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ふと、声が聞こえた。少し離れた所から大勢の話し声に混ざって聞こえて来る声・・・。
そっちの方に顔を向けると、校門前に集団がいた。背の高い男子を中心に何人か女子が取り巻いてるのが見える。遠目に見ても、とても楽しそうだ。
「あ、サッカー部」
ナオがそう言った。私は、何を指してサッカー部と言うのか理解出来ずに疑問を口にする。
「荒山の事。同じクラス。サッカー部の部長だから略してサッカー部って呼んでるんだよ。相変わらずモテてるなー」
私はその安直過ぎるネーミングセンスに、思わず吹き出してしまった。
『サッカー部』って、あだ名としてどうなの?
笑いが止まらない私に、ナオは微妙な顔をした。肩に掛けた腕を外して私の髪に触れる。
朝、教室に入ると、クラスメートの視線が気になった。
皆んなが見てる気がして、昨日かけてもらったウェーブが急に恥ずかしくなって、後ろで一つに纏めてしまった。纏めてしまうと、今度は前髪だけが浮いている気がして不安な気持ちになり、持っていたピンで摘んで捻り上げた所を留めてしまっていた。
首の後ろに手を伸ばされてゴムを取られた。ピンで留めた前髪も下ろされてしまう。
「髪、下ろした方がいいわ。人前でポンパドールは禁止ね。デコにキスしたくなるから」
『デコにキス』その言葉に私は赤面してしまう。何て事を言うの・・・。
私は赤くなった顔を俯かせた。
俯く寸前に見たナオの唇は、少し尖っていたように見えた。
なんか、怒ってる・・・?
恥ずかしい気持ちと、不安な気持ちを混ぜ混ぜにした状態で、私はナオに手を引かれるままについて校門を過ぎた。
昨日繋がれた時よりも、何故だか強く握られていた。
通帳から10万下ろした。動悸が激しくなる。良いのだろうか、イヤ大丈夫だ、と自問自答。
ナオと2人でショッピングモールを歩いた。
ショッピングモールの入り口を潜った瞬間、ナオの目の色が変わった。足取りも軽くなり、進む速度が上がる。その様子が、欲しい物を目の前にして興奮する子供みたいで、私は驚いてしまった。
「あ、悪い。足早過ぎた」
何も言ってないのに、謝られた。そしてゆっくり目に歩き始めるナオ。でも気になるお店が目に入ると、スッとスピードが上がってしまう。そして、私と繋いだ手が枷になって加速を遮る。その都度ハッとして私を振り返る。申し訳なさそうな表情を見せる。
・・・何この可愛い生き物は・・・。
2つも年上の先輩なのに、そんな風に思ってしまった。
終始そんな調子ではあったが、私達はモール内を満遍なく回った。気になる店で立ち止まると何着か試着し、良いと思った物を買う。私の10万で。それを何件も繰り返す。ショップ毎に可愛い店員さんと着こなしについて話す。アドバイスも聞く。
トップス、スカートにワンピース。アクセサリーから靴下などの小物まで色々と。普段自分だけでは決して選ぶことの無いカラフルな物ばかり。お店も、商品も、明るい照明に彩られてキラキラしている。そのキラキラの中に入り込むと、自分自身もキラキラに染められた。
この色にはこれが、今年はこのラインが、アクセントにこういうのも・・・。
そんな会話をする度に、自分がアップデートされて行くのを感じる。モノトーンから有彩色へ。無個性から自己表現の出来る人へ。興味の無かったカラフルな物に囲まれていると、その一つ一つの未来を予想する楽しみが湧いて来る。「これはこうすると良いのかな?」そんな質問に、ナオが自然に答えてくれる。
気付くと、恐々だったナオとの会話が、とても自然なものへと変わっていた。
荷物はどんどん増えたが、それは全部ナオが持ってくれた。私は学校指定の鞄だけ。
休憩無しでモール内を行きつ戻りつ歩き続け、流石に疲れた所で家に送って貰う事になった。
「ゴメンちょっと夢中になって回り過ぎた。時間平気?」
時間よりも足腰と財布の心配をして欲しかったが、それは言わずに頷いた。
「良かった。明日祝日だけど時間ある?」
それにもうん、と私は頷いた。
「じゃ午後からデートね。駅前のロータリーで13時」
家の前で荷物を渡された。右手に2個、左手に3個。風が動いて、両手が使えない私の頬にナオのキスが落ちる。目を合わせて微笑む。
振り返った後は後ろ手でバイバイ。
学校を出る時には不機嫌そうに見えたものの、買い物中のナオは終始楽しそうだった。というか興奮気味だった。
私も、とても楽しい時間を過ごせた。両手いっぱいにキラキラを買った。その重みが嬉しい。今から部屋で広げるのが楽しみで仕方がない。
授業料は高いけど、これはこれでお腹いっぱい。さあ、これから明日の服を選ばなくては。
私は、嬉しくて緩みっぱなしの顔で家のドアを開けた。
待ち合わせ時間より早めに来たのに、ナオが先に来て待っていたのには、正直驚いた。
「遅刻すると思ってただろ?俺こういうのは大丈夫なんだよ」
ナオは自慢げに言った。
服のチョイスを褒められる。淡いブルーのワンピースに濃いブルーのショルダーを合わせた。レモン色の細い編み上げのブロックヒールサンダルに同色の小ぶりのイヤリング。ツバの小さいシンプルな麦わら帽子。昨日の夜からあれこれ並べて選んで、朝になっても「やっぱりこっちが・・・」と悩み続けて選んだ服だ。悩むのがとても楽しかった。待ち合わせ時間が13時だったのがありがたかった。
褒められて、楽しい気分に嬉しい気持ちが加わる。
と、ナオが急に手を伸ばして、私の髪に触れて後れ毛を耳に掛けた。
「イヤリングは見せないと」
耳元を見るナオにそう言われた。
その距離の近さと、先生からコーディネートの出来栄えにダメ出しされた感じで、私は少し赤くなって頷いた。
その日連れていかれたのは、ナオの知り合いがやっているというネイルサロンだった。
「月一くらいで通える?一回五千円くらいだけど」
担当してくれたお姉さんは、ナオに何となく似ていた。聞くと、従姉弟同士だと言う。
私が通いが厳しいと言うと「ならジェルはやめとこ」と言って、ナオと相談しながらどうするかを決めてくれた。
クリアとサーモンピンクのグラデーションのシンプルなネイルだったが、とても綺麗で可愛いい仕上がりになった。暫くは手元を見るだけで顔が緩みそうだ。
「この後エステでも行きたい所だけど、時間無いからさ」
エステなんていくらかかるんだろう・・・と冷や汗をかく私の横で、手を引くナオはあるビルの前で立ち止まる。
「今日のメインイベント。リンは星好き?」
「星?」
「プラネタリウム」
言いながらそのビルに入って行く。
「本当は花火が良いんだけど。夏じゃないからさー」
花火と星の共通項について考えてみた。暗い所で光る、とかしか思いつかない。
並んで先に座るとナオの顔が予想より近い。これから小1時間この顔がすぐ側にあるという生殺しのような展開を思ったものの、久々のプラネタリウムに私は予想以上に夢中になれた。
上映中、ふと視線を感じて横を見ると、私を見つめるナオの顔があった。私は、びっくりして星を見ないのか?とナオに聞いた。
「俺、星には興味無いんだよ」
何ですと?なら何でこんな所に来たの?
「女の子の目の中で、映った星が光るのを見るのが好きなんだ」
「よく、意味が分からないんだけど・・・」
「分からなくていいよ。星を見てて。俺リンの目を見てるから」
と、機嫌が良さそうに私の顔を見る。
その後私は、内心恥ずかしいやら何やらでよく分からない感情のままに星を見続けたのでした。
「楽しかったわ」
そう言って満足そうに笑うナオ。
てっきりプラネタリウムのお金も私が払うものだと思っていたのだが、ナオが奢ってくれた。理由を聞くと「俺が来たかったから」と言う。
「リンさ、可愛いくなったよ」
送って貰った家の前でかしこまってナオは言った。
「自信持って良いと思う」
うん、と私は頷いた。そして、涙が出そうになった。
慌てて俯いて隠そうとすると、風が動いてナオが両手で私の両頬を押さえた。泣くのを我慢する顔を見て少し笑い、そして唇に触れるだけのキスをした。
動けない私を残して、背中を見せて歩き出すナオ。後ろ手でバイバイ。
私は、そのまましばらくの間そこから動く事が出来なかった。
私は明日、どんな顔で彼に会えば良いのだろう。




