表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

ジェノサイド・ジョーカー

 自分達の愛は有限だから、人間は神に無限で無償の愛を求めた。

神は無限で無償の愛(アガペー)を振りまいたが、ついにはその存在を否定されて。

存在すべてを人間の描いた絵空事とされてしまった。




 神と人間はなんでも同じ姿をしているらしい。

ただ、人間は神のことを近世におこった科学革命により完全に否定した。

同じ姿の高次存在を殺したのだ、それはつまるところ広義の同族殺しに他ならない。


 そのくせ、人間はこの世界に在るが故、完全には否定されない。

例え世界が虚像だったとしても、虚像の中では本物として扱われるからだ。


 ――それっておかしくない?


 目に見えないものは存在しなかった、らしい。少なくとも人間の中では。

でも、世界に光が満ちているから、ものが目に見えるのだ。

それに元々自分の世界に光を映さず何も見えない者だって少なからずいる。

当然、人生を歩むうちに目が見えなくなった者だっているのだ。

マジョリティはマイノリティの世界を勘定に入れない。共通事項は結束を固くする。


 刺激を与えるのが世界なら、刺激を受け取ることで生まれるものは?

その場合、入れ子構造の何層にも重なった世界ということになるのか。


 昔、心だって目に見えない働きだった。


 観測されるまで人間に心はなかった、とそういう話でもないだろう。

ただし、秘されたものを、観測できない暗黒を人間はずっと否定してきた。


 否定し、暴いて、我がものとする。なんて強欲で傲慢な生き物なのだろうか。


 そんな人間の性を、()()は愛してやまなかった。




■□■

「被験者ならともかく、私とそんなに年も離れていない貴方が研究者として駆り出されているのはすこし不思議に思うのだわ」

 少し舌足らずな、飴玉を転がしたような甘い少女の声が鼓膜を震わせた。

声の主はカシメ・ベキジョウ。『義体』プロジェクトの被験者だ。

カシメが問いを投げかけた相手――ドクター・鮭は、ヘラリ、と笑って応対する。

「親の七光りってやつでしょうね」

「……親。どんな方なのかしら?」

 ドクター・鮭は軽薄な笑みを崩さないまま、首を傾げた。

そうして目を瞑って、物思いに耽ったあとに「代々研究者の家庭というだけです。それ以上面白いことは何も」と答える。

カシメはきょとんとしてから、そう言うことを聞きたかったわけではないという不満げな顔をした。

しかし、この少年にのらりくらりと自身に深く関することをはぐらかされているのは日常茶飯事であるカシメは、端からまともな答えが返ってくるとは思っていなかった。


 まあいいやとカシメは苦笑いして、本題に移る。

「私たちのことをベースにした新しいプロジェクトが立ち上がったと聞いたの」

「流石カシメさん、耳が早いですね」

「これくらい普通なのだわ。早く話しなさい」

カシメが目を細めて応答を急かすと、ドクター・鮭はもったいぶって焦らすようにコーヒーを一口飲んでから「はいはい」と言った。


「カシメさんが聞いたのは『葬式』という人型兵器の開発プロジェクトです」

「不吉というか、物騒な名前ね」

「それは開発者の悪趣味と言いますか。アハハ」

 ドクター・鮭が頬を掻きながら苦笑する。

それに対して、カシメは「そう」と言って続きを促した。


「完全な人型機械は技術的に難しい、と言ってなかったかしら? まだ機械で人間を創造するは至らないって嘆いていたの、聞いていたのだわ」


 彼は首を傾げてから、ああ、と何のことか思い至ったようだった。

「それは人工の魂の創造が上手くいかないという話ですね」

「魂……」

「まあ新規で魂を創造できなくても、いくらでもやりようはありますから」


 歌でも口遊むような軽い調子でドクター・鮭が言葉を紡ぐ。

カシメは研究者の人間への冒涜は今に始まったことではないと、逸る心臓を落ち着ける。


「具体的には?」

「死者の魂を複製して機械に転写する、とかですかねえ」

「……な、なんですって」


 聞かなければよかったかもしれない。カシメは若干後悔していた。

カシメはドクター・鮭が悪びれもせず、耳を疑うようなことを言ってのける人間だとは薄々わかっていたものの、ここまでとは思っていなかった。


 カシメは『義体』プロジェクトの被験者の中でも、最高傑作である。

『義体』プロジェクトの被験者はそのプロジェクトの性質故、失ったものが多いほど重宝される。カシメは四肢のすべてを失っていたが故に、大成した。

しかし、いくら戦争で活躍したところで、いくら人殺しの技術を磨いたところで、研究者に逆らえばエンターキーひとつで義体である四肢がもげてたちまち無力になってしまう。

だから従順になるしかなかった。

けれどここで見限ってしまいたいぐらいの衝動に襲われた――が。

パチン、思考回路が閉じる。




 意識を失って机に倒れこむカシメを、ドクター・鮭は傍目で見ていた。

外部から意識操作と記憶処理をされたらしい。

義体相手に喋りすぎたか、とドクター・鮭は目を細める。

『義体』プロジェクトに限らず、何らかのプロジェクト被験者は少なからず脳をいじられており、こういった風に意識操作や記憶処理ができるようになっている。

つくづく便利な話だと思う。情報統制をするならまず内側から、だ。



 ちなみに、『葬式』プロジェクトについて、さっき語ったのは真実のひとかけらほどである。

『葬式』プロジェクトは、戦争によって破壊された世界を弔うためのプロジェクトだ。


第一段階は戦争の終結のために、死者の魂を再利用した強力な兵器の開発。

第二段階は戦争終結後のために、残った兵器を破壊しつくす自浄自壊兵器の開発。

第三段階は荒廃した世界のために、全人類の魂を『箱舟』と呼ばれる機械に回収。

最終段階は魂回収後に世界を浄化し、浄化された世界に『箱舟』から魂を解放する。


 プロジェクトの全容はこんなもの。

途方もない話だが、政府はある研究の成功によって、このプロジェクトを本気で立ち上げた。

プロジェクトの発端となった、件の研究が『魂の複製』に関するものである。

また、魂の複製理論を打ち立てた研究者はその絶大な影響力故に、個人を特定できないようにされた。

今ではあらゆる文献から名前を抹消され、顔のない誰かということになっている。


 とにもかくにも、ある研究者が今までブラックボックスだとされた魂を証明してしまった。

その研究は民衆の混乱を防ぐために、国家機密ということになっており、『葬式』プロジェクトにかかわる人員のごく一部と政府の上層部しか知らない話である。

魂が本当に複製できるのか、という疑問は兵器に死者の魂を複製したことによって解消された。

 兵器に魂を複製したのは、ある研究者の、ほんの遊び心と意趣返しだった。

だが、それを知る由もない政府の上層部はいたくその兵器を気に入り、魂の複製技術安定のために量産することとした。



 ――それが後に、『葬式』と呼ばれる兵器である。




 現在、死者の魂を再利用した計画の第一段階を実行中で、『葬式』の器を生産している。

魂を実装したために感情によって出力が左右されてしまい、性能が不安定になる点もあり、調整中だ。

おそらくだが『葬式』には出力を支えるための生きている人間のパートナー、いや絶対命令権を持つ使役者(マスター)が必要になるだろう。

それによって絶大な戦力を個人に渡すことになるが、そこは軍部の手腕の見せ所だろう。

いかに使役者の精神を支配し、意思の操作をするか。反逆という意思を奪い、洗脳紛いのことを教え込むのは彼らの得意分野だから、ドクター・鮭はそこら辺の心配はしていない。


 が、どの事象にも例外というものは存在する。

その例外をどこまでコントロールできるかは彼らには期待していないし、任せるつもりもない。


 それに誰かに予想がつく展開なんて面白くない、とドクター・鮭は考える。

例外を抑え予測するような研究者である前に、自分は一人の快楽主義者である。

いくら研究の成果をなかったことにされたって、端から名声には興味がないからいいのだ。


 だが、あんまりにも長い退屈には耐えられない。

いや、耐えたくないと言った方が正しいか。


「さて、これからどんな景色が見られるでしょうか」


 この世界は運命の下にあるものなのかもしれないけれど、と、魂を捉えた研究者は楽しげに笑う。

そうしていずれ彼は運命すら手中に収めようとするのだろう。

 すべては運命の御心のままに。

そう言って、運命なんて筋書きがなかったらいいのにと、誰よりも願っている。


 研究を進めた先にあるのは世界の救済。

世界の救済なんて響きに微塵もそそられないが、手を伸ばしてできるのならやってやる。

星を掴むような途方もない話でも、積み上げた叡智に幻想は屈するから。


「ああ、楽しみですねえ!」


 そうして。

ドクター・鮭――顔を、名前を奪われた研究者は、誰よりも楽しげに笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ