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自動記述の白い壁  作者: polisha
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幻視者の告白

 だが、俺の幻視は続く。

 何かを幻視する日々は終わらない。これまでもそうだったから。


 思い返せば高校一年の秋、神保町の古書店で手にとったウイリアム・ブレイク。俺はやっと家族以外にも体質を同じくする仲間を見出した気がした。

 ヤツはキテル。コイツはキレテル。フリキレテイル。

 彼には全てがありありと観えている。正常と狂気の間を指す針が完全に狂気の側に振れている。だけど、その自分にしか見えない世界を、言葉を巧みに扱い上手いこと世人に分かるように表現してる。

 魂は無垢でありながら作為的な詩心。 

 その意味で賢いし、ずる賢くもある。それがブレイクについて俺が持った印象。 

 

 愛媛出身の俺は都内の有名私立高校に運良く合格して一人で上京し、飯田橋にある親戚の家に世話になっていた。だが同級生は秀才ばかりで俺とは肌が合わないし、そもそも田舎育ちの俺とは学力自体が全然違った。まあ、俺も松山じゃあ秀才で通ってたんだけど、それは所詮ローカルな話で全国区の実力は持っていなかったことを痛感した。何故俺が合格できたのか不思議でならならなかったが、おそらく視力二・〇の俺には受験の時、隣のヤツの答案がよく見えたためでもあったのだろう。俺が田舎で味わっていた優越感は呆気なく劣等感に変わって、その抉れた自我を外見を着飾ることで埋め合わせようとした。今思うとコンプレックスの補償作用そのまんまで、たまにバイトしては被服に金をかけ自分の存在証明となしていた。ブレイクの詩集を初めてみつけたのも、真面目が服を着たようなむさ苦しい大学生なんかに混じって、学校帰りに制服のまま――自分仕様に手直しし、身体のラインが出るようわざわざタイトに仕上げていた――で神保町をぶらついていた時だった。

 俺が立ち寄ったのは、書籍をジャンル毎に整然と分類し陳列してある店ではなく、路地にあるやたら汚い古本屋だった。ジャンルはおろか本の大小も完全無視し、箱入りの豪華本も文庫本も一緒くたに雑然と本が並べられている中で、何気なく手にとったのがブレイクの詩集だった。ブレイク? 休み? 誰? って感じで埃を払ってからペラペラめくってみたんだが、開いたページが光って見えて、繰る度いろんな光が照射してきた。それもサイケデリックでドギツイ感じで。ブレイク最高。見えているモノ表象している何か感じている心象は同じだ、コイツは仲間だと俺は思った。

 まあ、もちろん心象が同じと言っても、五官で捉えられる世界の背後に、神秘的な天上世界のイデアを幻視するブレイクの芸当は俺には出来ないことはすぐに分かった。

 

 そして大学入試から目を背けるように高校時代は本をよく読んだ。詩だろうが哲学だろうがジャンルなんて関係ない。ただひたすら幻視者を求めて読書に耽った。でも一人で身繕いをしながら本ばかり読んでいたわけじゃないし、読書に没入しちゃって浮世離れした学生生活だったってことはない。「私立の進学校」という最大の付加価値もあってか、他校からのお誘いも多く合コンなんてものもよくやった。派手な都会生活への憧れもあったし。場所は新宿や渋谷のカラオケボックスやカラオケバー。俺の隣に座ることとなった初対面の異性に上目遣いでたずねて見る。


 「見えないものが見えるって、どう思います? 例えば、夜になるといろんな色とか、人影が見えるのって・・・・・・」。


 これ一発で、大抵の子は俺に興味を持つ。高校生ぐらいの年代は、意外とオカルト好きが多いのだ。完璧すぎる俺。しかし完璧に思えたのはここまで。気づくとその子は引いていて、向い側のヤツと楽しげに音楽の趣味についてとか話したりしてる。仕方なく俺は、アルコールが身体に入ると、きまって出てくる三毛猫のシッポを生やした中年オヤジ――無論、俺以外の眼には映らない――と話し込むのだった。

 いっつもそんな感じ。都会育ちの子なら、東洋西洋問わず人類の精神史の底流を脈々と流れ続けるオカルティズムにも多少は理解があるだろうと想像していたが、そんな理解者はひとりもいなかった。自分で思うに俺は会話はウイットに富んでいるしスタイルだって悪くない。顔立ちも一重瞼が重そうなところを除けば、整った方だ。むしろ目元は涼しげでかなりイケてる方だったと思う。

 しかし俺に楽しいスクールライフを送ることを許さなかったのは、俺自身の体質のせいだ。一歩間違えば隔離病棟行きの精神構造故に、俺にステディな存在が出来た試しはない。

 トラウマって言葉は好きじゃないし使いたくも無いし、もとよりアダルトチルドレンでもないのだけれど、失敗続きの合コンのことを引き摺ってか、大学時代も社会人になってからも異性と付き合ったことはない。

 いきなり幻視について告白するような愚かな行為は慎むようにはなったが、深く話すとどうしても俺の特異体質について触れざるを得なくなってしまうから、必然的に人を遠ざけ特に異性を避けるようになってしまった。

 この性的に堕落した時代にあっても生まれたままの「処女性」を有している稀有な存在だと自らを慰めているのが実情でもある。

 だから、他者――人じゃないかもしれないが――と深く関わりあえた、あの娘とのことは、余計に俺の中に残るんだろう。


 「人に何かしてあげたい」、なんてやさしい気持ちを抱いたこと、これまであったかしら。

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