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16話

 噂話を聞いた翌日。疑いの晴れたルイスと、リックとマークやラクアという珍しいメンバーで街の市場までやってきた5人は、マークお勧めの野菜を使用したフライだったり、リックお勧めのデザートを食べたりと、満喫していた。

 王宮内に留まっていると、嫌でも噂話を聞きそうで、誘ってくれて助かった。

 ただ、ここもマティアスと出かけたことがあるなと思うと、また心が沈んでいく。


「爆弾マン旨いっすよ」

「へえ。カンナビアの名物なんですね」

「そうだね。ノイス国にはどんな名物があるんだっけ」

「ノイス国は果物を使ったフルーツタルトや、果物を上に乗っけた氷菓子がありますよ」

「それは食べてみたいわね。リイナ」

「そうだね」


 旬の物をふんだんに使ったフルーツタルトは、ノイス国でしか食べられないらしく、流石果物作りが盛んな国だ。

 旅行に行けたら食べてみたい。

 なんて思っていたら、一瞬にして顔を強張らせたリックに急に腕を引かれ、その場から強制的に遠ざけられた。


 一体何があったのかと、引っ張られている途中で後ろを見ると、クロードの姿があった。

 クロードの後ろには、マティアスとミリアの姿が見えて、浮上しかけていた心が沈んでいく。

 後からついてきてくれたマークも、気がついたようで、ワタワタと焦っているようだ。

 市場の外れまでくるとソっと腕を離され、頭をガシガシと撫でられた。


「……マティアスはお前のことが好きだよ。なんて、俺が言っても信じられないよな。でも、事実だから」

「そうっすよ!リイナさんと会った日なんか、滅茶苦茶機嫌良いっすよ。あんな噂、信じないで欲しいっす」


 マティアスや皆の言葉を信じたいのに。今は優しさが苦しい。


(あれ?私、信じてるじゃなくて、信じたいのに、なんだ……)


 あれだけ騎士団内で話されると、いっそマティアスの心変わりを認めた方が楽だと思ってしまう。

 猜疑心でいっぱいになっているなと、心の中で悲しんでいると、ルイスが何やら呪文を唱えだした。


「リイナさん。見ててください」


 両手から、氷の結晶が複数放たれる。

 空に舞った結晶は、ルイスの合図と共に星や動物の形になり、最後は、キラキラと優しく降り注いでいく。


「少しでも君が元気になれればと思って……妹がごめんなさい。あの子は昔から病弱で、両親に甘やかされて育って来たから……折角病気が治るなら、今まで学べなかった分の常識を教えてやりたいとは思うんですけど、厳しいですね……」


 マティアスが言わない限り、恋人がいるなんて知らないだろうから、しょうがない。

 噂話だって、お互いに否定はしてほしいけど、ミリアが悪いわけじゃない。

 病弱で勉強もままならなかったのなら、それもミリアのせいではない。

 妹を助けるために頑張るルイスは優しいなと思いながら首を振ると、ルイスの瞳が柔らかく細められた。


「貴女は優しいですね……ありがとう。リイナさん」


 ローブを被っていた時は見えなかったけど、ルイスも整った顔立ちだ。


「マティアスさんよりも、早く出会いたかったな……」

「え?」

「なんてね。少しでも元気になってくれたら嬉しいです」


 アイスブルーの瞳に微笑まれると、なんだか気恥ずかしい。

 恥ずかしさを隠すように、市場の外れにある露店を見た。


(あれ?)


 露店は、よくある装飾品店だ。色とりどりのガラスのブレスレットやアンクレット。

 ネックレスや指輪などがあり、値段は様々だけどかねがね良心的なお店だった。

 普通のお店なのに、酷く惹かれる。導かれるように露店前に佇むと、店前に立っていた店主が人の良い笑みを浮かべた。


「こんにちは。代々続く老舗だよ。なんと曾祖母の代から続いているんだ!」


 得意気に宣言した店主が見やすいように身体をどかしてくれた。


「それは……」

「これ?ああ、それいつから売ってるんだっけな……?何故か誰の目に留まらないから、売れないんですよねぇ」


 目に止まったのは、透明な輝きを放つ宝石が施された、少し古い指輪だった。近くに寄ると更に惹きつけられる。


(私を呼んでいる……?)


 そんなわけないとは頭の片隅で思うものの、熱に浮かされたように指輪に触れた瞬間、目の前がチカチカと眩く光った。


 《白銀に輝く月よ》


 《私の深愛全てを捧げよう》


 《深愛は月夜を照らす光となり》


 《悠遠なる武運長久を祈る》


 《彼女との幸福が後の世も降り注ぎ》


 《暖かな日々が過ごせますように》


 眩しかったのに、今、眼前には、見知らぬ国と、古びた衣装を着ている1人の女性が佇んでいた。

 女性の願いが直接脳に言葉として響き、恐怖で思わず目を瞑る。

 恐る恐る瞳を開けると、傍ではラクアとルイスが厳しい顔でこちらを見ていた。


「リイナ。体調に変化は?」

「店主。その指輪を買い取らせてください」

「え、ええ……でも、それ、曰く付きですよ?」


 戸惑った表情の店主に、ラクアは深く頷いた。


「以前、魔術を発動する指輪が題材になっている小説を読んだことがあるわ。実話を元に創作されたと言ってたけど、まさか本当にあったなんて……」

「ええ。リイナさんが触れた瞬間に、魔術の発動をこの目で確認しました」


 ただ、古すぎてどんな魔術が掛かっているかまでは分からなかったそうだ。


「ルイス。似たような魔術がないか、カンナビアの魔術師と協力して調べてくれるかしら」

「分かりました」

「なら俺は教師陣に聞いてくる」

「俺も、騎士たちに何か知っていることはないか聞いてきます」


 真剣な表情で話し合っている中、店主が申し訳なさそうな声を発した。


「魔術でもあるんだけど、それは、呪いなんです」


 店主の話によると、指輪に掛かっているのは、呪いが発動する魔術だそうだ。


 昔、とある国のお姫様が、騎士と惹かれ合い、指輪まで交換した中、騎士に婚約話が出てきた。

 騎士もお姫様も抵抗していたものの、国同士の話だったから、断れなかった。

 毎日泣いていたお姫様は、負の感情が宿りすぎた指輪の呪いに襲われ、次第に身体が蝕まれていった。

 身体の不調が起こる中で辛かったのは、騎士との記憶が薄れていくことだった。

 国の魔術師によって、呪いを解呪する方法が発覚しても、彼女は頑なに頷かなかったそうだ。

 何せ、解呪する方法は、騎士に呪いを移すことだったから。


 店主から語られる物語に言葉が詰まる。

 それは、マティアスに呪いを移すのと同義だ。そんなことはできない。


「お姫様は、他に解呪方法があると知っていたそうだけど、騎士はもう自分の元を去ったのだから言わないでと、誰にも教えなかったそうです」


 言えば、彼は危険を冒してしまう。遠い地で、騎士が幸せでいてくれるなら。

 そう願ったお姫様は、騎士に伝えることなく、この世を去った。 

 悲しすぎる物語に、涙が溢れていく。

 そんなリイナの背をソっと撫でたリックが店主に問いかけた。


「その指輪は何故ここにあるんですか?」

「いい質問ですね。これの最終的な持ち主は、話に出た騎士なんですよ」


 店主は曰く付きの装飾品が好きなようで、嬉々とした声をあげた。


「かつての同僚から聞かされてすぐに帰国したそうですが、既に亡くなった後だったそうです」


 騎士の慟哭はかなりのものだったそうで、聞いていた人達が自然と涙を零してしまうほど、切なく響いていたらしい。

 暫くして声が止んだと思い、同僚が様子を見ると、彼女の亡骸と騎士が忽然と姿を消していた。


「指輪も一緒に消えていたんですけど、カンナビアにある屋敷の住人から引き取られたそうです。なんでも、息子が指輪を引き取ろうしているけど、このままだと家族も不幸にしてしまいそうだから引き取ってほしいって」


 指輪には、お姫様と騎士の負の感情を吸収した呪い付き。屋敷の住人がいつから指輪を持ち始めたのかは分からないが、家族を思って手放したくなるのも理解できる。

 ただ不思議なのは、今の今まで店頭に出していた店主すら、指輪の存在を認知できていなかったということだ。


「貴女に何か惹かれるものがあって、存在を主張し始めたのでしょうね」


 脳裏にマティアスの顔がよぎる。お姫様ではないけど、お姫様の気持ちが手に取るように分かってしまい、眉を下げた。


「もしかして、リイナが呪われたってことか?」

「そうなんすか!?」

「ええ、その可能性が高い。店主。どういった部類の呪いか分かりますか?」

「いいえ。ただ、お姫様が呪いに掛かってから丁度1ヶ月で亡くなったそうで……」


 つまり、それくらいがタイムリミットだ。あまりにも短い。


「どこかの国に、遂になる指輪があると聞いたことがあります。それが呪いを解く鍵かもしれません」


 これがかつてのお姫様の持ち物だとしたら、話に出てきた騎士の指輪がどこかにあるはずだ。

 それが分かれば、ヒントが得られるかもしれない。

 皆が助けようとしてくれていることは嬉しい。

 でも、お姫様は、危険を冒してしまうと言っていた。

 皆にも、そしてここにいないマティアスやクロードにも、危ない橋は渡ってほしくない。


「ルイスさん。指輪を貸してください」

「……いえ、止めておきましょう」

「お願いです。皆に、呪いがかかってほしくない」


 切に願うと、リックと話し合ったルイスが渋々指輪を預けてくれた。

 指輪を握りしめると、なぜだか酷く安心する。


 その日の夜。騎士団内ではマティアスとミリアの婚約話が浮上したそうで、思わず指輪を強く握りしめた。


 《私の想いは決して叶わない》


 指輪を持っていたお姫様の気持ちに同調してしまうと、胸の中が苦しくなり、涙がポロポロと溢れていった。




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