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  作者: 木野恵
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夢と物語と花束と

 あれからというもの、三人の支え合いは強くなった。

 喧嘩もするし、仲裁もする。もちろん、三人で乱雑に言い合って喧嘩したりもした。しばらくずっと口を利かない日だってあったけれど、最後には仲直りができた。お互い疲れて、降参して、それがなんだか面白くて笑い合えた。ずーっと腹を立てているのは疲れてしまうからね。ムキになっても良いことはないんだよ。

 喧嘩をすると、お互いの譲れないものがわかる。わかったときには感情的で、考える余裕も、譲歩しようという心も、ほとんど持ち合わせていなかったけれど、しばらくして落ち着くことができれば、ぶつからないように、どうすればいいか考えられた。譲れないからこそ喧嘩が起きて、普段言い合わない本音が出て、相手のことを、より深く知るきっかけになった。そうすると、ちょっとだけ距離が縮められたように思えた。

 そんなある日、ソーンとリーヴルは夢を見た。

 各地で大蛇が出没していた。主に水辺に生息するので、近寄るのは危険だとされていた。

 地方の自然が多い場所だと、大蛇の数が桁外れ。水辺そのものが大量にあるだけでなく、山に面していたり、木の枝が伸びているところにも大蛇が忍び寄ってきていた。いたるところが危険地帯だった。

 水面が揺れないように水辺を渡り歩く。少しでも揺れると大蛇が飛びかかってくるのだ。

 アナコンダよりもっとでかい蛇。体はどす黒くて、見るだけで体が竦んでしまった。

 川の中でうねうねと体をくねらせ、水面から姿を出している様は、見ているだけで嫌悪感と、心臓を掴まれているような緊張感を全身に走らせる。

 水に爪先がつかえそうになってしまうと、すぐさま大蛇の頭がこちらへ伸びてくる。一瞬だ。木の枝に触れそうになると、蛇が食いついてこようとする。

 二人とも、細かいところが少し違っていたが、蛇の出る、とてもとても怖い夢を見ていた。

 しかし、レーヴはこれを食べなかった。どれだけ怖くても、どれだけ嫌な夢でも、それはとても優しかったから。

 そっちへ行ってはいけません。そっちへ進んではいけません。

 いつでも見守る夢の精、ふらりと出かける夢の精、たまに悪戯をする夢の精、時に厳しい夢の精。

 今日は夢の一大事。二人に危険が迫っている。

 できる限りおぞましく、できる限り恐ろしく、二人に危険を知らせましょう。

 今日は蛇になって登場です。二人の怖がるでかい蛇。

 体は真っ黒でいきましょう。その方がきっと恐ろしい。

 見え方はできるだけ怖く行こう。その方がきっと嫌がられる。

 場所はどんな場所にしよう。

 一見綺麗な水辺だけれど、踏めば抜け出せない底なし沼。

 一見普通の木の枝だけれど、絡むと解けない地獄の蔓。

 二人が足を踏み入れないよう、二人が絡まれて囚われないよう、一生懸命邪魔をします。

 怖がられても構いません。嫌がられても構いません。

 二人が離れ離れにならないように、ずっと一緒にいられるように、一生懸命怖がられるのです。

「そういえば、結婚する前ってご両親に挨拶へ行くそうだよ。」

 リーヴルは無邪気に笑っていたが、ソーンは暗い顔をした。

「うちの両親はちょっと…。性別のこととか、いろいろうるさいし。」

 レーヴは妙に納得した。ああ、だから夢の中で性別にこだわった内容がチラホラ見られたのか。

「嫌なら無理にとは言わないけれど。じゃあ、うちへ一緒においでよ!手紙にお嫁さん連れて行きますって書いて送っとくよ。」

 ソーンは嬉しそうに返事をしたが、ちょっとだけ浮かない顔だった。

「嫌な夢を見たから、良くないことが起きそうで。ご両親が良い人なのはわかるよ。でも、なにかそれと違うような。」

 リーヴルはにっこりと笑った。

「私も嫌な夢を見たの。どういう意味かわからなかったけど、ソーンのこと信じる。今までもこれからも、ずっとそうだよ。多分、パパとママのところへ行く途中か、診療所で何かあるかだと思う。」

「じゃあ、挨拶は違う機会にしようか。」

 三人は知ることはなかったが、診療所には妙な男が出入りしていた。人を探しているらしい。尋ねている特徴がリーヴルと同じだ。

 夫妻は知らないフリをしてやりすごし、届いた手紙が見つからないよう、隠しながら返事を書いた。怪しい男がいなくなったという手紙を書くまで戻ってきてはいけないと。

 こうして、夢を信じたおかげで、二人は危ない目に遭わずにすむことができました。夢の精は大喜び。

 気のせいにして、そのまま向かっていたら、もう一緒にはいられなかったでしょう。

 何を隠そう、怪しい男はリーヴルの実の親で、娘たちを売り払ってお金にしていたのです。

 最初は髪の毛を、伸びるまで待ちきれないので、次は歯を。

 そうやって、どんどんどんどん、とられていってしまうので、リーヴルは命からがら逃げ出して、レーヴに拾ってもらうことができたのです。

 買い取った人たちは手にした後でそれを知ります。怯えていた人は何も悪くありません。何も。きっと、とても優しかったから怯えたのです。優しく思い出させたのです。

 二人の結婚式が近づいてきた頃、レーヴはようやく人の姿をとることができた。

「どう?」

 二人は驚いた顔をした後、温かく笑ってくれた。

「おじさんにならなかったの?」

 二人から声を揃えて指摘された。

 わかってたけど!声を揃えて言われるなんて誰がわかっただろうか。

「本当はおじさんになろうと思ってたんだけど、ちょっと考えがあるんだ。勘違いかもしれないけれど、そのうちおじさんになるから。」

 言っていて、妙にこそばゆかった。「そのうちおじさんになる」なんて言う日がくるとは思いもしなかったのだ。

 姿は臣下ではなく女官に似せてみることにした。似ているけれど、違う人。その方がきっと良いと思ったからだ。

「それじゃ、いってくるね。」

 二人に温かく見守られながら、レーヴは大切なことをしに出掛けた。

 詳しい話を聞いておけばと後悔したが、このあたりには一軒しかなかったので、すぐに見つけることができた。

「…あら、困り事かしら?」

 少し驚いた顔をした後、またいつもの調子で声をかけてくれた。

 良かった、いてくれたんだ。でも、よく気づいたな。

「困り事じゃないよ。大切な話をしにきたんだ。」

 レーヴは逃げ出したくなる気持ちを抑え、まっすぐに向き合った。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、順番に。

「まず、この姿なんだけど…。人の思い出に土足で踏み入る気はないよ。ただ、親しみやすくて、寄り添いやすいと思ったから、あの女官に似せてみた。どうかな?」

 驚いていた。

「悪くないわよ。」

 言ってから、指で毛先を少しいじっている。初めて見せてくれた仕草だった。

「それでね、図書館でリーヴルをからかったとき、ふざけてるんだって、最初は思ったんだ。でも、あれって本当は、男の人がすごく苦手になりすぎてしまってたからなんでしょう?」

 毛先をいじるのをやめた。視線は指先で止まってしまった。

「本当は、女官に姿を似せようと思ってなかったんだ。本当はおっさんになろうとしてたんだ。」

 唐突すぎて吹き出してしまったのを見て、レーヴも笑う。

「おっさん??どうして??どこからでたの?おっさんって。」

 突然過ぎたのか、お腹を抱えて笑いだしてしまっている。

「そうだ、おっさんだ。」

 笑いが落ち着くまで、一緒に笑ってみた。緊張が一気に解けてくれたようだった。

「それでね、男の人が怖いなら、ちょっとずつ、私という、一人の存在に親しみを感じてほしいと思ったんだ。」

 真剣に聞いてくれている。ああ、また少し緊張してきてしまった。

「よく考えたわね。それとも、気づけるようになったのかしら。あなたにはわからないと思っていたわ。」

 ちょっとだけホッとした自分がいた。

「次にね、ソーンとリーヴルのために、自分のために花束をいただきにきました。二人は、もしもそばにいてくれたならすごく嬉しいって言ってくれました。」

 言いながら、緊張した。

「物扱いをするつもりなんて一つもない。っていっても信じられないよね。都合の良い人でもなく、これからは、引っ張ってもらうのでも、後ろから押してもらうのでもなく、隣で一緒に悩んで、一緒に躓いて、手を取り合って、支え合って欲しい。」

 意気地無しでいるのはやめにしないといけなかった。

「今からでも、一緒に歩いてくれますか。」

 ずっと、逃げてきていた。

 ちゃんと、向き合わないといけなかった。

 怖くてまた逃げそうになったけど、それだけは許されない。

 息が苦しかった。手足と口が痺れてきている。小刻みに震えてきている。

 そっと、手をとってくれるのを感じた。その手は、同じように、震えていた。

 四人はこうして幸せに暮らしました。

 時には喧嘩をして、時には一緒に悲しんで、時には笑い合って、支え合って、助け合いながら。

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