、マティアス•エルターと申します。そこにいるベッティさんに……」


 とめどなく溢れる思いを、1番最初にリイナに伝えたい。

 言葉に詰まっていると、室内に広がっているモヤが怒りを表すように揺れた。

 ベッドに眠っているリイナの真横に漂ったモヤが段々人の姿に変わっていく。

 フワリと揺れた、古い型の黒いドレス。セミロングの髪の毛。

 表情は分からないが、空気に響く雑音が、泣いていると知らせてくる。


「あれがサウラン国のお姫様ね……」


 ラクアの言葉に緊張が走る。姫は、怒りと悲しさを携えた瞳をこちらに向けている。

 長い年月負の感情に呑み込まれ続け、現状がどうなっているのかも分かっていない様子だ。


 《白銀に輝く月よ》

 《私の深愛全てを捧げよう》

 《深愛は月夜を照らす光となり》

 《悠遠なる武運長久を祈る》

 《彼女との幸福が後の世も降り注ぎ》

 《暖かな日々が過ごせますように》


 窓辺から見える月を眺めているのか、ゆらゆらと揺れた影から、か細い声が聞こえる。

 姫が騎士を思い紡いだ言葉は、騎士に届かなかった。いや、届くのが遅すぎた。

 段々と輪郭がハッキリと見えてくる。悲しさを携えたまま月を見ていた姫が、ボロボロと黒い涙を零していく。


 《私の想いは決して叶わない》

 《私の身体はもう、呪われてしまった》

 《一目、貴方に会いたかった。会いに来て欲しかった》

 《あの人はもう結婚したのだから、そんなワガママは許されない》

 《私の涙は、誰が止めてくれるの?》

 《……いっそこのまま消え惑いたい》

 《私は、貴方の──が、欲しかった……》


 最後は涙声で聞こえない。ベッドに崩れ落ちた姫は、リイナを優しく見つめた。


 《アナタも私と同じ》


 リイナに向けられた優しい表情と柔らかな声。

 一見優しい空間に見えるのに、ざわりと心が毛羽立つ。


 《アナタの想いは届かない》

 《アナタの涙は、私が止めてあげる》


 姫の手が空中に伸びると、伸びた傍から嫌な空気を感じた。

 透明な壁をドン!と叩くと、姫が無の表情でこっちを見てきた。


 《呪われた子は私が引き取るの》


 有無を言わせぬ雰囲気だが、ここは引けない。


「ベッティさんは、俺の大切な人だ。返してくれ」

 《嫌よ。邪魔をしないで》

「なら無理矢理にでも返してもらう」

 《……大切な人なら、どうして悲しませるの。今更遅いわ》


 騎士を思い出しているのか、瞳が悲しげに揺れた。


「マティアス。指輪を彼女に見せてやれ」


 クロードの言葉に頷き、懐からスッと指輪を取り出した。虹色に輝く宝石を見た姫の姿が、より濃く見えてくる。


 《これは……》

「貴方と恋仲だった騎士が持っていた指輪だ」

 《どうしてこれを……》


 指輪を見てゆっくりも落ち着きを取り戻したようで、呪われた前の姫様は凛とした表情だったのだと分かるくらい、表情が朗らかになっていく。


「私は、カンナビアの王太子だ。サウラン国の姫よ、私の話を聞いてはくれないか?」

 《カンナビア……?》


 姫の時代にはカンナビア国との関わりはまだそこまで無かっただろう。

 透明な壁を隔てて今まで何があったかを説明をしていくと、姫が床に崩れ落ちた。


 《わたし、あいされていたの……?》


 いつの間にか透明な壁が消えている。姫の前にしゃがみ、指輪を見せると、今度は透明な涙を流し始めた。


 《ごめんなさい……ごめんなさい……》


 すれ違ったまま、呪われて死んでいった姫は、ようやく騎士の願いや真実を知った。

 初めからお互いに言葉を交わしていれば何か違ったのかも知れない。だが、もう戻ることはできない。


 《でも、あのコは呪われたまま》

「どうすればベッティさんを助けられる?」

 《あのコも、私と同じ……私は、あの人の言葉が欲しかった》


 言葉による愛情を感じたかった。それなのに、騎士は何も言わずに消えてしまった。

 騎士の想いも姫の想いも分かる。


 《あのコ、私と同調しすぎたの。もう間に合わない》


 またリイナの指輪から光が放たれ、光がリイナの身体を覆っていく。


「ベッティさん!」


 急ぎベッドのリイナに手を伸ばすが、バチン!と弾かれてしまった。手を見ると、指先が赤くなっている。

 リイナの身体は無事のようだが、指輪の呪いが始まってしまったのなら、一刻の猶予もない。


「ベッティさん、すいませんっす!」


 マークが剣を振り下ろし指輪を壊そうとするが、同じように弾かれてしまう。


「リイナ……嫌よ、リイナが死ぬなんて、嫌!」

「リイナ、戻ってきてくれ!」

「兄ちゃん残して逝くなよ……」

「リイナさん。戻ってきてください」


 様々な声をかけるが、なんの変化もない。どうすればいいなんて考える暇もない。


「ベッティさん……」


 リイナの傍に跪き、指輪を見せた。


「貴女に伝えたいことがあるんです」


 すれ違ったまま、リイナを死なせたくない。それなら自分が身代わりとなって死んでいく。そう思っていたが、それだと、リイナはきっと自分自身を責めてしまう。


「俺は、貴女と生きていきたい」


 夜の広場で、気持ちが溢れたあの時に、伝えられなかった言葉がある。


「騎士として自分の心を律するのは慣れているのに、貴女の言動1つ1つに心が揺さぶられているんだ」


 本来なら、騎士としてあるまじき失態だ。


「なのに、そんな自分も悪くないと思ってしまっているのにも、戸惑っている。貴女の過去を知っているリックも、知らないところで出会っていたマークにも嫉妬した」


 その後はルイスにも。告白する前も後も、自分に自信がないくせに、独占欲が強い。


「あまり女性への扱いに慣れていない。そのせいで、何度も貴女を悲しませた。他の人の方が幸せにできると思っている。でも、貴女を手放したくない。俺が貴女を幸せにしたい」


 語りかけていくうちに、リイナへの気持ちが溢れ、頬に涙が伝っていく。


「貴女を諦めたくないんだ……俺の手を取って」


 光に手を伸ばすと、またバチン!と弾かれた。痛みで顔を歪めていると、隣に姫が佇んでいた。 


 《白銀に輝く月よ。騎士の願いを叶え給え》


 姫の祈りは小さな魔術となり、少しずつ膨れ上がる。それでも呪いを解き放つには不十分らしく、グッと苦しそうな表情を見せた。


「大なり小なり力があるなら、俺の力も月に捧げる」


 もう既にこの世にいないとはいえ、姫1人に負担をかけさせられない。

 室内にいるメンバーもそう思ったのか、月に向かって祈り始めた。


 《愛されているのね……》

「貴方もな」

 《えっ?》


 祈っている途中から自分の横に、もう1人気配を感じた。姫をずっと見守っていたのは、血の繋がりはなくとも、エルター家の祖先である騎士だ。


 《……そう。そうね、私も想われていたのね……》


 嬉しそうに微笑んだ姫と共に祈りを捧げると、月の光がリイナの指輪に降り注いでいった。

 ピシリ、ピシリ……と小さな音を立てて、指輪が壊れていき、最後はパキッ!と割れていった。

 その瞬間、リイナを覆っていた光が消えていく。


「ベッティさん……!」


 ベッドで眠っているリイナの頬に触れると、暖かな感触を感じ、また頬に涙が伝っていく。


「ベッティさん……リイナ……リイナ……目を開けて?」


 早く生きている実感が欲しい。呪いは解けたようだが、リイナが目を覚まさないと、不安なままだ。

 か細い声で懇願をしながら、リイナの唇にゆっくりと口づける。

 リイナの手を握ったままどのくらい時間が経っただろう。リイナの瞳がピクリと動いた。

 皆が少し離れた位置で固唾を飲んで見守る中、リイナの瞳がうっすらと開かれていく。


「エルター様……?」

「……っ、よかった……貴女を失ったら、俺は……」


 きっと150年前の騎士と同じく、自分自身を許せなくなる。

 手を握ったままリイナを見つめると、まだ状況が分かっていない様子で、戸惑った視線を周囲に向けている。

 無理もないが、姫と騎士の姿に驚いた様子だ。


「え?あれは夢じゃ……え?じゃあ、あの……え、嘘、えっ!?」

 《嘘じゃないわ。私が全部見せてあげたでしょう?》


 姫の楽しげな表情とリイナの赤面しながらもパニックになっている顔に、ラクアはピンと来たようで、ニヤニヤとしている。


「リイナったら、愛されてるわね」

「ああ、マティアスの告白聞いたのか」

「俺たちあんな風に嫉妬されてたんすね」

「あは、マティアスも顔が赤いよ」

「マティアスさんの想いには負けますね」


 実際皆の目の前で言ってしまったのだから怒るに怒れない。

 リイナの手を握ったまま、皆に向かって深々とお辞儀をする。


「もう少しで大切な人を失うところでした。お力添えいただき、ありがとうございます」

「……俺のせいでもあるので」

「いや、ルイスのせいじゃない。俺が周囲に気を配っていればこんなことにはならなかった。力を貸してくれてありがとう」


 妹を連れてきたルイスが自分を責めるのも無理はない。だが、言葉にして分かる通り、リイナに気を配れなかった自分のせいでもある。

 だから気にするなと、さっきとは逆にルイスの肩をポンと叩いた。

 一件落着とはまだならないが、リイナの呪いは解けた。

 姫自身も呪いが解けたようで、姫と騎士が寄り添いながら笑っている。


 《私の願いが全部叶えられたわ……ありがとう……》


 姫の願いは騎士からの言葉が欲しかった。らしいが、口づけも心の底で願っていたようだ。

 それがリイナとマティアスの姿で叶えられた。

 しかも騎士自身が現れ、願っていた以上の喜びを感じたようだった。


 《姫様を助けてくれてありがとう。……エルター家を頼む》


 血の繋がりはなくても、エルター家を大切に思ってくれている。

 敬礼をすると、満足そうに頷き、姫と手を繋ぎながら消えていく。

 パキリと音がして、手のひらを見ると、自分が買った指輪も、役目を果たしたのか割れていた。


 買った指輪がとか、呪われていた指輪のせいでとか、考えられることは多いが、長い年月呪われてしまっていた姫と騎士を助けられたのだから、よしとしよう。

 残す問題は1つだとリイナの手を握りながら気を引き締めた。



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