4.神氏、無能
ごきげんよう御聴衆。ハスティーユ家長女、レアスですわ。
何だかんだあってお兄様が聖女であることは国中に広まりまして、皆様新聖女アンド新王妃誕生に祝福ムードでございます。
いやね、いいんですよ。
私としても、もう気持ちの整理もつきましたしね。
……お兄様が王太子殿下の妃となることに関しては。
ですが、やっぱり聖女なのは納得いかねぇと言うか、私自身にも聖女に夢見てるところありましてですね。
お兄様のような筋肉達磨が聖女なのは、完全に解釈違いなのですわ。
そこはご理解頂きとうごぜぇます。
あと、お兄様は持ち前の実力もあって殺戮兵器になっちゃってますからね?
政治的な事を考えるのであれば、ちゃんとお兄様に対する抑止力を誰かが持ちあわせておかないといかんのですわよ。
まあその辺りは、帰ってからお父様と相談しようと思います。
さて、そんなこんなで私は今、雨が降り風が舞う嵐の中にあって年下の女従者ミオンを一人だけ連れて、山岳地帯まで来ておりますのよ。
「お嬢様~~~もう帰りましょうよ~~~なんで嵐の中このようなところまで来なければならないのですか~~~」
「つべこべ言わずについてらっしゃいミオン! 神と対話をするには、ここを登るしかないの!!」
雨と横風が殴りつける中、岩だらけの山岳地帯の鎖場に手を掛けながら登り続けておりますが、中々難儀ですわね。
貴族の令嬢としてあるまじき行動ではあると自覚しておりますが、確かめなければならないことがあるのだから仕方がありません。
「こんなところに何があるのですか~~~」
「何度も言っているでしょう!? 神を降臨させることができる巫女様がここで祈りを捧げておられるのです! 嵐の日とは言え皆の目を掻い潜れるのが今日しかなかったのですから、仕方ありません!」
お父様とお母様が自領地へと出向き、私が一人ここに来られる日が今日を含めたこの数日しかなかったのです。
よりにもよってこんな日に大嵐が……と言う感じではありますが、この嵐のお陰で上手いこと家の者からは見つからずに屋敷から抜け出すことができたので良しと致します。
私一人でこんなところに来たいと言っても止められるだけですから。
……あ、今思えばお兄様に聖女テレポートで連れてきてもらえば良かったですわね。
クソが。
「むいいいい~~~。私は死にます。今日間違いなく死にますぅ~~~」
「うるせぇです! 死なねぇから黙ってついて来やがれですわ!!」
神を降臨させることができる巫女様の元に行くワケは、もちろん兄が聖女となった理由を聞きだすためでございます。
……無論、個人的な欲求の為に聞き出したいわけではございません。
そう、兄が聖女となったのには、相応の理由があるはずなのです。
私がもっとも危惧していることは、従来の聖女や軍では対応できないような、大きな脅威が迫っていること……。
そのために神は兄を聖女とし、戦術兵器のような存在にしたのではないかと考えたからです。
……仮にそうであるならば、知っておかねばなりません。
脅威がなんであるか。
聖女以外の者が、何をすべきなのか……。
もちろんこの話はお父様にも司祭様にも話しました。
しかしながら、皆新妃の誕生に浮かれてそれどころではありませんでした。
ならば私だけでも、行かねばなりません。
「うわあああ~~~! レアス様私はもうダメですご武運を~~~」
「だまらっしゃい! 誰がここで滑落してよいと命じましたか!!」
私は風にあおられて吹き飛ばされたミオンを互いの身体に巻き付けたロープを使って手繰り寄せながら、岩山を登って行きました。
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「ほう。貴族の娘が、従者一人だけでここまで来るとはな」
山岳地帯の中腹。
洞窟を利用した小さな神殿の中で、巫女様は神に祈りを捧げておられました。
「ここまで来たのには理由があります。我が神にお示し頂きたいことがあるのです」
「よかろう。形式にさえ則れば、神は誰にでも開く言葉を持っておる。で、供物は持ってきておろうな?」
年老いた巫女様は皴の刻まれた手を私達の方へと差し出しました。
「ミオン、鞄の中のものを」
「は、はい。こちらにございます」
「確かに、受け取った」
巫女様はミオンから渡された包みの中のものを一瞥すると、それを祭壇へと捧げました。
……ちなみに包みの中身はクッキーだの甘いパンだのと言ったお菓子類です。
そりゃ確かに多少は高価なものでありますが、神に捧げる供物としてそれで良いのでしょうか。
「ところで今回は入っていなかったが、神はもちぴよまんじゅうを特に好む。次の時はそれを持参して捧げるがよい」
「……承知いたしました。よくよく記憶申し上げます」
承知したとは言いましたが、もちぴよまんじゅうとは?
もちぴよ??
もちぴよまんじゅう???
私の疑問を余所に、巫女様は何やら不思議な舞いを踊りながら祈りを唱え始めました。
……そして巫女様の舞いがしばらく続いた後のことです。
「神が降臨なさられた。ハスティーユの娘、前に出よ」
巫女様の言葉を聞き、私は祭壇の前に立たせて頂きました。
祭壇はなにやら不思議な気で満たされております。
しばらく私が考えを巡らせていると、不思議な気配から声のようなものが聞こえて参りました。
『建国五騎士の末裔であるか。……何を問いに来た?』
人や生半可な化け物の類には決して真似することのできぬ厳かな雰囲気……。
あまりにも強く、気圧されてしまいそうです。
しかし、私も負けるわけにはいきません。
「聖女について、聞きに参りました」
『ほう、聖女についてか……。そうだな、次代の聖女はお主であったな……その心構えを聞くために自らがわざわざ我が元まで来たのか。殊勝な心掛けである』
……ん?
私が聖女??
「いえ、私は聖女じゃございませんが??」
『む? 建国五騎士が末裔のひとつ、ハスティーユ家唯一の娘であるお主を聖女として選んだはずであったが?』
「だから、私は聖女ではねぇんですが? むしろ兄が聖女になったので、その理由を問い質しに来たんですが!?」
『え? 兄が?? どう言うこと???』
……なん
だと……??
「だから、次の聖女を我が兄ロロアにすると言う神意が示されたんでございますよ! その、理由に、ついて、聞きに、参りました!!」
『しばし待つがよい』
そう言うと厳かな気配は少し祭壇の奥へと引っ込み、そして何やらこちらに向けてではない声が聞こえ始めました。
『あれ、ある? 資料。そう、聖女関連。すぐ出る? うん、それそれ。何ページだっけ。334ページ? おっけーおっけー』
……。
『あーーー!!』
ええと、神……。
その素っ頓狂な叫び声はもしや……間違えたのですか……!?
『どうしよ……』
いや「どうしよう」はこっちが聞きたいわけですわ。
「もしや、兄が聖女となったのは想定外と言うことですか?」
『うん……ごめん……』
ごめんじゃなくて。
「と言うことはですね、私が内心危惧していた、今までの伝統に則ったやり方では太刀打ちできないような大きな脅威が迫っているとか、そう言うことは一切ないんですね?」
『あーーー……。そう言うの心配してたのか……うん、大丈夫、そう言うことはない……』
良かった……太刀打ちできないような大きな脅威はなかったんですのね……。
良いわけあるかーい。
「では、参考までに聞きますけど、兄の聖女を撤回して私が聖女になると言うことは?」
『一度決めちゃうと聖女はもう変えられない……ほんとごめん……』
「いえね、私としましては、そのシステムはどうにかしておいた方が良いかと存じます↓が↑??」
『ひっ……やめて圧を掛けないで次までには何とかしとくから今回は許して……』
こうして、神との対話は平和のうちに終わらせて頂くことができました。
いやあ想定外の回答でございましたわね。
……ひょっとして今回の事態、私丸損なのでは??