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クロノ

　──かつて出会った黒い怪物──奴はまさに死神だった……。当時──戦場でいつしか語られていた掟──

『アレにはどんな屈強な戦士であっても、決して手を出してはならない──』

『アレは神の如き存在、死すらも超越した戦士、仮に一度、勝利しようとも、いずれ必ず殺られる──』

『出会ったら決して顔を見せるな、息を潜めてやり過ごすのだ──！』

　ガウェインは見渡す限りの荒野の上で、馬車を走らせる。捕らえたアクロを奴隷商人に引き渡す為に猫人国(ネコノヒトノクニ)の隣国、蜥蜴人国(リュウノヒトノクニ)に運ぶ為である。

　ガウェインは先日セレンとの戦いの中で目撃した〝ナニカ〟のことを考えながら、若き日──まだ己が獅子人(シシノヒト)の戦士としての誇りを持っていた頃のことを思い返していた。

　──あの頃──俺はまだ前回の戦場で初陣を果たしたばかりの若者だった……

「おいおい……なんだこの状況は……皆、死んでるぞ……」

　当時──猫人国(ネコノヒトノクニ)と蜥蜴人国(リュウノヒトノクニ)の間で領土の所有権を巡り、両国の国境付近では紛争が頻発していた

「こっちだ！　コイツはまだ息があるぞ！」

　初陣の戦場で無事、戦果を挙げた俺は、さらなる武勲の為に上官に自ら志願して、戦況のもっとも悪い霧深い戦地に赴いた。

「おい！　大丈夫か……？　何があった！？」

　若い頃から地元では負け知らず──自分の力には絶対的な自信があった。

「ハッキリ言え！　何を言って……？　なんだ……！？　おい！？　馬鹿野郎──！　……駄目だ……死んだ……」

　獅子人(シシノヒト)の戦士として、誇りを持っていた。

「待て──！　静かにしろ──！　何か……聞こえる──」

　それに──今もだが──当時から俺には大金が必要な理由があったからだ──

「足音だ！　近づいて来るぞ──！　警戒しろ──！」

　濃い霧の中、仲間達の阿鼻叫喚が聞こえ、ひとりまたひとりと倒れていった。

「いったい──この気配は──！？　──おいおい……なんなんだ──！？　コイツは──！！」

　最初は俺も奴に何度かダメージを与えたが、奴は倒れなかった。

「クソッ──！　化け物がっ──！」

　仲間たちは次々にその命を落とし、最後にひとり残った俺は──

「ガァッ……た……たすけ……て……守りたい……家族が……俺には……いる……ゆるし……て……くれぇ……死にたくない……たのむ……」

　わずか二度目の戦場でそれを目撃した俺は──その戦士の前で泣きながら生を懇願し、死の恐怖に耐えられずに失神した──

　目を覚ました時──戦場で俺だけが生き残っていた──

　奴に生かされ──俺の戦士としての誇りはそこで失われた──

「ただいま──」

　職を失なった俺には病床の妻と、まだ生まれて間もない娘がいた。

「すまない……お父さんのせいだ……」

　最悪のタイミングで職をなくした俺には、無法者と呼ばれるような汚い方法でしか家族を養うことができなくなり──結局──妻を救うこともできなかった。

「黒い怪物だ──！　何か知らないか──！？」

　その後──俺は奴の正体を知るため、仕事の最中に世界中を調査して回った。そして、十数年かかって当時──世界最悪の狂人と言われていたひとりの歴史考古学者に出会う──

「新生神話(シンセイシンワ)──か！？」

　その学者は他の者たちとは異なる独自の解釈で〝新生世界〟と呼ばれるこの世界の歴史や成り立ちを調査、研究し仲間内から批判を浴びて煙たがられていた。だが、俺は奴の話に真実味を感じた──

　いわく──怪物の正体は俺たちがガキの頃から大人たちに聞かされている〝新生神話〟の最後に記されていたらしい──世界の一部の権力者や実際に目撃し生き延びた僅かな者たちにのみ知られる──それは──

　真の黒(クロノ)──

　神話に記され……忘れ去られ……いや──消されたのであろうと思われるその最後の一文──

　新生神話(シンセイシンワ)

　かつて我が祖は

　言葉を発さず

　二足を持たず

　地に伏し神に新たな血肉を求めた

　天を仰ぎ神に新たな知恵を求めた

　世界の新生を求めた

　神はクロノカクノミを授け給うた

　それは禁断の毒の果実

　数多の魂を奪い

　選ばれた者達に新たな知恵と肉体を授けた

『そのクロノを宿した者に神に等しき力を授けた』

　今はもう忘れ去られた理由──

　なぜ世界で黒(クロノ)を名に冠する者たちが迫害されているのか──？

　それは──彼らの中に真の黒(クロノ)が混在する可能性があったからだ──俺たちの祖先は禁断の実を喰らい、神から新たな知恵と肉体を授かった──皆それは知っている。

　だが、真の黒(クロノ)は神の力そのものを手にした──

　数十年の時が流れ──娘もまた妻と同じ病にかかり、同じ若さで亡くなった。俺には金がいる。俺には娘が残した、ふたりの幼子がいる──医者いわく、子供たちにも妻と娘と同じ病の兆候が見えたからだ……。

　義子の稼ぎだけでは救えない、もう家族を失いたくない──アクロ──この少女にはすまないと思っている──今回の仕事で手に入る金で、孫たちは救われるだろう──後は義子に任せれば良い……。

　そして、もう一度──真の黒(クロノ)と相まみえることが出来たなら、万全の奴と戦い過去のトラウマを超えてみせる──

　失われた戦士の誇りを取り戻すために──

　蜥蜴人国(リュウノヒトノクニ)のとある宿屋の下にある酒場──

「おお──！　ガウェインの旦那、助かりましたぜ──！　これで貴族様との契約も無事、果たせますわ！　これから俺たちはこの女を貴族様の元へ連れていきますんで、旦那はここいらでお休みになってお待ち下さい、金が手に入ったら戻って来ますんで、またここいらで分け合いましょう──！」

　猫人国(ネコノヒトノクニ)から約ひと月かけて、蜥蜴人国(リュウノヒトノクニ)の街に着くと、ガウェインがアクロを捕まえたという話を聞いて、奴隷商の頭領が待ってました──！　と言わんばかりに飛んできた。

「いや──俺もついて行こう、その貴族の所まで……」

　ガウェインには、金以外の新しい目的がある。

「なんだい……！？　旦那は俺たちが報酬を全部持ち逃げするとでも思ってんのか！？　舐めて貰っちゃ〜困るぜ──！　俺たちだってプロの商売人だ──！　信用が大事なんだ！　そんなせこい真似はしませんぜ──！」

　その為──ガウェインにはひとつ知っておかなければならない情報があった。

「あぁ、お前たちのことは信用してる……。ただ一度、その貴族って奴の顔を拝んでみたくなったんでな……。ただの興味本位でな。かわりに道中の護衛を無料(タダ)で引き受けてやる──それなら構わんだろ──？」

　それならば──と頭領は喜んで提案を受け入れた。

　──金さえ貰えれば……後のことはどうなっても……俺の知ったことではないからな……。アクロの居所は知っておかなければな……

「そうだろ……？　セレン──」