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雨。お客が来ない。バイト先のファーストフード店はさっきから厨房の掃除ばかりしていて暇。そして今日は店長がいる。

 その条件が揃うと出勤しているスタッフはどういう形になるか想像はできていた。私も予想はできていたはずだった。

「ちょっとさ、今何も仕事ないから帰っていいよ」

 声をかけられたのはまず私だった。それも予想できるはずだった。

 でも実際には、その言葉を掛けられたとき変な違和感というか、何とも言えない不快感を隠せなかった。

 それでも、はいと従ってスタッフルームに向かおうとする。

「ああ、それとさ、今月は売り上げが今一つだから今月あんたが入っていたシフト来なくていいから」

 どういう意味だろうか。まだ今月は中旬である。今月は今日以降の仕事は雇えないということだろうか。

 いくら馬鹿な私でもそういうことだということは理解できたが、あまりにも淡々と日常会話のように通達されて理解するまで時間がかかった。

 不快感が増して、加えて苛立ちという感情も湧いて出ているのもわかった。

「あの、どういうことでしょうか?」

 さらに、スタッフは五人ほど出勤していたが、そのようなことを言われたのは私以外にいる様子もない。

 おかしい。どうしてだろう。感情が抑えきれない。

 カウンターのレジでお金の勘定を始めた店長に思い切って訊いてみる。

「え? そういうことだけど」

 店長は作業を止めることもなくまた淡々と言い放つ。

「あの、私だけでしょうか」

 しばらく黙り込んでしまったが、上手い言葉が見つからず正直に感じたことをぶつけてみる。

「は? 何が言いたいの?」

 作業を止めて店長が睨みつける。

 その顔に凍りつく。手が震える。ただ、いつもと違ったのは、同時に感情が溢れ出して止まらなくなっていたということだった。さらに気が付くとそれが声として言葉として発せられた。

「どうして、私だけなんですか? どうして私だけ早く帰らせて、シフト入らなくていいと言われるなきゃいけないんですか」

 店長はしばらく見つめると、ちょっと来てと言われる。

 どうせマウントを取られて説教されるんだろう。

 後ろをついていきながらそんなことを察して憂鬱になる。

 変わった。数カ月で私の中で何かが明らかに変わっていた。

 以前まではそんな客観的に相手を見ることができずに、ただ相手の攻撃に恐れてそれをまともに受けているだけだった。

 自分の感情を無視して、相手に圧倒されてただなされるがままの人間だった。

「何? 今の態度?」

 やっぱり。スタッフルームに入ったとたんに、いつもの険しい顔。威圧的な物の言い方。

 もううんざりだ。

「あのさ、嫌だったら辞めてもいいんだよ。こっちはあんたが辞めても一向に構わない」

 よく考えてみれば、この人はこういう態度をして脅して脅威を覚えさせて自分が正しいと思いこませて、自分に従わせようとしているだけだ。

 それは気分こそ悪いが死ぬわけでもないし、肉体が痛むわけでもない。クラブの試合に比べればなんてことない。今まで恐れていた自分がおかしくなって思わず笑ってしまう。

「何笑っているの?」

「いえ、別に」

 笑ってしまったのを観られて、指摘されすぐに否定する。 

「変な子。いいや、とりあえずわかったら、さっさと帰ってよ」

 去っていこうとする店長に、このままでいいのかと自問自答する。

 戦わないといけない。戦える。これは明らかにおかしいことなんだから、それでさっきおかしいと訴えかけた。中途半端になってはいけない。

「私だって、このバイトで生計立てています。フリーターであることは店長もご存じだと思います」

 振り返った店長にさらに続ける。

「それをこんなにも簡単に今日は帰っていい、今月は出なくてもいいなんて言われてしまっては困ります」

 言い切った私に、店長は詰め寄る。

「あんた、自分の立ち位置わかっているの? あんた雇っている私は十分考慮してやっているのよ。仕事もろくにできない。遅刻はする。いつ解雇してもいいような状態なのよ」

「それはわかっています。でも、今解雇せずに雇っているといる以上、突然入っているシフトがなくなる、収入がなくなるというのはバイト雇用とは言え理不尽だと思います」

 別に、生活費としては現在クラブの試合に出ている限り、例えバイトのシフトを減らされてもすぐに困ることはない。ただ、今私が言いたいのは気持ちの問題だ。

 しばらく店長はうつむいて、鼻で笑う。

「バイトのあんたにはわからないだろうけど、お店は慈善事業じゃないの。売り上げがない時は一番経費が掛かる人経費を削らいないといけないの。わかる?」

「それはそうかもしれません。でも、暇になったから帰ってくれ言われるのは仕方ないにしても、その言い方とか、私だけそうさせられる理由とか説明してくれもいいんじゃないですかってことです」

 店長は少し驚いた顔をして今度は子馬鹿にしたように鼻で笑う。

「当たり前じゃない。使えないバイトスタッフから削るのは当たり前。そんな偉そうなこと言うんだったらね、もっと仕事ができてから言いなさいよ!!」

 店長が声を荒げる。またかと冷静にそれを見つめる自分がいた。

「私から解雇とか言うと、パワハラとか面倒だから、不満があるならあんたから辞めるって言っていいよ。いつでもどこでも大歓迎だから」

 店長は速足で厨房へ戻っていった。

 どうして。どうし私だけ当たり前のようにこんな扱いをされないといけいないんだ。

 戦ってみたけど何も意味がなかったことに気が付く。

 結局、何も周りは変わっていない。

 一人残された私はゆっくりと帰る着替えをしながら、いつものようにお腹に重い鈍痛が発生していた。

 その痛みを改めて感じてみると、クラブで殴られた時と匹敵するくらいの辛い痛みだった。店長なんか恐れることはないとつい笑ってしまった自分を少し後悔した。

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