4,新しい場所
何言ってんだこいつ。
目の前にいる男が何を言っているのか理解出来ずに、俺は水菜を庇うように立つ。
「皆がそうしているから自分たちが善だと思い、悪に染まっていくことが普通なら、俺は普通じゃなくて結構だ。」
俺が冷たくそう言い放つと、男は俺の目の前に立ち、笑った。
「…気に入った。私についておいで。その妹を守れるように、強くしてあげる。」
男はそう言うと、口に綺麗な弧を描いて笑った。
男はフッと笑って走り出す。俺は水菜をおぶって男に着いて走る。
二十分くらいだろうか。走り続けると、山奥に大きな家が見えてきた。
「ついたよ。ここが私の家だ。」
そう言いながら男は玄関の扉を開ける。…うわ、すっごい広い。
寝ている水菜を起こさないように静かに歩く。
「師範!おかえり!!」
…が、この声によって俺の努力は水の泡。水菜は起きてしまった。
俺は部屋から出てきた男の所に早足で近寄る。
「ん?師範、こいつ誰っす…」
「お前のせいで水菜が起きちゃったじゃねーかどうしてくれるんだよ。」
「師範!なんでこんな所に典型的なシスコンがいるんすか?!」
俺は男に普通に質問しただけなのに怖がられてしまった。そんなに怖いか…?
俺は自分の頬を抓りながら水菜を見る。水菜は二パッと笑ってくれた。はい、かわいい。
俺にはこんな笑顔はできない。
そんなことを考えていると、パンパン、と手を叩く音が部屋に響いた。
「はいはい、まずは自己紹介。私は彗銀だよ。よろしくね。」
突然始まった自己紹介に、俺は少し戸惑いつつも自分の名前を言う。
「水月です。」
「水月の妹の、水菜です!」
俺に続いて、水菜もそう自己紹介をする。また、それに続くようにさっきの男は手を上げる。
「俺は奏多!よろしくな!!」
…なんかうるさいヤツだ。関わりたくない。
奏多と名乗った男は俺に近づいてから、手を握ってきた。
…敵か?急に近づいてきた…。
そう思っていると、彗銀は奏多の首根っこを掴んで俺から引き離す。正直助かった。
「水月。今日からここで鍛えるんだ。私が師範だよ。一応奏多は君の兄弟子。」
「え!お前弟弟子か?!やった!俺欲しかったんだよ〜!!」
こんなのが兄弟子なのか。そう思いながらも首を縦に頷く。
部屋に案内されて、俺と水菜は別れた。
もちろん、水菜の部屋まで水菜を送り届けてから。
「それにしても、水月の水菜への愛は尋常じゃないね。」
「…水菜は、俺のたった一人の家族だ。俺が守るって決めてるんだよ。」
俺がそう言うと、彗銀はクスクスと笑って口を開く。
「水菜はヴァンパイアだよ?水月よりもよっぽど強い。」
「……いや、弱いんだ。辛い時、辛いって言えない。助けてって言えない。寂しいって言えない。笑って、大丈夫って言ってしまう。……目に見えているものだけが全てじゃない。強そうに見えて弱かったり、弱そうに見えて強かったり。皆、必死に隠して生きているんだ。」
俺がそう言うと、彗銀は黙りこくってしまった。そしてそのまま考える素振りをみせる。
「水月、君は本当におもしろいね。」
意味がわからない。…でもまぁ、言いたいことは伝わったみたいだから、それはよかった…気がする。
自分の部屋に案内され中に入ってみると、見たことないくらい豪華な部屋が広がっていた。
…こんな部屋、住んだことないぞ。ありがたく使わせてもらおう。
「ありがとうございます。」
「じゃあ、また明日。明日から鍛錬はじめるからゆっくり休むんだよ。」
そう言う彗銀にもう一度礼を言うと、彗銀は微笑みながら部屋の扉を閉めた。