19話
途中から過去騎士視点です
月の光が差し込む泉に女性が1人。泉に向かって願う女性の服装は、少し古めだが、良い生地の服を着ている。
女性の手のひらには、透明な輝きを放つ宝石がついた指輪が握られていた。
《白銀に輝く月よ》
《私の深愛全てを捧げよう》
《深愛は月夜を照らす光となり》
《悠遠なる武運長久を祈る》
《彼女との幸福が後の世も降り注ぎ》
《暖かな日々が過ごせますように》
指輪と泉を眺めながら、女性はとめどなく涙を流していく。
《私の想いは決して叶わない》
《私の身体はもう、呪われてしまった》
《一目、貴方に会いたかった。会いに来て欲しかった》
《あの人はもう結婚したのだから、そんなワガママは許されない》
《私の涙は、誰が止めてくれるの?》
《……いっそこのまま消え惑いたい》
《私は、貴方の──が、欲しかった……》
女性は泣きながら家へ戻る道を歩く。でも、段々と、女性の足取りが重くなっていく。
家についた頃には、心配した執事達に運ばれていくしかなかった。
開かれていた扉がパタンと閉まり、虫の声1つしない静寂が広がっていく。
待って。行かないで。そんな言葉は、夢の中では当然届かない。
(エルター様……)
信じたいのに、マティアスとミリアの噂ばかりが耳に入る。
今日は遂に、2人で指輪を選んだらしい。
(もう、私の呪いは解けない……)
指輪の最初の持ち主だった女性と同じだ。自分の呪いを相手に押し付けたくない。
なら、呪いを受け止めるしかない。
皆が呪いの解呪方法を探してくれるだろう。
でも、呪いが解けるなんて思わない。
弱っていく姿をマティアスにも見られたくないし、ミリアとの仲を壊したくない。
(エルター様。どうか、幸せに……)
女性の願いと同じだ。最終的には指輪に呪いをかけてしまうんだろうかなんて、自嘲を浮かべながら瞳を開けた。
まだ皆が寝静まる前だ。ラクアは疲れたのか、隣で寝ている。
寝顔も可愛いなと思いながら、ソっとベッドから出て扉を開けると、ルイスが1人、部屋の前にある窓の外をじっと眺めていた。
「ルイスさん?」
「リイナさん。お体に不調はありませんか?」
「大丈夫ですよ」
色んな人に迷惑をかけている。申し訳なさを隠すように笑うと、ルイスの表情が曇っていく。
「私が妹を助けたいと願ったばかりに、リイナさんに辛い思いをさせていますね……」
ここにミリアが来られなければ、彼女の体調も良くならなかった。だから、後悔なんてない。
「ミリアさんが元気になって良かったです。それに、エルター様が幸せでいてくれたら……それで……」
マティアスが幸せでいてくれたら嬉しい。それは本心だけど、今はまだ感情が追いつかない。
頬を伝う涙を拭うと、ルイスの指が頬に触れた。
「貴女を泣かせるつもりじゃなかった。ですが、妹がマティアスさんを気に入って仲が拗れるようなら、私にもチャンスがあるかもと思ったのも、確かでした」
ルイスは、ミリアがマティアスを気に入っていると分かった上でそのままにしていた。
その理由は、流石に鈍い自分でも分かってしまう。
ルイスの表情は、後悔しているかのように、暗く沈んでいる。
「リイナさん。マティアスさんと話してください。誤解だって分かるはずです。俺は妹の説得をします。だから……」
既にマティアスの気持ちはミリアに傾いたのだから、手遅れだ。
「ごめんなさい。今は、休みたいです……」
「……分かりました。でもせめて、部屋の前で護衛はさせていただけませんか?」
1つ頷き、部屋に戻る。窓辺に佇んで空を見上げると、夢の中に出てきたような月が空に広がっていた。
ただ一心に、幸せを祈れるのだろうか。
もう一度目を瞑ると、一瞬にして深い深い闇に落ちていく。
***
夢の中には、あの時の女性が出てきた。
指輪を恥ずかしそうに渡す騎士と、ドレスアップしたお姫様。
夜会だろうか。月夜の光に照らされた庭園は綺麗で、2人を祝福するかのように光が降り注いでいる。
『これが俺の気持ちだよ』
『嬉しい……』
泣き出したお姫様を、騎士がゆっくりと抱きしめる。幸せなひと時だと、どちらも思っていただろう。
でも、その翌日には、虚しくも消えていってしまった。
『サウラン国は、ノイス国との関係を強化するために、今後定期的に人材交換をすることになった。今回のノイス国の望みは、知と武に優れたものだ。お前が1番適任だろう』
今回はお試しで、今後はカンナビアとも話し合い、本格的に運用していくそうだ。それは分かるが、何故自分なのだと騎士が訴える。
『ですが……!』
『……大体、騎士が王族と結婚できると思ったか?』
王の瞳を見れば、騎士が邪魔な存在だったのだと、よく分かる。
それはそうだ。王族と騎士との恋愛なんて、身分違いも良いところだ。
『お前に伝えておこう。……娘の代わりもいるんだぞ』
姫には妹がいて、姫と同じく優秀な人間だ。王は、目的のためなら非情な決断を下せるのだ。実の娘すら、駒として使うと理解し、絶望する。
自分と付き合うことで、姫は幸せになれない。むしろ醜聞に巻き込まれる可能性が高い。
『お前に見合った相手は用意されている』
『……分かりました』
姫を守るためだと、項垂れるように頷いた。
姫とはその日から会えもせず、渡してほしいと願った手紙すら受け取ってもらえなかった。
『俺は、貴女を守りたいんだ……』
心は痛みで軋み続ける。指輪を見ると激しい痛みを感じ、耐えきれずに生家に指輪を預けた。
唯一の繋がりすら、騎士自身の手で消してしまった。
今はただ、幸せを祈るしかない。
傷心のまま隣国に向かってみると、穏やかな気候に驚いた。
ここは農産物が盛んなようで、サウラン国はこの農産物が欲しいのだろうと合点がいった。
実際サウラン国から人材交換された人は、農業のノウハウを持っている人だったそうだ。
せめて王が無下に扱わないことを祈るしかない。
他に驚いたのは、ノイス国での結婚相手という貴族の女性も、望まぬ結婚だったらしいということだった。
『取り引きをしませんか?』
『取り引き?』
『ええ。結婚したふりをするんです』
騎士にとっても、願ってもない提案だ。
『これは私と貴方の秘密の取り引きです。愛しい人に教えたくなりますが、せめて1年は言わないでおきましょう』
『……分かった』
取り引きがバレたら、自分も彼女も無事ではいられないかもしれない。
1年経ったら、離婚したふりをしよう。そうしたらお互い自由に生きられる。
今は、共に日々過ごしていく中で、戦友として信頼を重ねていければ。
そう思いながら暫く過ごしていたが、ある日サウラン国から使者がやってきた。
『姫が呪われた……?』
呪われてから既に3週間が過ぎている。しかも未だ解呪方法も分からない。
戦友に視線を向けると、すぐに馬車の手配をしてくれていた。
『毎日泣いていただなんて……』
姫を思って離れたのに。渡した指輪のせいで姫が呪われたなんて。
こんなことなら国を捨ててでも、姫と安住の地を探せば良かった。
後悔ばかりが胸を襲う中、サウラン国にやってくると、王宮の天辺に黒い旗が棚引いているのが見えた。
『嘘だ……嘘だ……』
あれは王族が亡くなった証しだ。姫ではないと言い聞かせ、もつれる足で走り出す。
門番に止められそうになったが、かつての同僚が手引きをしてくれた。
『姫さんはもう……』
『ふざけるな!姫は、俺と別れて幸せになるはずだろ!?』
『んなわけないだろうがよ!姫さんは毎日お前を想って泣いてたよ』
同僚が姫から託された手紙を渡され、姫がいる部屋に入る。室内は暗く、常にひんやりとしている。
これ以上入りたくない。そう思うのに足は自然と進んでいく。
ベッドには、痩せ細り、生気のない顔で眠っている姫がいた。
『うぁ……あぁ……』
信じられない光景を目の当たりにして、その場に崩れ落ちる。
絶望してしまい、呪いにかかるくらい、愛してくれていたのに。
自分だって、姫を愛していたのに、1人にしてしまった。
全てを秘密にしていたせいか。何が1年だ。何が自由に生きられるだ。
自分だけ分かっていても意味がなかった。手紙でもなんでも、伝えれば良かった。何を思っても、全て後の祭りだ。
息が苦しくなる中、かつての同僚から受け取った手紙を開き、目を見開いた。
《白銀に輝く月よ》
《私の深愛全てを捧げよう》
《深愛は月夜を照らす光となり》
《悠遠なる武運長久を祈る》
《彼女との幸福が後の世も降り注ぎ》
《暖かな日々が過ごせますように》
『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーっ!!!』
吠えるように慟哭し、地面を叩く。負の感情に呑み込まれたとしても、最後まで心優しい姫だった。
暫く泣いた後、目を閉じたままの姫の髪の毛を撫でる。
『……俺と行こう』
机に書き置きを残し、姫の軽やかな身体を引き寄せる。
その夜。姫と騎士はサウラン国から忽然と姿を消した。
***
ノイス国との国境付近に、戦友が用意してくれた墓へ姫をひっそりと埋葬し、自分への戒めだと、姫に渡した指輪を懐にしまう。
『君は思う人と幸せになってくれ。俺みたいにならないでほしい』
『そうね……平民の幼馴染なんだけど、幸せになれるかしら』
貴族としての生活に慣れている女性にとって、平民との生活は苦しいかもしれない。でも、彼女は違う。
『俺に取り引きを持ちかけるくらい、その人を愛しているんだろう?なら、大丈夫。どんな困難も耐えられる、度胸のある女性だ』
『そうだと良いな。貴方はこれからどうするの?』
『サウランにもノイスにもいられない。暫くはカンナビアに行ってみるよ』
『それなら、私の従兄弟の飲食店で働かない?最近ゴロツキが多くて困っているから、用心棒を探してるんだって』
『用心棒か……』
『ええ。カンナビアの名物になるような自信作を作ったら、難癖をつけて自分の手柄にしようとするとか……』
どこの国にも一定数よからぬことを考える者はいるようだ。
いずれにしても、カンナビアに行こうとは思っていた。
気遣うような視線にフッと苦笑いを零す。
『大丈夫。全部は叶えられないけど、彼女の愛を受け取って生き続けるよ』
『……幸せになるつもりはないの?』
『結婚以外の幸せを見つけるさ』
愛情はこれから先も姫から受け取り続けられる。
それなら手始めに武功を立てるかと、女性と別れ、カンナビアを目指した。
カンナビアは武に優れている。そう噂には聞いていたが、確かに騎士として制服を着ている人は、腕利きの人が多そうだった。
女性の従兄弟の店では、元祖爆弾マンという、よく分からないネーミングセンスの食べ物が売られていた。
名前はともかく、味は旨かった。これは確かにゴロツキが目を付けるはずだ。
従兄弟名義で市場近くの空き家を借りて、用心棒をしながら店の繁盛を見守る日々が3ヶ月ほど過ぎた頃。
市場が異様な緊張感に包まれているのに気がついた。
あのゴロツキ達が痺れを切らしたのか、用心棒をしている店や周辺に攻撃を仕掛け始めている。
既に騎士達が対応に当たっているが、無関係な平民にまで被害が及びそうだった。
『人手が足りないな……』
『ここはいいから、騎士さんの援助してやれよ』
『しかし……』
『お前も元騎士なんだろ?俺や皆を、店を守ってくれ』
そうだ。ずっと、姫を守るための騎士として働いてきた。
今は用心棒だが、目の前の人々を守りたい気持ちは変わらない。
騎士の援助をしながら人々を逃がし、ゴロツキ達を捕縛していく。
気がついた時には、ここにいる騎士達よりも、多くのゴロツキを捕まえていた。
『君は?』
『……店の用心棒です』
『そうか。……どうだろう?君を、わが息子の護衛として雇いたい』
『は?……無理ですね』
それが、この国の王との出会いだ。
王に頼まれても、素直に頷けなかったのは、カンナビアの王はどうだか知らないが、サウラン国の王に良い印象を抱かなかったからだ。
それでも、視察にくる度に話していくと王の朗らかな人柄に惹かれていく。
王の子どもはまだ6歳と2歳。
6歳の男の子は、素直で、年相応のいたずらっ子だった。
チョロチョロと動き回るせいで、何度も市場で迷子になり、その度に総出で探しにいき、泣いている王子を保護して、を繰り返している。
『危ないことはしないでください』
『じゃあ僕の護衛になってよ!』
姫を守れなかった人間が、王子の護衛なんてできない。
懐に常に入れている指輪に触れながら、首を振ると、ハッと目を見開いた王子が、頭をポンポンと撫でてきた。
『ごめんね。ごめんね』
『どうして謝るのですか?』
『だって、どこか痛いんでしょう?』
頬に触れられ、王子の手が濡れていることに気がつき、自分が泣いているのだと自覚した。
『そう、ですね……痛くて、苦しいんです。でも、王子のせいではないですよ』
仕事と家の往復で、話すのも荷物も最低限。常に持ち続けているのは、剣と指輪と姫への気持ちだけ。
子どもの無邪気な優しさに触れて、姫との大切な日々を思い出し、狂おしいほど、苦しくなる。
『俺のような人間を気にかけてくれる王子は、心優しいですね。良い王になってください』
『うん……あのね、でもね……』
『ん?』
『良い王になるには、大切な皆を守る力がないと、ダメなんだって。だから沢山勉強してるんだよ』
『それは、素晴らしいですね』
『うん!今勉強してるのはねぇ……3カ国で話し合ってる、人材派遣?ってやつなんだ!最初に何も決めずにした時は、みんなが不幸になったから、ほうせいび?をして、みんなが幸せになれるようにするんだって!お父様が頑張っているんだよ』
そう得意気に教えてくれた王子の隣には、王が立っていた。
『……申し訳ない』
『王が簡単に謝るべきではありませんよ。それに、俺はカンナビアの人間ではありませんから、気にしないでください』
最初からこの人は、自分が誰なのか気がついていた。
気がついた上で手を差し伸べて、断ってからも見守ってくれていたのだと、気がついた。
『それは違う。どんな理由でここに来たにしろ、君はもうここで暮らす、私達の大切な民の1人だ。国のために犠牲になった君を、他国で申し訳ないが、2度と国の犠牲にならないように守りたい』
懐が深すぎる。これが、カンナビアの王か。
王が臣下達や平民を守るというのなら、王族を守るのは。若き王子の行く末を見守るのは。
頬に伝う涙を乱暴に拭い、王の前に跪く。
『護衛として働いてくれるかな?』
素性を分かった上で手を差し伸べてくれる、カンナビアの王を支えたい。
『騎士団に入団してもらって、ああ、ファミリーネームがないと手続き面倒だよね……なら、家名を授けよう』
『はい?』
軽く言っているが、家名を授けるなんて、こんな市場の真ん中でやっていいわけがない。
『父上って、破天荒な性格って言われているんだよ』
『はは、よく分かるな……』
王子の言葉に、久々に笑ってしまった。
姫を守れなかった後悔は消えないが、もう一度、大切な人を守れるように、尽力しよう。
『そうだ。エルター家の養子にしよう。あそこの息子は廃嫡になって、引き継ぐ相手がいなかったから丁度いい』
王宮で女性関係の問題を起こし続けた男を罰したのは、目の前にいる王のようだった。
懐が深く、優しい人間だと思っていたが、国を脅かす人間への処罰は厳しく、破天荒だと言われている王の実力は底が知れない。
『……俺は誰とも結婚するつもりはないですよ』
『構わないよ』
軽く言う王に、苦笑いをしてしまう。
『騎士団の中にも、養子を引き取っている人間はいる。君は、君が思う人を大切にしてくれ』
王は、姫についても知っているのだろう。
血筋を残すべきという考えもある中で、自分を尊重させてくれている。
養子なんて選択肢、今までなかった。
それなら、自分のような境遇の子どもや、騎士になる素質のある子どもを育てることもできるのだと、胸に情熱が宿っていく。
『王に忠誠を。貴方の望む国の手助けをさせてください』
カンナビアの発展を願い、同じように恋慕の情に悩まされる人がいたら、手助けできるよう。姫の指輪に願いを込めた。
それから数十年経ち、今度は自分が旅立つ順番となった。
エルター家から廃嫡された男の子どもは、養子としてすくすくと成長し、今は騎士団員として逞しく過ごしている。
養子の子どもも、全員がそれぞれ伴侶を持ち、仲良く過ごしているそうだ。
『身分違いでも結婚できる。常に愛する人といる努力を怠らないように。そう言ってくれたお陰で、俺たちは大切な人と結婚できたんだよ』
『……そうか。良かったな』
子ども達も孫も、自分の素性については知らないだろう。
それでも、結婚せずに古びた指輪だけを大切に持ち続ける自分を見て、何か感じ取ったようだ。
その指輪は、珍しい珍しいと瞳を輝かせていた骨董品店の店主にタダ同然で渡してしまった。
『どうして渡しちゃったの?僕たちに託してくれたら良かったのに』
年代物なのに、手入れは欠かさなかったから、綺麗なまま。
家宝として飾りたかったと言われたが、決して首を縦には振らなかった。
『お前たちには渡せない。あれは、姫と私の感情を吸いすぎた』
カンナビアを支え、王族を支え、騎士として邁進し。
血は繋がっていないとはいえ家族を愛し、順調に生活を送っていても、やはり胸の奥にある感情は、長い年月を経ても消えなかった。
むしろ、死期が近づくにつれ、姫との日々や後悔が膨らんでいく。
持っていてはいけない指輪を引き受けてくれた骨董品店の店主に感謝をしつつ、窓辺を見る。
夜会で見たようなあの月を、いつか見ることができるだろうか。




