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リビングデッド・ノクターン(2)

 それからの日々というものは地獄だった。

一次生産の『葬式』に選ばれなかった兵士たちは、選ばれたマスターたちからは「落ちこぼれ」と揶揄され、コケにされた。


『葬式』の持つ力は素晴らしかった。

彼らは戦場が更地になるほどの威力を持っていた。

今まで地道な命のやりとりをしていた頃が恋しくなるくらいには『葬式』の戦った後は惨状であった。

まさに一騎当千の力を手にしたマスターたちは、過酷な戦場で無事に頭のイカれた兵士になった。



 あの命のやりとりをどこか毛嫌いしていたフィンだって、今や立派に空軍で敵に猛威を振るっている『絞葬』のマスターである。

『葬式』を連れて戦場に初めて赴いた時の手紙の文字は震えていたくせに、今じゃ涙の痕や一切の動揺が文字に滲まないどころか、少し驕ったような文章を書いていた。

誰も彼もが正気ではなくなってしまった。

そんな戦場では命の価値はゴミクズ同然だった。


 選ばれなかったことに対して、劣等感を持たないわけではない。

だがしかし、選ばれなかったことよりも重大な感情を『葬式』やそのマスターに抱いてしまったのだ。


「あいつら……」

 マスターに対しては軽蔑。

『葬式』に対しては憐憫。

あろうことか少女型や女性型の『葬式』に自らの醜い欲望をぶつける輩が横行していた。

マスター権を持つ、自分は選ばれたという自負がそうさせるのだろうか。

より多くの人間を殺すために兵器を産むくせに、人間と同じ姿なんてとるから。

まだ一次生産ということもあり、出力の不安定も相まって。

自己顕示欲で歪んだマスターは上手くいかないと、『葬式』に罰を与えた。

なまじ人格があるが故に、兵器を身近に感じてしまったのだろうか。

おかしくなった連中は、侮蔑に値する行為をして『葬式』を精神的に支配しようとし始めた。


 『葬式』は死者の人格の再利用。

死してもなお眠ることのできなかった魂を。

これ以上傷つけて欲しくない。

 それでも、逆らうことができなかった。止めることができなかった。見て見ぬふりしかできない。己を恥じた。己の浅ましさを恨んだ。己にもっと力があれば。


 嘆くことしかできなかった。


 ああ、臆病でなければもっとできたこともあったろうに。

ぐ、と歯を食いしばる。悔しかった。受け入れられなかった。

何もできない、そんな自分が嫌いだった。


「……っ」

 生きることは呪いのようなものだと思う。祝福すら誰かの呪いだ。

まとわりついて離れない、生存本能がなければ人類はとっくに生きることを放棄している。

ただ同時に、祈りのようなものだとも思う。呪いだって誰かの願い、祈りだ。

矛盾していることはわかっている。

けれど、矛盾すら許容しなければこの世界では生きていけない。


 ――自分が生きるために、誰かを殺す戦争がはびこる世界なんて。


 ふと、エヴァンは物陰で座り込む人影を発見した。

周囲を見渡して、誰もいないことを確認してから人影に近づく。

「……おい、大丈夫か」

がさり、と慌てて姿勢を崩して後退する人影は、バレリーナのように着飾った女性だった。

おそらく、誰かの『葬式』だろう。

こんな誰も来ないような物置に、どうして。


「ご、ごめんなさい!」

 怯えたような瞳がこちらを捉える。パチリ、と目があった。


 そうか、隠れていたのかと思い至るまで数秒。


「……誰にも言わないで」

 バツが悪そうに『葬式』が目を逸らす。

思わず苦笑いが出た。とっさに正体を確認せず謝るほど精神が衰弱しているようだ。

「言わないよ、別に」


 そっと隣に座る。

座った俺を見て、『葬式』はほっと胸をなでおろした。

そうして、こちらを恐る恐る伺ってくる。

「ありがとう。ええっと……。ボクは『偽葬』、あんまり好きじゃないからキャロルと呼んでくれ。キミの名前は?」

『偽葬』ことキャロルがぎこちない笑みを浮かべて名前を聞いた。

思わず毒気を抜かれるほど、その笑みはへたくそだった。


「礼はいらない。……俺の名前は、エヴァンだ」


「エヴァン? あのエヴァン・ロイスランドかい」

「は?」

 何でこいつは俺のフルネームを知っているのだ。

というか、そんなに悪名高いのか俺は?

脳内で少し混乱するが、どうせマスター共の話に出てきたのを聞きかじっただけだろう。

そう、そんなに目立った動きはしていないはずだ。


 エヴァンが戸惑っているとキャロルがニマリ、と笑う。

「『葬式』たちの間で有名だよ。キミはボクらに優しく接してくれるって」

「……、そっち?」

「そっちって、どっちさ」

「てっきりマスターたちの方の噂かと……」

ああ、とキャロルが苦々しい顔をした。

よほどマスターたちにいい思い出がないのだろうか。


 にしても、『葬式』たちにもコミュニケーションネットワークがあることを初めて知った。

そんなネットワークがあるくせに、自助作用というか他を助ける機能は存在しないのか。

それとも、元々誰かを助けるように設定されていないのか。

それか、反乱分子を排除するために『葬式』同士で協力する機能が意図的に失われているのか。


 そんな考えに至ったエヴァンは絶句する。

隣人愛を持たないように、あらかじめ設定されているなんて。

兵器であっても人格を入れて、いるのに。

何だ、それは。

込み上がってくる怒りに思わず背筋が震えた。

怒りを抑え込む。すう、と息を吸った。

これ以上、考えるのはよそう。


「エヴァンはボクらのために怒ってくれるね」

 答えない。肯定したら、ダメな気がする。これは悪魔の問いだ。

首を振らず、沈黙を保つ。

誰かのために怒ることは、偽善に近い。

相手が望んでいなくても、望んでいても。


「そんなキミなら話してもいいか」

 キャロル、やめてくれ。そんな言葉は出なかった。

俺はキャロルが思っているほど優しくはない。

こんなのはただの感情の発露だ。

聞きたくない。さらに『葬式』に対しての憐憫が大きくなってしまうから。

感情の天秤が傾いてしまう。

そんなぐらつくような予感を覚えながらキャロルを見た。

残念ながら、伝わらなかったわけだが。


「……運命なんていらなかった。ボクらは『最も力を引き出せる』ものを、データベースを参照にして選ばされただけだ。そんなのが運命であるものか」

「――は」

「キミは知っているかもしれないけれど。ボクらは人格を持っている。その人格を無視した決断をさせるんだよ、この機械の身体は。酷い話だと思わないかい? 人格を搭載したくせに、それを無視するようなことをするなんてさ。まるで、兵器に人間ごっこをさせているみたいだ」


 そんなことを、考えられるのか。

惨たらしい仕打ちだ。

美しく整えられた人形のような容姿を持つ兵器に入れられた死者の人格。

兵器であるがゆえに、合理的な判断を下さざるを得ないから、人格は最初から考慮の対象ではない。

おかしいだろ。開発者はなんでそんな酷いことができるのか。

人間はいつからそこまで残酷になってしまったんだ。

戦争が、戦争もどうかとは思うが、こんなおかしな行為に手を染めさせたのか。


 思わず、鋭く息が漏れた。

キャロルはそれに一瞬驚いた後、目を細めた。それは期待通りの反応だったらしい。

「……じゃあね、エヴァン。もう行かなくちゃ」

「ま、」 

「待たないよ。ボクのタイムリミットだ」

キャロルは振り向かずに物置の扉を開けて去って行く。


 嵐のような女だ。

こっちの気持ちをかき乱すだけかき乱していって、荒らしていく。

そう思いながら、エヴァンは少々脱力する。


 彼女がどんな状況に置かれているかはわからない。

が、残念なことに俺には知る術がある。


 厄介なことになった、そのような予感がひしひしとしていた。




■□■

 ……そう、本当に運命なんていらなかったのだ。


 いらなかったはずだった、数日前までは。

あろうことか、ボクの心に希望がさしてしまった。

数日前のエヴァン・ロイスランドとのやりとりによって。

今までは誰にも吐露できない思いを抱えて、辛い現実に耐えていた。

話を聞いてくれる人がいるなんて、なんて素晴らしいことなのだろう。

エヴァンは優しい。エヴァンはボクらのために怒ってくれる。


 それに比べて、ボクのマスターのなんと人の心がないことか。

上手くいかないと癇癪をおこして怒鳴る、殴る、蹴る、の三拍子。

自己顕示欲以外に興味がないのか、憂さ晴らしにボクを虐めてくる。なんて横暴。

こちらは兵器であるのにも関わらず、逆らえないからって無茶苦茶してくるのだ。

本当になんて奴だ、と嘆きたくなる。

今時の兵器は繊細なのに、あれじゃ他の兵器を使ったら暴発して終わりだ。


 不平不満を抑えて、戦場から『ノアの箱舟』に帰還した。

ボクは支援機であるのにも関わらず、今日も手柄を立てたいマスターによって前線に出されてしまった。ボクの説明を聞いてなかったりするのかな。

「ただいま、マスター」

マスターはギロリと鋭い瞳でボクのことを睨む。


 また大して戦果をあげられなかったことを怒っているみたいだ。

仕方がないだろう、情報戦や攪拌がボクの役割なのだから。


 マスターはある日を境に変わってしまった。

ボクらはそれまで裏方に徹し、情報戦に重きを置いていたのだが、いつの間にかマスターは武勇を欲しがった。

たしか、空軍に届け物をした際に『絞葬』の戦いを見た時だろうか。

憧れてしまったのだと思う。武勲を立ててどんどん出世していく仲間を見て。


 殴る蹴るなどの暴行をひとしきりした後、マスターは下卑た笑みを浮かべた。

あ、これは。なんかヤバい気がするぞ。

「兵器に欲情する奴の気が知れないと思っていたが、まあ、アリだな」

さっ、と血の気が引くような思いがする。血なんて通ってないけれど。

マズいことになった。そういったことは、絶対にしたくないのに。


「命令を下す――動くな」


 は。なんだそれは。

ボクは兵器だぞ。そんな娼婦みたいな真似するわけがないだろう。


「……いやだッ、たすけて!」

 とっさに出来る限り大きな声を出す。そうしてから、しまったと思い直す。

マスターの機嫌がどんどん目に見えて悪くなっていくし、この時間帯、ほとんどの人々は食堂に行っていて、このエリアには人がいない。


「ハ、生娘みたいな声を出すな」


 終わった。自滅機能があれば良いのに、と内心で悔しがった。

いやなのに、いやなのに身体が動かない。


 ああ、ボクら『葬式』はただの道具なのか?

じゃあなんで、こんな、心を実装したんだよ。おかしいだろ。


 目を閉じることさえも許されず、マスターがボクに手を伸ばしてくるのをただじっと見つめていることだけしかできない。

なんで。

なんで!


 不意にガキリ、という音がして扉の隙間からバールがねじ込まれる。

嘘だろ、ここは薄いとはいえ鉄の扉だぞ。

てこの原理の要領で、扉を開けた犯人はエヴァンだった。


 え?


「助けが聞こえたものでな、急患か?」

 マスターが固まる、ボクは身体が動かないので時間が制止したみたいだった。

静止画みたいな時が流れるような部屋で、エヴァンはずかずかと中に入ってくる。

「テメェ、なにを……⁉」

「なんだ、違うようだ。それは失敬」

やれやれと言ったようにエヴァンが肩をすくめる。演技派だな。

唖然としながらマスターが怒りだす。混乱により強制命令の効力が切れたようでそっと気づかれないようボクは後ろ手にハンドサインを出した。


「――で、何をしていた?」

「それ、は」

「まあ、大方予想はつくけれど。発情期?」

 その言葉を聞くや否や、言語を為していないような言葉でマスターがエヴァンを罵り、捲し立てた。

殴りかかろうとするマスターのこぶしをひらりと片手で受け止めてエヴァンは、ミシリ、と腕を強く握る。

いきなり勢いを殺されたマスターは無様にもバランスを失ってもつれ込んだ。


「……フフ」

 ボクは思わず笑いを抑えきれなかった。今後の関係に裂傷を入れようとしたのはそっちが先だし、あんまり悪い行為でもないと思ったから。

「『偽葬』……ッ!」

憎しみを込めた瞳でマスターがこちらを見る。

大方、何笑っているんだとか、バカにするなとかそう言った類の目線だろう。

ボクのこと散々バカにしておいて、それは都合のいい話だと思わないのかな。

どさり、とマスターが倒れこむ音がする。

それを合図にボクはエヴァンの手を引いて部屋から逃げ出した。

これはもしや逃避行というものでは?

面白い、『葬式』には単語データしかないと思っていた体験だ!

後のことなんて知ったものか。


 ボクはそう思ってマスターが命令権を使う前に、誰の目も届かないところまで一直線に逃げた。




「おい」

 ぜえ、とエヴァンが荒い呼吸をする。少々ハードワークだったかもしれないね。

「なんだい?」

「なん、で俺まで……」

ここまで来ておいて、他人面をしたがるなんて面白い人間だ。

クスクスと笑うボクにエヴァンは「あのなあ」とため息をついた。


「ボク、キミのことが好きだ。エヴァン、助けてくれてありがとう」

 ボクはそう言って、エヴァンの頬に唇を当てる。

好意を寄せている人にはこうすると、データを閲覧した時にインストールした。

目を白黒させて頬を染めているエヴァンを見て、ボクはニコニコと微笑む。

「おまえ……、何か変な知識を」

「変じゃないさ! 人間同士の求愛行動トップ十を元にしただけだよ」

「だからそれを変なものって言うんだ、分かるかキャロル」

照れ隠しなのか、早口になるエヴァンのなんと愛らしいことか。


 これが恋というものなのだろう。なんてことだ。

ボクは、兵器であるボクは、まさに今、『恋』という感情を獲得した!

あり得ざることだと思っていた、なんて心地が良い感情だろう。

歓喜に酔いしれる。

ボクは鋼鉄の機械で出来た身体でもなお、こんなにも素敵な恋ができるのだ。



 素晴らしい。素晴らしいよ、エヴァン!



「ボクにこんな感情を教えてくれるなんて。エヴァン、キミはやはりボクら『葬式』の運命の人だ! うれしい、うれしいよ、本当さ。わかってくれ、もうキミ無しでは生きてはいけない。ボクはエヴァンと一緒じゃないと生きることができない!」


 愛しいエヴァンが目を見開く。ボクはどうもしないよ。こんなことは元からさ。


「ぐ……ッ」

 エヴァンはとっさに回避しようとするが、そこは兵器と人間の力量差がある。

()()()()()()()()()()()()()()()()

痛いよね、ごめんね。今すぐこんなことはもうやめるから。


 最期に、傷だけつけさせて。

ボクという傷を、エヴァンは背負って生きて行ってくれ。


「そう、そうだ。本当にその通りだと思う。だから、ボクは今から恋の証明をする」


 ボクら『葬式』はいずれ壊れる運命にある。

だから悲しまないで。


 ……やっぱり嘘、ボクが壊れて死んでしまったらキミにだけは悲しんでほしい。


「『偽葬』――世界は影法師、それらすべては偽りの虚飾に過ぎない。真実はあやふや、仮面の下に隠せばすべてはなかったことに!」


 頭の中にある「エヴァン・ロイスランドを殺せ」という命令を書き換える。



『偽葬』、その名の通りすべてに嘘をつく能力。

ボクの必殺技は代償として身体の一部を破壊すると共に、真実を偽りに変える。




 そう、最高にくだらない能力だろ。ねえ、エヴァン?





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