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15話

 ラクア曰く、まだ細かい部分は終わっていないけど、マティアスの縁談話は無事に収束したそうだ。


(嬉しいけど、本人から聞きたかったな……)


 付き合う話は幻だったのではないかと言うくらい、図書館に送ってもらって以降も全然会えない。

 会いに行こうかと思ってもすれ違いばかりで、実は避けられているのでは?なんて不安感にも襲われたりしている。


(エルター様は寂しく思わない……?)


 会いたいなんて自分のわがままで、マティアスは寂しくないのかもしれない。騎士は遠征もあるし、慣れているんだろう。


(本当に付き合っていないのかも……いやいや、そこを疑ったら、エルター様に申し訳ないし……寂しいのは我慢しなきゃ……)


 今日はラクアとマークと楽しく実家で過ごしていたのに、一瞬にして暗い気持ちになってしまった。

 これでは2人に心配をかけてしまう。そう考えながら明るく振る舞っていた王宮への帰り道で、道端に座り込んでいる女性を見つけた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……少し、熱があって……」


 女性の手を取ると、少し熱い。失礼しますねと一言声をかけ、おでこに触れると、微熱がありそうに感じた。


「少し休みましょう」

「でも、ルイスお兄ちゃんと面会できるって言われて……」


 ルイスお兄ちゃんと呼ばれる人は、1人しか思い浮かばない。

 なら、目の前にいるのは、ルイスの妹だ。

 マークとラクアと顔を見合わせると、ラクアは女性を見て固まっている。


「ラクア?」

「えっ?……ルイスさんとの面会は、許可が出ないとできないわね」


 ルイスならすぐに面会できるだろうけど、許可には時間がかかる。

 でも、このまま女性を放置したくない。


「とりあえず、門の前で待ってもらいましょう。マークは戻ったら師団長に許可をもらいにいって。私も許可していると言えば、すぐに入れてもらえるはずよ」

「了解っす!」


 テキパキと指示をするラクアに感謝しつつ、女性に肩を貸して支える。

 さっきのラクアの表情は一体なんだったんだろう。

 なんて考えは、マークが許可を取りに行っている間に、すぐに解消できた。

 マークが女性をおんぶし、門の近くにある休憩所に一旦下ろしてもらう。

 念の為、クロードやリックやマティアスに、ルイスの妹が来たと伝言した方がいいかなと考える。


「リイナ。ちょっとこっちに」


 女性を見てからどことなく落ち着かない様子のラクアに手招きされ、休憩所から少し離れた位置に立つ。

 休憩所からはこちらの姿は見えないけど、声は聞こえる位置だ。

 女性に何かあればすぐに駆けつけられる。


「あのね──」


 ラクアが話し出してすぐ、門の前が何やら騒がしくなってきた。

 ふと見ると、休憩所に座っていた女性が、大柄の騎士達が大勢帰ってきたことに気がつき、立ち上がった拍子にふらついてしまったようだ。

 1人にしない方が良かったかもと、女性の方へ歩こうとしたものの、女性に手を差し伸べている人物を見て目を瞬かせる。


「エルター様……」


 マティアスは瞳を何度か揺らした後、普段あまり見せないような、柔らかな表情で女性を支えている。

 まさしく、ラクアの好きな小説に出てくるような、騎士と可愛らしい女性の組み合わせだ。

 一瞬にして絵に思い浮かぶような光景に、心臓がバクバクと高鳴っていく。

 普段はまだ無表情さがあるのに、初対面の女性に、どうしてそんな優しい表情をするのか。

 門番も疑問に思ったようで、からかった声が上がった。


「マティアス様がそんな優しくするなんて……あ、もしかして噂の彼女です?」

「違う」


 否定してくれて思わずホッとする。

 ただ、助けただけだとは思うものの、女性に手を差し伸べたままの姿が胸に苦しさを呼び起こす。

 女性は熱が出ているのだから、心配はすれど、触れ合えていいななんて、思ってはいけない。

 自分の醜い嫉妬が情けなくてしかたなかった。


「それにしちゃ随分と特別な対応してません?」

「それは……」


 視線を合わせ、複雑そうな瞳で女性を見ている姿を、もう正常な心で見ていられない。

 マティアスは簡単に女性に触れない。

 それにマティアスなら他の騎士に対応を任せるはずなのに、率先して助けにいった。

 だから門番も特別な気持ちを抱いたのではと認識したんだろう。


(助けただけだから、嫉妬しちゃだめなのに。……ごめんなさい……)


 女性を残していくのは忍びないけれど、もうすぐ許可を取ったマークが来てくれる。

 マークの到着を待てないほど、一刻も早く、この場から逃げ出したかった。

 今にも涙が零れそうで、息が上手く吸えない。

 ラクアの手を取り、マティアス達に気がつかれないようにその場から走り去り、以前、マティアスが連れてきてくれた、夜間訓練で使う広場までやってきた。


 息を切らしながら噴水を見つめるものの、噴水の水がユラユラと揺れていく。

 自分が泣いているのだと気がついた時には、ラクアが抱きしめてくれていた。

 醜い気持ちを持ってしまった恥ずかしさと切なさと、グルグルと思考が定まらない。


「大丈夫。大丈夫よ。リイナ」

「っ、やだよぉ……」


 思いが通じ合ったばかりなのに、全然会えない。会えたとしても、数分のみ。スキンシップだって殆どしていない。

 寂しいと思う気持ちが膨らんでいる中で、女性に対する優しい表情と態度を見てしまい、心が悲鳴を上げている。

 あれは人助けだから違うと思っていても、マティアスが見ず知らずの女性に触れた事実がある以上、嫌な想像ばかりが浮かんでくる。


「ごめんね……私の、心、汚い……っ……」

「汚くなんてないわよ。好きな人が他の女性に触れたら、嫌な気分にもなるわよね」


 ポンポンと背中を優しく撫でられ、余計に涙腺が緩む。

 最近の寂しさや不安が涙となって溢れていく。

 その度にラクアが優しくしてくれて、涙を流し続けていると、段々気持ちも落ち着いてくる。


「ラクアありがとう。……エルター様には泣いたこと言わないで……」

「どういたしまして。でも、どうして言わないの?」

「今忙しい時期だし、エルター様は優しいから、言ったら困らせちゃう」

「そうかしら。困らないと思うわよ」


 優しそうに微笑んだラクアに同じように微笑んだ後、そういえばと話を切り出した。


「ラクアが何を言おうとしていたのか気になったんだけど」

「えっ?ああ、そうね……彼女、似ているの」

「誰に?」

「サラサお姉さんに」


 決して忘れられない名前が聞こえてきて、また心臓が嫌な音を立てて不安を知らせてきた。

 マティアスが小姓として仕え、そして偽装とは言っていたけど、婚約者として苦楽を共にしてきたサラサに女性は似ているらしい。

 だからラクアが驚き、マティアスは優しく接した。


(なら、やっぱりエルター様は、サラサ様が好きだった……)


 だとしたら、サラサに対する過去の思いが蘇り、あの対応になったと納得した。

 途端、胸の奥底に鉛のようなものが沈んでいく。鉛は深く深く沈み、このままではマティアスの顔を上手く見れなさそうだと、1人嘆いた。



 ***



 ルイスと再会した女性──ミリアは、王宮内の病院で検査を受けつつ、あの場にいた騎士達の強い勧めで、マティアスが暫く世話人として動くことになったそうだ。

 ますます忙しくなり、マティアスと会う時間は皆無になった。


 なのに、毎日のようにマティアスとミリアは会っている。

 ミリアもマティアスに懐いたようで、世間話をしながら楽しく過ごしているようだ。

 その証拠に、リックとマークと王宮内を歩いている時に、騎士団内部から噂話が聞こえてきた。


「団長も隅に置けないよなぁ」

「噂の彼女とはすぐ破局したって話だしなぁ」

「そりゃー、あんな可愛い子が近くにいたら、団長だって心変わりするだろうよ」

「あのマティアス様が仕事とはいえ、毎日訪ねてるんだろ?」

「しかも元婚約者のサラサ様に似てるって話だ」

「似た人を好きになるってのは俺にはよく分かんねぇけど、マティアス様を応援するわな」


 リックの表情がみるみるうちに歪んでいく。今にも騎士の元に飛び出しそうな勢いだ。

 マークもこのままではマズイと思ったのか、リックを宥めつつ、団員の元に飛んでいった。


「お疲れ様っす!先輩方、余計な憶測で話さない方が良いっすよ!マジで!」

「おー、リック。でもよぉ、マティアス様の表情見たか?」

「あんな優しい顔してたら勘違いじゃねぇってわかるだろ」

「いや、ですが、彼女と別れてなんていないんじゃないかなーみたいな……」

「そうか?噂通りだろ。騎士によくある、忙しすぎて自然消滅ってやつだ。現に今はミリアちゃん一筋みたいだし」

「そうそう。遠い良い女より、近くにいる良い女だ」

「しかも、2人きりの時は名前で呼んでくれて、あまーい言葉をかけてるって話だぞ」

「居眠りしてたミリアちゃんの髪の毛に口付けてたらしいしな。マティアス様好きな相手に対してそんな感じなんだなって思ったぜ」

「ちょっ!なんすかそれ!本当に止めてくださいよ!」


 多勢に無勢。マークの劣勢だ。反論すらできず、すごすごと戻ってきた。

 小さい声ですみませんと申し訳なさそうに謝られ、首を振る。

 何とか否定しようとしてくれて嬉しいけど、自分でも否定できる根拠がなかった。

 マティアスが本心ではどう思っているのか全く分からないが、今の話は全て真実で、2人の逢瀬の目撃者がいるから既にここまで話しが回っていると見るのが自然だろう。


「リイナ。明日、兄ちゃんが気晴らしに連れて行ってやる」

「えっ……うん……ありがとう」

「良いっすね。俺もお供しますよ」

「確か明日はルイスも行けるはずだ」


 疑いの晴れたルイスは、今はリックにカンナビア国について教わりながら、王宮魔術師として徐々に働き始めるらしい。

 4人とも休みなんていいタイミングだ。

 リックの優しさに感謝しつつ、マティアスのことを考えないようにするには、どうしたら良いんだろうと1人悩んだ。





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