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Track 7. 夢に踊る

「僕はハミルコーポレーションの跡継ぎだ。男手一つで育ててくれた父さんを一人にはできない。だから3000億円を稼ぐアイドルにはなれないけど、それ以上の逸材なら心当たりがあるよ」




 百合子(ゆりこ)がルーナ・()・ハミルと交わした契約書には、他のタレントと交わす書式とは違う一文が添えられていた。




 ――契約期間一年。以後、更新されることはない。




 百合子と出会った運命の日、十八歳の誕生日を迎える年に父親の元へ戻ることを約束し、ルナールは日本へ降り立ったのだ。


 何かの奇跡が起きて彼が芸能活動を続ける未来を密かに望んだ百合子だったが、結果は覆されることなく、時が来たルナールは一夜の幻のようにアメリカへ発った。

 彼が成し遂げた功績に全く見合わないほど静かにな旅立ちの場に、類人(るいと)の姿はなかった。不用意に触れたら粉々に割れてしまいそうなほど脆く美しいガラス細工のようだったシンメトリーは、最後まで決定的な言葉を交わすことができなかったらしい。「関係がシンメから推しとファンに戻るだけ」とルナールは言ったが、類人はデビューしてからグループのセンターになったので、彼のシンメは一人だけだ。これからも、ずっと。


 百合子は空港で送り出したルナールと満月の夜に月へと帰ったかぐや姫を重ね合わせた。ついつい十二単を纏う美少年を想像した彼女はおかしくなって、ビジネスクラスの広々とした席でクツクツと一人笑う。


 通路を挟んで反対側の席から「どうしたんですか」と問いかける類人に「身長190センチのかぐや姫を思い出してしまった」と笑いながら答える。彼はデビューした十年前より大人びた顔で少しだけ哀愁を含みながら「そうですか」と微笑んだ。


 日本のエンタメを牽引し続けたORION(オリオン)が次の時代への導き星と明示してSIRIUS(シリウス)の名を授けたのは、経験を積んだ実力派のタレントで構成した新ユニット。

 世界的なアイドルグループに成長した彼らの活躍により、流入音楽に淘汰されつつあったJ-POPの評価は改めて見直された。海外の音楽チャートにもランクインするようになり、今では世界中で日本の音楽が聴かれている。


 世界のポップアイコンとなったSIRIUS(シリウス)の中心メンバーに、類人の名前があった。 

 何者にも成りきれず星屑のような十代を過ごした青年が、一人の少年と運命的な出会いをして一等星の輝きを育み、世界へ歌声を届け続けている。

 誰も予想だにしていなかった未来を、二人が手繰り寄せたのだ。


「全部あいつのおかげなんです」と類人はいつも語る。だが百合子の見解は違った。

 神様は平等ではない。人一倍努力をしている者の前にしか、御使いは舞い降りない。

 だからこの奇跡は類人自身が招いた幸福に他ならないのだ。もっと胸を張って然るべきだろう。



 一過性の消耗品や流行の類似品ではなく、一人の人生を通して夢や希望を紡いで輝く日本の『アイドル』というエンターテイナーを、百合子は誇りに思っている。


 夢に踊る彼らが描く物語は努力が呼び寄せた奇跡の連続で、だからこそ多くの人を魅了して止まないほど、儚く美しい。



「百合子社長、あと一時間ほどでロサンゼルスに到着します。そこから二時間半の休憩後、ラスベガス行きのプライベートジェットに乗り換える予定です」

「わかったわ、ありがとう」


 多嘉司(たかし)の案内に耳を傾け、窓の外に広がる雲海に目を馳せる。

 日本のエンタメを世界へ。その想いでずっと走り続けてきた。


 三日後、奇跡の幕が上がる。百合子がずっと夢に見ていたステージの幕が。

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