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14話

 念願のお付き合いを開始したものの、怪我の大きさは問わず、護衛対象が怪我を負ったことは重大な問題なようで、マティアスやマークは暫く事務処理に追われているそうだ。

 そんな中で平和に過ごしていていいものか。

 何か差し入れしたい。そう考えながら喫茶店でラクアとクロードと話していると、マティアスが書類片手に王宮の外に行く姿が見えた。


「あら、今日も忙しそうね」

「ノイス国とのやり取りもあるから、暫くは騎士団の執務室に籠りきりじゃないかな」


 監視役の男たちからの証言を元に、正式な抗議文がノイス国の騎士団総団長と長女に届いたはずだ。

 これでいくら縁談の話をしても無駄だと分かってくれるといいが、国同士の繋がり強化と言われてしまえば、ラクアが悩んでいたように──平民の自分は更に悩むだろう。

 こればっかりはしょうがない。


「リイナ。何かあっても、1人で悩まないでね」

「相談できることはしてくれて構わないよ」


 姿が見れて嬉しいけど、ここ2週間は会話すらしていないから寂しい。

 でも、団長として行う業務以外にも、クロードの護衛に努めることもあるし、今後も会えない日々が長く続くことはきっとある。

 付き合ってすぐにこんな調子だと、優しいマティアスを困らせるだろう。


「ラクアもクロード様もありがとう。エルター様の姿を発見できるだけでも嬉しいんだよ」


 会って話すとなると、あの告白以来だから、ちょっと気恥ずかしさもあるし、心を落ち着かせるには丁度いい距離だ。


「そういえば、新作の小説がお勧めだって言ってたよね」

「そう!その話をしたかったのよ!新人メイドが派遣された先が、小さな男の子が主人のお屋敷で、実はその男の子は、百年以上生きている魔術師なの」

「男の子なのに百年以上生きてるんだ」

「ええ。ある理由から姿を変えられているみたいなんだけど、新人メイドは満月の日に大人になった姿を見てしまって、一目惚れをするの。何とかもう一度会いたいって、お屋敷の執事と協力して、大人の魔術師に戻そうとするお話よ」


 続刊はまだ出ていないようだけど、既に魔術師ルートと執事ルートで意見が分かれているらしい。ラクアはどちらも捨てがたいと悩んでいるそうだ。


「クロード様は……」

「僕?残念ながら興味がないんだよね」


 歴史書や教科書なら読むんだけど。と続けたクロードは、ラクアが楽しそうにしている姿を嬉しそうに眺めている。

 逆にクロードが武芸に興味や関心があっても、ラクアにはない。

 けど、訓練を見学する時は楽しそうに眺めている。

 2人はいつでも想いあっていて良いなと微笑ましく思う。


「あら、マティアス」


 ラクアの言葉に思いを馳せていたのを中断して入り口を見る。


「歓談中に申し訳ありません」


 仕事をしている時だからか、騎士としての姿を崩さない。

 それでも会えて嬉しいなと目を細めると、一瞬だけ視線が合わさり、柔らかな瞳を返してくれた。


「クロード様。ノイス国から改めて使者が参りました。クロード様とも話したいそうです」

「分かった」


 恩人であるカンナビア国に失礼を働いたと、ノイス国の王が頭を悩ませているらしい。

 抗議文が届いて即座に使者を送り出したことから、相手の本気が窺える。

 エララはまだ可愛い部類だったけど、騎士団所属の人間の不祥事と監視問題は、ノイス国にとっても大打撃だっただろう。


 しかも、リイナを庇ってくれようとした監視役の男性は、ノイス国で一番の魔術師だそうだ。

 どうしてもお金が必要で、今回の監視役を引き受けてしまったらしいが、怪我をさせるつもりはなかったとしきりに後悔しているらしい。


「マークの証言があるのと、彼が証言してくれたお陰で話し合いがスムーズにいっているから、そこまで酷い扱いにはならないと思うよ」


 クロードやラクアまでも監視対象に入っていたのだから、本来ならカンナビアで裁かれる人間だ。ただ、真摯に対応してくれているのと、カンナビアにとって他国の魔術師との話は実りにもなるらしく、それなりに好待遇で生活をしてもらっているらしい。


「もう1人の方は……」

「国として対応しているから、リイナは気にしないで大丈夫」


 にっこりと微笑むクロードの瞳は、あの演説をしていた時のように、力強い。

 そんな顔を見てしまったら何も言えないし、クロードは自分に男性の処遇について言うつもりがないのだと理解した。

 コクリと頷くと、いつも通りの柔らかな笑みに戻っていく。


「マティアスはまだ仕事はあるのかしら?」

「ええ。軽く休憩を取ってからまた騎士団の執務ですが……」

「それなら、リイナもこれから仕事だから、図書館に送ってくれない?」

「それはかまいませんが……」


 戸惑った表情を見せられた瞬間、心臓がキュッと縮む感覚があった。

 2週間ぶりに会話ができているのに、寂しいと思っているのは自分だけなのかもしれない。


「ベッティさん。行きますか?」

「……はい」


 でも、少しだけでも会えて嬉しい。ラクアとクロードに手を振って図書館までの道を進んでいく。


「演習場は行けてないんですか?」

「ええ。暫くは事務作業なので……残り3日くらいですかね」

「早く行けるといいですね」


 動いていた方が性に合うんだろう。

 ふふっと笑うと、マティアスが優しく髪に触れてきた。


「以前、図書館の窓際に佇むベッティさんの姿を見つけて、得をした気分になりました」

「あは、多分同じ時ですけど、私もエルター様を見つけて嬉しかったです」


 ほんの少しだけの逢瀬でも、心に温かさが宿る。

 王宮内にいられるのは、後どのくらいだろう。

 問題が全て解決したら、家に帰れる。

 両親に会いやすくなるのは嬉しいけど、その代わりマティアスには更に会い辛くなる。

 元々、クロードが護衛として街に連れ出していたし、必要がなければ王宮内で訓練や仕事をしている人だから当然だ。


 図書館で継続的に働けば、今と同じように、たまに会うくらいはできるかもしれない。

 そんなことで仕事を決めてはいけないと分かっているけど、初めての恋に、気持ちがついていかない。

 不安になってマティアスの袖に手を伸ばそうとしたけれど、ニックとノイス国の魔術師という人がこっちにやってくるのが見えて、慌てて手を引っ込めた。


「良かったリイナに会えて」

「ニック。何故ソイツを外に連れ出している」


 ピリリとした緊迫感がマティアスから発せられ、魔術師を見ながらいつでも戦えるように剣に手をかけている。


「王から許可は得てるよ。リイナに謝りたいって言ってたから、俺かクロード様かマティアスと一緒なら会っても良いってさ」


 王の許可済みなら、魔術師の無害さが証明できたのだろう。

 マティアスも鋭い視線を向けながらも、渋々と引き下がっている。


「リイナ•ベッティさん。ご挨拶がしたいので、少しだけ近づいてもよろしいですか?」

「え?は、はい……」


 もう1人いた監視役に口が悪くなったのは幻だったのではと思うくらい礼儀正しい。

 平民である自分に紳士的に伺ってくれる人は中々いないのにと関心すらしてしまう。

 柔らかな笑みを浮かべた魔術師は、一歩近づいてきた。


「俺の名前は、ルイス•マクナル。年は君より2歳上で、ノイス国の筆頭魔術師をしています。得意魔術は──」


 言いながら手のひらを出したルイスは、小さな声で詠唱を開始した。

 手のひらで、ピキピキと音を立てながら、氷の結晶が生まれていく。

 初めは小さい粒だったのに、数秒もしないうちに氷の花が出来上がっていた。


「氷属性が1番得意かな。どうぞ」


 フッと吹くと、氷の花がふわふわと浮き、頭上に優しく落ちてきた。

 触れると氷で作ったはずなのにほんのりと温かい。


「温かい……」

「へえ、俺の魔術を温かいって言ってくれるのは貴女だけですよ。妹には不評です」

「妹さんがいるんですか?」

「はい。今はノイス国にいますが、いずれカンナビアに連れてくるつもりです」

「……この国で暮らすつもりか?」

「そうできれば良いかなとは思いますよ」


 カンナビア的には実力のある魔術師が来てくれるのは喜ばしいことだろう。

 ただ、マティアスはあまり好ましく思っていないようだが、クロードやラクアも監視していたのだから当然だと納得する。


「クロード様に恩返しもしたいので」

「クロード様にですか?」

「ええ。恥ずかしながら、お金が欲しかった理由は妹にありまして……」


 ルイスの妹のミリアは、流行り病に倒れてから高熱が続くらしい。

 まとまったお金が入れば、すぐに治せる高い治療を受けさせられると、つい従ってしまったそうだ。


 今回、ルイスの事情と、実力と態度を加味したクロードが、妹の支援として王宮内で治療できるよう決めてくれたらしい。

 条件としては、カンナビアに住み、国のために魔術師として働くこと。

 願ってもないチャンスだと、すぐに移住を決めたそうだ。


「上手くいかない治療のことでストレスが溜まっていて、あの女に唆されてしまい、貴女を危険な目に合わせてしまった。……本当に、申し訳ありませんでした」


 悔しそうに謝るルイスの前に立ち、にっこりと微笑んだ。


「もう謝罪は十分もらいました。ありがとうございます」

「貴女は優しいですね」

「そうですかね……だってルイスさんは、私を守ろうとしてくれていましたから」


 はにかみながら言うと、ルイスの瞳も和らいでいく。

 恭しくも嬉しそうに右手を持ち上げてきて、ソっと唇を寄せられ、悲鳴を上げた。


「ひゃっ!」

「ありがとう。でも、無防備すぎですよ。俺みたいな狼にやられちゃうから……あまり無防備になりすぎないでくださいね?」


 獲物を捕らえるような、ゾクリとする声。最初はあんな紳士的だったのに。

 突然の行動に、頬が赤く染まり、涙目になっていく。

 そんな2人の間に入ってくれたのは、剣に手をかけているマティアスだった。


「あまりふざけるなよ」

「ふざけてませんよ。俺を意識させる行動をしているだけです」


 得意気に言っているルイスは、やはりマティアスの威圧なんてものともしない。


「まあまあ、ここは俺に免じて1つ」


 ポンッと頭を優しく叩いてくれたリックは、2人に向かって静かに声をかけている。


「後さぁ、血は繋がってないけど、リイナは妹みたいなもんなんだよ。……2人共あまり調子に乗るなよ?」


 ここぞという時のリックには、教師として培ったものだろうか、従いたくなるような凄みがある。以前クロードが厳しいと言っていたのも納得してしまう。

 素直に謝った2人を満足そうに眺め、リイナに向き合った。


「コイツらが嫌なことしてきたら言うんだぞ」

「ありがとう。リックお兄ちゃん」


 この優しさが嬉しくて、なんだかんだ甘えてしまう。


「エルター様も、送ってくれてありがとうございます」

「いえ……」

「ルイス様も、会いに来てくれてありがとうございます」

「はい。また会いましょうね」


 手を振って別れた時にはもう、負の感情はなかったから、マティアスと会えただけで解消できたのだろう。

 我ながら単純だと思いつつ、図書館の仕事へと集中していった。



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