プロローグ
助けて下さい!そんな悲鳴が聞こえて来たのは、夕方が過ぎようとしている時だった。
カンナビア国は治安の良い場所ではあるけれど、世界のどの国より武に優れているという自信があるくらい屈強な人が多く、一部柄の悪い人たちがいる。
お酒を飲んだら暴れる人もいるけれど、こんな昼間からは珍しい。家の窓から覗いて見ると、儚げな女の子が1人、瞳に大粒の涙を浮かべながら、向かいの本屋前で想像通りの柄の悪い人たちに追い詰められていた。
同い年くらいの女の子がピンチだと思った時には、両親と一緒に鍋やロープを片手に助けに行っていた。
「リイナはその子を連れて家入ってな!」
「分かった!こっちだよ」
わらわらと周囲の人たちも加勢してくれているようで、あっという間に悪者は捕らえられている。持っていたロープを両親に渡し、リイナは女の子の手を引いて自分の家に匿った。
椅子に座らせたところでソワソワしてしまうのは、リイナが人見知りなわけではなく、女の子の持つオーラのせいだった。
失礼だろうけれど、泣いている顔すらも美しさが滲み出ている。絶対に街に住んでいるような平民じゃない。
「あなたどこから来たの?」
「私……えっと……」
儚げな表情でまごついているけれど声は耳にしっかりと届く。
「あ、それ昨日発売した本でしょ」
「うん。知ってるの?」
「目の前が本屋さんだからね。私あまり本は読まないんだけど、そういうの面白い?」
絵本ならまだしも文字ばかりの物語なんて読んでいるだけで疲れてしまう。
しかも彼女が持っているのは恋愛小説。なんでも最近人気なのはお姫様シリーズだそうだ。
中でも、騎士との切ないお話は、最近貴族間で物凄く流行っているらしい。なんでも似たような話しがあったとかないとか。
他にも、他国の王子や王宮の魔術師や執事などお相手は様々。切ない物語から甘い物語まで、多岐に渡る設定と胸に刺さるような言葉の数々で、子供から大人までをときめかせているらしい。
女の子もその魅力に嵌っているようで、何度も頷いている。さっきまでの表情とは打って変わって、輝かしい笑顔を見せた。
「とっっっても!今のシリーズはお姫様と幼なじみの話で、仲の良かった幼なじみが隣国に行っちゃって、数年後に再会するんだけど、その時にはもう相手に好きな人がいてって話で次の巻だったから気になってずーっと待ってたの!」
声のボリュームがかなり大きい。儚げな印象が一瞬で砕け散ったほどの衝撃だ。
本人も気がついたのか恥ずかしそうに口元を押さえているがもう遅い。
クスクスと肩を震わせて笑いながら本を指さした。
「私、本に興味なかったんだけど、今の話でとっても面白そうって思ったよ」
「本当?」
「うん!あ、私リイナ・ベッティよ」
「あ、私は……」
差し出した手をとった女の子が名前を告げようとした瞬間。背後から男性の声が聞こえ、びくりと肩を震わせた。咄嗟に女の子を庇って真正面を見据え目を瞬かせる。
カンナビア国の騎士──確か、従騎士として新人の人が着る、黒い服を身に纏っている1人の男性がいた。
「ラクア様。本屋にはメイドが行くと言っていたそうですが?それに護衛を連れて行かないなんてありえないでしょう」
まだ成人を迎えていない年齢だろうに、こちらを見る焦げ茶色の瞳は鋭く威圧的。アバランスなのは、まだ服が新品のように綺麗なことだけだった。
威圧的は身長が高いせいもありそうだ。怖いと思う気持ちでいっぱいになりそうだったけれど、青年の言葉に首を傾げた。
「ラクアさま……ってまさか、マリナー家の……?」
物語に出てきそうなカンナビア国の王太子妃候補様は今目の前に。
悪戯がバレたように笑ったラクアはリイナの手を握ったまま青年を見ている。
「マティアス。私、リイナと友達になったの!」
「ええっ!?」
「彼女の方が驚いているようですが……同意は得ましたか?」
「今得るから大丈夫」
「そうですか。サラサ様もクロード様も心配していますよ」
「はーい。すぐ帰ります」
これが、平民であるリイナ・デル・ベッティと王太子妃候補のラクア・マリナー。そして立派な騎士へと成長するマティアス•エルターとの出会いだ。
貴族らしからぬラクアとのお話はとても楽しくて、親友と呼べるようになるにはそう時間はかからなかった。