1.お兄様、聖女となる
「間違いございません。ハスティーユ家ご嫡子、ロロア様が当代の聖女でございます」
「おお、ロロア……余の親友にして忠実なる家臣であるお前が、我が伴侶となるべき聖女であったか……!」
「なんとめでたい事! ハスティーユ家からの出であれば誰も文句は言いますまい! 新聖女の誕生を祝して、宴を上げましょうぞ!」
「いやいやいやいや!! 何でお兄様が聖女なんですの!? おっかしいでしょうがー!」
王宮の広間。
この国の王族含め名家が集う議場の中で、はしたなくも私は思わず叫んでしまいました。
さてさて私の名はレアス・ハスティーユ。
名門ハスティーユ家の長女でございます。
何と言うかざっくばらんに申し上げれば上流貴族の令嬢であり、王族に嫁いでよし、名門貴族に嫁いでよしと将来が約束された存在ですわね。
そして兄ロロアは名門ハスティーユ家の嫡子にして近衛師団の准団長。
こちらもどこに出しても恥ずかしくないスーパー御曹司でございます。
ゆくゆくは父君の後を継いで将軍にでもなられんじゃねぇでしょうか。
「いやいやレアス。聖女は貴族……殊に五大名家に適齢の者があるのならばその中から一人、大いなる神意によって選ばれる仕組みであることはお前の知るところであろう。何かおかしいところがあるのかね?」
「お父様、よーーーーくお考え下さいませ!? いや別に何も考えずとも分かるでしょうが! お兄様ですよ!? 殿方なんですのよ!? 聖『女』じゃないでしょーが!!」
「……あっ! ほんまに!?」
抜けてんのかこのクソお父様は。
「しかもですよ!? 聖女は代々国王陛下の伴侶となり、王妃となるのが習わしなのですのよ!? お兄様が王妃って、なれねーでしょーがどう考えても!!」
「い、いやしかしですなハスティーユ公爵令嬢殿……次期国王となるべき方との婚姻は神意によって選ばれた次代の聖女と伝統で決まっておりましてな……」
「司祭様! まず先に誤解無きように申し上げますが、私自身の考えとしては好き合ってれば同性同士の婚姻も余裕でお勧めいたします! ですがそれはそれ、これはこれ! 畏れながらご意見申し上げますが、我が兄は生涯を軍役に捧げるような無骨そのものの男でございます! どこに出しても恥ずかしくない軍人であって、お姫様や聖女とは最も縁遠い男なんですのよ!」
そう、我が兄は筋骨隆々にして身の丈も常人を軽く凌駕する武人でございます。
名門貴族の嫡子でありながら前線で武器を振るうため向こう傷も多く、どうしたって聖女だったり王妃だったりになれるような手弱女じゃねぇんですわ。
いや、武闘派の王妃や聖女がいたっていいとは思いますわよ?
ですが、それとは別に私だって王妃や聖女に夢を持っているのもまた事実。
筋肉達磨の武人が聖女っつーのは私の解釈違いも甚だしいわけです。
「う……ううむ……。確かにそう言われると我が娘ながら言う事に一理あるとは思うのですが……司祭様としてはどのようなお考えでしょうか……」
「どうもこうも……聖女として卿の嫡子が選ばれておるのだし、それを神意として受け入れることこそが道なのでは……」
「ですよねぇ……」
はーーーお父様も司祭様もつっかえねーですわーーー。
「そもそもですのよ!? お兄様もお兄様ですわ! ご自身の身に降りかかってしまった惨事で気も漫ろなのでしょうが、黙ってないで何かおっしゃって下さいまし!」
「いや……レアスよ……。俺は……国や殿下を護ることが出来るのであれば、それでいい……。聖女だろうがなんだろうが……なってみせよう……」
「よく言ったぞロロア! それでこそわが親友だ!!」
「ぅぉおい! そこでボーイズラブの導入を展開するなダメ嫡子ども!!」
いけませんこと……お兄様と王太子殿下の濃厚なBLの気配に思わず突っ込んでしまいましたわ……。
いや、私もですね、正直私自身が聖女となり、王太子殿下の伴侶としてゆくゆくはこの国の王妃になるんじゃねーかと言う下心はありましたわよ?
ありましたっつーか、どちらかと言うとなる気満々でしたわよ!? 少なくとも五大名家に年頃の娘は私以外におりませんし!!
「まあいずれは聖女となり王妃になるんだろうなー」などと思いながらお妃修行なんぞをしておりましたわ!
仮に百歩譲ってそれが叶わなかったとして、例えば「我が家よりも下位の貴族の娘が聖女の称号を得る」とかならまだ諦めもつくものでございますが、実の兄に、それも筋肉達磨に聖女を搔っ攫われるとかちょっとわけわかんねーですわよ!!
「むう……。そうだな、我が親友たるロロアが伴侶となるべき聖女と聞いて舞い上がってしまったが、確かにロロアは男であったな……。いやでも司祭殿、神意によれば、ロロアが聖女なのであろう?」
「ええ、はい。神意はそうなっておりますし、ロロア様にも聖女としての感覚が出ているものと思います」
「確かに……聖女が何たるかと言うことを説明する声が、直接俺の頭に響いてくるようだ……」
いやお兄様、本気で言っているのですか。
「しかしですな、言われてみれば確かにハスティーユ公爵令嬢殿の言うとおり男児が聖女に選ばれた例は近年なく、過去の歴史を紐解かねばなりませぬ。ひとまずのところは司祭である私が預かり国王陛下に報告させて頂くので、今回はこれにて解散と言うことにいたしましょう」
「うむ。司祭様、何卒よしなにお頼み申します」
なんだか有耶無耶なままこの場は終わってしまいましたが、私としては一切釈然としておりませんが?
ええー……?
お兄様が聖女で、王妃……?
ほんまに……??