11話
王宮にある庭園に呼び出され、何か不敬でもしてしまったんだろうかと、ビクビクしながら向かった先には、クロードとマティアスとリックがいた。
庭園の中は広く、色とりどりの花が咲いている。
中にある噴水広場は気持ちのいい空気が流れていた。
ここで日向ぼっこをしたら気持ちよさそうだなと心の中で考えながら、案内された道を進んでいくと、一角にテーブルと椅子がセットされていた。緊張してお茶の味なんて分からないかもしれない。
「リイナ。聞いて欲しいことがあって……」
クロードから話された内容は現実離れし過ぎていて、驚きのあまり固まって動けない。
「監視?」
「ああ。今も王宮を出て街に出ればいる。ただ、ここには入って来ないから安心していい」
マティアスとリックが来てくれたのも、監視を警戒するためだなんて、全然気が付かなかった。
「えっと、エルター様とリックお兄ちゃん、見守ってくれて、ありがとうございます……」
まずは先にお礼を言わないと。そう思いながらお礼を言うと、マティアスの瞳に翳りが落ちた。
「父と母には相談済みで、2人共……いや、王宮に住まう者は、皆リイナを歓迎してくれているんだけど、暫く王宮内で寝泊まりしない?」
「えぇ!?おおおお恐れ多い!それに、ご迷惑です!」
「あはっ、本当に皆歓迎してるよ?」
歓迎してくれるのはありがたいけど、平民がこんなところにいてはいけない。
「王宮内には侍女や料理人や、リックのような教師、ここの中で働いている人や施設の人達も、王族とは少し離れた従業員用の寮に住んでいるんだ」
リックも住んでいるようで、ウンウン頷きながら話を聞いている。
「じっとしていなきゃいけないのも気が滅入るだろうし、ここにいる間、図書館で働くことも可能だよ」
本は好きだから嬉しいけど。どんどん包囲網が狭まっていく気がしてならない。
ニッコリと笑うクロードは、ラクアと一緒で押しが強い。
監視についても、王宮で暫く暮らすことも、どれもが急すぎて信じられない。
夢見心地のまま、マティアスとリックに付き添われ自宅に戻ってみると、不安そうな顔の両親がいた。
どうやら一足先にマークが詳しい説明をしてくれていたらしい。
母と父に抱きしめられ、思わず涙腺が緩む。
「お久しぶりです」
「リックくん!あの時娘にいたずらばかりだった君が立派になって……」
「いやぁ……はい……」
父の言葉にリックの顔が引きつっている。まあ、優しかったのと同時に意地悪だったのは事実だししょうがない。
「荷物持っていくね。必要な物があったらまた別の日に取りに来るから。お母さん達は普通に過ごしていてね」
監視はあくまでも自分だけで、家族に害はないらしい。
自然と荷物を持ってくれたマティアスにお礼をいうと、小さく頷かれ、両親をじっと見据えた。
「詰所からも騎士が定期巡回をします。何かお困りごとがありましたら、すぐに仰ってください」
騎士団の団長としての威厳のある姿に、両親も顔つきが変わった。
父はあからさまに緊張しているし、母は何か思うところがあるようで、ニッコリと微笑んだ。
「説明は聞いております。どうか、娘を守ってください」
「……必ずお守りいたします」
団長としての言葉なのに、胸にくる。
心臓辺りを押さえながら母を見ると、グッと親指を立てられ、熱いエールを送ってくれた。
「御息女がここに来る際は、私かリックが付き添います。私たちが不在の場合は、先ほど説明に来たマーク•ドエルガが付き添います。彼も優秀な人間です」
両親が不安にならないよう、ゆっくりと話してくれる姿に、母もポーッとした熱っぽい瞳で見ている。
親子だなんて思いながらも、自分を見ているようで恥ずかしくなってきた。
「俺の部屋も近いから、すぐ助けに行けるよ。なんなら今日も俺の──」
「行くわけないだろう。そもそも今日はラクア様がお待ちだ」
「あー、はいはい。なら今度」
「今度も何も寮は男女別々だ」
「いちいち突っかかるなよ」
「ご両親が不安になるような言動は慎め」
ムスッとした表情だけど、両親を気遣ってくれる一言にクスッと笑みを浮かべる。
両親もマティアスとリックのやり取りに、この人は平民でも分け隔てなく接してくれるのだと理解したようだった。
まあ、最初は王族と平民が仲良くしているのはよく思わなかったみたいだけどと、1人心の中で呟いた。
***
王宮で暫くお世話になるのは理解しているけれど、嬉しそうなラクアに連れられ、私室にお呼ばれされるとは思ってもみなかった。
部屋に入ってすぐに大きなベッドが目に入った。テーブルもイスも茶器も、どれもこの国の王太子妃候補なのだと言わんばかりの高級品。
手が触れて壊したらと思うと、迂闊に手が下ろせない。
自分と仲良くしてくれているのが奇跡なんじゃないか。
なんて思ったのはちょっと前。
テーブルにはラクアお勧めの小説が並べられ、興奮したように内容を話す姿に安心してしまった。
「この小説は、人形に息吹が吹き込む力を持った女の子が、魔女の呪いと戦うお話しで、途中で出会う魔術師と恋に落ちるの。でも、実はその魔術師は魔女の手先で……ってお話しよ」
「わあ、先が気になる……」
「ウフフ、興味を持ってくれたら嬉しい」
紹介していた本を置いて、すぐに隣の小説を手に取った。
今までは厳選に厳選を重ねて持ってきてくれていたようだけど、ここはラクアの本拠地だ。
以前にお勧めしてくれた小説はほんの一部なのだと思い知らされた。
「これは、執事が女主人に翻弄されるお話で、こっちが婚約者の浮気を疑った女の子が色々と調べた結果、実はってお話で……」
「うん」
「この小説は侍女シリーズで、お相手は魔術師、教師、幼なじみ、婚約者、隣国の王子と様々なヒロインとヒーローで出ているのよ」
「オムニバスって感じかな」
「ええ、そうなの。一度に色々と楽しめていいわよね」
どんどん出てくる出てくる。
普段こんなにお喋りしないのか、ラクアの侍女はニコニコと嬉しそうにお茶の準備をしてくれた。
「クロード様からもお話は聞いておりましたが、こんなに楽しそうな姿、中々見れないですよ。お嬢様と仲良くしていただきありがとうございます」
「いえいえ!ラクアにはいつもお世話になっています」
「そう。リイナのお陰で楽しいわよ。そうそう。私たちバイブル100選仲間なの」
「ああ、そう言えばちょっと前に貸していたみたいですね。ベッティ様、効果はありました?」
「それが、全くないんですよ……」
むしろ実践すら出来ていない説明をすると、口が滑って誰が好きなのかまでバレてしまい、侍女が興奮した様子で喜んでいる。
「きゃー、応援します!ライバルなんて蹴散らしてください」
流石ラクアの侍女だ。思い切りがいい。
「エルター様を好きな人って多いんですか?」
「そうですねぇ。侍女仲間や女性騎士、貴族の女性にも人気です。最近は縁談を断っているって噂が出ていて、皆躍起になっていますね」
休日は、家族から勧められたお見合いに応じていたのに、今は全てキャンセルしているそうだ。それが何故なのかは、ラクアも侍女も知らないらしい。
「ほら、リイナも乗り遅れないようにしないと」
ウフフと差し出されたのは、バイブル100選(上)だ。ちょっとだけ内容を確認し、パッと目に入った文章に慌てて本を閉じる。
「か、か、か、か、過激すぎない?」
「意識してもらうくらいは良いんじゃないかしら」
「無理無理無理!だって、これ、ほぼ夜のお誘いするための……」
まさかこんな内容だとは思わなかったと突き返す。
「お嬢様。まさかクロード様にしてませんよね?」
「しようとして、お父様に怒られたわよ」
クロードとの関係に悩んでいた時期があったそうで、当たって砕けろ精神で、バイブル(上)を実践しようとしたらしい。
部屋に籠もって本を研究する姿をラクアの父が発見し、説教につぐ説教を受けたそうだ。
思わず、侍女と顔を見合わせホッと胸を撫で下ろす。
「それがひょんなことでクロードが知るところとなって、不安にさせてごめんって謝ってくれて、気持ちが変わることはないから、僕たちなりに進もうって……ウフフ……」
盛大な惚気だ。先日の悩みも、クロードがきっぱりと、ラクア以外と結婚は考えていないと宣言してくれたらしい。
報告してくれた時に嬉しそうに笑っていたラクアは可愛いかった。
婚約者という確かな地位があっても悩むし、悩んだ末のラクアの行動力には憧れもする。
「頑張ってバイブル100選(中)は続けるよ」
流石に上級者向けを実践する勇気はないし、はしたないと嫌われたら本末転倒だ。
ラクアも上級者向けは発破をかけるためだったそうで、荷物として持ってきていた本を開く。
「間接キスで意識させる」
「……別のがいいな」
「そう?なら、手でおでこの体温を測るなんて可愛らしいんじゃないかしら?」
「それもちょっと……」
「んー、そうね。後は夜に訪ねてみるとか、目の前で泣く……はなんの理由もないのに泣けないわよねぇ……」
「あの、一旦待ってもらっていいかな?」
「もう!そんな弱気でどうするのよ!」
ラクアにプリプリと怒られたけど、ラクアが読んだ内容全てに心当たりがありすぎて、頬が赤くなっていく。
「あら?もしかしてリイナ、実践済み?」
「うん……ねえラクア。上級者向けじゃないと、エルター様って意識してくれないのかな……」
自分がしようとしたことは失敗続きだったけど、他を自然とできていたことは喜ばしい。
ただ、意識してくれているかは、正直分からない。
嫌われていないし、一度抱きしめてもくれている。
でもあの時は、泣いている友人を励ます意味合いが強かったと思う。
「リイナ。私、とんでもない思い違いをしていたかもしれないわ」
「思い違い?」
「ええ。とりあえず、バイブルは一旦置いておきましょう。今日はまだまだお勧めしたい小説があるのよ」
やっぱり、力不足だったのかもしれない。ちょっと悲しい気持ちになりつつも、ラクアも力の入ったプレゼンを聞きながら1日過ごしていった。




