10話
あれから2週間経ち、ラクアから無事帰還することを知らされ、2人で泣きながら抱き合った。
知らされた3日後に会ったクロードの表情は晴れやかで、王太子として立派な成果を上げたのだとよく分かる。
ノイス国とスルダム国は王やクロードの仲介で和解し、今後はいい関係を築けるように互いに努力をすると、どの国にとっても良い状態で話しが終わったらしい。
「今度ノイス国から使者が来るんだ。だからちゃんと落ち着くのはもう少し経ってからかな。あ、そろそろ行かないと……」
どうやら今回のお礼として、使者が来るらしい。しかも、狙われていたノイス国の第三王女も来るそうだ。
スルダム国がどうしても欲しがった、可愛いと噂の女の子。
気になるなぁと呑気に考えていると、隣でクロードを見送っていたラクアの表情が若干曇ったことに気がついた。
「どうしたの?」
「リイナ……実はね」
喫茶店に向かいながら話してくれた内容に驚きすぎて声が出ない。
「エララ様がクロード様に惚れた!?」
「そうなの……」
クロードと一緒に行っていた侍女の話では、会合でのクロードの姿に心を奪われたらしく、会合後から積極的に話しかけてきていたそうだ。
後処理で忙しかったクロードはあまり相手ができなかったそうだが、第三王女で、年下の女の子のお誘いを無碍にするわけにもいかず、時間がある時は共にお茶をしていたらしい。
それがエララの気持ちを高めていたようで、様々な策を講じてきているとのことだった。
「エララ様は第三王女で、王家を継ぐ必要もないからカンナビアまで嫁ぐこともできる」
ここまで苦しそうな表情を見せているラクアは初めてだ。
「他国とはいえ、王家の地位を掲げられたら、私では太刀打ちできないのよ……」
ラクアがずっと時期王太子妃候補と呼ばれているのは、他にもいた候補が諦めるくらい、ラクアが努力し続けたからだし、何よりもクロードがラクアを望んだからだ。
ラクアの頑張りを無に返すようなことはしないと信じたいものの、王家や貴族と平民である自分の考えとがかけ離れているのは、よく分かっている。
「エララ様が立派に会合に参加し続けたのに、私はなんの役にも立ってないわ」
「ラクアは国内で街の様子を見て回ったり、王妃様と状況整理をしたり、騎士団内の視察を行って声をかけたりしたんでしょう?」
それも立派なクロードの支えだ。涙を瞳にためたラクアを慰めていると、誰かが近づいてくる気配がした。
視線が合い、頬を緩める。バトンタッチだと、ラクアの傍から離れた。
「ラクア」
「きゃっ!……クロード様!?」
ラクアの肩を叩いたのは、さっき別れたばかりのクロードだった。
「さっきの様子が気になってね。僕には言えない?」
どうやらラクアの悲しそうな表情に違和感を覚え、予定を組み替えて急遽ラクアの元までやってきたらしい。
「リイナ。ラクアを借りてもいいかな?」
「もちろんです!」
「ありがとう。おいで、ラクア」
ラクアにしか使わないような声色を出したクロードは、戸惑った表情のラクアの腕を引き寄せた。
「マティアス。リイナを送ってくれる?」
「承知しました」
「ラクア。しっかりお話しなよ?また今度会おうね」
「……うん。ありがとうリイナ」
2人の姿を見送ったところで、自分の心臓もバクバクと高鳴っていく。
なにせこの2週間全く会えていなかった。
今日だって予定が合わないと事前に知っていたから、平常心で来れたのに。
(バイブル100選の内容は……)
この2週間会えない間も読み進めていたが、相合傘をしてみるとか、ケガをした時に甘えるとか、嫉妬させてみるとか、限定的な上にマティアスがしてくれなそうな100選が多かった。
いっそ今日は素直に諦めよう。またチャレンジしよう。
「ベッティさん。明日、時間はありますか?」
「明日は本屋の仕事があるので、3時以降でしたら大丈夫ですよ」
「では、その頃家に迎えに行きます。……魔除けのお守りを贈らせてはもらえませんか?」
普通に話していたはずなのに、一歩近づいてきたマティアスが、まるで内緒話をするような距離で話しかけてきた。
耳に残るような静かな声に、心臓がギュン!と締め付けられる。
返答しようにも、声にならない声しか出そうになくて、こくこくと頷くと、マティアスの瞳が嬉しそうに細められた。
ここ最近のマティアスの行動が、バイブル100選を実践しているかのようで、成功した際の殺傷能力の高さを実感している。
もう惚れているからこれ以上されたら心臓が持たないなと思いつつも、明日出かけられる喜びを噛み締めた。
***
本屋の仕事を即終わらせ、帰宅後すぐに仕事着から花の刺繍入りのワンピースに着替えていく。
母は何か気がついているのか、薄く化粧を施してくれた。
「好きな人?」
「……うん。でも、結ばれない人」
平民と、代々騎士家系という立派な肩書があるマティアスでは、圧倒的な身分差がある。
いつかは気持ちに区切りを付けなくてはならない。
今は、マティアスに特定の相手がいないから、猶予をもらっているだけ。
困ったように笑いながら家から出ると、丁度マティアスがやってきた。
白いシャツに黒いズボンに騎士団の剣。
シンプルな装いだけど、クールな顔立ちで、高身長で、引き締まった身体とくれば、街の人達の目を奪うのも道理だろう。
ただの平民ではレベルが違いすぎる。こうして一緒に出かけられるだけで幸福なことだ。
「エルター様こんにちは!」
「こんにちは……」
ポツリと挨拶を返してくれたマティアスは、何度か目を瞬かせ、口元を押さえながら視線を他所に向けた。
「エルター様?もしかして、体調悪いとか……」
マティアスに近づき、背伸びをしながら片手で頬に触れると、その手ごとギュッと握りしめられた。
「いえ……あの、往来でこのようなことは……」
最近マティアスとの距離感が近かったゆえに失敗してしまった。
「そうですよね。ごめんなさい!もうしないように気をつけます!」
マティアスが平民と変な噂になってしまったら申し訳ない。
そう考えながら言葉を返すと、マティアスの瞳が動揺したように動いた。
「ベッティさん。決して、迷惑だったとか、嫌だったのではないんです」
言葉を尽くしてくれようとする優しさが嬉しい。
嫌われてないだけで御の字だと、笑みを浮かべると、マティアスの顔がみるみるうちに不機嫌そうに歪んでいった。
「リイナ」
「リックお兄ちゃん?ちょっ、重い重い!」
背後から伸し掛かってきたのは、兄のような存在のリックだ。
スキンシップは止めようと思っていたのに、リックから来られるとどうしようもない。
「おい、リック」
「おー、いたのかマティアス」
「……白々しい。それより、ベッティさんから離れろ。この間もう止めると言っていただろ」
「俺から止めるとは言ってないよ。それにここは王宮内じゃないからな。未婚の、しかも妹のような存在とスキンシップをするくらい問題ないだろう?」
「度が過ぎてると言ったんだ」
「……俺がなんのためにこうしてると思ってるんだよ」
少しだけ不機嫌そうに、リックの声色がガラリと変わった。
マティアスに耳打ちをしたリックは、グッと眉間に皺を寄せたマティアスを真っ直ぐに見つめている。
「何を言ったの?」
「とある人からの言伝と、弱点を悟らせるなって忠告だよ」
人間だから弱点はあるとは思うけど、騎士ではないリックに見破られる弱点があったとは。
「言伝通り動け。いいな?」
「……ああ」
意地悪を言ったかと思えば、今度はマティアスを心配そうに見ているし、マティアスも突っぱねることなく素直に従っている。
なんだかんだ、喧嘩をしながらも仲が良い。
「さて、今日は3人で遊ぼうか!俺、久々にリイナと出かけたいな。あ、マティアスは帰ってもいいぞ」
「……帰るわけないだろ」
不服そうながらも、マティアスもリックがいることに異論はないようだ。
2人きりではなかったことに寂しさはあるものの、リックと一緒に出かけられるのは嬉しい。
久々にリックと市場に繰り出せる喜びを全面に出すと、マティアスも眉を下げながら付き合ってくれた。
爆弾マンはマティアスが。
デザートはリックがそれぞれ買ってくれたから、飲み物は買ってくるね!と言って2人から離れたあとの会話は、聞こえなかった。
***
飲み物を買い終えた辺りで、マティアスが来てくれた。
落とさないようにしようと思っていた時に助けてくれて、フニャッと頬を緩める。
「ありがとうございます」
「いえ」
「お勧めのコーヒーなんですよ」
「よく飲むんですか?」
「両親や本屋の店主が好きで、たまに買うんです。私も買うには買うんですけど……」
マティアスが片手に持ってくれているのが自分用で、ミルクと砂糖がたっぷり入っている。
「お二人のはブラックです。一応ミルクと砂糖も貰っていますよ」
「ありがとうございます。これがベッティさんのですか?」
甘いのなんて子供っぽいかなと恥ずかしそうに頷くと、マティアスの瞳が緩やかに細められた。
「……少し飲んでみてもいいですか?」
「えっ?あ、はい、どうぞ……」
こんな甘いのを飲んで大丈夫か。そもそもそれ、自分のだけど。と思っている間に、マティアスがミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでしまった。
そして案の定、甘さが不快だったのか、グッと眉間に皺が寄っている。
「大丈夫ですか?」
「……はい。思ったよりも甘かったです」
「ふふ、ですよね。エルター様だったらブラックかなぁって思って用意したんですよ」
「その通りですね」
予想が当たって嬉しい。
「甘いのも試したかったんですか?」
「……いいえ。ベッティさんの好きな味が気になったんです」
「へ、へぇ……」
この人は天然のタラシなのかなと頬が赤くなっていく。
でも、味が気になるのは自分も同じだ。
マティアスが好きなブラックコーヒーも飲めるようにしたい。
昔に飲んで止めてしまったけど、今ならいけるかもしれない。
試しに、リックのコーヒーを飲んでみようかと、自分の手に持っているコーヒーを見つめる。
(お兄ちゃんのだったら大丈夫だもんね)
昔は一緒に飲み物を飲んだこともあるし。と考えながらストローを口に含む。
ちょろっと吸ったところで、思ったよりも濃い苦みに、けほっと咳き込んだ。
「もしかして飲みました?」
「はい……やっぱり苦かった……あっ!こっちはニックお兄ちゃんのなので、大丈夫ですよ!」
「……」
安心させるように笑い、リックの元に戻る。コーヒーをテーブルに一度置いて、砂糖とミルクがいるか聞こうとしたところで、自分の手元にあったコーヒーがマティアスに取られた。
「エルター様?」
「こっちで大丈夫です」
「いやいやいや!」
だってそれはさっき、自分が口を付けた。なんて主張ができないまま、マティアスがコーヒーに口を付けてしまった。
間接キスなんて恥ずかしがる年齢ではないけど、今まで恋人なんかいなかったから、マティアスの唇を変に意識してしまう。
アワアワと1人慌てるリイナと、しれっとコーヒーを飲んでいるマティアスと、マティアスを見て、諦めたように苦笑いを見せるリック。
なんだか微妙な空気のまま、各々コーヒーを飲んでいった。




