スー
「ここは……俺の……部屋……」
セレンとガウェインの戦いから三日後、窓から吹き込む涼風を頬に受け、ガウェインが目を覚ます。
其処には見慣れた天井があった。
「あっ……! おじさん! 目が覚めたの!?」
傍らの椅子に座っていた少女がガウェインの顔を覗き込む。
「大丈夫!? あっ、動いちゃ駄目よ! ちょっと待っててね! みんなを呼んでくるからっ!!」
フワフワとした尻尾を振りながら、狼人の少女は部屋を飛び出す。
「ヤブ爺ー! 親父さーん! ガウェインのおじさんが目を覚ましたわー!!」
少女は元気な声で叫びながら、宿の下、酒場へと駆け降りて行く。
「おいおい……。まったく……寝起きの頭に響くな……」
額に手を当て、ガウェインは呟いた。
「おぉ、目が覚めたか? ガウェイン。さすが獅子人……と言ったところか。こんな傷、普通なら死んどるぞ!」
暫くして、体から酒の匂いを漂わせた蜥蜴人の老人が顔を見せる。
「やっぱりあんたか……ヤブ医者。まさか、俺があんたの世話になる日が来るとはな……」
ガウェインはそう言って小さくため息を溢す。
「一体、お前さんの身に何があった!? こんな大怪我……。あの黒猫人の小僧は、自分がやった事だと言っていたが……本当か? 正直、信じられん……」
宿の近くで、いつも通行人に酒を買う為の金をせびっているこの老人は、この裏街に住む闇医者だ。
「まぁ、お前さんをここまで運んできたのも小僧だ。生きてて良かったな。せいぜい感謝する事だ」
そう言って、老人はさっきまで少女が座っていた椅子に腰掛け、ガウェインの診察を始める。
「あぁ……」
ガウェインは瞼を閉じ、小さく呟いた。
「おじさ〜ん! 生き返って良かったよ〜!!」
狼人の少女が戻って来るなりベッドに泣き付く。
「死んでねぇ……。それより、セレンは? いや……もう行っちまったか」
そう言って、心配そうな表情をしたガウェインは残念そうに窓の外を見た。
「あぁ、セレン? いるよ! でも、今、酒場が忙しくってさ、親父さん離してくれないの! 今、セレンは裏町の人気者だから!」
少女は満面の笑みで微笑んだ。
「はぁ!? おいおい……。一体、何がどうなってるんだ?」
片手で頭を抱え、隻眼をパチクリさせ、少し混乱した後、ガウェインは少女を見た。
「そうだっ! セレンが来るまで、おじさんが寝てた間の事、私が教えてあげる!!」
「すいませんっ!! この辺りにお医者様はいませんかっ!! この人を助けて下さいっ!!」
セレンとガウェインの戦いの後、ガウェインと再会した酒場のドアを蹴破って、彼を背負ったセレンが駆け込んで来た。
「……」
店内は一瞬、またしても何事かと静まり返る。
セレン達が何処かへと出ていった後、客達はまた店に戻り、飲み直していた。
「あっ! 仮面のお兄さん! と……ガウェインのおじさん!? えっ!? おじさんっ! どうしたの!?」
店内に、見覚えある狼人の少女がいて、声をかけて駆け寄って来る。
「ガウェインの旦那っ! どうなされたんです!?」
ただ事ではない様子に、宿の主人も慌てて駆け寄ってきた。
「大変! 親父さん! 私、ヤブ爺を呼んでくる! ごめん! 二人をお願い!」
狼人の少女は、跳ねる様な走りで店を飛び出す。
「おいっ! お前らっ! 今日はもう終いだっ!! いつまでも呑んでねぇで! さっさとガウェインの旦那を運ぶのを手伝わねぇか!!」
酒場の客達は慌てて集まり、協力してガウェインを、酒場の上に住む彼の部屋のベッドまで運ぶ。
「何なんだ……? 人が酔って、気持ちよく寝てるのを叩き起こしやがって!」
狼人の少女は、セレンが何処かで見た覚えのある老人の、腕を引いて戻って来た。
「親父さん、おじさんは上?」
少女はそのまま、お爺さんを宿の上へ連れて行き、しばらくすると降りてきた。
「お兄さん! もう大丈夫! ヤブ爺はああ見えて、この辺じゃ一番! 腕利きの医者だから!」
少女はそう言って、セレンの左肩にそっと手を置く。
「……大変! お兄さんも怪我してる! 待ってて!」
セレンの左腕はクロノの力でかなり回復してはいたが、まだ傷は残っていた。
少女は宿の主人に話しかけ応急処置の道具を借りて戻って来た。
主人は上へ下へと医者を手伝ってバタバタしている。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前はスー・フェン! スーって呼んでね! よろしくっ! あなたの名前は?」
スーはセレンの治療をしながら、そう名乗る。
「僕は……セレン……です。よろしくお願いします。あの、ありがとうございました。ガウェインの事……それに僕の事も」
セレンは申し訳なさそうに、少し下を向きながらそう答えた。
「あぁ、気にしないで。それより、自己紹介する時くらい、顔を見せて!」
そう言って、スーはセレンの顎をクイと持ち上げ、じっと目を見つめる。
「えっ!? いや、それは……」
セレンは判断に迷い言葉を詰まらせ、スーの目を見たまま固まった。
「大丈夫! この宿に集まってるのは、みんな訳ありなのよ。あなたが何を隠しているのかだって、おおよその見当はつくわ。だから、心配しないで」
セレンは、自分を助けてくれたスーのまっすぐな眼差しとその優しい言葉に、隠し事は出来ない、信用しても良いかもしれない、そう直感的に思い、仮面を外す。
「そう、やっぱりそういう事。この中ではそんな事、隠さなくて大丈夫よ! 誰も気にしないわ!」
スーはセレンのほっぺたをツンツンしながらニシシと笑った。
「ところでセレン? あなた、昼に私と出会った時、ガウェインのおじさんを探してたわよね? あの後、二人に何が起こったの?」
スーはガウェインと近しい仲の様子だったので、一瞬、セレンはその問いに答えようか少し悩んだ。
「それは……」
だが、だからこそ告白しなければならないと思い、セレンはクロノの事は伏せつつ、ガウェインとの因縁とその顛末、自分が彼を傷つけた事実を話す。
「そう、ガウェインのおじさんを、あなた、見かけによらずとっても強いのね!」
意外にもスーは両目をひん剥いて驚いた表情をして、そう言った。
「僕はもう少しで……人を殺して」
今もセレンは、アクロを救う為ならどんな事でもする覚悟でいる。
戦う事は勿論、場合によっては他者を傷つけたり、自分が傷つく事も。
最悪、自分の生命に危険が及ぶ事さえ。
だが、自分が相手を殺めてしまう可能性までは想定していなかった。
其処までするつもりは無かったし、クロノの力など、戦いの直前までは自覚も無かったのだから。
そして戦いになり、結果、一瞬、怒りに我を忘れ、気が付いた時……目前に酷く無惨に引き裂かれた、ガウェインの姿が横たわっていたのだ。
セレンはあの映像を再び思い出し、また涙を流す。
「大丈夫よ。セレン、あなたは何も悪くないわ」
そう言うと、スーはセレンを優しく抱きしめた。
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