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13話

 王宮について一番にされたことは、男性に掴まれた腕の治療だった。

 少し青痣になっているくらいで問題はないのに、わざわざマティアスが王宮の医師をいつもの喫茶店まで呼んでくれて、診察をしてもらっている。


「3日もすれば消えているでしょう」

「ありがとうございます」

「いやはや、知らせを聞いたマティアス君が剣を片手に飛び出していったから、近頃問題になっている監視と騎士が血みどろの争いでもするのかと思えば……」


 確かに監視と対峙したし、マークが剣も向けていたけど、ローブの男性は短剣を地面に置いてくれていたし、結局ケガは痣くらいだし、なんだか居た堪れない。

 医師にお礼を言って別れを告げ、喫茶店の椅子に座って意気消沈しているマティアスの傍に寄った。

 項垂れているマティアスの視線に入るようしゃがみ、無防備に下ろされた手に、おずおずと触れた。


「ベッティさん……」


 触れている手を拒否されないことに一安心しながら、未だ力が入っていない手を擦っていく。

 アドバイスもしてくれて、強く、団長として尊敬もされているマティアスが今は弱々しい姿を見せている。

 今も、困っているマティアスを助けたいのに、何もできない。

 もどかしく、やるせない気持ちになってしまう。


(ここで泣いたら困らせる……)


 マティアスの前で泣いたら、マティアスはまた自らを責めてしまう。

 それだけはダメだとグッと堪えていると、暫く黙っていたマティアスが、視線を上げることなく、ポツポツと時系列順に話しだした。


「ノイス国で会合に参加……正確にはクロード様の護衛として参加して、空いている時は父の補佐をしていたのですが……」


 ノイス国にも当然騎士団があり、師団長同士の挨拶があったそうだ。

 ノイス国の師団長は、エルター家と同じ騎士家系で、男女の順番は違えど同じく3兄妹。

 長男は騎士団団長として、末っ子の次男は自警団として、そして長女は騎士団所属で、日々国のために活動しているらしい。

 更に共通点として、一番上と末っ子だけが結婚をしている。


「世間話ついでに、ノイス国の師団長から……」


 言いにくそうに言葉を詰まらせたマティアスは、深くため息を吐いた。


「御息女との縁談を持ちかけられました」


 縁談、と小さく声が漏れる。国の騎士家系同士。繋がりはより濃くなる。平民の自分ではとても太刀打ちなんてできない。

 もしかして、リイナの気持ちに気がついた上で、遠回しに今回の縁談を受けると言っているのではないか。

 でも、それだけでは自分が狙われる理由にならない。


 まさか、自分との仲を疑われて、勘違いゆえに監視されていたのかもしれない。

 それなら、話したいと言われた理由も分かる。

 なら、話しを全て聞いた上で、応援の言葉を告げないと。

 マティアスが顔を上げないのを良いことに、目に涙を浮かべながら、話の続きを聞いていく。


「会合前の話し合い後に、少しだけ御息女と会う機会があったのですが、御息女は少々激しいくらい縁談に乗り気で……」


 国は違えど同じ騎士団員として、話も合うだろう。

 お互い縁談を断る理由がないし、マティアスは結婚していないのが不思議なくらい、いい家柄で美丈夫だ。師団長の長女が、激しく気に入るのも無理はない。

 マティアスもきっと、と思ったものの、思いがけない言葉に目を瞬かせた。


「私は、縁談を受けることはできないとだけ伝えました。ただ、父にも話があったそうで、私には想う方がいるから縁談は受けないそうだと言ってしまったらしく……」


 それから相手がマティアスの想う相手探しが始まり、ついにカンナビア国まで監視の手を伸ばしたそうだ。

 そんな中でタイミング悪く、一緒にいたのを見て勘違いしたのだろう。

 勘違いをしてくれて喜ばしい。でも、マティアスに片思い相手がいると知って、また涙腺が緩む。


 こうして手を握っているのも、マティアスにとっては邪魔かもしれない。

 拒否されない優しさが辛い。

 遂に目に溜まっていた涙が、頬を伝う。

 ポタリとマティアスの手に落ちてしまった。

 泣いて困らせたくないのに。触れていた手をパッと離し立ち上がると、目を丸くさせたマティアスと瞳が合った。


「ベッティさん、傷が痛みますか?」

「……いいえ」


 怪我自体はたいしたことない。でも、そろそろ帰りたい。


「エルター様の片思いが上手くいくよう、祈っています……」

「え?」


 バイブル100選は役に立たなかったけど、楽しいひとときを過ごせた。

 ペコリとお辞儀をして去ろうとした瞬間、背後からフワリと抱き寄せられ、情けない悲鳴を上げた。


「は、離してください!」

「イヤです」

「どうして……」

「俺は自惚れてもいいですか?」


 耳元に熱い吐息がかかり、ゾクゾクと背中が震える。

 そもそも、自惚れるとはどういうことだろうか。


「貴女が勘違いをして泣いているなら、誤解を解いて慰める役は俺しかいないはずだ」

「どういう意味か分かりません……」

「リックでも、マークでもない、あの監視役の男でもない。俺の役目です」


 くるりと向きを変えられ、真正面に向かい合う。

 まだ目尻に溜まったままの涙は、優しく拭われていく。


「あの御息女の勘違いではありません。俺は貴女にずっと片想いをしている」


 だから狙われたんだと言われ、頭の中が混乱していく。


「監視役にすぐに貴女の存在と俺の気持ちがバレてしまい、貴女を守ろうと思ったのに、最終的に怪我を負わせてしまった」


 マティアスが必要以上に落ち込んでいたのは、マティアス曰く、片想い相手が自分のせいで怪我をしてしまったから。

 頭の中で反芻すると、頬が赤くなっていく。


「ベッティさん。俺は、自惚れてもいい?」


 以前にも増して、甘く蕩けるような声。


「私は、平民ですよ……?」

「母も元平民ですよ。それに妹の相手も。父や母は、縁談にも乗り気じゃなかった男が好きな人を見つけただけで、両手を上げて喜んでいます」


 元々マティアスの母親は王宮内に勤める平民の女性で、初めは断っていたそうだけど、総団長であるモルトからのアプローチに負けて結婚したそうだ。

 エルター家は貴族の中では珍しく、制約はあれど、身分関係なく恋愛も結婚もできるらしい。気になっていたことがすぐ解決してしまった。


「でもラクアと平民が一緒にいるのはって距離を置いてませんでしたか?」

「そう、ですね……あの時はまだベッティさんがどんな方なのか知らなかったので……今は、ベッティさんしかいないと思っています」


 人となりを知ったうえで自分がいいと言ってくれている。素直に嬉しい。


「煩くいう貴族も中にはいるかもしれませんが、エルター家が全力で守ります」


 それは心強い。隣にマティアスがいてくれたら、自分も強くなろうと思えるだろう。

 マティアスを見上げて笑うと、同じように緩く口角を上げて微笑んでくれた。


「ベッティさん。俺の片思いを卒業させてください」

「……なら、私の片思いも、エルター様が卒業させてくれますか?」

「はい。もちろんです」


 はにかんだ笑みを浮かべると、瞳が嬉しそうに揺れた。

 恋愛バイブル100選(上)は置いておいて、これで一応恋愛バイブルは卒業だ。


「恋愛バイブルって役に立っていたんだ……」

「あの本……え?もしかして、俺相手にしてくれていました?」

「はい。失敗ばかりでしたけど」


 実践した内容をかいつまんで説明すると、納得するように笑われてしまった。


「失敗ではなく、貴女は常に俺の心を揺さぶり続けていましたよ。多分、本の内容以上のことをしてくれていました」

「そうですかね?……あ、それならエルター様もですよ!」


 自然とする行動の1つ1つが、自分の心にヒットし続けた。


「ベッティさんに意識してもらいたくて。……ふふ、2人で同じことしていましたね」


 両思いを知らない片思い同士が、お互いを意識させるためにあれこれと試行錯誤していた。

 なんて、好きになった当初なら、きっと考えもしなかっただろう。

 ノイス国の騎士一家との問題は残っているものの、マティアスと1つ1つ解決していこうと、心に決めた。




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