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桜の花弁、舞い落ちる。  作者: 藤倉スバル
3/4

悲しくて、切なくて。愛おしくて。

 その日は授業も頭に入ってこなくて、ぼんやりと中身のない一日を過ごした。帰ってからも予習復習をする気になんて慣れないから、今日は帰ったら明日の朝までゆっくりと眠ることにしたいと思う。

 桜並木。この桜並木は散ることを知らない。でも去年の今頃は深い緑に包まれていたような気がするのだが。

 冷たい風が吹いたと思うと、後ろには桜羽が立っていた。何処か哀愁漂う瞳をこちらに向けながら。

「桜羽、どうしたの……?」

「舞桜ちゃん、僕は今日、君に謝らなければならないことがある」

 深刻な顔でそう告げられ、私はたじろいだ。

 深刻な顔の中の、哀愁漂う瞳。そこには、涙が浮かんでいる。その涙は桜を反射して宝石の様に綺麗に輝いていたものの、今にも壊れてしまいそうな、そんな気がしてならなかったのだ。

「いいよ。大丈夫だよ。私はどんな桜羽でも受け入れるよ」

 私のこの言葉は、一時の慰めとかではなく、ただ切実な本心だった。

 ここで初めて、心地よく心臓がキュン、と縮んだ。少しの痛みと苦しみを伴うものの、心地よくて、幸せで、涙が出そうだった。

 初恋。それを悟った瞬間、私は買われた気がする。

 叶うのか分からないこの気持ちに私は一瞬で囚われてしまった。目の前にいる桜羽への愛しさが止まらない。

「僕は——」

 そこで一旦言葉を切った桜羽。固唾をのんで、それを見守る。

「……もう二度と舞桜ちゃんに逢えないんだ」


 一瞬、理解が追い付かなかった。

 目の前では泣きじゃくる桜羽。それにつられて私も泣き出す。

「何で? 何で……」

 私は泣きながら、ひたすらに問い続けた。

 やっと、「好き」という感情を芽生えさせることができたというのに。それを向ける、桜羽ともう逢えないだなんて。


「僕は、死んでいる。地縛霊なんだ。ずっとずっと、ここにいた。でももう、死後千年が経ったから、生まれ変わらなくてはいけない。ごめんね、ごめんね……」


 そんなこともう、驚かなかった。

 今はひたすら、桜羽をずっと視界に入れていたい。ずっとここにいてほしい。また桜が怖くなってしまう。生きる希望を無くしてしまう。

「舞桜ちゃん……いや、舞桜」

 その声はとてもしっかりしていた。

「愛してる。大好き」

 その言葉は、好きという感情が実って、甘い果実となったことを意味していた。

 ダムが決壊したかのように涙が出てくる。

「大好き、大好き、大好き……!」

 抱きしめられて離してくれない。いや、もうずっと離してほしくなんかない。離されたら、途端に冷たい世界へと放りだされてしまう。

「ずっと大好き……! これからずっと、未来の先も。地獄でも、来世でも……!」

 叫んでも叫んでも、結果は変わらない。目の前にいる桜羽はもう消えかかっているのだ。その体はもう貫通して、質量を持たなくなった。でも私はずっと、腕を背中に回し続ける。

 自分が少し情けないと感じたその時。


「舞桜、泣くな!」

 か細いけど強い声。途端、頬を強く、でも優しく叩かれ、包まれた。

 質量こそもうないものの、温かい。

「舞桜には未来があるんだ。お前は僕以外の誰かを愛して、幸せになる。僕の願いだ。分かった?」

 頷きたくなかった。でも、頷いた。

 私は、過去を引っ張らない。絶対に。

 これから花開く人生のために、私は我武者羅に走り続ける。

 桜羽という、遠い過去の愛しい人は思い出にして、新しい人を愛さなくてはならないのだ。

 辛いけど、何故か希望が湧いてくる。


「さよなら……」

「ありがとう。舞桜。頑張れ……」

 柔らかく唇が触れる。

 次の瞬間、桜羽はもうそこにはいなかった。桜並木も、緑の木々と化している。 

 私は地面に倒れこむ。

 泣いた。ずっと泣いた。ただただ、泣き続けた。

 これが贖罪。桜羽への贖罪だ。桜羽との約束を破ってしまう。私は確かに新しい人とは結ばれるだろうけど、その人への愛は上辺だけ。

 本当に愛せるのは、桜羽だけなんだ……。

「ごめんね……」

 桜羽を、これからもずっと愛す。永遠に逢えない恋人への、切なく響いた言葉は、外の空気を震わせた。

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