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ラストリゾート(2)

 あれから三年の月日が経った。

今では長く続く戦争に国々は疲弊しきっていた。

そのうえ、戦争で使用した様々な兵器のせいで世界は荒廃してしまった。

到底、戦争が終わっても元の暮らしに戻ることができるというわけにもいかないだろう。

兵器による地形や気候の変動、自然に対する汚染。

余りにも長く戦争が続きすぎた。


 ――世界を破壊した兵器の内のひとつに、例の『葬式』がある。


 俺はいつだってキャロルのことを、彼女が死んだ日のことを忘れたことはなかった。


 『葬式』は戦争の舞台に立ち、見事にその役割をこなした。

人型の新兵器として大々的にニュースになっていたこともあった。

まあ、戦争反対の意見を掲げる活動家から人道に反すると、ものすごく批判を浴びせられたりしていたがそれもまたご愛嬌だ。


 そうして『葬式』をはじめとした新兵器たちは数多の戦況と共に自然環境も塗り替えていった。そんな破壊の限りを尽くした兵器たちは、敵国に悪魔だとして恐れられている。


 幸いなのは、人間が生物兵器にまであまり手を伸ばさなかった点だろう。

この発展した技術力でバイオテクノロジーの悪用をしていたら世界はもっと早く寿命を迎えていて、俺たちの生活も今のものと違った様相になっていた。

それに、切羽詰まって生物兵器を開発しようとした国が連盟に罰せられ、その技術が応用されることがないようにと滅ぼされたそうだ。

そのことが抑止力の効果を持って、生物兵器を開発する連中は軒並みその研究を止めたらしい。

それがなければ今頃、映画で見るようなゾンビであふれかえった国や、見たこともない病がパンデミックで広がっていたのだろう。




 そんな中、周辺諸国との停戦協定が締結されたとの国民への通知があった。

ラジオやテレビなどのメディアでは連日そのニュースで持ち切りだ。

朝から壊れたかのように繰り返し発表されるそれに、俺は少々うんざりして身支度を済ませる。戦争が終わったという記念すべき日も普段と特に変わらず質素な朝食だ。


 食事を済ませて、ポストを覗く。

フィンとのやりとりを手紙にしていたせいで日課のようになっていた。それは、連絡が途絶えた後も変わらずに。

ふと、そんな風に日々を懐かしんでいると違和感を覚えるものをエヴァンは発見した。


 赤の封蝋が押された真っ黒な封筒。

封蝋の意匠は軍で使われているものであり、差出人は軍部であることが分かる。


 焦燥感に駆られて慌てて開封すると、それは。


 ――エヴァン・ロイスランドの戦死を伝える死亡告知書、だった。


 思わず、「は」と息が漏れた。

意味が分からない。俺は、エヴァン・ロイスランドは生きている。

決して戦死なんかしていない。そもそも軍からは退役している。

まさかこれから軍部に殺されるのか。

それか義眼のことがバレて機密保持のために抹消か。

エヴァンが思考をフル回転させて冷や汗を垂らしていると、パサリと死亡告知書の他にもう一枚入っていた紙が落ちた。

それはこの近辺の地図だ。

廃教会に赤で丸が書きこまれており、そこに記号の羅列だけ書かれている。


 誰かのいたずらだろう、と断定するには明らかに悪趣味だった。

その記号の羅列が三年前の陸軍で使われていた暗号であり、『命が惜しければ、此処に来い』という意味を持つものであったため、少なくとも軍部の人員が関わっていることが分かった。


 何故、今になって。

エヴァンは何度も見返す。これは正式な通知書だ、透かしも入っているから断定できる。


「……ああ。そうか」

 書類と地図に目を通している途中に気づいていた、何人かに監視されている。

殺気こそは出てないが、気配の隠し方が甘い。

この感じから、刺客ではないとは思うものの断定はできない。

おそらく、この話は本物だろう。

少なくとも俺に拒否権はないらしい。


 エヴァンは警戒を怠らず、最低限の荷物をまとめるために部屋に戻る。

何か武器になりそうなものを、と思って家の中をひっくり返したが護身用のナイフと拳銃しかなかった。

準備の心もとなさに、はあ、とため息をつく。

そもそも相手は軍部、エヴァン一人に端から敵うわけがないのだ。


 何事もなければいい、と現時点の情報から察するに無謀な願いを抱きながらエヴァンは地図に示された廃教会へと向かうのだった。




■□■

 青い空を覆うように草木が鬱蒼と茂っていた。

今が昼間で良かった。夜であれば完全に木々が光を覆い隠していただろう。

それにしてもまるで彼の世に続く道みたいな場所だ。

僅かな光しか届かず、道行きを指し示す羅針盤は狂い、暗澹たる気持ちにさせられる。

そんな鬱然たる道を進んでいくと、急に視界が開けた。


 突如として光量の多い場所へ出たからだろうか、少し目が眩んだ。

それは、蒼穹がどこまでも続いており、吸い込まれてしまいそうな空だった。

そのような青空とコントラストを描くように鬱蒼と茂る森を背景に、寂れた教会がポツンと建っていた。

どこかの絵画のような印象を受ける、とエヴァンが教会を見上げる。


 その時、爽やかで柔らかなそよ風が吹いた。

この扉を開けたら、もう後戻りはできないのだろう。

そもそもあの封筒を開けた時から、いや。

もっとずっと前の、軍に所属して『葬式』のマスター候補に選ばれた時からもう後戻りはできなかったのだ。


 キャロル、『偽葬』に、忘れないで、と祈りに似た呪いをかけられた日から俺はずっと過去を見続けていた。過去を見続けることこそが、過去に心を置き去りにすることが彼女の望んだことだと思っていたからだ。

でも、それは違うのだろうと薄々勘づいている。

わかっているのだが、まだ、一歩前に踏み出す勇気が足りなかった。


 すう、とエヴァンは息を吸う。

そうして、一度開けたら平和な世界には二度と戻れないのであろう扉を開いた。


 音を立てて古めかしい扉が開かれる。

教会の中はステンドグラスが陽光を通して、空の底に、落ちてしまったのかという錯覚に襲われるほど青く輝いていた。


 どこまでも透き通るような青く煌めくステンドグラスを眺めると、磔刑に処され十字架にかけられた救世主が、その頭に荊冠を乗せられている姿が描かれている。


 その様子を心のどこかで悪趣味だ、と思った。

たった一人の命で万人を救う、という考え方がそもそもおかしいとは思わなかったのか。

だって。最後に残された、たった一人。

そいつのことは一体全体誰が救済してくれるのだ。

万人の罪を浄化する偉業を成し遂げた救世主のことを、誰が受け止めてやるのだろう。


 そうやって思案しながらエヴァンが教会の中を見渡すと、一人の少女が倒れているのに気がついた。

おそるおそる近づいて、様子をうかがう。

しまった、と危機感を覚えるには遅すぎた。

エヴァンが懐にしまった拳銃を取り出す反射速度よりも早く、少女が目を覚ます。


「エヴァン・ロイスランド――マスター登録が完了しました」


 無機質な機械音声が無情に告げた。やられた、こいつはもしかしたら『葬式』だ。

着飾った少女という点でエヴァンはもっと警戒するべきだったのだ。


 そうして、少女の言葉を脳内で反芻して気がつく。

戦争は終わったはずだ、なぜ新規で『葬式』のマスター登録する必要がある?

まさか停戦協定に軍部は反対していて、戸籍を抹消された俺にまた戦争を再開させようとしている、わけではないよな。

そもそも、こいつがまだ『葬式』と決まった訳じゃない。


 エヴァンの中でこの状況に対するもっともらしい思惑が見当たらない。

それもそうだ、そもそも情報などの判断材料が少なすぎる。


 エヴァンが警戒しながら少女の様子を伺いつつ、混乱していると。

少女がこちらを見つめて瞬きをして口を開いた。


「私は『聖葬』と申します。これからよろしくお願いします、マスター」


 ――最悪だ。

この状況を仕組んだのが誰かは知らないが、エヴァンが思いつく限り最悪な切り札をきられた。

それだけは、持ち得る情報が少ないエヴァンにもわかった。




■□■

 無数の文字の羅列でプログラミングされた、銀河のほとりのような仄暗い空間。

彼は白夜の繭のような天井を仰ぐ。


 この瞬間、科学は生命の神秘を凌駕した。

それは途方もなく美しい絶望だった。

研究者というものはその好奇心から、神秘に魂の恋慕をしている。

それ故に、神というブラックボックスを暴くこと生業としていた。

死者の墓を暴き、アカシックレコードを漁り、魂への冒涜を繰り返し。

成功と失敗を繰り返して、副次品が生まれて広げることエトセトラ。


 やっと、やっと。

機械の器に()()()()を作成することができた。


 彼の研究者――ドクター・鮭は、己の作成した魂を持つ機械を眺めて微笑みを浮かべる。

その笑みは涜神的な行為を繰り返す者とは思えないほどに、慈愛に満ちていた。


 ああ、なんという因果か。

何も知らない誰かが見ていたならば、その笑みを救世主や聖母のようだと例えるのかもしれない。

まあ、此処にいるのは彼の所業を知っている者たちばかりなので悪魔のような笑みだという感想を抱くのだが。

物事はコインのように表裏一体であり、多面的な側面を持つ。


 そうして、ゆたかな愛憐を以てドクター・鮭は宣言する。

「これで、世界を救済します」


 この宣言により、『葬式』プロジェクトの第二段階フェーズである自浄自壊兵器『聖葬』の作成が完了した。


 そうして作成された人工の救世主は、少女のかたちをしていた。




 ――ああ、すべては貴方の御心のままに。

大いなる怒りの日はもう、すぐそこにあるのだから。

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