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18話(マティアス視点)

 その日の夜。執務室で書類を作成し終わったところで、同僚の騎士からニヤニヤとした笑みを向けられ、怪訝な表情を返した。


「指輪買ってたって?」


 直前まで秘密にしたかったが、ミリア辺りが騎士達に伝えたんだろうか。リイナにもバレているとしたら、少し気恥ずかしい。


「いやー、お前がまさかあの子に惚れるなんてなぁ。遂に年貢の納め時だな」


 同僚はリイナに会ったことがあるのだろうか。

 今は図書館で働いているから、どこかで会ったことがあるのかもしれない。

 自分のいないところで知り合っているなんて、少し複雑な心境だ。

 いや、そもそも付き合っているのだから贈り物くらい普通だろう。


「……断られないといいがな」


 ただ、最近は会えていないから、会えていない中での贈り物を喜んでくれるかが不安だ。

 2週間以上会えていなくて寂しいが、リイナもそう思ってくれていると良い。


「お前にベタ惚れしてるから断られないだろ」


 リイナと一体どんな話しをしたんだと、ムッとしてしまう。

 ただ、不可抗力とはいえ、マークとの会話を盗み聞きしてしまった時もそうだが、自分のいないところでも褒めてくれていたり、話題に出してくれているのは、素直に嬉しい。


(俺の方が、初めから惚れていた)


 サラサとの仲も誤解されたくなくて、わざわざ他の騎士の仕事を引き受け、リイナの家近くの武器屋に行き、話しかけた。

 初めて、恋愛バイブルを使用していると知った時は、誰が相手なのか気になったのに、落ち込んでいるリイナを見たくなくて、励まそうとしていた。


(しかし、サラサ様との誤解が解けたのは良かったか。……つい最近もだが、やはり根の葉もない噂ばかりが王宮内や貴族間で広がっていくな……噂を流した人間に対してどう報復すればいいのか……)


 噂を流させなければいいとは思うが、都合のいい部分を切り取って、あたかも真実だと言わんばかりに流される噂話を片っ端から否定し続けるのも労力がいる。

 強く否定すればするほど怪しいと言われる上、ゴシップ好きな人が面白おかしく囃し立てる。

 クロードにお願いして、根拠のない噂を流す人間に対しての罰則を強化してもらおうかと思考をこらす。


「ノイス国も恋人に指輪渡したりするらしいな。魔術師なんかは自分の魔力も込めるらしいぞ。ルイスさんに頼めばしてくれるんじゃないか?」

「は?彼に頼むわけないだろう?そもそもノイス国の慣習なんか興味ない」

「そうなんだ?まあこの国にいるもんな」


 ノイス国との話はもう済んでいるのに、同僚のようにまだノイス国の女性がと噂を信じている人間が多い。

 いちいち訂正するのも面倒だと思うが、クロードの言葉を思い出し、早々に誤解を解いていかなければならないと決意する。


(あの時マークに邪魔をされなければ、俺はきっとベッティさんに告白していただろうな)


 会合前。初めは夜遅くにマークに会いに来たのかと思い、不機嫌さを隠そうともしなかった。

 なのに、自分に会いにきたと知ってすぐに機嫌が戻る辺り、自分の単純さにも呆れたものだった。

 魔除けのお守りをもらった時、リイナの言葉と表情に、気持ちが溢れてしまった。


(ベッティさんが、愛おしい……)


 2週間会えなくてもなんとか耐えたが、もう限界だ。忙しさとくだらない噂と、振り回され続け疲れた。癒しが欲しい。狂おしいほど今すぐ会いたい。


(そういえば、あの時のベッティさんの服装も可愛かった)


 2週間会えなかったのは、会合から帰った時もそうだったなと思い出す。

 会いたい欲求に耐え切れず、わざわざ約束をして会いにきたのに、恥ずかしさを隠すように気の利いた言葉の1つも言えなかった。

 しかも、リックが監視について忠告してくれていたのに、リイナの好きな味が知りたいというのと、少しでも意識してもらいたいという欲求に逆らえなかった。

 リックのコーヒーを試した時も、自分のくだらない嫉妬のせいで、慌てふためかせていた。


(可愛らしかったが、俺は騎士失格だな……)


 両親の前で誓ったのに、怪我をさせてしまった。きっと怖かっただろうに、気丈に振る舞って自分の心配をしてくれた彼女を、誰か別の人間に渡すことも、傍から離れることも考えられなかった。


(次に何かあった時は、俺が守りたい)


 自分でも気がつかないほど、自然と素でいられる存在は貴重だ。

 どんな困難があったとしても、リイナを守り通したい。


「……早く渡したい」

「今からでも渡してくればいいんじゃない?プレゼントしてくれるの待ってるって言ってたし」


 今の一言でリイナにバレているのが確定し、額を押さえる。

 同僚の言う通り、遅くなっても良いから渡しに行くべきか。


「今ならルイスさんとご飯食べてるぜ」

「は?なんで」


 リイナが他の男と──しかも、リイナに特別な感情を抱いている相手と、なんで一緒にいるんだ。プレゼントしてくれるのを待っているのではないのかと、嫉妬心が湧いてくる。


「なんでって、夕飯はいつも兄と取りますって言ってただろ。マナーを学ぶとかなんとか……」


 夕飯は兄と。マナーを学ぶ。脳裏に過ぎったのは、クロードとの視察に付いてきていたミリアの姿だった。


「……マクナルさんのことか?」

「もう皆知ってるんだし、俺たちの前でもミリアって呼び捨てしていいぞ。2人きりの時しか呼ばないって、寂しがってたからなぁ」

「は?」

「アリバイは用意してやるから、渡しにいったら朝まで帰ってこなくても良いよ。たまにはお前も羽目外して……おいおい、なんでそんな怖い顔してるんだよ」


 同僚の言葉の意味が分からない。これではまるでミリアが彼女みたいだ。

 怪訝な瞳で同僚を見ていると、執務室にマークがやってきた。

 新人にこんな時間まで書類作成は任せないから、ここに来たのは別の目的がありそうだが、いかんせん顔色が悪い。


「マークどうした」

「顔色が悪いぞ?」

「とりあえず、ソファーに座れ」


 マークをソファーに誘導すると、今にも泣き出しそうな顔をしてこっちを見てきた。


「マティアス様……俺、マティアス様を信じて良いっすよね?」

「どうした?」

「……ミリアさんと、結婚するって本当ですか?騎士団内で公然の事実として広まっているっす」

「は?」


 マークは明るい性格で、人を貶めるような噂を聞いたとしても、不用意に広めたり話したりしない。

 そんなマークが言っているということは、噂どころの騒ぎではない。

 そもそも、既に事実として広まっているとは何事だ。


 自分の預かり知らないところで何かが起きている。

 意味が分からないなんて思っている場合ではない。

 クロードの言葉通り、言葉を使って真摯に対応するべきだ。


「違う!俺が結婚したい相手は、ベッティさんだけだ。誰がそんなくだらない嘘を流したんだ!」

「やっぱりそうっすよねぇ……」

「は?ベッティさんって誰だよ?」


 マークは頷いているのに、同僚は怪訝な表情だ。


「少し前から付き合い始めた女性だ」

「付き合ってすぐに、ミリアちゃんに惚れて別れたって噂の?」

「マクナルさんに惚れてなんていない!それにベッティさんとは付き合ったまま、で……」


 マークの瞳が動揺したように揺れる。

 その瞬間、リイナもこの噂を知っているのだと理解した。

 だから、クロードもああ言っていた。

 時間が遅いからなんて言っていられない。

 一刻も早く会わなくては。

 執務室の扉を開けると、目の前には、壁に寄りかかったまま目を瞑っているリックの姿があった。


「……マティアス。急いで行くのも良いけど、まずは話を整理しないか?」


 静かに。心を落ち着けるように話すリックの顔は、怒っている時の顔だ。

 それと同時に、焦りと心配が見える。すぐに頷くと、執務室に入ってきた。

 各々椅子やソファーに座り、顔を合わせる。


「まず、お前が思う噂について知りたい」


 リックの言葉に、抗議文を出す結果になった噂話について説明していくと、リックが苦笑いしだした。


「お前さぁ。分かってたけど、リイナ以外の女に興味ないのな……」

「当たり前だ。だから今、何故そんな噂が回っているのか分からない」

「そりゃー、ミリア本人が流してるからだろ」

「は?なんでそんなことを……」

「……」


 意味が分からないと呟くと、執務室にいる3人ともがポカンとした顔でこちらを見てきた。


「マティアス様に惚れてるからじゃないっすかねぇ……」

「俺は逆に、サラサ様に似ているミリアちゃんをマティアスが気に入っているって思ってたけどな」

「リイナさんもそう思ってますよ。ミリアさんを1番最初に助けたのが、俺とラクア様とリイナさんで……マティアス様と出会ったのを2人が目撃していたらしいっす」


 同僚とマークの言葉に目を見開く。そんなわけない。リイナが1番だ。リイナ以外考えられない。

 ただ、あの時は若かりし頃のクロード達を思い出していただけだ。

 いや、近くにいた同僚すら勘違いしているのだから、リイナが勘違いするのもしょうがない。

 心臓がドクドクと嫌な音を立てていく。今、リイナはどうしているのだろうか。


「俺達、ミリアちゃんに、マティアスが君のこと気になってるみたいだよって言った……」

「それでミリアが妙な勘違いをしだして、噂を作り上げていったのか」


 彼女と別れてミリアと付き合おうとしてくれている。仕事と称して逢瀬を重ねてくれている。

 2人きりの時は甘い言葉をかけてくれて、名前で呼んでくれる。

 ミリアがうたた寝していたら髪の毛に口付けしてくれた。

 指輪も一緒に買いに行った。今はプロポーズを待っている状態だ。


「……はあ?」


 思わず悪態をつきたくなる。どれもこれも、濡れ衣だ。

 そんな噂を流したミリアにも、信じた同僚達にも、それよりも、噂をのさばらしてリイナを傷つけている自分に腹が立ってくる。

 自分の不甲斐なさに、拳を握った。何が、リイナを守り通したいだ。


「……リック。俺はもう、間違えたくない。どうすればいい……」


 情けないが、女性に関しての知識がない。

 リックやマークや、リイナとの関係を知っている人達に助けを求めるしかない。

 今はなりふり構っていられない。


「うん。そのために俺とマークがここに来たんだよ。お前がリイナにベタ惚れなのは、間近で見て知ってるからな。ただ、リイナに関して、1つ報告がある」


 ニッと笑ったリックに頷くが、リイナの呪いに関して話され、驚愕してしまう。


「1ヶ月……?」


 1ヶ月で呪いが発動し、リイナが死に至る。リイナの死が間近に迫っているなんて、耐えられない。


「その間に遂になる指輪を探し出して、安全な解呪方法を特定して、解呪する。騎士団の仕事を休めるよう、お前の父親から許可は取ってある。手伝えよ?」

「もちろんだ。だが……」


 もし、間に合わなかったら。言外にそう含ませると、リックの顔が強張っていく。


「リイナは俺の大切な妹だ。でも同時に、俺はお前を大切な友達だと思っている。だから、そんなお前が、呪いを自分に移せばいいって言うなら、俺はお前をこの件から遠ざける」

「……分かった。ありがとう」


 皆、自分が犠牲にならない方法を探してくれている。なら、最後の最後まで諦めない。


「ただ、もし見つからなかったら、俺はリック達が止めようが、呪いを自分に移す」

「……分かった」


 リイナを死なせたくない。決意のある瞳をリックに向けると、渋々と頷いてくれた。

 その前にまずはリイナに会いに行こう。

 そう思ったのだが、一度眠ったままのリイナの意識が戻らなくなってしまったそうだ。

 ずっと傍にいたラクアも、ミリアとの食事後から付き添っていたルイスが呼びかけても、ただ静かに息をしているだけ。

 リイナの死がすぐそこまで迫っている。焦燥感に駆られ、グッと唇を噛んだ。


(死なせない……死なせたくない……)


 会いたい。会って話したい。呪いを解呪したい。抱きしめたい。もう泣かせたくない。幸せに生きられるよう、指輪を渡したい。

 自分が買った指輪を握りしめ、そう強く願った。





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