2.お兄様、クソ強い
「妹よ……聞きたいことがある……」
「なんですの、お兄様」
先の話し合いが行われた王宮の広間を後にし、今は兄妹二人で中庭を歩いておるところでお兄様が話しかけて参りました。
「俺は……本当に聖女の器なのだろうか……」
「器かどうかは知りませんが、聖女に選ばれたのはお兄様ですわね」
議場では興奮のあまりテン上げで捲し立ててしまいましたが、冷静になってみたら確かに神意で示されておりましたわね。
何とも言えねーですが、事実聖女はお兄様なのでしょう。
「俺の知っている聖女様と言えば、当代の王妃様だ……。俺は……あのお方のようになれるだろうか……」
そう、今のこの国にとって聖女と言えば王妃様。
私……と言うかこの国全ての淑女の憧れでもありまして、その振る舞いは国母と呼ぶにふさわしく、まさにザ・聖女と言った感じでございます。
「マジでお兄様が王妃になると言うのなら、まずは立ち振る舞いからですわね。正直王太子殿下の横に立つにはガサツ過ぎますわ」
このお兄様、聖女どころか名門貴族の嫡子と言うにしても、まあ無骨が過ぎますのよね。
どちらかと言うと叩き上げの武人と言った感じでごぜぇます。
「立ち振る舞いか……あの場では『聖女だろがなんだろが、なってみせよう』などと啖呵を切ってしまったものの、いざ冷静に考えてみると、途方に暮れてしまうな……」
でしょーね。
お兄様は根っからの軍人ですものね。
上流軍人としての宮廷での立ち振る舞いならいざ知らず、王宮淑女としての立ち振る舞いとかどないせいって感じでしょーよ。
「聖女……か……。俺には過ぎた称号やもしれぬ……。 ……!!」
「どうかなさいました? お兄様」
「感じる……。この都に迫る敵意を……!」
急にお兄様が挙動不審になりだしましたがどうなさられたのでしょうか。
取りあえず落ち着きましょう……などと声をかけようとしたところで、突如後方に優し気な気配が現れました。
「貴方もこの気配を感じたと言う事は、紛うことなく聖女としての能力を受けたのですね。ハスティーユ公爵家のロロアよ」
「「……! 王妃様!?」」
私達二人の後ろに現れたのは、当代の聖女にしてこの国の王妃、エリリル様。
まさか王妃様がこの場におられるとは……!
「ご、ご挨拶もなくご無礼をいたしました。いつから私達の後ろにおられたのですか!?」
「たった今、聖女テレポートによってお二人の後ろへと現れました。ご存じのとおり、聖女はこういった数々の聖なる術を心得ております」
「なるほど……」
テレポートなら仕方ありませんわね。
「さて、ロロア。貴方が感じた敵意も、我等聖女が持つ聖なる力によって感知したものです。どうやら、夥しい数の魔物が王都へと迫っているようですね」
「……! なんと……!?」
「貴方も次代の聖女であるならば、この力を使いこなさなければなりません。まずは敵勢の確認と参りましょう。さあ、意識を集中して聖女テレポートを使ってご覧なさい」
ええ……。
テレポートなんてめちゃくちゃ難しそうですけど、聖女になりたてのお兄様が使えるんですの……?
「成程……理解いたしました。それでは、参ります……!」
私の内心を余所にお兄様がそう呟くと、周囲の視界が歪むような錯覚と共に身を投げ出されたような感覚が私を襲いました。
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「いやいやいやいや、なんで私まで連れてこられてるんですのーーー!?」
拝啓お母様!
現在私は平原のど真ん中で、何かよく分からないクソ強そうな魔物に追い回されておりますがーーー!
「すまない妹よ……! まだ聖女の術を制御しきれていないようだ、お前まで巻き込んでしまった……!」
お兄様が使った聖女テレポートのテレポート先は、まさかまさかの魔物達のど真ん中。
魔物達が大行進している真っただ中に私、お兄様、王妃様の三人の人間が現れたのなら、そら(魔物達が興奮して)そう(私達をぶっ殺そうという風に)なりますわよ!
「何という事でしょう。まさか、このような事態になってしまうとは……」
「いやいや王妃様ーーー! お空にぷかぷか浮かんでないで何とかしてくださいませーーーー!」
無理です無理です逃げ続けるのも限界で随分脚に来ております!
そろそろ死にます誰か助けやがって下さいましーーーー!
「おっと、私としたことが失礼しました。レアス、私のところへいらっしゃい」
おっとりとそうおっしゃると王妃様は逃げ惑う私の近くへと降り立ち、謎のバリアをお張り遊ばしました。
そのバリアの中へと逃げ込むと魔物は手出しできないらしく、私は何とか一時の安息を得ることが出来ました。
いやマジで死ぬかと思いましたわ……。
「うおおお!」
一方のお兄様は大剣一本で魔物達と対峙しております。
しかし如何せん多勢に無勢、いかにお兄様が手練れと言えども、一人ではこの状況を打破することはできねーような気がしますが!?
「ロロア、聖女の力を使うのです。さすればいかに魔物の数が多いと言えども、この場を切り抜けることができるでしょう」
「って王妃様!? お気軽に聖女の力と言いますけどね、使えるんですか咄嗟に……! 聖女の力を使いこなすには何年も厳しい修業を積む必要があると聞いたのですが!?」
「……はっ。私としたことが……あまりにもこの力の行使に慣れてしまっていたので失念しておりました」
王妃様ーーー!
今この場は貴女が頼りなのです!
しっかりしてくださいましーーーー!
「はああああ!」
とか何とか言っているうちに、お兄様が気合を入れると同時に王妃様が私を包んでくれているのと同じようなバリアがご自身を包みました。
眩いばかりのバリアは魔物達には突破し難いもののようで、お兄様をしっかりと護っております。
いや、今日聖女になったばかりなのにバリアとか使えるんかーい。
「……コホン。これこそが護国の力、聖女バリアです。聖女の持つ光のパワーは魔の者共を退ける力があります。この聖女の力によって、今まで我が国は魔物の脅威から護られてきたのです」
いや結果オーライならそれでいいのですけど……。
王妃様と私、そしてお兄様がそれぞれ半球状のバリアに包まれ魔物からの脅威に護られております。
どう言う原理かは分かりませんが、屈強な魔物と言えども聖女バリアを突破する術はないようです。
「ロロアも何とか聖女の力を制御できているようですね……しかしながら、我等聖女の力は護ることに長けていても、直接手を下す術は乏しい……。早く王都に知らせ、軍を派兵して貰わねば……」
王妃様が憂いを帯びた声でそう呟かれます。
「いえ、しかし、しかしですね王妃様」
畏れ多くも申し上げますが。
「あの……我が兄が単騎で魔物を殲滅し始めておりますが」
「……へ?」
お兄様が聖女バリアの力を応用するかのように、聖女の力をその剣に込め魔物共を吹っ飛ばし始めております。
いやいやお兄様、先程聖女になったばかりですわよね?
なに聖女の力を使いこなしてやがるんですかそれともこう言うものなんですの? 厳しい修業とは??
いやいや「聖女タックル」じゃないんですのよ。
多分その技あくまでバリアであって、そう言う使い方するものじゃねえと思いますわよ。
あと、「聖女アッパーカット」は普通に殴ってるだけですわよね?
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「……凌いだか」
魔物達の死屍累々の中、ただ一人、平原の中央にお兄様だけが佇んでおられます。
私と王妃様はお兄様の戦いに巻き込まれないように少しずつ遠くへ移動しながら、戦況を見守っておりました。
「……つかぬことをお聞きいたしますが王妃様、聖女の力は『直接手を下す術は乏しい』んですのよね?」
「ええ、そうです……おそらく……多分……」
「我が兄ですが、めっちゃ爆発させたりビームとか撃ったりしましたがあれは」
「恐らくですが、ロロアの身体能力が聖女の力を最大限に発揮しているのでしょう。何にせよ、この国は素晴らしき護国の力が授かりましたね」
いやいやいやいや。
どー考えても最強の戦術兵器が生まれてしまったんですが??
これが神意だと言うのなら、神の野郎いったい何を考えておられるんですか。
最強兵器と化してしまったお兄様の行く末を考えると、妹としては心中大変に複雑でございます。