9話 「ゴールへ」
「……ん」
パキッパキッ…と、焚き火の音が聞こえる中、虎太郎は薄く目を開けた。
「…ん…?」
「え、虎太郎…?」
虎太郎がぼんやりしていると、視界の端で、シエルがこちらを見た。
目を開けている虎太郎を見て、シエルは涙目になる。
「虎太郎…! 良かった目が覚めたのね…! 本当に良かった…!」
「シエル…俺…んん…?」
虎太郎は、状況が飲み込めず、首を傾げる。
「今、どのくらい元気なんだ?」
シエルと同じく焚き火で暖まっていたゴルドが、虎太郎に質問をする。
「んー…木登り出来るくらいには元気だぞ」
「なら十分だ。 起きたんなら座れ、今の状況を話す」
「お、おう」
虎太郎は、震えながらもなんとか立ち上がり、焚き火の前に座る。
「はい。 山菜だけど、お腹空いてるでしょ?」
シエルに焼いたキノコを渡され、虎太郎は口に運ぶ。
その瞬間、盛大に虎太郎の腹がなった。
「えぇ…?なんで俺こんな腹減ってんだ…? 今ならなんでも食えそう」
「大丈夫よ。 備蓄はいっぱいあるから。 いっぱい焼くから、どんどん食べなさい」
シエルは葉っぱの上に置いてある大量の山菜を次々に木の枝に刺し、焼き始めた。
「なんでこんなに山菜が…? しかも、ここは洞窟か…? マジで理解が追いつかないんだけども…」
虎太郎達が今いる場所は、洞窟の中だったのだ。
外は見えているが、今は夜で暗い。
焚き火の灯りで周りが見えるのは幸いだろう。
「食べながらで良いから聞け。 お前がそんなに腹が減ってるのは、この3日間、お前が何も食べていないからだ」
「え…み、3日…?」
「お前、どこまで覚えてる?」
「えっと…あのイノシシに毒キノコ食わせて…腹貫かれて…そのまま気を失った」
「その後、俺とシエルでお前を治療する為にこの洞窟に運んだ。 シエルに感謝するんだな。 寝る間も惜しんで薬草を探していた」
虎太郎は、バッとシエルを見る。
確かに、最後の記憶にあるシエルとは違い、今のシエルは汚れていた。
風呂に入りたいと嘆いていたのと同一人物だとは思えない。
「薬草…?」
「えぇ、いろいろ種類があって助かったわ。 外では高級な薬草だって、ここではタダで取れちゃうんだもの」
シエルは笑いながら言う。
そして虎太郎は、自分の腹を見る。
そこには、包帯代わりに服が巻かれていた。
そしてその服は、元々ゴルドの物だった。
虎太郎は、2人に対して頭を下げる。
「ありがとう2人とも…! 迷惑をかけた…!」
「本当だ馬鹿が。 弱いくせに無茶してんじゃねぇ」
「まぁ、結果的にあんたのおかげでイノシシが倒せたんだし、結果オーライよ。
この超絶美少女ナースのシエル様に感謝しなさい」
いつも通りの光景に、虎太郎は笑みを浮かべる。
最初は仲良くなれるか不安でしかなかったが、案外上手くやれそうだと思い始めていた。
「…ん? そういやさっき、俺3日何も食ってないって言ったか…?」
虎太郎がそう言った瞬間、ゴルドの顔が真剣な表情になる。
「あぁ」
「ち、ちょっと待てよ…? って事は今日は…」
「5日目の夜だ」
「なっ…!? じ、じゃあ明日狼煙が上がっちまうじゃねぇか…!!」
「あぁ」
「ほ、本当にごめん…! 俺のせいだ…!」
虎太郎は慌てふためく。
自分が無茶をしたせいで、2人の経歴に傷がついてしまうと思ったからだ。
そんな虎太郎の頭を、シエルは優しく撫でる。
「なーに謝ってんのよ。 まだ不合格って決まった訳じゃないでしょうが」
「その通りだ。 明日狼煙を見てからは休憩と寝る時以外立ち止まらずにゴールを目指す。 その為に、この3日間で大量に備蓄を用意しておいたんだ」
「私達があんたが寝てる間になんの会議もしてないと思ってたの? こっちはあんたが6日目に起きる想定だってしてたのよ?
むしろ今起きてくれてありがたいわ」
「ははっ…すげぇ」
「狼煙が上がるのは明日の朝だろう。 だから、朝日が登る前には少しでも中心に近づいておきたい」
ゴルドの言葉に、2人は頷く。
「明日から移動がメインだ。 少しでも寝ておけ」
「じゃあ、見張りは俺がやるよ。 3日も寝てたからな、寝ろって言われても寝れる気しない」
「でしょうね。 じゃあ、お言葉に甘えようかしら。 あー、やっとゆっくり寝れるわ! 」
寝てる間に虎太郎の容態が急変しないよう、シエルとゴルドは常に気を配っていたのだろう。
虎太郎はそんな2人にもう一度お礼を言い、2人が眠るのを待った。
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「よっしゃ行くぞおおおお!!!!」
6日目の朝、まだ朝日が登りきってなく、微妙に明るくなってきた時間帯に、虎太郎達は出発した。
その際、虎太郎が元気よく叫んだ事で、後ろにいたゴルドとシエルは耳を塞いだ。
「うるさいわね…元気すぎでしょあんた…」
「なんで死にかけてた奴が1番元気なんだ…」
虎太郎は3日寝て体力が完全回復した事もあり、元気がありあまっていた。
備蓄していた山菜達は、大きな葉っぱに包み、虎太郎が首に結んで背負っている。
「虎太郎あんた、まだお腹に穴空いてんだから、あまり無茶しちゃダメだからね!」
「分かってる分かってる! 」
「本当に分かってんのかしら…」
元気に前に進む虎太郎を見て、シエルはため息をつく。
「…腹に穴、空いてるんだよな。あいつ」
「…やっぱり異常よね? 治療してたから分かるけど、普通なら即死しててもおかしくない傷だったわ」
「本当に何者なんだあいつ」
「さぁ…? でも、元気なら良いんじゃないかしら」
どんどん前に進む虎太郎を見て、2人は話していた。
1時間程歩いた頃、完全に辺りは明るくなっていた。
「もうそろそろ狼煙が上がる頃だ」
「お! じゃあちょっと見てくる!!」
「え、ちょっと虎太郎!?」
シエルの静止を無視して、虎太郎は近くの木を登り始めた。
ひょいひょいっと登っていき、あっという間に木の天辺にたどり着く。
周りを見渡すと、森というだけあって、やはり木が沢山生えていた。
そして、虎太郎の右奥の方で、細長い赤い煙が上がっていた。
「見えたぞ! 向かい側だ! あっち方向!」
虎太郎は方向を記憶しながら地面に降り、再度2人に伝える。
「よし、ならここからは一直線にゴールを目指す。
昨日のイノシシで分かったが、道中の戦闘は危険すぎる。
だから戦わずに行くぞ」
2人は頷き、ゴールへと歩き出した。
「それにしても向かい側か…運が悪いな」
「なんでだ?」
「俺達が入ってきた場所から見て、左右の入口がゴールならば、無理に中心を通らなくても、回り込んで安全なルートを通れた。
だが向かい側となると、どうしても森の中心を通過するのが必須になる」
「あー…なるほど」
森の中心には強い魔獣が集まるらしい。
昨日のイノシシにすら歯が立たないのに、中心にいる魔獣に叶うはずもない。
これまで以上に気を配らなければいけない。