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未来屋 環恋愛作品集

気まぐれ猫は生真面目犬を愛している

作者: 未来屋 環

 ――気まぐれな君にふりまわされるのも、悪くはないけれど。



 『気まぐれ猫は生真面目犬を愛している』/未来屋(みくりや) (たまき)



 遠くから響く電車の音で目を覚ます。

 寝返りを打ったあと、もしかしたらと願いながら(まぶた)を開けた。


「――またいなくなってる」


 目に飛び込んできた世界に君の姿はない。

 わかっていたはずの現実(こたえ)にため息を吐き、僕はもう一度毛布をかぶった。



「それにしても、真面目人間の小太郎(こたろう)があのくるみちゃんと付き合うなんて……人生ってわからないもんだよなぁ」

「しかもまだ続いてるんだろ。すごいよ、おまえ」


 笑いながらジョッキをあおる旧友たちを前に、僕は無言で手元のグラスを傾ける。

 結婚式の二次会というめでたい場にもかかわらず気分が()えないのは、朝のあの喪失感だけが原因じゃない。

 目立たないようにしていたつもりが、(あん)(じょう)女子たちがやってきた。


「えっ、小太郎まだあの子と付き合ってんの!? 意外ー」

「浮気してないかちゃんと見張っておいた方がいいよ」


 刺々(とげとげ)しい言葉と共に冷ややかな視線を浴びせられるのは毎度のことだ。

 僕は場の雰囲気を壊さないよう「ご心配ありがとう」とだけ答えた。


 ***


 僕とくるみの出逢いは大学時代に(さかのぼ)る。

 勧誘を断りきれずに入ったテニスサークルの『元』同期――といっても、テニスをするために入った僕と、練習に顔を出さないくるみとはほとんど接点がなかったけれど。


 ゆるいパーマをかけた明るい髪を(なび)かせて、くるみは度々飲み会にやってきた。

 黒目がちで鼻筋が通った顔は整っていて、そんな彼女が居酒屋に現れると不思議と目を引く。

 それは、良い意味でも――悪い意味でも。


 今思えばくるみ本人は自然体だったんだろう。

 自分の感情に正直で、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり言う。

 その天真爛漫(てんしんらんまん)さは男子たちを惹き付け、そして女子たちを遠ざけていった。


 いつもくるみは一人で来て、一人で帰っていく。

 様々な色を(まと)った視線に(さら)されながら、それを気にすることもなく。


「――何でうちのサークル入ったの」


 或る日の飲み会の帰り道、一度気になって声をかけたことがあった。

 すると、くるみはそのつぶらな瞳で僕をまっすぐに見つめ返す。

 何故そんなことを()くのか、とでも言いたげに。


「いや……別に言いたくないならいいけど。仲が良いやつもいなさそうだから、ちょっと気になって」


 その視線に居心地(いごこち)の悪さを感じて、弁解じみた言葉を続けてしまう。

 すると、くるみはあっさりと答えた。


「過去問とかもらうのにサークル入ると便利だって聞いたから、誘われた所に入っただけ。別に大した理由なんてないよ」


 思った以上に実用的な理由に驚いていると、くるみはふふっと笑う。


「何、小太郎――私のこと、心配してくれたの?」


 甘く、鼻にかかった声が僕の心を揺さぶった。

 動揺を悟られないよう「別に、同期だから気になっただけ」と抑えた声で答える。

 そんな僕を見て、くるみは悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべたまま帰っていった。



「――ねぇ、もうあんたサークル辞めてよ」


 裏庭の方から穏やかじゃない声が聞こえてきて、思わず足を止める。

 恐る恐る(のぞ)き込んでみると、そこには何人かの女性の先輩たちに囲まれたくるみがいた。


 話を聞いていると、どうやらくるみに熱烈なアプローチをしている先輩には彼女がいて、その彼女本人と友人たちから責められているようだ。

 一番悪いのは彼女がいながらくるみにちょっかいを出す先輩なのだと思うけれど、女子の激しい怒りの前でそういう理屈は通じないらしい。


 口々に浴びせられる声に、くるみは平然としている。

 そして、一通り彼女たちの言い分が終わったところではっきりと告げた。


「あの、私に言われても根本的な解決にはならないですよ。そもそも私にはそんな気持ちないですし。ちゃんと自分で彼氏に注意した方がいいと思います」

「……はぁ!?」


 ――まずい。

 僕は慌てて「まぁまぁ、みなさん落ち着いてください」と止めに入る。

 いきなり乱入した僕を見て、くるみが少しだけ目を見開いた。


「何、小太郎くんもこの子の味方なの!?」

「そういうわけじゃないですけど、くるみは悪くないですよ」

「――いいよ、小太郎。私辞めるから」


 ぴたりと場の空気が止まる。

 そのままくるみは僕たちを置いて、さっさと立ち去り――そのままあっさりサークルを辞めた。



 そして、次にくるみが現れたのは僕のバイト先の喫茶店だった。


「……どうしたんだよ」

「サークル辞めたから暇になった。お金はどれだけあってもいいし」

「何も同じバイト先じゃなくても」

「人手は多い方がいいでしょ。私仕事早いよ」


 それは確かにくるみの言う通りで、要領が良いのかくるみとシフトに入ると仕事がスムーズに回った。

 ここでもくるみは客から連絡先を渡されたりしていたが、それ以上の問題は特段起こらなかった。


 そして二人で同じシフトに入った或る日の帰り道、くるみが言った。


「小太郎、私のこと好きでしょ」

「……別に好きじゃないよ」

「付き合ってあげてもいいよ」

「……はぁ?」


 夜道でくるみの瞳がきらりと光る。

 その眼差しに捉えられ――気付けば僕は、くるみと付き合うことになっていた。


 ***


 あれからあっという間に5年経ち、社会人になった僕たちの付き合いはまだ続いている。

 僕はメーカーのエンジニア、くるみは出版社を辞めて今はフリーライターとして活躍中だ。

 そこそこ充実した日々を過ごしているけれど、二人で一緒に過ごす時間は決して多くない。


 僕からの連絡にリアクションがあることは(まれ)で、逢えるのは気まぐれにくるみが僕の家に来た時だけだった。


「小太郎、遅い」


 仕事を終えて家に帰ってくると、くるみは当然のような顔でそこにいる。

 前触(まえぶ)れもなく現れるので最初の数回は驚いたものの、今は慣れてしまった。

 僕の家では買ってきたお酒を飲んだり、漫画を読んで気ままに過ごしている。

 恋人の家というより、無料で使えるネカフェくらいの感覚じゃないかと疑わしい。


 そのまま一緒にベッドに入るものの、仕事で疲れた僕は早々に寝てしまい――朝を迎えればくるみは煙のように消えてしまっているのだ。


「……本当につかめないというか、何というか」


 机の上に置かれたくるみの置き土産(みやげ)を見て、僕は今日もため息を吐く。

 ライターの仕事で出張が多いくるみは、ご当地のぬいぐるみストラップを僕の家に着々とため込んでいた。

 今回は飛騨に行ったらしく、胴長にデザインされた柴犬の腹には「ひーだ」と書いてある。

 そののんきな表情を見ながら、こんな日々がいつまで続くのかと不安になった。


 まだ20代だから焦ることはない――そう頭ではわかっていても、このままの関係性でいいのか悩んでいる自分もいる。

 とにかく自由なくるみのことだ、僕が妙な執着を見せれば、それこそ――


『――いいよ、小太郎。私辞めるから』


 頭の中で、あの日のくるみがフラッシュバックする。

 さすがにこれだけの付き合いであっさりそう言われることはないと信じたいが、僕には自信がなかった。


 いつかくるみが本当にいなくなってしまうんじゃないか――そんな恐れを忘れるように、とにかく目の前の仕事に打ち込む。

 僕にできるのは、ただそれだけだった。

 丁度(ちょうど)繁忙期であることも手伝って、夜中に家に帰る日が続く。

 ドアを開けてはくるみの不在を確認し、シャワーだけ浴びてベッドに潜り込んだ。



 そして、くるみの姿を見ないまま1ヶ月が経過し、その(かん)に僕の担当したプロジェクトが無事に一区切りを迎える。

 チームメンバーでの打上げを終え、この週末はゆっくり過ごそうと考えながら自宅のドアを開けると――


「――小太郎、遅い」


 そこには、当然のような顔でくるみがいた。


「……来たんだ」

「うん、仕事一段落したから。もう(しばら)く出張はいいや」


 くるみが「はい」と僕に袋を渡す。

 中を見てみると、胴の長い柴犬が7匹いた。

 話を聞いてみると、地域おこしの記事を書くために日本中を飛び回っていたらしい。

 それはこのご当地柴犬たちも増えるというものだ。


「――だから、もうずっとここにいようかなって」

「あぁ、うん……?」


 ――え?


 思いがけない言葉が耳に飛び込んできて、僕は思わず顔を上げる。

 くるみは僕の反応を気にすることもなく、平然としていた。


「私、もうすぐ部屋の更新時期だって言ったじゃん。だから、この際一緒に住もうかと思うんだけど」

「……はぁ?」


 想定外の展開に、僕の思考が止まりかけ――そして、フルスピードで動き始める。

 そう言われてみれば、この前くるみが来た時そんな話をしていたような――いや、疲れててあまり覚えていない。

 そもそもこの家、二人で住めなくはないけど、そうするとちょっと手狭(てぜま)な気が……っていうか、これ、同棲ってことか――?


「――ねぇ、小太郎……ねぇってば」

「えっ? あ、何?」


 甘く、鼻にかかった声に引き戻されると――目の前でくるみは悪戯っぽく笑っていて、そして


「――好きだよ、小太郎」


 つぶらな瞳が僕を捉える。

 瞬間、頭を支配していた迷いも心を埋め尽くしていた(よど)みも消え去って――あとには一つだけの確実な想いが残った。


 ――あぁ、君のことを、誰にも渡したくない。


「――僕も好きだよ、くるみ」


 できるだけ平然と聞こえるように、抑えた声で告げる。

 目の前で、くるみの大きな目が満足げに細められた。



(了)

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

本作は『猫系女子』というテーマで書いた作品です。

どんなお話にしようかなぁとずっと考えていたんですが、相手が正反対だったら面白いかも……というところから犬系男子とのラブストーリーに発展していきました。


折角なのでふたりの名前も『小太郎』『くるみ』と犬&猫っぽくしております。

本作を書くにあたって色々とペットの名前を調べたんですが、最近は『むぎ』という名前がオスメス問わず人気みたいです。

むぎ……かわいい……(´ω`*)


そして作中に出てきたご当地ぬいぐるみストラップ、胴長の柴犬『のびしば』は実在します。

かわいくてつい買っちゃう……まだうちには2匹しかいませんが笑。


以上、お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
読んでよかったお話でした。小太郎くんの忠犬っぽい感じに癒されます♪ くるみちゃんも、つかみどころがない感じが猫っぽくて良いです♡ 私はキャラを自然に魅力的に書くのが苦手なので、未来屋さんすごい!と思い…
∀・)素敵な恋愛ドラマでした♪♪♪ ∀・)くるみさんと小太郎さんのそれぞれが人だけども、まるで猫と犬のように書かれている感じがありましたね。そういうコンセプトだったのかしらね。楽しかったです☆☆☆彡
一見、天真爛漫で気まぐれな猫も、意外とドライで心の中では色々と思うことがあるのだろうなと感じました。 煩わしいことや悩むこともあるのでしょうね。 気まぐれな猫にもきっと帰る場所が必要なはずです。主人公…
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